一七(267)、遣北陸道書状

▲北陸ほくりく道どうに遣つかはす書しょ状じょう第だい十じゅう七しち

当世とうせい念仏ねんぶつ門もんに赴おもむく行ぎょう人にん等とうのなかに､ 多おおくもつて無智むち誑惑おうわくの輩ともがらありて､ いまだ一いっ宗しゅうの廃はい立りゅうをも知しらず､ 一法いっぽうの名みょう目もくをも了さとらず､ 意こころに道心どうしんなく､ 身みに利り養ようを求もとむ｡ これによりてほしいままに妄もう語ごを構かまへて､ 諸人しょにんを迷乱めいらんす｡ ひとへにこれ渡と世せいの計はかりごととして､ まつたく来らい世せの罪つみを顧かえりみず､ みだりがはしく一念いちねんの偽ぎ法ほうを弘ひろめて､ 無む行ぎょうの過とがを謝しゃすることなし｡

当世赴^ク↢念仏門^ニ↡行人等^ノ中^ニ､多^ク以^テ有^テ↢無智誑惑之輩 ラ↡､未↠知↢一宗^ノ之廃立^ヲモ↡､不↠了↢一法之名目^ヲモ↡､意^ニ無^ク↢道心↡､身^ニ求^ム↢利養↡｡因^テ↠茲恣^ニ構^テ↢妄語^ヲ↡､迷↢乱^ス諸人^ヲ↡｡偏^ニ是為^シテ↢渡世^ノ之計^ト↡､全^ク不↠顧^ミ↢来世之罪^ヲ↡､姧^シク弘^メテ↢一念^ノ之偽法^ヲ↡､無^シ↠謝^コト↢無行^ノ之過^ヲ↡｡

あまつさへ無む念ねんの新しん義ぎを立たてて､ なほ一いっ称しょうの小行しょうぎょうを失うしなふ｡ 微み善ぜんといへども善根ぜんごんにおいて跡あとを削けずり､ 重じゅう罪ざいといへども罪根ざいごんにおいて勢いきおいを増ます｡ 刹せつ那な五ご欲よくの楽らくを受うけんがために､ 永劫ようごう三さん塗ずの業ごうを畏おそれずして､ 人ひとに教きょう示じしていはく､ 弥陀みだの願がんを憑たのみたてまつらんものは､ 五ご逆ぎゃくを憚はばかることなかれ､ 心こころに任まかせてこれを造つくれ､ 袈裟けさを著ちゃくすべからず直垂ひたたれを著きよ､ 婬肉いんにくをも断たつべからず､ ほしいままに鹿鳥しかとりをも食じきすべしと ^云_々｡

剰^ヘ立^テヽ↢無念^ノ之新義^ヲ↡､猶 ホ失^フ↢一称之小行^ヲ↡｡雖↢微善↡於↢善根^ニ↡削^リ↠跡^ヲ､雖↢重罪↡於↢罪根^ニ↡増^ス↠勢^ヲ｡為^ニ↠受^ガ↢刹那五欲^ノ之楽^ヲ↡､不^シテ↠畏↢永劫三塗之業^ヲ↡､教↢示^シテ人^ニ↡云^ク､憑^{タテマツラン}↢弥陀^ノ願^ヲ↡者 ノ^ハ､勿^レ↠憚^コト↢五逆^ヲ↡､任^テ↠心^ニ造^レ↠之^ヲ､不↠可↠著^ス↢袈裟^ヲ↡著^ヨ↢直垂^ヲ↡､不↠可↠断↢婬肉^ヲモ↡､恣^ニ可↠食↢鹿鳥^ヲモ↡ ^云_云｡

弘法こうぼう大だい師し (秘蔵宝鑰巻上) 異い生しょう羝羊ていよう心しんを釈しゃくするにいはく､ ｢ただ婬食いんじきを念ねんずることかの羝羊ていようのごとし｣ と｡ ^云_々 この輩ともがらはただ弊欲へいよくに耽ふける､ ひとへにかの類たぐいか｡ 十住じゅうじゅう心しんのなかの三悪さんまく道心どうしんなり､ たれかこれを哀あはれまざらや｡ ただ余よ教きょうを妨さまたぐるのみにあらず､ 還かえりて念仏ねんぶつの行ぎょうを失うしなふ｡ 懈け怠だい無む慚ざんの業ごうを勧かんして､ 捨戒しゃかい還俗げんぞくの儀ぎを示しめす｡ これ本ほん朝ちょうには外げ道どうなし､ これすでに天てん魔まの構かまえなり｡ 仏法ぶっぽうを破は滅めつし､ 世せ人にんを惑乱わくらんす｡ この教きょう訓くんに随したがふは､ 愚ぐ鈍どんの致いたすところなり｡ いまだ教きょう文もんを学がくせずといへども､ 識こころあらん人倫じんりん､ なんぞこれを信しんずべけんや｡

弘法大師釈^スルニ↢異生羝羊心^ヲ↡云､｢但念^コト↢婬食^ヲ↡如^ト↢彼^ノ羝羊^ノ↡｡｣^云_云 此^ノ輩^ハ只耽^ル↢弊欲^ニ↡､偏^ニ彼^ノ類 ヒ^カ哉｡十住心^ノ中^ノ三悪道心^ナリ也0268､誰^カ不^ンヤ↠哀↠之哉｡非^ズ↣啻タヾ妨^ノミニ↢余教^ヲ↡､還^テ失^フ↢念仏^ノ行^ヲ↡｡勧^シテ↢懈怠無慚^ノ之業^ヲ↡､示^ス↢捨戒還俗之儀^ヲ↡｡此 レ本朝^ニハ無^シ↢外道↡､是既^ニ天魔^ノ構也｡破↢滅^シ仏法^ヲ↡､惑↢乱^ス世人^ヲ↡｡随^フ↢此^ノ教訓^ニ↡者､愚鈍^ノ之所↠致^ス也｡雖↠未↠学↢教文^ヲ↡､有^ン↠識 ロ之人倫､何可^ンヤ↠信↠之哉｡

善導ぜんどう和か尚しょうの所造しょぞうの ¬観念かんねん法門ぼうもん¼ にいはく､ ｢ただすべからく持じ戒かい念仏ねんぶつすべし｣ と｡ 和か尚しょうの弟子でし三昧さんまい発得ほっとくの懐え感かん法ほっ師し ¬群ぐん疑ぎ論ろん¼ (巻四) にいはく､ ｢都と率そつを求もとめんもの､ 西方さいほうの行ぎょう人にんを毀そしることなかれ｡ 西方さいほうを願がんぜんもの､ 都と率そつの業ごうを毀そしることなかれ｡ おのおの性しょう欲よくに随したがひて情こころに任まかせて衆学しゅがくせよ｣ と｡ ^云_々 安あん養にょうの行ぎょう人にん､ もしこの教きょうに随したがはんと欲おもはんものは､ 祖師そしの跡あとを逐おひて､ 分ぶんに随したがひて戒品かいぼんを守まもりて､ 衆悪しゅあくを作なさず､ 余よ教きょうを妨さまたげざれ｡ 余よ行ぎょうを軽かろんずることなく､ 総そうじて仏法ぶっぽうにおいて恭く敬ぎょう心しんを成じょうじ､ さらに三万さんまん・六万ろくまんの念仏ねんぶつを修しゅして､ 五ご門もん・九く品ぼんの浄じょう土どを期ごすべし｡

善導和尚^ノ所造^ノ¬観念法門^ニ¼云､｢唯須↢持戒念仏^ス↡｡｣和尚^ノ弟子三昧発得^ノ懐感法師¬群疑論^ニ¼云､｢求^メン↢都率^ヲ↡者 ノ､勿↠毀^ルコト↢西方^ノ行人^ヲ↡｡願^ン↢西方^ヲ↡者､莫^レ↠毀↢都率^ノ業↡｡各随↢性欲^ニ↡任^テ↠情^ニ衆学^ヨト｡｣^云_云 安養^ノ行人､若欲^ン↠随^ハント↢此^ノ教^ニ↡者 ノ^ハ､逐^テ↢祖師^ノ跡^ヲ↡､随^テ↠分^ニ守^テ↢戒品^ヲ↡､不↠作↢衆悪^ヲ↡､不^レ↠妨↢余教^ヲ↡｡無↠軽^コト↢余行^ヲ↡､総於↢仏法^ニ↡成^ジ↢恭敬心^ヲ↡､更^ニ修^シテ↢三万･六万^ノ之念仏^ヲ↡､当↠期^ス↢五門･九品之浄土^ヲ↡矣｡

しかるをちかごろ北陸ほくりく道どうのなかに一ひとりの誑法おうぼうのものありて､ 妄もう語ごを称となへていはく､ 法然ほうねん上しょう人にん七万しちまん遍べんの念仏ねんぶつは､ これただ外げの方便ほうべんなり｡ 内うちに実じつ義ぎあり､ 人ひといまだこれを知しらず｡ いはゆる心こころに弥陀みだの本願ほんがんを知しれば､ 身みかならず極楽ごくらくに往おう生じょうす､ 浄じょう土どの業ごうここに満足まんぞくす｡ このうへなんぞ一念いちねんに過すぎん｡ 一返いっぺんなりといへどもかさねて名みょう号ごうを唱となふべけんや｡ かの上しょう人にんの禅房ぜんぼうにおいて､ 門人もんにん等とう二に十じゅう人にんあり｡ 秘義ひぎを談だんずるところには､ 浅せん智ちの類たぐいは性しょう鈍どんにしていまだ悟さとらず､ 利り根こんの輩ともがらわづかに五ご人にんありてこの深法じんぽうを得う､ われはその一人ひとりなり｡ かの上しょう人にん己こ心しん中ちゅうの奥おう義ぎなり｡ たやすくこれを授さずけず､ 器うつわを択えらびて伝授でんじゅせしむべしと ^云_々｡

而^ヲ近日北陸道^ノ中^ニ有^テ↢一^リノ誑法^ノ者 ノ↡､称^テ↢妄語^ヲ↡云､法然上人七万遍^ノ念仏^ハ､是只外^ノ方便也｡内^ニ有^リ↢実義↡､人未↠知↠之｡所↠謂心^ニ知^レバ↢弥陀^ノ本願^ヲ↡､身必^ズ往↢生^ス極楽^ニ↡､浄土^ノ之業於是^ニ満足^ス｡此^ノ上何^ゾ過^ギン↢一念^ニ↡｡雖↢一返^ナリト↡重^テ可^ンヤ↠唱^フ↢名号^ヲ↡哉｡於↢彼^ノ上人^ノ禅房^ニ↡､門人等有^リ↢二十人↡｡談^ズル↢秘義↡之処^ニハ､浅智之類^ハ者性鈍^ニシテ未↠悟^ラ､利根之輩 ラ僅^ニ有^テ↢五人↡得ウ↢此^ノ深法^ヲ↡､我^ハ其^ノ一人^ナリ｡彼^ノ上人己心中^ノ之奥義也｡容易^ク不↠授↠之^ヲ､択^テ↠器^ヲ可^ト↠令↢伝授↡ ^云_云｡

風聞ふうぶんの説せつもし実まことならば､ みなもつて虚言きょごんなり､ 一いち事じとしてあひ似にたることなし｡ およそ不可ふか説せつなり､ 言ごん語ご道断どうだんなり｡ 論ろんずるに足たらずといへども､ 迷まよふものを哀あわれまんがために､ いま誓言せいごんを立たてん｡ 貧道ひんどうもしこれを秘ひして､ 偽いつわりてこの旨むねを宣のべ不ふ実じつの事ことを註しるさば､ 十方じっぽうの三宝さんぼうまさに知ち見けんを垂たれたまふ｡ 毎日まいにち七万しちまん返べんの念仏ねんぶつ､ しかしながらむなしくその利り益やくを失しっせん｡ 円頓えんどんの行ぎょう者じゃのはじめより実相じっそうを縁えんずる､ 六ろく度ど万まん行ぎょうを修しゅして無む生しょう忍にんに至いたる､ いづれの法ほうか行ぎょうなくして証しょうを得うるや｡

風聞^ノ説若^シ実^ナラバ者､皆以^テ虚言也､一0269事^トシテ無↢相^ヒ似^タルコト↡｡凡^ソ不可説^ナリ､言語道断^ナリ｡雖↠不^ト↠足↠論^ズルニ､為^ニ↠哀^ンガ↢迷者^ヲ↡､今立^テン↢誓言^ヲ↡｡貧道若^シ秘^シテ↠之^ヲ､偽^テ宣^ベ↢此^ノ旨^ヲ↡註^サバ↢不実^ノ事^ヲ↡者､十方^ノ三宝当↠垂^タマフ↢知見^ヲ↡｡毎日七万返^ノ念仏､併^ラ空^ク失^ン↢其^ノ利益^ヲ↡｡円頓行者之従^リ↠初縁^ズル↢実相^ヲ↡､修^シテ↢六度万行^ヲ↡至^ル↢無生忍^ニ↡､何^レノ法^カ無^クシテ↠行得^ル↠証^ヲ乎｡

乞こひ願ねがはくはこの疑ぎ網もうに纏まつはれん類たぐひ､ 邪見じゃけんの稠ちゅう林りんを切きりて正しょう直じきの心しん地じを瑩みがき､ 将しょう来らいの鉄てつ城じょうを遁のがれて､ 終しゅう焉えんの金台こんだいに登のぼれ｡ 胡こ国こく程遠ほどとおし､ 思おもひを雁札がんさつに通つうじ､ 北陸ほくりくの境さかい遥はるかなり､ 心こころを像ぞう教きょうに開ひらく｡ 山川さんせん雲くも重かさなる､ 面おもてを千万せんまん里りの月つきに隔へだつ､ 化け導どう縁厚えんあつし､ 膝ひざを一仏いちぶつ土どの風かぜに近ちかづけん｡

乞願^クハ纏^レン↢此^ノ疑網^ニ↡之類 ヒ切^テ↢邪見^ノ稠林^ヲ↡瑩^キ↢正直^ノ心地^ヲ↡､遁^テ↢将来^ノ鉄城^ヲ↡､登^レ↢終焉^ノ金台^ニ↡｡胡国程遠^シ､通^ジ↢思^ヲ於雁札^ニ↡､北陸境遥^ナリ､開^ク↢心^ヲ於像教^ニ↡｡山川雲重カサナ^ル､隔^ツ↢面^ヲ於千万里^ノ之月^ニ↡､化導縁厚^シ､近^ケン↢膝^ヲ于一仏土^ノ之風^ニ↡｡

しかのみならず誑惑おうわくの輩ともがら､ いまだ半巻はんかんの書しょを読よまず､ 一いっ句くの法ほうを受うけずして､ むなしく弟子でしと号ごうする､ はなはだそのいはれなし｡ 己こ心しんの智徳ちえは闕かけて､ 人ひとをして信用しんようせしめんがために､ ほしいままに外げ道どうを説ときて師し匠しょうの教おしへとなす｡ あるいはみづから称名しょうみょう弘ぐ願がん門もんと立たてて､ あるいは心こころに任まかせて謀書ぼうしょを作つくりて､ ¬念仏ねんぶつ文もん集じゅう¼ と号ごうす｡ この ¬書しょ¼ のなかに､ はじめに偽ぎ経きょうを作つくりてあらたに証しょう拠こに備そなふ｡ ¬念仏ねんぶつ秘ひ経きょう¼ これなり｡ ¬花け厳ごん¼ 等とうの大だい乗じょうのなかになきところの本ほん経きょうの文もんを作つくりていはく､ ｢諸善しょぜんをなすべからず､ ただ勧すすめてもつぱら一念いちねんを修しゅせしむべし｣ と｡ ^云_々

加之^ズ誑惑之輩､未↠読↢半巻^ノ書^ヲ↡､不^シテ↠受↢一句^ノ法^ヲ↡､空^ク号^スル↢弟子^ト↡､甚無^シ↢其^ノ謂^レ↡｡己心^ノ智徳^ハ闕^ケテ､為 メ^ニ↠使^ンガ↢人^ヲシテ信用^セ↡､恣^ニ説^テ↢外道^ヲ↡為^ス↢師匠^ノ教^ト↡｡或^ハ自ミ 立^テ↢称名弘願門^ト↡､或^ハ任^テ↠心^ニ作^テ↢謀書^ヲ↡､号^ス↢¬念仏文集^ト¼↡｡此^ノ¬書^ノ¼中^ニ､初^ニ作^テ↢偽経^ヲ↡新^ニ備^フ↢証拠^ニ↡｡¬念仏秘経¼是也｡¬花厳¼等^ノ大乗之中^ニ作^テ↢所^ノ↠無^キ本経^ノ文^ヲ↡云､｢不↠可↠作↢諸善^ヲ↡､只可^シト↣勧^メテ専^ラ修^シム↢一念^ヲ↡｡｣^云_云

かの ¬書しょ¼ いま現げんに花夷かいに流布るふす､ 智ち者しゃ見みるといへども嗤あざけるべし愚ぐ人にんはこれを信受しんじゅすることなかれ｡ かくのごときの謀書ぼうしょ､ 前代ぜんだいにもいまだ聞きかず､ なほ如来にょらいにおいて妄もう語ごを寄よす､ いはんや凡ぼん夫ぶにおいて虚言きょごんを与あたふるをや｡ この猛みょう悪あくの性しょう､ 一いちをもつて万まんを察さっするべきものなり｡ これ痴ち鈍どんの輩ともがらなり､ いまだ邪見じゃけんとするに及およばず｡ 誑惑おうわくの類たぐいなり､ 名みょう利りのために他たを誤あやまるなり｡

彼^ノ¬書¼今現^ニ流↢布^ス花夷^ニ↡､智者雖↠見可↠嗤アザケ^ル愚人^ハ莫↣信↢受^コト之^ヲ↡｡如^ノ↠此^ノ謀書､前代^ニモ未↠聞､猶於↢如来↡寄^ス↢妄語^ヲ↡､況^ヤ於↢凡夫^ニ↡与^ルヲヤ↢虚言^ヲ↡哉｡此^ノ猛悪之性､以↠一^ヲ可↠察↠万^ヲ者 ノ也｡是痴鈍之輩也､未↠及↠為ス^ルニ↢邪見^ト↡｡誑惑之類也､為^ニ↢名利^ノ↡誤^ナリ↠他^ヲ矣｡

そもそも貧道ひんどう山修さんしゅ・山学さんがくの昔むかしより五ご十じゅう年ねんの間あいだ､ 広ひろく諸しょ宗しゅうの章しょう疏しょを披ひ閲えつして､ 叡岳えいがくになきところは､ これを他た門もんに尋たずねてかならず一見いっけんを遂とぐ｡ 讚仰さんごう年とし積つみて､ 聖教しょうぎょうほとんど尽つくす｡ しかのみななずあるいは一いち夏げの間あいだ四し種しゅ三昧ざんまいを修しゅし､ あるいは九く旬しゅんの中うちに六ろく時じ懺法さんぽうを行ぎょうず｡ 年来ねんらい長じょう斉さいにして顕密けんみつの諸しょ行ぎょうを修練しゅれんし､ 身みすでに老ろう後ごに疲つかれ念仏ねんぶつを勤つとむ｡

抑貧道従^リ↢山修･山学之昔↡五0270十年^ノ間 ダ､広^ク披↢閲^シテ諸宗^ノ章疏^ヲ↡､叡岳^ニ所^ハ↠無^キ者､尋^テ↢之他門^ニ↡必^ズ遂^グ↢一見^ヲ↡｡讚仰年積^テ､聖教殆^ド尽^ス｡加之^ズ或^ハ一夏之間修^シ↢四種三昧^ヲ↡､或^ハ九旬之中 チ^ニ行^ズ↢六時懺法^ヲ↡｡年来長斉^ニシテ修↢練^シ顕密^ノ諸行^ヲ↡､身既^ニ疲^レ↢老後^ニ↡勤^ム↢念仏^ヲ↡｡

いま称名しょうみょうの一門いちもんにつきて､ 易い行ぎょうの浄じょう土どを期ごすといへども､ なほ他た宗しゅうの教きょう文もんにおいて､ ことごとく敬重きょうじゅうをなす｡ いはんや素もと尚たっとぶところの真言しんごん・止し観かんをや｡ 伝でん持じの本山ほんざんの黒谷くろだにの宝蔵ほうぞうに闕かくるところある聖教しょうぎょうをば､ なほかさねて書写しょしゃしたてまつりてこれを補おぎなふ｡ しかるに新しん発ぽっ意ちの侶ともがら､ 愚ぐ闇あん後来こうらいの客まろうど､ いまだその往おう昔じゃくを見みず､ この深奥じんのうを知しらずして､ わづかに念仏ねんぶつの行ぎょう儀きを聞ききて､ みだりがはしく偏へん愚ぐの邪じゃ執しゅうを成じょうず｡

今就^テ↢称名之一門^ニ↡､雖↠期^スト↢易行^ノ之浄土^ヲ↡､猶於↢他宗^ノ教文^ニ↡､悉成^ス↢敬重^ヲ↡｡況^ヤ素モト所↠尚^ブ之真言･止観^ヲヤ哉｡伝持^ノ本山^ノ黒谷^ノ宝蔵^ニ有↠所↠闕^ル之聖教^ヲバ者､猶重^テ奉^テ↢書写^シ↡補^フ↠之^ヲ｡而^ニ新発意^ノ之侶 ラ､愚闇後来^ノ之客､未↠見↢其^ノ往昔^ヲ↡､不^シテ↠知↢此^ノ深奥^ヲ↡､僅^ニ聞^テ↢念仏^ノ之行儀^ヲ↡､猥^シク成↢偏愚^ノ之邪執^ヲ↡｡

ああ哀かなしきかな､ 傷いたむべし悲かなしむべし｡ 有智うちの人ひとこれを見みて旨むねを達たっせよ｡ その趣おもむきほぼ先年せんねんのころ註しるすところの七しち箇か条じょうの教きょう誡かいの文もんに載のせたり｡ 子し細さい多た端たん､ 毛もう挙こするにあたはざるのみ｡

鳴呼哀^カナ哉､可↠傷^ム可^シ↠悲^ム｡有智之人見^テ↠之^ヲ達^セヨ↠旨^ヲ｡其^ノ趣 キ粗載^タリ↢先年之比 ロ所↠註^ス之七箇条^ノ教誡之文^ニ↡｡子細多端､不↠能↢毛挙^スルニ↡而已｡

貞じょう元げん三年さんねん 己つちのと巳のみ 六月ろくがつ十じゅう九く日にち　　沙門しゃもん源空げんくう 御判

貞元三年 ^己_巳 六月十九日　　沙門源空 御判 ▽