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▼去さんぬる文明ぶんめい第だい四し初夏そか下げ旬じゆん之の比ころの事ことなりしに、 或ある俗人ぞくじん法ほふ師しなんどあまた同道どうだうしてこの山中さむちうの為体ていたらくを一見ゐちけんし申まふしけるは、 抑そもそも山やまの中うちの主ぬしはいかなる人ひとぞ、 俗ぞく姓しやうはなにとまふすぞや、 又また此この多屋たや坊ばう主ず達たちの名なをばなにとまふすぞ。 此この山やまとまふすは、 もとはまことに虎こ・狼らう・野や干かんのふしどにて家いへの一ひとつもなかりつるよしを人ひとかたりしを、 まのあたりきゝつるなり。 あら不ふ思議しぎや、 一ひと都みやこにいまはなりにけり。 そもこれは人間にんげんのわざとも覚おぼへざりけり。 さてもこれは所しよ領りやう所帯しよたいにてもかくのごとくはならざりけり。 そのいはれはひたすら仏法ぶちぽふ不ふ思議しぎの威い力りきなりしゆへなり。

-それについてまづ浄じやう土ど一ゐち家けの宗しゆ義ぎは、 昔むかしより今いまにいたるまで退転たいてんなくこれありといへども、 当たう時じいまの世よは諸宗しよしゆともに八宗はちしゆ・九く宗しゆことごとくすたれり。 しかりといへどもこの当山たうざむにをひては、 いよいよ念仏ねむぶち信仰しんかうさかりにして、 一切ゐちさいの万民ばんみん等とうかや申す我われ等らにいたるまでも、 此この宗しゆに心こゝろをかけざるはあるべからず。 末代まちだいの奇き特どくともいひつべし。 いかさまにも此この宗しゆにかぎりて殊しゆ勝しようなる後ご生しやうのたすかる一ゐち理りこれありとしられたり。 あやまりても此この宗しゆをそしることあらば、 たゞちに罰ばちをかうぶるべしと身みにもおぼゑたり。 是非ぜひともにしかるべき縁えんをとりて、 かの山やまの御おん弟子でしになるべし。 この宗体しゆていにならずしては、 又また余よのたすかるといへるみち、 ふつと今いまの世よにはあるべからず。 あらたふとの此この御山おんやまや、 あらうれしやと申まふして、 手てをあはせてこの御山おんやまをおがみ、 いづくへともしらずかへりけりとみゆ。

-これらの子し細さいをあるみちのほとりにてねんごろにきゝしほどに、 あまりに不ふ思議しぎにおもひはんべ0290るまゝかたりまふすなりといへり。

-あなかしこ、 あなかしこ。

©文明五年十二月中旬¹