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▼南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちの体たいはすなはちこれ願行ぐわんぎやう具ぐ足そくのいはれなりとしるべし。 また機き法ほふ一体ゐちたいともこれをまふすなり。

-夫それ衆しゆ生じやうありて南无なもと帰くゐ命みやうすれば、 すなはちこれ願ぐわんのこゝろなり。 抑そもそも帰くゐ命みやうといふは衆しゆ生じやうの阿わあ弥陀みだ仏ぶちをたのみ後ご生しやうたすけたまへとまふすこゝろなり。 すでに南无なもと帰くゐ命みやうするところにおひて、 やがて願ぐわんも行ぎやうも機きも法ほふも一体ゐちたいに具ぐ足そくするいはれなるがゆへなればなり。

-これによりて善導ぜんだう大だい師しは、 「南无なもといふはすなはちこれ帰くゐ命みやうなり、 またこれ発ほち願ぐわん廻え向かうの義ぎなり」 (玄義分) と釈しやくす。 されば南无なもと帰くゐ命みやうするところに、 すなはち願ぐわんも行ぎやうも具ぐ足そくせしむる道だう理りなりとこゝろうべきものなり。

-されば衆しゆ生じやうの阿わあ弥陀みだ仏ぶちに後ご生しやうたすけたまへとまふすこゝろは、 われらもおなじく阿わあ弥陀みだ仏ぶちとならんとねがひまふすこゝろなりとおもふべきものなり。

-あなかしこ、 あなかしこ。

豫よが身体しんたいによそへてかくのごとくをかしきことをつらねはんべり。

▼老おいが身みは 六ろく字じのすがたに なりやせん 願行ぐわんぎやう具ぐ足そくの 南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちなり

右みぎ今こむ度ど寒かん中ちう法ほふ敬きやう坊ばう・空善くうぜん両りやう人にん来臨らいりん之の間あひだ、 為↠ために其その願行ぐわんぎやう具ぐ足そくのいはれ書↢記かきしるす之↡これを者もの也なり。 能々よくよく可べ↠し知し↠る之。これを
*明応七年十二月十五日

八十四歳
    御判

法敬坊
   両人中へ
空善