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▼当流たうりふ念仏ねむびち行ぎやう者じやの安心あんじむ決定くゑちぢやうせしむるすがたをたづぬるに、 南无なも阿わあ弥陀みだ仏ぶちの六ろく字じのこゝろをよくよくしりたるをもて、 安心あんじむ決定くゑちぢやうともまた真実しんぢち信心しんじむの行ぎやう者じやともなづくべきものなり。

-そのゆへはいかんといふに、 たとへば人ひとありて、 われらごときのあさましき一ゐち生しやう造悪ざうあくの罪ざい障しやうの身みなれども、 阿わあ弥陀みだ仏ぶち御おんたすけさふらへとふかく一念ゐちねむにたのみたてまつらんものをば、 かならず十人じふにんも百ひやく人にんも、 みなことごとく御おんたすけさふらふべきものなり。

-これさらにうたがふこゝろあるべからず。 かやうにやすくたのむ一念ゐちねむの力ちからにて御おんたすけさふらふことのたふとさうれしさをおもはゞ、 行ぎやう住ぢゆ座ざ臥ぐわに念仏ねむぶちまふすべきものなり。

-あなかしこ、 あなかしこ。

明応五年七月十四日