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▼さんぬる*文明ぶんめい七歳しちさい乙きのとの未ひつじ八はち月ぐわち下げ旬じゆんのころ、 豫よ生しやう年ねん六十ろくじふ一ゐちにして、 越前ゑちぜん◗の国くに坂北さかきた◗の郡こほり細ほそ呂宜ろぎ郷がうのうち吉久よしひさ名みやうのうち吉崎よしざきの弊坊へいばうを、 にわかに便船びんせんのついでをよろこびて、 海かい路ろはるかに順じゆん風ぷをまねき、 一日ゐちにちがけにとこゝろざして若わか狭さの小を浜ばまに船ふねをよせ、 丹たん波ばづたひに摂津つの国くにをとをり、 この当国当所出で口ぐちの草坊さうばうにこえ、 一ゐち月ぐわち二に月ぐわち、 一年ゐちねん半年はんねんとすぎゆくほどに、 いつとなく三みとせの春秋はるあきををくりしことは、 昨日きのふ今日けふのごとし。

-この方はうにをいて居住せしむる不思議なりし宿縁あさからざる子細なり。 しかるにこの三ヶ年のうちをばなにとしてすぐるらんとおぼへはんべりしなり。

-さるほどに京きやう都とには大内おほち在国ざいこくによりて、 おなじく土岐とき大たい夫ふなんども在国せるあひだ、 都みやこは一円ゐちゑんに公く方ばうがたになりければ、 いまのごとくは天てん下か泰平たいへいとまふすなり。 命いのちだにあればかゝる不ふ思議しぎの時分にもあひはんべり、 めでたしといふもなをかぎりあり。

-しかるあひだ愚老年齢つもりて六十三歳となれり。 いまにをいて余命いくばくならざる身なり。 あはれ人間はおもふやうにもあるならば、 いそぎ安養の往詣わうげいをとげ、 すみやかに法性の常楽をもさとらばやとおもへども、 それもかなはざる世界なり。

-しかれども一念歓喜の信心を仏力よりもよほさるゝ身になれば、 平生業成の大利をうるうへには、 仏恩報尽のつとめをたしなむときは、 また人間の栄耀ゑいえうものぞまれず、 山林さむりむの閑窓かんそうもねがはれず、 あらありがたの他力本願や、 あらありがたの弥陀の御意やとおもふばかりなり。 このゆへに願力によせてかやうにつゞけけり。

▼六むそ十ぢあまり をくりし年としの つもりにや 弥陀の御み法のりに あふぞうれしき

▼あけくれは 信心ひとつに なぐさみて ほとけの恩をんを ふかくおもへば

と0381口くちずさみしなかにも、 また善導の釈に、 「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」 (礼讃) の文のこゝろをしづかに案ずれば、 いよいよありがたくこそおぼへはんべれ。

-またあるときは念仏往生は宿善の機によるといへるは、 当流の一義にかぎるいはれなれば、 われらすでに无上の本願にあひぬる身かともおもへば、 「遇ぐ獲ぎやく信心しんじむ遠おん慶きやう宿縁しふえん」 (文類聚鈔) と上人のおほせにのたまへば、 まことに心肝しむかんに銘めいじ、 いとたふとくもおもひはんべり。 とにもかくにも自力の執しふ情じやうによらず、 たゞ仏力の所しよ成じやうなりとしらるゝなり。

-もしこのたび宿善開発の機にあらずは、 いたづらに本願にもしあはざらん身ともなりなんことのかなしさをおもへば、 まことにたからの山にいりてむなしくしてかへらんににたるべし。 さればこゝろあらんひとびとはよくよくこれをおもふべし。

-さるほどに今年ことしもはや十二月廿八日になりぬれば、 またあくる春にもあひなまし。 かゝるあだなる人間なれば、 あるとおもふもなしとおもふもさだめなし。 されどもまたあらたまる春にもあはんことは、 まことにうれしくめでたくもおもひはんべるものなり。

▼いつまでと をくる月日の たちゆけば また春やへん 冬のゆふぐれ

-とうち詠えいじてすぎぬるにはや、 文明九年の冬ふゆも十二月廿八日になりぬれば、 愚老も六十三歳なり。

-さるほどに改年かいねんしてまた*文明十一年正月廿九日、 河内かはちの国くに茨まち田だ◗の郡こほり中振なかふり◗の郷がう山本やまうちのうち出で口ぐち中村なかむらの番ばんといふところより上じやう洛らくして、 山城やましろ◗の国くに宇治うぢ◗の郡こほり小野をの◗ゝ庄しやう山科やましなのうち野の村むら西にし中路なかうぢに住ぢゆすべき分ぶんにて、 しばらく当所たうしよに逗留とうりうして、 *そ0382のゝち和泉いづみの堺さかいに小坊せうばうのありけるをとりのぼせてつくりをき、 兎と角かくしてまづ新造しんざうに馬むま屋やをとりたて、 そのまゝ春しゆん夏か秋冬しうとうなにとなくうちくれぬ。

-しかれば愚老は年齢つもりていまは六十四歳ぞかし。 前住円兼ゑんけんには年としは二ふたつまされり、 しかるあひだくるゝ月日のたちゆくほどなさをつらつら案ずるにつけても、 仏法・世法のなにごとにいたるまでも、 祖師開山の御恩徳ふかきこと雨山のごとくして、 まことにたとへをとるにものなし。

-これによりてあまりのことにせめて詠えい歌かにもよそへてかやうにおもひつゞけけり。

▼ふる年としも くるゝ月つき日ひの 今日けふまでも いづれか祖師そしの 恩をんならぬ身みや

-とおもひなぞらへても、 わが身のいままでひさしくいのちながらへたることの不思議さをまたおもひよせたり。

▼六十あまり をくりむかへる よはひにて 春はるにやあはん 老をひのゆふぐれ

-とうちずさみければ、 はやほどなく天てんはれ、 あくる朝あしたの初そ春しゆんにもなりぬ。

-正月しやうぐわち一ひと日ひのことなれば、 上じやう下げ万民ばんみん祝言しうげん以下いげことすぎて、 にわかに天てんくもり雨あめふりて、 なる神かみおびたゞしくなりわたりければ、 年ねん始しとはいひながらひとびともみな不思議の神かみかなといひけるおりふし、 不図ふとこゝろにうかむばかりに、 とりあへず発ほち句くを一ひとつはじめけり。 その句くにいはく、

▼あらたまる 春はるになる神かみ はじめかな

-とひとり連れん歌がをしてぞありけるなかにも、 また案じいたすやう、 愚老はかんがふれば当年は六十五歳になりければ、 祖父そふ玄ぐゑん康かうは六十五歳ぞかし。 しかれば豫よもおなじ年としなり。 不思議にいままでいきのびたるものかなとおもへば、 親しん父ぷにも年としはまされり、 祖父そふには同年どうねんなれば、 ひとつはうれしくおもひ、 または冥みやう加がといひ、 かたがたもてまことにいのち果報くわほういみじともいふべき歟0383。

-これにつけてもかくのごとく口くちのついでに片腹かたはらいたくもまたづゞけたり。

▼祖父の年と おなじいのちの よはひまで ながらふる身こそ うれしかりけれ

-とこゝろひとつにおもひつゞけてゆくほどに、 なにとなく正月しやうぐわちも二日ふつかすぎ、 五日いつかにもなりぬれば、 竺一ぢくゐち撿挍けんげう当坊たうばうへはじめて年ねん始しの礼れいにきたりけるついでに、 祝言しうげん已後いごまうしいだし、 さても正月しやうぐわち一ひと日ひの神かみのなりける不思議さをかたりはんべしりに、 そのとき件くだんの発ほち句くをいひいだしければ、 やがて撿挍けんげう当たう座ざに脇わきをつけけり。

▼うるほふ年としの 四方よもの梅むめがへ

-とぞつけはんべりき。

-そののち兎と角かくするほどに、 *正月十六日にもなりしかば、 春はるあそびにもやとて、 林はやしのなかにあるよき木こ立だちの松まつをほりて庭にわにうへ、 また地ぢ形ぎやうの高かう下げをひきなをしなんどしてすぎゆくほどに、 三月はじめのころかとよ、 和泉いづみの堺さかいに小坊せうばうのありけるをとりのぼせて、 これを新造しんざうと号がうしてつくりをき、 そのゝちうちつゞき造作ざうさくするほどに、 また摂州せふしう・和泉いづみ◗の堺さかひに立置たてをきし古坊ふるばうをこぼちとり、 寝殿しんでんにつくりなしけるほどに、 とかくしておなじき*四月廿八日にははや柱はしら立だてをはじめて、 昨日きのふ今日けふとするほどに、 なにとなく八月ごろはかたのごとく周しゆ備びの体ていにて庭にわまでも数寄すきの路みちなれば、 ことごとくはなけれどもつくりたてければ、

-おりふし九く月ぐわち十じふ二夜にやのことなるに、 あまりに月おもしろかりければ、 なにとなく東ひんがしの山やまをみて、 かやうに思案もなくうかむばかりにつらねけり。

▼小野をの山やまや おほやけづゞく 山科やましなの ひかりくまなき 庭にわの月つきかげ

-と0384われひとりうち詠えいぜしばかりなり。

-さるほどに春夏はるなつもさり秋あきもすぎ冬ふゆにもなりぬれば、 すぎにし炎天ゑんてんのころのことどもをおもひいでしにつけても、 よろず春のころより冬のころにいたるまで、 普ふ請しん作さく事じ等とうに退転たいてんなくみなみなこゝろをつくせしこと、 いまにおもひいだすにみなゆめぞかし。 これにつけてもいよいよ豫よが年齢つもりて、 いまはかみ・ひげしろくなりて、 身心しんしむ逼悩ひちなうして手足しゆそく合がふ期ごならずして、 すでに六十ろくじふ有いう余よのよはひにをよべり。 されば親父おやにも年齢はまさりたるばかりにて、 さらになにの所詮もなし。

-これについても、 あはれ人間にんげんは常ぢやう相さうなきさかひとは覚かく悟ごしながら、 わが機にまかするものならば、 かゝるあさましき世界にひさしくあらんよりは、 早速さうそくに法ほふ性しやう真如しんによのみやことてめでたき殊勝の世界にむまれて、 无比むひの楽をうけんことこそ、 まことに本意としてねがはしけれども、 それもかなはぬさかひとて、 昨日きのふもすぎ今日けふもくらすことのかなしさくちおしさよ。

-されば老体らうたいの身みのならひとして、 ひるはひねもすに万ばん事じにうちまぎれ、 夜よるはまたあけがたの鳥とりなくころより目めはさめて、 そのまゝいねいる夜よはまれなり。 これによりて ¬朗詠らうえい¼の 詞しにこのことをかゝれたり。 そのことばにいはく、

 「老眠らうみん早 はやく覚 さめて常 つねに残↠のこす夜よを病びやう力りき先まづ衰 おとろへて不ず↠待また↠年 としを」

-といへり。 まことにいまこそこの詩しのこゝろに身をもおもひあはせられてあはれなり。

-これについていよいよ三国さむごくの祖師そし・先徳せんとくの伝来でんらいして、 仏法の次第をしらしめたまふこともおもはれ、 別しては上人の勧化にあふ宿縁のほどもことにありがたく、 また六十ろくひふ有いう余よのよはひまでいきのびしことも、 ひとへに仏恩報尽の義もますますこれあるべき歟とおもへば、 なをなを心肝しむかんに銘めいじて、 いとたふとくもまたよろこばしくもおもひはんべるものなり。

-あなかしこ、 あなかしこ。

文明十一 十二月 日