¬教行きょうぎょうしんしょう¼ (こう文類もんるい) が、 仏典だけでなく、 他の典籍までも引用して、 広い視野のもとに浄土の教相を明らかにしようとしているのに対して、 本書は、 浄土三部経とりゅうじゅさつ天親てんじん菩薩・曇鸞どんらんだい善導ぜんどう大師の四師の論釈を引くのみで簡略化されているところから ¬りゃく文類もんるい¼ (りゃくでん) ともいわれる。 しかし内容は、 教・行・証の三法を中心にその基本的な意味を明らかにし、 また往相おうそう還相げんそうについても要点を説き、 さらに三心一心を論じて、 ¬だいきょう¼、 ¬かんぎょう¼、 ¬小経しょうきょう¼ の三経が一致して浄土往生の真因は本願ほんがんりきこうの信心であることを述べて、 いわば ¬教行信証¼ の肝要かんようが記されている。
 製作年代は明らかでなく、 とくに ¬教行信証¼ との前後関係について、 広前略後、 略前広後の両説があって、 容易に決しがたいが、 おそらく ¬教行信証¼ の推敲すいこうが重ねられるなかで、 その大綱を別な観点から構成して作られたのではないかと考えられる。
 「真仏しんぶつかん」 「しんかん」 に対応する内容を省いているのは、 ¬教行信証¼ を前提としているからであろう。 とくにだいぎょうしゃくするなかに、 大行・浄信を併記して行から信を開き、 また ¬大経¼ の第十七願・第十八願じょうじゅもんを一連に引き、 あるいはぎょう一念いちねんの釈に続いて、 成就文の信一念を釈するなどは、 ぎょうしん不離ふりを明らかにするものであろう。 いわゆる行信論の核心が、 ここに示されていると見ることもできる。
 ¬教行信証¼ が、 親鸞しんらんしょうにんの教えを顕す根本聖典であることは言うまでもないが、 本書は ¬教行信証¼ の構成や内容の重点を知り、 その理解を助けるものとして極めて大きな意義を持つ著作である。