◗551:10 正如房へつかはす御文 第十八

◗551:11 正如房の御事こそ、返々あさましく候へ。そのゝちは、心ならずうときやうになりまいらせて、念仏の御信もいかゞと、ゆかしくおもひまいらせ候つれども、さしたる事も候はず。

◗551:13 又申すべきたよりも候はぬやうにて、思ながら、なにとなく、むなしくまかりすぎ候つるに、たゞれいならぬ御事大事になんどばかりうけ給はり候はんだにも、いま一度見まいらせたく、おはりまでの御念仏の事も、おぼつ〔か〕なくこそおもひまいらせ候べきに、まして御心にかけて、つねに御たづね候らんこそ、ま事にあはれにも心ぐるしくも、おもひまいらせ候へ。

◗552: 2 左右なくうけ給はり候まゝに、まいり候て見まいらせたく候へども、思ひきりてしばしゐでありき候はで、念仏申候はゞやと思ひはじめたる事の候を、様にこそよる事にて候へ。

◗552: 5 これをば退してもまいるべきにて候に又思ひ候へば、詮じては、この世の見参とてもかくても候なん。屍ねを執するまどひにもなり候ひぬべし。たれとてもとまりはつべき身にも候はず、われも人もたゞおくれさきだつかわりめばかりにてこそ候へ。

◗552: 8 そのたえまを思ひ候も、又いつまでぞとさだめなきうへに、たとひ久しと申候とも、ゆめまぼろしいく程かは候べきなれば、たゞかまえてかまえておなじ仏の国にまいりあひて、はちすの上にてこの世のいぶせさをもはるけ、ともに過去の因縁をもかたり、たがひに未来の化道をもたすけん事こそ、返々も詮にて候べきと、はじめよりも申おき候しが、返々も本願をとりつめまいらせて、一念もうたがふ御心なく、十声も南無阿弥陀仏と申せば、わが身はたとひいかに罪ふかくとも、ほとけの願力によりて一定往生するぞとおぼしめして、よくよく一すぢに念仏の候べき也。

◗552:15 われらが往生はゆめゆめわが身のよしあしきにはより候まじ。ひとへにほとけの御ちからばかりにて候べき也。わがひからばかりにてはいかにめでたく貴とき人と申すとも、末法のこのごろ、たゞちに浄土にむまるゝ程の事はありがたくぞ候べき。

◗553: 3 又仏の御ちからにて候はんには、いかに罪ふかくおろかにつたなき身なりとも、それにはより候まじ。たゞ仏の願力を、信じ信ぜざるにぞより候べき。

◗553: 5 されば観无量寿経にとかれて候は、むまれてよりこのかた、念仏一遍も申さず、それならぬ善根もつやつやなくて、あさゆふものころしぬすみし、かくのごときのもろもろのつみのみつくりて、とし月をゆけども、一念も懺悔の心もなくて、あかしくらしたるものゝ、おはりの時に善知識のすゝむるにあひて、たゞ一声南無阿弥陀仏と申したるによりて、五十億劫があひだ生死にめぐるべき罪を滅して、化仏・菩薩三尊の来迎にあづかりて、仏の名をとなふるがゆえに罪滅せり、われきたりてなんぢをむかふとほめられまいらせて、すなはちかの国に往生すと候。

◗553:12 又五逆罪と申て、現身に父をころし、母をころし、悪心をもて仏をころし、諸宗を破し、かくのごとくおもきつみをつくりて、一念懺悔の心もなからん、そのつみによりて无間地獄におちて、おほくの劫をおくりて苦をうくべからん物、おはりの時に、善知識のすゝめによりて、南無阿弥陀仏と十声となふるに、一声におのおの八十億劫があひだ生死にめぐるべき罪を滅して、往生すとゝかれて候めれば、さほどの罪人だにもたゞ十声・一声の念仏にて往生はし候へ。ま事に仏の本願のちからならでは、いかでかさる事候べきとおぼへ候、本願むなしからずといふ事は、これにても信じつべくこそ候へ。

◗554: 4 これはまさしき仏説にて候。仏の御言ばゝ、一言もあやまらずと申候へば、たゞあふぎても信ずべきにて候。これをうたがはゞ、仏の御そら事と申すにもなりぬべく候。返りては又そのつみも候ひぬべしとこそおぼへ候へ。ふかく信ぜさせ給ふべく候。

◗554: 8 さて往生せさせおはしますまじき様にのみ申きかせまいらする人々の候らんこそ、返々あさましく心ぐるしく候へ。いかなる智者めでたき人々おほせらるとも、それになおどろかせおはしまし候そ。おのおののみちにはめでたく貴き人なりとも、さとりあらず行ことなる人の申候事は、往生浄土のためには、中々ゆゝしき退縁・悪知識とも申ぬべき事どもにて候。

◗554:12 たゞ凡夫のはからひをばきゝいれさせおはしまさで、一すぢに仏の御ちかひをたのみまいらせおはしますべく候。

◗554:13 さとりことなる人の往生いひさまたげんによりて、一念もうたがふ心あるべからずといふことはりは、善導和尚のよくよくこまかにおほせられおきたる事にて候也。

◗554:15 たとひおほくのほとけ、そらの中にみちみちて、ひかりをはなちしたをのべて、悪をつくりたる凡夫なりとも、一念してかならず往生すといふ事はひが事ぞ、信ずべからずとの給ふとも、それによりて一念もうたがふ心あるべからず。

◗555: 3 そのゆへは、阿弥陀仏のいまだ仏になり給はざりしむかし、はじめて道心をおこし給ひし時、われほとけになりたらんに、わが名をのなふる事十声・一声までせん物、わがくにゝむまれずは、われほとけにならじとちかひ給ひたりしその願むなしからず、すでに仏になり給へり。

◗555: 7 又釈迦仏、この娑婆世界にいでゝ、一切衆生のために、かの本願をとき、念仏往生をすゝめ給へり。

◗555: 8 又六方恒沙の諸仏、この念仏して一定往生すと釈迦仏のとき給へるは決定也、もろもろの衆生一念もうたがふべからず。ことごとく一仏ものこらず、あらゆる諸仏みなことごとく証誠し給へり。

◗555:11 すでに阿弥陀仏は願にたて、釈迦仏はその願をとき、六方諸仏はその説を証誠し給へるうゑ、このほかはなにほとけの、又これらの諸仏にたがひて、凡夫往生せずとはの給ふべきぞといふことはりをもて、仏現じての給ふとも、それにおどろきて信心をやぶりうたがふ心あるべからず。いはんや、菩薩たちのの給はんをや、又辟支仏をやと、こまごまと善導は釈し給ひて候也。

◗555:15 ましてこのごろの凡夫のいかに申候はんによりて、げにいかゞあらんずらんなんど、不定におぼしめす御心、ゆめゆめ候まじく候。いかにめでたき人と申すとも、善導和尚にまさりて往生の道をしりたらん事もかたく候。

◗556: 3 善導又凡夫にあらず、阿弥陀仏の化身也。阿弥陀仏のわが本願ひろく衆生に往生せさせん料に、かりに人とむまれて善導とは申候也。そのおしへは、申せば仏説にてこそ候へ。あなかしこ、あなかしこ。うたがひおぼしめすまじきにて候。

◗556: 6 又はじめより仏の本願に信をおこさせおはしまして候し御心の程、見まいらせ候に、なにしにかは往生はうたがひおぼしめし候べき。経にとかれて候ごとく、いまだ往生の道もしらぬ人にとりての事にて候。もとよりよくよくきこしめししたゝめて、そのうゑ御念仏功つもりたる事にて候はんには、かならず又臨終の善知識にあはせおはしまさずとも、往生は一定せさせおはしますべき事にてこそ候へ。

◗556:11 中々あらぬさまなる人は、あしく候なん。たゞいかならん人にても、尼女房なりとも、つねに御まへに候はん人に、念仏申させて、きかせおはしまして、御心一つをつよくおぼしめして、たゞ中々一向に、凡夫の善知識をおぼしめしすてゝ、仏を善知識にたのみまいらせさせ給ふべく候。

◗556:14 もとよりほとけの来迎は、臨終正念のためにて候也。それを人の、みな臨終正念にて念仏申たるに、仏はむかへ給ふとのみ心えて候は、仏の願を信ぜず、経の文を信ぜぬにて候也。

◗557: 2 称讃浄土経には、慈悲をもてくわへたすけて、心をしてみだらしめ給はずとゝかれて候也。たゞの時によくよく申おきたる念仏によりて、仏は来迎し給ふ時に、正念には住すと申すべきにて候也。

◗557: 4 たれも仏をたのむ心はすくなくして、よしなき凡夫の善知識をたのみ、さきの念仏をばむなしくおもひなして、臨終正念をのみいのる事どもにて候が、ゆゝしきひがゐんの事にて候也。

◗557: 7 これをよくよく御心えて、つねに御目をふさぎ、掌をあはせて、御心をしづめておぼしめすべく候。ねがはくは阿弥陀仏、本願をあやまたず、臨終の時かならずわがまへに現じて、慈悲をもてくわへたすけて、正念に住せしめ給へと、御心にもおぼしめして、口にも申させ給ふべく候。これにすぎたる事候まじ。心よはくおぼしめす事の候まじき也。

◗557:11 か様に念仏をかきこもりて申候はんあんどおもひ候も、ひとへにわが身一つのためとのみは、もとよりおもひ候はず。おりしもこの御事をかくうけ給はり候ぬれば、いまよりは一念ものこさず、ことごとくその往生の御たすけになさんとこそ廻向しまいらせ候はんずれば、かまへてかまへておぼしめすさまに遂させまいらせ候はゞやとこそは、ふかく念じまいらせ候へ。

◗557:15 もしこの心ざしま事ならば、いかでか又御たすけにもならで候べき、たのみおぼしめさるべきにて候。

◗558: 2 おほかたは申いで候し一ことばに御心をとゞめさせおはします事も、この世一つの事にて候はじと、さきの世もゆかしくあはれにこそおもひしらるゝ事にて候へば、うけ給はる事は、このたびま事にさきだゝせおはしますにても、又おもはずにさきだちまいらせ候事になるさだめなさにて候とも、つゐに一仏浄土にまいりあひまいらせ候はんは、うたがひなくおぼへ候。

◗558: 6 ゆめまぼろしのこの世にて、いま一度なんどおもひ申候事は、とてもかくても候ひなん。これをば一すぢにおぼしめしすてゝ、いとゞもふかくねがふ御心をもまし、念仏をもはげましおはしまして、かしこにてまたんとおぼしめすべく候。

◗558: 9 返々もなをなを往生をうたがふ御心候まじく候。五逆・十悪のおもき罪つくりたる悪人、なを十声・一声の念仏によりて、往生をし候はんに、まして罪つくらせおはします御事は、何事か候べき。たとひ候べきにても、いく程の事かは候べき。この経にとかれて候罪人には、いひくらぶべくやは候。

◗558:13 それにまづ心をおこし、出家をとげさせおはしまして、めでたき御のりにも縁をむすび、時にしたがひ日にしたがひて、善根のみこそはつもらせおはします事にて候らめ。そのうゑふかく決定往生の法文を信じて、一向専修の念仏にいりて、一すぢに弥陀の本願をたのみて、ひさしくならせおはしまして候。何事かは、一事も往生をうたがひおぼしめし候べき。

◗559: 3 専修の人は百人は百人ながら、十人は十人ながら往生すと善導はの給ひて候へば、ひとりそのかずにもれさせおはしますべきかはとこそおぼへ候へ。善導をもかこち、仏の本願をもせめまいらせさせ給ふべく候。心よはくは、ゆめゆめおぼしめすまいく候。あなかしこ、あなかしこ。

◗559: 6 ことはりをや申しひらき候とおもひ候程に、よにおほくなり候ひぬる。さやうのおりふし、骨なくやとおぼへ候へども、もしさすがのびたる御事にても又候らん。えしり候はでは、いつをかまち候べき。もしのどかにきかせおはしまして、一念の御心をすゝむるたよりにやなり候と、おもひ候ばかりにとゞめえ候はで、これほどこまかになり候ぬ。

◗559:11 譏嫌をしり候はねば、はからひがたくてわびしくこそ候へ。もし无下によはくならせおはしましたる御事にて候はゞ、これは事ながく候べく候。要をとりてつたへまいらせさせおはしますべく候。

◗559:14 うけ給はり候まゝに、なにとなくあはれにおぼへ候て、おし返し又申候也。