しゅうざん 秀山 (1606-1663) 誠照寺派14代。 福井藩士高屋越後守の三男という。 寛永元年 (1624) に入寺し、 本末関係を明確化して本山の地位向上に努めた。 なお元和2年 (1616) に11代秀盛の子として生まれたともいわれる。