あお 粟生 「あおう」 とも読む。 京都府長岡京市粟生。 嘉禄3年 (1227)、 延暦寺の衆しゅ徒とによって東山大谷の法然の墓所が破却 (嘉禄の法難) された時、 法然の遺体をこの地へ移し、 安貞2年 (1228)、 火葬したという。 その遺骨が有縁の門弟に分骨された後、 残った遺骨と遺灰を納めた廟びょう所しょが建立され、 現在は西山せいざん浄土宗総本山光明寺となっている。