【58】大文第七に、念仏の利益を明かすというのは、大きく分けて七つある。第一には滅罪生善、第二には冥得護持、第三には現身見仏、第四には当来勝利、第五には弥陀別益、第六には引例勧信、第七には悪趣利益である。その文は、それぞれ多いが、今は略して、その要を挙げよう。

【59】第一に滅罪生善とは、«観仏三昧経》の第二巻に説かれている。

一時の中を分けて少分とし、その少分の中で、よくしばらくの間でも仏の白毫相を念ずるのに、心をはっきりとさせて乱れたおもいなく、あきらかに正しく心をとどめ、意を注いでまず、白毫を念ずる者は、相好を見たてまつっても、見ることができなくても、このような人は、九十六億那由他の恒河の沙、微塵の数ほどの多劫のあいだ生死まよいに沈む罪を除くであろう。たとい、また人あって、ただ白毫のことを聞き、心に驚き疑わずに、喜んで信じ受けるならば、この人もまた、八十億劫のあいだ生死まよいに沈む罪を除くであろう。

また説かれている。

釈迦仏が世を去りたもうた後に、三昧に入って、仏の歩まれる相を想う者も、また千劫の極めて重い悪業を除くであろう。仏の歩まれる相は、上の助念方法門に示すとおりである。

また説かれている。

仏が、阿難に告げられる。「そなたは今日から、如来のことばたもって、あまねく弟子たちに告げよ。仏が入滅した後には、好い仏像を造って、身相すがたをととのえさせ、また無量の化仏の像および全身の後光を作り、および仏の足跡をえがき、きれいな糸と頗梨珠とを白毫の所に置いて、多くの人々に、この白毫相を見ることができるようにせよ。ただこの相を見て、心に歓喜を生ずるならば、この人は、百億那由他の恒河沙ほどの多劫のあいだ生死まよいに沈む罪を除くであろう。《優填王作仏形像経》に説かれている。」仏の形像を作る功徳は無量で、世々に生まれる所は悪道に堕ちず、後には、みな無量寿仏の国に生まれることができ、菩薩となって、成仏することができるであろう。」以下略す。抜書きした。

また説かれている。

老女が仏を見たてまつり、邪見で信じなかったのに、それでも、よく八十億劫の生死まよいに沈む罪を除くことができた。まして、また善意をもって仏を供養し礼拝するものは、なおさらのことである。須達の家の老女の因縁は、かの経に広く説いてあるとおりである。

また説かれている。

もろもろの凡夫、および僧・尼や信男・信女の弟子で、大乗経を謗り、五逆罪を作り、四重禁を犯し、寺院の財物を盗み、比丘尼を犯し、八戒斎を破り、諸の悪事や種々の邪見をなすものがある。このような人も、もしよく至心に、一日一夜、おもいを繋けて、仏がその前にいますがように、仏の一つの相好おすがたでも観ずる者は、諸の悪も罪障も、皆ことごとく滅び尽きるであろう。

また説かれている。

仏世尊に帰依する者や、仏のみ名を称える者は、百千劫の煩悩の重い障りを除く。まして、正しい心で念仏三昧を修めるものは、なおさらのことである。

«宝積経》の第五巻に説かれている。

種々色と名づける宝珠がある。大海の中にあって、数限りのない多くの速い流れが大海に入るのであるが、この珠の火の力で、水を消滅させ、満ち溢れないようなものである。これと同様に、如来が菩提をさとりおわって智慧の火の力に由り、よく衆生の煩悩まよいを消滅させたもうのも、またこのとおりである。中略 もしまた、日々に如来の名号の功徳をたたえて説く人があるならば、この人々は、よく黒闇を離れて、次第に諸の煩悩を焼くことができるであろう。このように、「南無仏」と称念すると、そのことばはたらきは空しくならぬ。このような語の業を〈大きいたいまつを執って、よく煩悩を焼く〉と名づける。

«遺日摩尼経》に説かれている。

菩薩は、また数千巨億万劫のあいだ、愛欲の中にあって、罪に覆われていても、もし、仏経を聞いて、一遍でも善を念ずるならば、その罪は、すぐさま消え尽きるであろう。以上の諸文は滅罪の文である。

«大悲経》の第二巻に説かれている。

もし善男・善女があって、三千大千世界の中に満ちみつる須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢の聖者たちを、もしは一劫、もしは一劫未満のあいだ、いろいろの意にかなったすべてのたのしみの品々で恭敬し尊重し、へりくだって供養したとする。もし、また人あって、諸仏のみもとで、ただ一たび合掌し、一たびみ名を称えるとする。このような福徳を前の福徳に比べると、前のものは、この百分の一にも及ばず、百千億分の一にも及ばず、無数分の一にも及ばぬのである。どういうわけでかといえば、如来は、諸の福田の中で、最も無上だからである。こういうわけで仏に布施したてまつるのは、大きな功徳と成るのである。抜き書きした。三千世界に満ちみつる縁覚の場合について比較してみても、また同じことである。

«普曜経》の偈に説かれている。

すべての人々が縁覚となり たとい億数劫のあいだ

飲食・衣服やまた寝具 いた香やまじった香と美しい花などを供養したとしても

もし一心に十指をくみ合わせ 心を専らにしてみずから一仏に帰依し

口にみずから「南無仏」と称えるならば この功徳の方が最上である

«般舟三昧経》の念仏三昧を説く偈にいわれている。

たといすべてのものがみな仏となって 聖の智慧は清浄第一となり

みな億劫を過ぎるまで 一偈の功徳を講説し

入滅するまでその功徳をほめうたい 無数億劫のあいだ悉くめたたえても

この三昧を説く一偈の功徳を 極め尽くすことはできない

すべての仏国のあらゆる土地 八方および上下のうちに

満ちみちた珍宝を施し もって天中の天である仏に供養しても

もしこの三昧を聞きうるものは その福徳を得ることが前の供養にまさる

安らかにとなえ講説するならば たとえを引いても功徳はたとえられぬ

一仏土を砕いて塵とし、その一々の塵を取って、また一仏土を塵にするように砕き、この一塵を一仏土として、それら多くの仏土の中に満ちている珍宝をもって諸仏に供養する。これをもって比べるのである。以上は生善の文である。

«度諸仏境界経》に説かれている。

もし、諸の人々の中で、如来を念じて、諸の行を生ずる者は、無数劫の間、地獄・餓鬼・畜生や閻魔王に生まれることを断つ。もし人々の中で、一念でも意を作して、如来を念ずる者は、その得る功徳に限りはなく、量ることもできない。百千万億那由他の諸の大菩薩が、ことごとく不可思議解脱三昧を得てその功徳を計っても、その限りを知ることはできないであろう。

«観仏三昧経》に説かれている。

仏が阿難に告げたもう。「われ涅槃に入って後に、諸天や世の人々で、もし、わが名を称え、さらに〈南無諸仏〉と称えるならば、その得る福徳は無量無辺であろう。まして、また念を繋けて諸仏を念ずる者で、諸の障碍を滅ぼし除かないはずがあろうか。」以上は滅罪と生善の文である。その他は、上に述べた正修念仏門に出すとおりである。

【60】第二に冥得護持とは、«護身呪経》に説かれている。

三十六部の神王は、万億恒沙の鬼神を眷属として、仏法僧の三宝に帰依する者を護る。

«般舟三昧経》に説かれている。

劫が尽きて世界が壊れ焼ける時、この三昧をたもっている菩薩は、たといこの火の中に堕ちても、火はこの三昧のためにすぐ消えてしまう。譬えば、大きな甕の水は小さな火を消すようなものである。仏が跋陀和菩薩に告げたもう。「わたしの語ることにまちがいはない。この菩薩がこの三昧をたもつと、帝王でも、賊でも、火でも、水でも、竜でも、蛇でも、夜叉・鬼神でも、猛獣でも、中略 あるいは人の禅定をやぶり、人の念を奪うものでも、もしもこの菩薩を破ろうとおもうならば、ついに破ることはできないのである。」仏が仰せられる。「わたしが語るとおりまちがいはない。その前世から受けるようになっていることは、この限りではない。その他の場合はこの菩薩をよく破るものはないのである。」

«般舟三昧経》の偈に、

鬼神や乾闥婆はともに護り 諸天や人々もまたこのようにする

ならびに阿修羅や摩睺羅伽も この三昧を行ずる人をこのように護る

諸天はことごとく共にその徳をほめ 天・人竜神緊那羅も

諸仏もほめて欣いのようにさせたもう 経を誦み説いて人のためにするからである

国と国と相い戦って人民はすさび 飢饉がしきりにおこって苦しみが窮まっても

ついにその定まった寿命を中夭しない よくこの経を誦んで人を教化するからである

いさましく諸の魔事を降伏し 心に畏れることなく毛もいよだたない

その功徳の行ははかることができぬ この三昧を行ずるものはこのようになることができる

と説かれている。《十住毘婆娑論》に、これらの門を引き終わっていう。「ただ、業報で必ず受けねばならぬものを除く。」

«十二仏名経》の偈に説かれている。

もし人が仏のみ名をたもつならば もろもろの魔や波旬も

行住座臥のすべてにわたり そのてがかりを得ることはできない

【61】第三に現身見仏とは、«文殊般若経》の下巻に説かれている。

仏が仰せられる。「もし善男・善女が一行三昧に入ろうと思えば、静かな処にあってすべての乱れこころをしずめ、おすがたを観ずるのでなしに、心を一仏にかけて、専らみ名を称え、仏のおられる方角に身をただしてまっ直ぐに向かい、よく一仏に対して念々に相続すべきである。すると、この念の中によく過去・未来・現在の諸仏を見たてまつることができる。

善導禅師が釈していわれる。

衆生は障りが重く、観察の行は成就しがたい。そういうわけで釈尊はこれを哀みくださって、ただ専ら名号を称えることを勧められたのである。

«般舟三昧経》に説かれている。

「前に聞かなかった経巻を、この菩薩がこの三昧をたもった威神力によって、夢の中に悉く、みずからその経巻を得、それぞれことごとく見、悉く経の声を聞くであろう。もし、昼間に得なかったならば、あるいは夜、夢の中に悉く仏を見たてまつることができよう。」仏が跋陀和菩薩に告げられる。「あるいは一劫、あるいはまた一劫を過ぎるまで、わたしがこの菩薩の、この三昧を持つ者を説き、その功徳を説いても、説き尽くすことはできないであろう。ましてよくこの三昧を求め得ることができた者については、いうまでもないことである。」

また《般舟三昧経》の偈に説かれている。

阿弥陀仏国の菩薩たちが 百千の仏を見たてまつるように

この三昧を得た菩薩もそのように 百千の仏を見たてまつるであろう 中略

もしこの三昧をとなたもつことがあるならば すでにまのあたり百千の仏を見たてまつるのである

たとい命の終わる時の大きな恐れにも この三昧を持てばおそれることはないであろう

«念仏三昧経》の第九巻の偈に説かれている。

もしことごとく現在・未来および十方の すべての仏を見ようとおもい

あるいはまた妙なる法輪を転ずることを求めても またまずこの三昧を修め習え

«十二仏名経》の偈に説かれている。

もし人がよく至心に 七日の間仏のみ名をとなえると

浄らかな眼を得て よく無量の仏を見たてまつる

【62】第四に当来勝利とは、«華厳経》の偈に説かれている。

もし如来のわずかな功徳を念じ さては一年の心ででも専ら仰ぎまつれば

諸の悪道の怖れはみな永く除き 智慧の眼はここによく深く悟る 智眼大王の偈頌である。

«般舟三昧経》の偈に説かれている。

その人はついに地獄に堕ちず 餓鬼道および畜生を離れ

世々の生まれる所で宿命を知る この三昧を学べばこのようになることができる

«観仏三昧経》に説かれている。

もし人があって、一たび上に述べたような仏身の功徳や相好や光明を聞くならば、億々千劫のあいだ悪道に堕ちず、よこしまな考えのけがれた所に生まれず、常に正しい考えを得て、勤めて止めないであろう。ただ仏のみ名を聞いてさえ、このような福徳を獲るのである。まして念を繋けて観仏三昧するものは、なおさらである。

«安楽集》にいわれている。

《大集経》に説かれてある。「諸仏がこの世に出られると、四種の方法をもって衆生を済度せられる。その四種は何かというと、一つには、口に経を説かれる。これは法をもって衆生を済度されるのである。二つには、仏たちには多くの光明や相好がある。すべての衆生は、ただよく心をかけてこれを観察すれば、利益を獲ぬことはない。これは仏が身をもって衆生を済度されるのである。三つには、はかりしれない功徳、神通力、いろいろな相をあらわすことがある。これは神通力で衆生を済度したもうのである。四つには、仏たちには、多くの名号がある。通号、または別号である。衆生が心をかけてみ名を称えるならば、障りを除き利益を獲て、みな仏のみもとに生まれないことはない。これは名号をもって衆生を済度されるのである。」

ある人がいう。この文は《正法念経》にあると。

«十二仏名経》の偈に、

もし人が仏のみ名をたもち 弱い心を起こさず

智慧があってへつらいがないならば 常に諸仏のみ前に在る

もし人が仏のみ名を持てば 七宝の華の中に生まれる

その華は千億の花びらで 尊い光の相が具わっている

と説かれている。以上の諸文は、永く悪趣を離れて浄土に往生することを明かすのである。

«観仏三昧経》に説かれている。

もし、よく至心にして、念が内に在り、端座して心を静め、仏の色身おすがたを観ずるならば、この人の心は仏心のとおりで、仏と異なることはないと知るべきである。煩悩の中に在っても、諸の悪に覆われず、未来世には、大法雨を雨降らすのである。

«大集念仏三昧経》の第七巻に説かれている。

このような念仏三昧は、総じて一切の功徳を摂めていると知るべきである。この故に、かの声聞・縁覚の二乗の知るべき境界ではない。もし人あって、しばらくでも、この法を説くのを聞く者があるならば、この人はのちの世には必ず成仏することに疑いはないのである。

同じ経の第九巻に説かれている。

ただ、よく耳にこの三昧の名を聞くならば、たとい読まず、となえず、受けず、修せず、習わず、他のために読まず、また広く解釈することができなくても、その諸の善男・善女は、みな次第に無上菩提を成就するであろう。

同じ経の偈に説かれている。

もし諸の妙なる相を円満し 多くのすぐれた荘厳を具えようとおもい

また清浄の家に生まれることを求めるならば 必ずまずこの三昧を受けたもつべきである

また、ある経に説かれている。

もし仏の福徳を生ずる田に よくわずかの善を植えるならば

初めには善い境界に生まれ 後には必ず涅槃さとりを得る

«大般若経》に説かれている。

仏を敬いおもうことに依って、必ず生死まよいを出て涅槃さとりに至るのである。これは、しばらくさしおいて、仏を供養するために、一つの花を空に散らすのもまたこのとおりである。またこれをしばらくさしおいて、もし善男・善女たちで、すくなくとも、一たび「南無仏陀大慈悲者」と称えるならば、この善男・善女たちは、生死まよいはてを窮めるまで善根は尽きることなく、天やにんの中にあって、つねに富と楽を受けて、最後には、無上涅槃を得るであろう。これは抜き書きした。《大悲経》の第二巻の文も、これと同じである。

«宝積経》に説かれている。

もし、人が如来のみもとにあって、少しの善でも起こすならば、苦のはてを尽くすまで、この善根はついにやぶれないのである。

また説かれている。

もし菩薩が勝れたこころを起こして、よく仏のみもとにあって仏に対して父のおもいを起こすならば、かの人は、如来の数に入ることができて、仏と同じようになり、異なることはないであろう。

«十二仏名経》の偈に説かれている。

もし人が仏のみ名をたもてば 世々に生まれる所において

身の通力で虚空に遊び よく無辺の国に至って

まのあたり諸仏を見たてまつり よく甚深の義を問うならば 中略

仏はために微妙なみのりを説いて その人に菩提さとりの記別を授けたもう

«法華経》の偈に説かれている。

もし人が散り乱れた心のままに 塔廟の中に入り

一たびも南無仏と称えるならば みなすでに仏道を成ずる

«大悲経》の第三巻に説かれている。

仏が阿難に告げたもう。「もし、人があって、仏のみ名を聞くならば、わたしは『この人はついに必ず涅槃に入ることができる』と説くのである。」

«華厳経》の法幢菩薩の偈に説かれている。

もし諸の人があって まだ菩提心をおこさないものも

一たび仏のみ名を聞くことを得るならば 必ず菩提さとりを成ずるであろう 以上の諸文は、菩提を得ることを明かした。

 ただ、名号を聞くだけでもこのような勝れた利益がある。まして、しばらくでも仏の相好・功徳を観念し、あるいは、また一華・一香を供養するものは、いうまでもない。まして一生のあいだに勤め修めた功徳はついに虚しくはならぬのである。

 かくして、仏法にい、仏の名号を聞くことは、浅からぬ因縁であるということが知られるのである。こういうわけであるから、《華厳経》の真実慧菩薩の偈に、

むしろ地獄の苦を受けても 諸仏のみ名を聞くことを得よ

量りない楽を受けても 仏の名を聞かぬことがあってはならぬ

と説かれている。以上の四項は諸仏を念ずる利益を総じて明かしたのである。その中《観仏三昧経》は釈迦仏を主とし、《般舟三昧経》は多く阿弥陀仏を主とする。けれども、実際の道理の上からはともに一切の諸仏に通ずる。《念仏三昧経》は過去・現在・未来の三世の諸仏に通ずる。

 問う。《観仏三昧経》に説かれている。

この人の心は、仏心のとおりで、仏と異なることはない。

また《観経》に説かれている。

仏が阿難に告げたもう。「諸仏如来は、これ法界身であって、一切衆生の心想の中に入りたもう。このゆえに、おんみらは心に仏を想う時は、この心が、すなわち三十二相・八十随形好である。この心が作仏する。この心がこれ仏である。諸仏正遍知海は心想より生ずる。」

この為義はどうであるのか。

 答える。《往生論》の智光の《疏》に、この文を解釈していわれている。

衆生の心に仏を観ずる時に当たって、仏身の相好が衆生の心の中に現われるのである。たとえば、水が澄んでおれば、物の形が現われ、水とあらわれた形とは一でもなく、また別のものでもないようなものである。それだから仏の相好身が心想であると仰せられたのである。「この心が作仏する」というのは、心がよく仏の相好身をそこに作り出すのである。「この心がこれ仏である」とは、感ずる心の外に別の相好身はないのである。たとえば、火は木から現われて機を離れることはできない。木を離れないから、よく木を焼き、木が火のために焼かれて、そのまま火となるようなものである。

 また、その他の解釈もあるが、学ぶ者はさらに考えるがよい。

 わたくしにいう。《大集経》の日蔵分に説かれている。

行者は、次のようなおもいおこすのである。これらの諸仏は、どこから来るということなく、どこに去って行くということもない。ただ、わが心のしわざである。三界の中において、この身は因縁によるものであり、ただこれ心のしわざなのである。自分が観ずる心のままに、多をのぞめば多を見、少を欲すれば少を見る。諸仏如来は、そのままわが心である。どうしてかといえば、心にしたがって見たてまつるからである。心はすなわちわが身であって、わが身はすなわち虚空である。自分は、観ずる心にって、無量の仏を見たてまつる。自分は、知覚の心で仏を見、仏を知るのである。心は心を見ず、心は心を知らないのである。自分は、法界を観ずるに、その性質に固定性がない。すべての諸仏は、みな、観ずる心の因縁から生ずるのである。このゆえに、法性はそのまま虚空であって、虚空の本性も、また空である。

この文の意味は、《観経》と同じである。智光師の解釈も、また違うことはない。

 問う。心が仏を作ると知るならば、どのような勝れた利益があるのか。

 答える。もしこの道理を観ずるならば、よく過去・現在・未来の三世の、すべての仏法をさとることになる。さては、一たびもこの道理を聞くならば、三塗の苦難を免れることができるのである。

«華厳経》の如来林菩薩の偈に説かれている。

もし人が三世一切の 仏を知ろうと望むなら

わが心が諸の如来を造ると このように観ずべきである

«華厳伝》にいわれている。

文明元年に、都の人で、王という姓の人がいたが、その名前は伝わっていない。戒行は全くなく、これまでに善根を修めたこともなかった。病気にかかって死んでしまった。二人の獄卒に引かれて、地獄の門前に至り、見ると一人の僧がいる。地蔵菩薩だという。菩薩は、そこで王氏に教えて、この一偈をとなえさせ、王氏に、「この偈を誦えることができたら、よく地獄の苦をはらいのけられる」と告げられた。王氏は遂に入って、閻魔大王に会った。大王は、この人に、「功徳があるか」と問うた。王氏は、「ただわたくしは、四句の一偈をたもっています」と答え、一々上のように説いた。大王はそこで放免したのである。ところで、彼がこの偈を誦えた時、その声が届く限りのところで苦を受けていた罪人は、みな三塗の苦しみを免れることができた。王氏は死後三日たって始めて蘇えり、この偈を憶えていて出家たちに向かって、この話をした。偈文をしらべてみると、《華厳経》の第十二巻の夜摩天宮無量諸菩薩雲集説法品にあることがわかった。王氏は自ら、空観寺の僧定法師に向かってそのとおりでありますと話した。これは抜き書きした。

【63】第五に、弥陀別益とは、行者に、その心を決定させるために、特別に、これを明かすのである。滅罪生善と冥得護持と現身見仏と当来勝利とは、次のとおりである。

«観経》の像想観に説かれている。

この観を成就するものは、無量億劫という長い間の生死まよいの罪が除かれ、この身のままで念仏三昧の利益を得るのである。

また説かれている。

ただ無量寿仏のみ名と観音・勢至の二菩薩のみ名を聞くだけでも、はかり知られぬ長い間の生死まよいの罪が除かれるのであるから、ましてそれらを心に念ずるならば、なおさらのことである。

また説かれている。

ただ仏像を想うだけでも無量の福徳を得るのであるから、ましてかの無量寿仏のまどかにそなえられた身相すがたを観ずれば、その功徳の広大なことはいうまでもない。

«阿弥陀思惟経》に説かれている。

たとい天輪王が、千万歳のあいだ、四天下に満ちている七宝を、十方の諸仏に布施しても、僧・尼・信男・信女たちが、指を弾くほどのわずかのあいだでも、坐禅し、平等の心で、すべての人々を憐れんで、阿弥陀仏を念ずる功徳には及ばない。以上は滅罪生善である。

«称讃浄土教》に説かれている。

もし、善男・善女で、無量寿仏の極楽世界、清浄仏土の功徳荘厳に、あるいは、すでに願をおこし、あるいは、これから願を発し、あるいは、いま願を発すと、必ずこのように十方に住したもう十恒河沙ほどの諸仏世尊が護られるのである。わが説くように行ずる者は、すべて無上菩提に至るまで決して退かぬ身となり、すべて必ず無量寿仏の極楽世界に往生する。

«観経》に説かれている。

光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を修め取って捨てたまわない。

また説かれている。

無量寿仏が無数の化身をあらわして、観音・勢至の二菩薩と共においでになり、つねにこの行者の所においでになる。

«十往生経》に、釈尊が、阿弥陀仏の功徳や国土の荘厳などを説きおわって仰せられる。

清信士・清信女で、この経を読み、この経をひろめ、この経を敬い、この経を謗らず、この経を信じ喜び、この経を供養するものがあるとする。このような人たちは、この信じ敬った因縁で、わたしが今日より常に、前にのべた二十五菩薩にこの人を護らせて、常にこの人を病がなく悩がないようにし、悪鬼・悪神も、破り害せず、また、この人を悩まさず、また手がかりを得させないようにするであろう。以上。ねてもさめても、歩いても、とどまっても、至るところみな悉く安穏にさせよう。下略。

唐土の諸師たちがいわれている。

二十五菩薩は、阿弥陀仏を念じて往生を願う者を護りたもう。

これもまた、かの《十往生経》の意にたがわぬのである。二十五の菩薩とは、観世音菩薩・大勢至菩薩・薬王菩薩・薬上菩薩・普賢菩薩・法自在菩薩・師子孔菩薩・陀羅尼菩薩・虚空蔵菩薩・徳蔵菩薩・宝蔵菩薩・金蔵菩薩・金剛蔵菩薩・光明王菩薩・山海慧菩薩・華厳王菩薩・衆宝王菩薩・月光王菩薩・日照王菩薩・三昧王菩薩・定自在王菩薩・大自在王菩薩・白象王菩薩・大威徳王菩薩・無辺身菩薩である。

«無量寿経》の阿弥陀仏の本願 (第三十七願) にいわれている。

人々がわたしの名を聞いて、身を地に投げて、うやうやしく礼拝し、喜び信じて菩薩の行にいそしむならば、天・人ともに、その行者を敬わぬものはないであろう。そうでなければ、わたしは決してさとりを開くまい。以上は冥得護持である。

«大集経》の賢護分に説かれている。

善男・善女があって、端座して、おもいを繋け、心を専らにして、かの阿弥陀如来を想い、このような相好、このような威儀ふるまい、このような大衆、このような説法などを、聞いたとおりに念を繋け、一心に相続して、順序を乱さず、あるいは一日を経、あるいはまた一夜を経る。このようにして、あるいは七日七夜に至るまで、先に聞いたとおりに、つぶさに念ずるから、この人は必ず、阿弥陀如来を見たてまつるのである。もし、昼に見たてまつることができないならば、あるいは夜中に、あるいは夢の中に、阿弥陀仏は必ず現われたもうであろう。

«観経》に説かれている。

眉間の白毫を観ずるならば、八万四千の相好が自然に見られるであろう。こうして、無量寿仏を見たてまつるならば、それはすなわち、十方世界の無数の諸仏がたを見ることになる。無数の諸仏がたを見るのであるから、それによって諸仏がたは、まのあたり成仏の記別を授けてくださるであろう。これを〈あまねく一切の色相すがたを観ずる〉という。以上は、見仏である。

«鼓音声王経》に説かれている。

十日十夜のあいだ一日に六度、念を専らにし、身を地に投げて、かの阿弥陀仏を礼敬し、堅く正しいおもいで心の散り乱れるのを悉く除き、もし、よく念々に相続したならば、十日の内に、必ずかの阿弥陀仏を見たてまつることができ、ならびに、十方世界の如来とその住したもう所とを見ることができよう。ただ、重い障りをもつ者と鈍根の人は除くので、今のわずかなときでは見たてまつることはできないのである。このようにしてすべての諸善を、皆悉くふりむけて、安楽世界に往生したいと願うならば、臨終が迫ってきた日に、阿弥陀仏は、多くの大衆と共に、その人の前に現われて、なぐさめ、讃めたたえたもう。この人は、その時おおいに悦びを生ずるであろう。この因縁によって、その願いどおりに、すぐさま往生することができるのである。

«平等覚経》に説かれている。

仏が仰せられる。「かならず斎戒をたもち、一心清浄にして、中夜に常に念じ、無量清浄仏の国に往生したいとおもい、十日十夜の間、絶えないようにせよ。わたしは、皆、これをあわれんで、悉く無量清浄仏の国に生まれさせるであろう。さては一日一夜に行ずるのも、またこのとおりである。或は、この文を下の諸行門の中に置いてもよい。

«無量寿経》の偈に説かれている。

かのみ仏の本願力は 名号を聞いて往生を願うものを

みなことごとくかの国に到らせ おのずから不退の位に入らしめる

«観経》の下品上生の人は、

命の終ろうとする時に臨んで、手をくみ合わせて合掌し「南無阿弥陀仏」と称える。仏の名を称えることにより、五十億劫という長い間の生死の罪がすべて除かれ、化仏の後にしたがって、浄土の宝池の中に生まれるのである。

下品中生の人は、

命の終ろうとする時に臨んで、地獄の猛火が一時にその人の前に押し寄せて来るが、阿弥陀仏の十力の威徳と甲様の不思議の力とその戒・定・慧と解脱と解脱智見のすぐれた徳を聞くと、八十億劫という長い間の生死の罪を除き、地獄の猛火は、たちまち、さわやかな風に変って多くの華を吹き散らす。その花の上には、いずれも化仏と化菩薩がおられて、その人を迎えられ、直ちに往生する。

下品下生の人は、

命の終ろうとする時に臨んで、臨終の苦しみにせめられて、仏を念ずることができない。そこで、善知識の教に随って、ただ、こころから声をつづけて、「南無無量寿仏」と十声称える。仏のみ名を称えたことによって、一声一声の中に八十億劫という長い間の生死の罪が除かれ、わずかな時間のうちに、はや極楽世界に往生することができるのである。

«無量寿経》の阿弥陀仏の本願にいわれている。

あらゆる世界の衆生が、わたしの名を聞いて、涅槃を得るに定まった身となり、もろもろの深妙の智慧を得られないようなら、決してさとりを開くまい。(第三十四願)

他方の国の菩薩たちがわたしの名を聞いて、ただちに不退の位に到ることができないようなら、決してさとりを開くまい。(第四十七願)

«観経》に説かれている。

もし、念仏するものがあるならば、その人こそ、まことに人々の中で白蓮華ともたたえられる尊い人であると知るがよい。それゆえ、観音・勢至の二菩薩は、その人のために勝れた友となってくだされる。そこで、その人は、諸仏の家である無量寿仏の浄土に生まれて、かならず成仏するのである。以上は将来の勝れた利益である。その他は上の別時念仏門のとおりである。

【64】第六に引例勧信とは、«観仏三昧経》の第三巻に、仏が弟子たちに告げて仰せられる。

毘婆尸仏の像法の世に、ひとりの長者があった。名づけて月徳という。その五百人の子供が、同時に重い病にかかった。父の長者は、子の前にいって涙を流し、合掌して、子供たちにいった。「お前達は、邪見に沈んで、正しい法を信じていない。今、無常の刀は、お前達の身を截りさくのだが、何をたのみとするのか。毘婆尸と名づける仏がおられる。お前達は、この仏のみ名を称えるがよい。」子供たちは、その父を敬っていたので、この言葉を聞いてから、「南無仏」と称えた。父はまた、「お前達、帰依法と称えよ、帰依僧と称えよ」と告げた。三度称えないうちに、子供たちは命が終った。しかし「南無仏」と称えたために、四天王のところに生まれた。その天上界での寿が尽きると、前の邪見の業によって、大地獄に堕ちた。獄卒の羅刹は、熱い鉄のひしで、その眼を刺しつぶした。この苦しみを受けた時、父の長者の教え諭されたことを憶い出して念仏したので、地獄から出てまた人間の世界に生まれた。尸棄仏が、この世に出られた時に、ただ仏のみ名を聞いただけで、仏のお姿を見たてまつらなかった。さては迦葉仏が世に出られた時も、また、そのみ名を聞いただけである。このように六仏のみ名を聞いた因縁によって、わたしとともに同じ世に生まれたのである。この諸の比丘たちは、前の世に、悪心を抱いたから仏の正しい法を謗ったのであるけれども、ただ父に教えられたために、「南無仏」と称えたので、どの生を受けた時にも、常に諸仏のみ名を聞くことができた。そうして今の世に、わたしの出世にって、諸のさわりが除かれたので阿羅漢と成ったのである。

また説かれている。

燃灯仏の末法の時に、ひとりの阿羅漢があった。その千人の弟子が、阿羅漢の説を聞いて、心に瞋り恨みをいだいたのである。その寿命の長さにしたがって、それぞれ、寿が終ろうとしたとき、阿羅漢が「南無諸仏」と称えるように教えた。仏名を称えおわったので、忉利天に生まれることができた。中略 未来の世に、仏となることができて、「南無光照」と号するであろう。

«観仏三昧経》の第七巻には、文殊菩薩が、みずから、過去の宝威徳仏に値って、礼拝したことを説いている。

その時、釈迦世尊は、讃めて仰せられた。「よろしい、よろしい。文殊師利よ、そなたはむかし、一たび仏を礼拝した功徳によって、数限りない多くの仏たちにいたてまつることができたのである。まして将来に、わたしの弟子たちで勤めて仏を観ずる者は、なおさらである。また仏が阿難に仰せられる。「そなたは、文殊師利のいったことをよくたもって、いまの大衆や後の世の人々にあまねく伝えるがよい。もし、よく礼拝するものや、仏のみ名を称えるもの、あるいは仏を観ずるものは、まことにこの人は、文殊師利と等しい利益をうけるであろう。そして命終って、次の世には、文殊師利などの多くの大菩薩がその先達となって導くであろう。

また説かれている。

あるとき十方世界の仏が、釈迦如来の所に来て、結跏趺坐せられた。東方の善徳仏が大衆に告げて仰せられるには、「わたしが、過去無量世の時を思うのに、宝威徳上王という仏が世に出られた。その時に一人の比丘があって、九人の弟子とともに、仏塔にまいって、仏像を礼拝するうちにいったいの尊いおすがたを見たてまつった。礼拝しおわって、あきらかに見たてまつり、偈を説いて讃嘆した。その後に命が終って、悉く東方の宝威徳上王仏の国に生まれ、大きな蓮華の中に結跏趺坐し、忽然として化生した。それより以後、つねに仏に値いたてまつることができ、諸仏のみもとで、仏道の行を浄く修めて念仏三昧を得た。三昧を得おわって、仏は、ために成仏の記別を授けられ、十方世界において、それぞれ成仏することができた。東方の善徳仏とは、その時の比丘で、わが身がこれである。東南方の無憂徳仏、南方の旃檀徳仏、西南方の宝施仏、西方の無量明仏、西北方の華徳仏、北方の相徳仏、東北方の三乗行仏、上方の広衆徳仏、下方の明徳仏は、そのときの九人の弟子で、このように、十仏は過去に塔を礼拝し、仏像を観察し、一偈をもって讃嘆したことによって、今、十方において、それぞれ成仏することができたのである。この言葉を説きおわられて後、善徳仏は釈迦世尊にうかがい訊ね、その挨拶が終ると、大光明を放って、おのおの本国に還りたもうたのである。

また説かれている。

四仏世尊が空から降りて、釈迦仏の床に坐り、讃めて仰せられた。「善いかな、善いかな。釈迦仏は、よく未来の時の濁悪の人々のために、三世の諸仏の白毫の光の相を説いて、諸の人々の罪咎を滅ぼすことを得させられる。どういういわれかというと、わたしの昔をおもうてみると、空王仏のみもとで、出家して仏道を学んでいた。その時に四人の比丘がいて、共に学友となって仏の正法を習ったが、煩悩が心を覆い、堅く仏法の宝蔵をたもつことができず、不善の業が多くて、悪道に堕ちようとしたのである。ときに、空中に声があって、比丘に語っていうには、『空王如来は、もう入滅したもうて、そなたの犯した罪を救う者はないと思っているけれども、そなたたちは、いま塔に入って仏像を観ずるがよい。仏の在世と等しくて、異なることはないであろう』と。わたくしたちはこの空中の声に従って塔に入り、仏像の眉間の白毫を観じて、すぐにこのような念をしたのである。『如来が世にましました時の光明や色身おすがたは、この仏像とどうして異なることがあろうか。仏のすぐれた相が、どうか、わたしの罪を除いて下さるように。』こういいおわって、大きな山の崩れるように身を地に投げて、諸の罪を懺悔したのである。それから以後、八十億阿僧祇劫のあいだ、悪道に堕ちないで、生々世々に常に十方の諸仏を見たてまつり、諸仏のみもとにおいて甚深の念仏三昧を受けたもった。三昧を得おわったときに、諸仏が目の前に現われて、わたしに記別を授けられた。東方妙喜国の阿閦仏とは、すなわち第一の比丘のことであり、南方歓喜国の宝相仏とは、第二の比丘であり、西方極楽国の無量寿仏とは、第三の比丘であり、北方蓮華荘厳国の微妙声仏とは、第四の比丘のことである。」このように告げられてから、四仏は、それぞれ右の手をさしのべて、阿難の頂をなで、「そなたは、仏の語を持って、広く未来の多くの人々のために説くがよい」と告げられた。これを三たび仰せられたのち、それぞれ光明を放って本国に還りたもうたのである。

また説かれている。

財首菩薩は、釈迦仏に申しあげていう。「世尊、わたくしが量りない過去世の時を思いますに、仏世尊がおられて、やはり釈迦牟尼と申しあげました。かの仏の滅後に金幡という一人の王子がありました。憍慢・邪見で、正法を信じませんでした。ところが、定自在と名づける善知識の比丘がいて、王子に告げていうには、『世に仏像があって、多くの宝で飾られてあります。しばらく塔に入って、仏のおすがたを観られるがよい』と。そこで王子は、善知識の言葉に随って、塔に入り仏像を観ました。仏像の相好おすがたを見てから、比丘に向かっていうには、『仏像でさえ、立派なことはこのとおりであるから、まして、仏のほんとうのおすがたはどんなに立派なことだろう』と。比丘が告げていう。『あなたは、いま仏像を見て礼拝することができないなら、南無仏と称えなさい。』その時、王子はたなごころを合わせて、敬って『南無仏』と称えました。王子は宮殿に帰り、念をかけて塔中の仏像を念じました。すると夜明前になって、夢に仏像を見たてまつった。仏像を見たてまつったために、心大いに喜んで、邪見を離れ、三宝に帰依しました。命が終ると、前の塔に入って、南無仏と称えた因縁の功徳に由って、九百万億那由他の仏たちに値うことができ、甚深の念仏三昧を得ました。三昧の力によって、諸仏がまのあたりに記別を授けられ、これより以後、百万阿僧祇劫のあいだ悪道に堕ちることなく、今日に至って、甚深の首楞厳三昧を得たのであります。その時の王子が、今のわたくし財首であります。」

また説かれている。

仏が仰せられる。「わたしは、今の世の諸の菩薩と一緒に、かつて過去の栴檀窟仏のみもとで、この諸仏が現わされるさまざまの色身おすがたを観ずる法を聞いた。この因縁の功徳の力によって九百万億阿僧祇劫の生死まよいの罪を超えて、この賢劫にあって、次第に成仏するのである。中略 このように、十方の無量の諸仏も、みなこの観仏三昧の法によって仏果を成じたもうたのである。

«迦葉経》に説かれている。

「むかし、過去久遠阿僧祇劫に、光明と名づける仏が世に出られた。この仏が涅槃に入りたもうた後、大精進と名づける一人の菩薩があった。年はやっと十六で婆羅門の種族で、たぐいなく端正であった。一人の比丘が白い毛氈の上に仏の形像おすがたえがき、これを大精進に与えた。大精進はこの仏像を見て、心大いに喜び、『如来の形像でさえ、うるわしいことはこのようである。まして、真実の仏身は、なおさらであろう。なにとぞ、わたくしも未来にまたこのようなうるわしい身を成就したいものだ』といった。こういってから、〈わたくしが、もし在家のままなら、このような身を得ることは難しいだろう〉と思った。そこで、父母に申して、どうか出家させてほしいと願ったが、父母はこう答えた。『わたくしたちは、今や年老い、ただ、そなた一人しか子供はない。そなたがもし出家するならば、わたくしたちは死んでしまうだろう」と。そこで大精進は、『もし、わたくしの出家を許して下さらなければ、わたくしは経から、飲まず、食わず、床座とこに昇らず、またものも言いますまい』と父母にいった。こういう誓を立ててから、一日絶食し、かくして六日たった時、父母・友人、八万四千の多くの采女などは、同時に悲しみ泣いて、大精進を礼拝し、出家を許したのである。かくて、出家することができたので、仏像をもって山に入り、草をとって座とし、画像の前で結跏趺坐し、一心に『この画像は、如来と異なるものではない。如来の像は、覚るところでもなく、知ることでもない。すべての諸法も、またこのようである。相はなく、相を離れ、本体は空寂である』とあきらかに観じた。この観をしおわると、一昼夜を経て、五神通を成就し、四無量心を具え、四無碍弁を得、普光三昧を得て、大光明を具えたのである。清浄な天眼で東方の数かぎりもない仏を見、清浄な天耳で、仏の説きたもうことを聞いて、悉くよく聴受した。七日を満たすあいだ、智慧を食物とし、すべての諸天は花を散らして供養した。山から出て村に来り、人々のためにみのりを説いたとき、二万の人は菩提心をおこし、無量無数の人は、声聞や縁覚の功徳に住し、父母親族は、みな無上菩提に至るまで退かない身となった。」

さて、仏は迦葉に仰せられた。「この昔の大精進とは、今のわたくしのことである。かの仏像を観じたことに由って、いま成仏することができたのである。もし、よくこのような観を学ぶ人があるならば、未来には、必ず無常仏果を成就するであろう。」

«比喩経》の第二巻に説かれている。

昔、ひとりの比丘があった。その母を済度しようと思ったが、母は、はやすでに命がつきていた。そこでさとりの眼で、天上界や人間界や、畜生・餓鬼の中をさがし求めたけれども、遂に母を見つけられなかった。地獄を観ると、その中に母が落ちている。そこで、もだえ悲しみ広く方法をめぐらして、その苦しみを逃れさせたいと思った。時に、父を殺して国を奪った辺境の王があった。比丘は、この王の命は余すところ七日で、その罪を受ける処が、この比丘の母と同じ所であることを知ったので、ものしずかな夜に、王の寝所に到り、壁に孔をあけて半身を現わした。王は怖れて、刀を抜いて頭を切り、頭はすぐに地に落ちたが、比丘はもとのとおりであった。数辺も頭を切って、仮現の頭は地に満ちたけれども、比丘は少しも変わらない。王のこころはそこで解け、その尋常でないことがわかったので、頭を地につけて、そのあやまちを詫びた。比丘は、「恐れなくてもよい。怖れなくてもよい。わたくしは、そなたを救いたいと思うばかりなのだ。そなたは、父の王を殺して、国を奪ったというが、どうなのか」といった。王は「本当にそのとおりであります。なにとぞお慈悲をもってお救いくださいますよう」と答えた。比丘は、「たとい大きな功徳を作っても、おそらく及ばないことでしょう。王よ、南無仏と称えなさい。七日のあいだ、絶え間なく称えるならば、罪を免れることができるでありましょう」といった。そして、重ねて王に「慎んで、この法を忘れないように」と告げて、すぐさま飛び去ってしまった。そこで、王は手をくみあわせて、一心に「南無仏」と称えて、昼も夜も怠らず、七日たって、その命が終った。王の魂神たましいが地獄の門に向かって「南無仏」と称えたので、地獄の中の人は仏の音声を聞いて、皆一時に「南無仏」と称え、すぐさま地獄の暑さが冷めたのである。そこで比丘は、その比丘の母や王や地獄の中の人たちのために法を説き、それらの人たちは、皆救われることができ、後に、大いに努めて、須陀洹道を得たのであった。以上の諸文は抜き書きした。

«優婆塞戒経》に説かれている。

善男子よ、わたしは、昔、邪見の家に堕ち、煩悩の網がみずからわたしを覆っていた。わたしは、そのとき、広利という名であった。妻はすぐれた女で、努め励み、量りなくさとり、十善をもって人を導いていた。わたしは、そのとき、猟殺の心を起こし、酒肉をむさぼり、怠りなまけて、努力することができなかった。妻は時に、わたしに、「その猟殺を止め、酒肉を誡めて断ち、努力していくようになされば地獄の苦悩のわずらいのがれ、天上界に生まれて夫婦ともどもに暮されましょう」と語った。わたしは、その時でも殺生の心が止まず、酒肉の美味を捨てることはできず、努力の心は怠けてすすまず、天上界に生まれるおもいをやめ地獄に堕ちる業を作っていたのである。その頃、わたしは村里の内に住み、寺に近かったから、しばしば鐘のを聞いた。妻はわたしに、「どれもこれもできないとおっしゃるなら、鐘の音を聞かれた時、三たび指を弾いて、一たび仏のみ名を称えてください。身をおさめてみずからつつしみ、憍慢をおこしてはなりません。夜中でも、この法をやめてはなりません」と語った。そこで、わたしは、この法を用いて、もう捨て失うことはなかった。十二年を経て、わたしの妻は、命終り、忉利天に生まれた。その後三年たって、わたしもまた寿命が尽きたのである。閻魔王の所に至った時、わたしを裁いて罪を定め、地獄の門に向かわせた。地獄の門に入ろうとした時、三声の鐘の音を聞いた。すぐさまわたしは立ち止まって、心に歓喜を生じ、で喜んで厭わずに、作法通りに三たび指を弾き、声を長く引いて、仏の名を唱えたのである。その声々はみな慈悲にみちて、浄らかなこえが朗らかにとおった。閻魔王は聞きおわって、心に甚だはずかしく思い、「これこそ本当の菩薩である。どうして間違って裁いたのだろうか」といい、すぐにおくり還して天上界に往かせた。さて、天上界に到ると、全身を地に投げ、わが妻を礼敬し、「大師よ。幸いにも大恩を承けて、いま、すくわれました。これから菩提に至るまで、おおせにはそむきませぬ」といったのである。

 また、震旦しなでは、東晋からこのかた唐代に至るまで、阿弥陀仏を念じて、浄土に往生したものが、道俗男女合わせて五十余人あることは、《浄土論》並びに《端応伝》に出ている。僧二十三人、尼六人、沙弥二人、在家の男女合わせて二十四人。わが国において往生したものも、かなりある。詳しくは、慶滋保胤の《日本往生極楽記》に記されている。まして、市にいてその徳を隠したり、山林にのがれて名を知られないようにした者で、独り往生の行を修めて、独りこの世を去る者については、誰がそれを知ることができようか。

 問う。《観経》にある下下品の人と、《観仏三昧経》の五百の仏弟子とは、臨終に同じく念仏したのに、一は昇り、他は沈むとは、どうして区別があるのか。

 答える。《群疑論》に説明していわれている。

五百の仏弟子は、ただ父の教に依って、一たび仏を念じたけれども、菩提心をおこし浄土に生まれようと求めてねんごろに慙愧しない。また彼らは至心でもなく、また、ただ一念だけで、《観経》のように十念を具えていないからである。

【65】第七に、悪趣の利益を明かせば、«大悲経》の第二巻に説かれている。

もし、また人があって、ただ心に仏を念じ、一たびも敬い信ずる心を起こすならば、この人はまた涅槃さとりの果を得て、涅槃のはてを尽くすであろうと、わたしは説くのである。阿難よ、人間界における念仏の功徳はしばらくさしおこう。もし畜生が、仏世尊に対して念ずる心をよく生ずるならば、その善根の福報は涅槃さとりを得るであろうと、わたしはまた説くのである。

 問う。それはどういう事であるか。

 答える。《大悲経》の第三巻に、仏が阿難に仰せられる。

むかし、大商主があった。多くの商人をひきいて、大海に入ったとき、その船はにわかに、摩竭大魚に呑みくわれようとした。その時に、大商主や多くの商人は心驚き、身の毛もいよだって、それぞれみな泣き悲しんだのである。そして、「ああ不孝なことだ。わたくしが住んだあの国土 (閻浮提) は、かくも楽しく、かくもめずらしいのだ。世間の人間の身は、かくも得難いのに、わたくしは今や父母と別れようとしている。姉妹や妻子、親戚や朋友とも別れて、もう会うこともないであろう。また仏と多くの僧をも見たてまつることはできないであろう」といって、たいへん泣き悲しんだ。その時に大商主は右肩を脱ぎ、右膝を地に着けて船の上にとどまり、一心に仏を念じて合掌礼拝し、高声に「大無畏を得たまえる方、大慈悲の方、一切衆生を憐れみたもう方である諸仏に南無したてまつる」と唱えた。このように、三たび称えた時、多くの商人たちも、また同時に、このように三たび称えたのである。その時に摩竭魚は、人々が礼拝して仏の名号を称える声を聞いて、大きな敬愛の心を生じ、声を聞くや、すぐさま口を閉じた。かくて、大商主および多くの商人たちは、皆悉く安穏に摩竭魚の難を免れることができた。さて摩竭魚は、「仏」という声を聞いて、心に喜びを生じたので、もはや他の多くの生物をも食わなかった。この功力によって、命が終ったとき人間に生まれることができ、その仏のみもとで仏法を聞いて出家し、善知識に近づいて、阿羅漢のさとりを得たのであった。阿難よ、そなたは、かの摩竭魚のことを考えるがよい。畜生道に生まれてさえも、仏のみ名を聞くことができ、仏のみ名を聞きおわって、ついにさとりを得たのである。まして人間で仏のみ名を聞くことができ、正法を聴聞するものがあれば、なおさらのことである。

また《菩薩処胎経》の八斎品に説かれている。

竜の子が、金翅鳥のために、次のような偈を説いていう。

生物を殺すのはこれ不善の行で 寿命いのちをちぢめて中夭わかじにする

この身は朝の露のようで 光を見ればすぐに命が終る

戒を持って仏語にしたがえば 長寿天に生まれることができる

永劫に福徳を積めば 畜生道に堕ちることはない

わが身は竜の身を受けているが 戒徳を浄くたもっている

畜生道の中に堕ちてはいるが 必ずみずから免れ出よう

この時、竜の子が、この偈を説いたときの他の竜の子や竜の女たちは心が開けたのである。かくて寿命が尽きた後には、みな阿弥陀仏の国に往生することになるであろう。以上。これは八斎戒を守っている竜の子である。

 その他の悪趣のものも、仏語を信ずるならば、浄土に生まれることは、これに準ずる。地獄における利益は、前に引いた〈比喩経〉の国王の因縁、ならびに下に出す粗心の妙果に明かすとおりである。

 また諸のその他の利益は、下に明かす念仏の功徳のとおりである。

【66】大文第八に念仏の証拠とは、

 問う。すべての善業には、それぞれ利益があり、それぞれ往生することができるのに、どういうわけで、ただ念仏の一門だけを勧めるのか。

 答える。今、念仏を勧めることは、決して、その他の種々のすぐれた行をさえぎるのではない。ただ男でも女でも、身分の高いものでも、低いものでも、その行住座臥の区別なく、ときところやいろいろの場合を論ぜず、これを修めるのに難しくなく、そして臨終までも往生を願い求めるのに、その便宜を得ることは、念仏におよぶものはないからである。それ故に《木槵経》に説かれている。

難陀国の波瑠璃王が、使者を遣わして、仏に申しあげていう。「ただ願わくは世尊、殊にいつくしみを垂れて、わたくしに肝要な法を賜り、日夜をたやすく修行することを得させ、未来世には多くの苦しみを離れさせて下さい。」仏は告げて仰せられる。「大王よ、もし煩悩まどいの障りや報いの障りを滅しようと思うならば、木槵子むくろじの種子百八を貫き、それをいつも身につけて持つがよい。もしは歩むにも、坐るにも、もしは臥すにも、つねに至心をもって、心を散らさず、仏・法・僧の名を称えては、一つの木槵子をつまぐれ。このようにして、もしは十遍、もしは二十遍、もしは百遍、もしは千遍、さらには百千万遍せよ。もしよく二十万遍を満たして、身心が乱れずに、いろいろないつわり曲ったことがなければ、命終って第三の閻魔天に生まれることができ、衣食が自然に得られて、いつも安らかな楽しみを受けるであろう。もし、またよく百万遍を満たすならば、百八の煩悩のはたらきを断ち、迷いの流れに背いて涅槃の道に趣き、無上の仏果を獲るであろう。」抜き書きした。懐感禅師の意もまたこれと同じである。

 まして、またもろもろの聖教の中には、多く念仏を往生の業としている。その文は甚だ多いが、略して十文を出そう。

 一つには、《占察経》の下巻に説かれている。

もし人あって、他方の現在の浄土に生まれようとおもうならば、かの世界の仏の名号に随い、意を専らにしてとなえるべきである。一心不乱にして、上のように観察するならば、まちがいなく、かの仏の浄土に生まれることができ、善根が増長して速やかに不退の位に入るであろう。ここに「上のように観察する」というのは、地蔵菩薩の法身と諸仏の法身と自分自身とは、その体性が平等であって、二つなく、生ぜずメッセ図、常楽我浄であって、功徳が円満していると観ずる。また自分の身は無常で、幻のようであり、厭うべきものであると観ずるなどのことをいうのである。

 二つには、《無量寿経》の三輩の業については、それぞれ浅深があるけれども、いずれにも通じて説かれている。

一向にもっぱら、無量寿仏を念ぜよ。

 三つには、四十八願の中で、念仏の法について、特別に一願をおこして誓われてある。

少なくとも十念して、もし往生しなかったならば、仏にはなるまい。

 四つには、《観経》に説かれている。

極重の悪人は、他の方法がない。ただ身だの名号を称念して、極楽往生を得るばかりである。

 五つには、同じ経に説かれている。

もし至心まごころから西方の極楽浄土に生まれたいと念うならば、まず浄土の池水の上に、一丈六尺の無量寿仏の像がおいでになると観ずるがよい。

 六つには、同じ経に説かれている。

光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂め取って捨てたまわない。

 七つには、《阿弥陀経》に説かれている。

自分が積むような、わずかな善根功徳の因縁たねでは、かの浄土に往生することはできぬ。もし善男・善女があって阿弥陀仏のいわれを説くのを聞き、その名号みなをたもって、あるいは一日 中略 あるいは七日の間、一心にして乱れないならば、その人の臨終には、阿弥陀仏が多くの聖衆とともに、その前に現われてくださる。そこで、この人は命の終るとき、心が乱れまどうことなく、ただちに阿弥陀仏の極楽に生まれることができる。

 八つには、《般舟経》に説かれている。

阿弥陀仏が仰せられる。「わが国に来生しようと念うならば、わたしをたびたび念ずべきである。常にもっぱら念じて、やめてはならない。このようにすれば、わたしの国に来生することができよう。」

 九つには、《鼓音声経》に説かれている。

もし、僧俗男女があって、よくまさしくかの阿弥陀仏の名号をたもつならば、この功徳によって、命が終ろうとする時に臨んで、阿弥陀仏は、聖衆とともにこの人の所に往き、その人に仏を見させる。仏を見おわって、そこで往生するのである。

 十には、《往生論》にいわれている。

かの阿弥陀仏の浄土や仏・菩薩の功徳を観念することをもって往生の業とする。

 この中で、《観経》の下下品と《阿弥陀経》と《鼓音声経》とは、ただ名号を称念することを往生の業としている。まして相好や功徳を観念することについてはいうまでもないことである。

 問う。念仏以外の行には、どうして信を勧めるの文がないのであろうか。

 答える。その他の行法は、かの法のいろいろの効能はたらきを明かすことのついでとして、その中に、おのずから往生の事を説いているのである。往生の要を直接にのべて、多く「仏を念ぜよ」というようなことではない。まして阿弥陀仏はみずから、すでに「わたしを念ずべきである」と仰せられているのだから、なおさらのことである。また仏の光明は、その他の行人を摂め取るとは仰せられていないのである。

 これらの文で、はっきりとしている。どうして重ねて疑問を生ずることがあろうか。

 問う。諸経に説くところは、それぞれの機に随ってさまざまである。どうしてせまい考えで、一文に固執するのか。

 答える。馬鳴菩薩の《大乗起信論》にいわれている。

また次に、初めてこの法を学ぼうとする人で、その心がおびえて弱く、信心が成就することのできがたいのをおそれ、退転しようとおもう者は、如来にはすぐれた方法があって、信心を護ってくださると知るがよい。すなわち、専心に仏を念ずる因縁によって、願いのままに、他方の仏土に往生することができるのである。経に、「もし人があって、専ら西方の阿弥陀仏を念じ、作った善業を回向して、かの世界に生まれようと願い求めるならば、すなわち往生することができると説いてあるとおりである。

 これで明らかに知られた。経には多く念仏を往生の要としているのである。もし、そうでないならば、人々の依りどころとなる四依の菩薩は、道理をつくさないこととなるであろう。

【67】大文第九に往生の諸行を明かすというのは、すなわち極楽往生を求める者は、必ずしも念仏を専らにするとは限らず、その他の行をも明かして、それぞれの望みに任す必要がある。これをまた二つに分ける。一つには個々別々に諸経の文を明かし、次には総じて諸業を結ぶ。

【68】一つに、諸経を明かすならば、《四十華厳経》の普賢願、《三千仏名経》・《無字宝篋経》・《法華経》などのもろもろの大乗経、《随求陀羅尼経》・《尊勝陀羅尼経》・《無垢浄光大陀羅尼経》・《如意輪陀羅尼経》・《阿嚕力迦》・《不空羂索神変真言経》・《光明真言》・《阿弥陀大呪》、および龍樹菩薩が感得せられた往生浄土などの呪文がそれである。これら顕教・密教の諸大乗の中には、みな受けたもち、読誦するなどをもって極楽に往生する行業としているのである。

«大阿弥陀経》に説かれている。

斎戒し、一心清浄にして、中夜に常に念じて阿弥陀仏の国に生まれようと願い、十日十夜の間、絶えないようにすべきである。わたしは皆これを愍み、悉く阿弥陀仏の国に往生させるであろう。特に、そうすることができなければ、みずから思うて、よくよく計るがよい。この身を救い脱れようと思うならば、浄土への念を絶ってはならない。愛着を去って、家の事をおもうてはならない。婦女と床を同じうしてはならない。みずから身心を正して、愛欲を断ち、一心に斎戒清浄にして、もっぱら阿弥陀仏の国に生まれようと念じて、一日一夜の間、絶えなければ、命が終って皆その国に往生し、七宝の浴池の蓮華の中に化生するであろう。この経は、持戒を主とするのである。

«十往生阿弥陀仏国経》に説かれている。

わたしは今、そなたのために説こう。十種の往生法がある。その十種の往生法とは何であるかというと、一つには、身を観じて正念に、いつも歓喜の心をいだき、飲食・衣服を仏および僧に供養するならば、阿弥陀仏の国に往生する。二つには、正念にすぐれた良い薬をもって、独りの病気の比丘、およびすべての衆生に施すならば、阿弥陀仏の国に往生する。三つには、正念に、生物の命を一つもそこなわず、すべてのものをあわれむならば、阿弥陀仏の国に往生する。四つには、正念に師匠のもとに従って戒を受け、浄らかな心で仏道の行を修め、心にいつも喜びをいだくならば、阿弥陀仏の国に往生する。五つには、正念に、父母に孝行し、師長に敬いつかえて、憍慢の心を懐かないならば、阿弥陀仏の国に往生する。六つには、正念に、僧房に参詣し、塔寺を敬い、法を聞いて一義を領解するならば、阿弥陀仏の国に往生する。七つには、正念に、一日一夜のあいだ、八戒斎をたもち、一日一夜のあいだたもって一つも壊らないならば、阿弥陀仏の国に往生する。八つには、正念に、もしよく斎月や斎日の間は、自分の住家を離れて常に善師のもとに往くならば、阿弥陀仏の国に往生する。九つには、正念に、いつもよく浄らかな戒をたもおて、禅定を楽しんで修め、法を護って悪い言葉をいわない。もしよくこのように行ずるならば、阿弥陀仏の国に往生する。十には、正念に、もし無上のさとりに対して誹謗の心を起こさず、精進して浄らかな戒律をたもち、また無智の者に教えて、この教法をひろめ、多くの衆生を教化すれば、このような人たちは、みなことごとく阿弥陀仏の国に往生することができる。

«弥勒問経》に説かれている。

「仏がお説きになったとおり、阿弥陀仏の功徳利益を願って、もしよく十念相続し、たえずかの阿弥陀仏を念ずる者は、往生することができるということでありますが、それはどのように念ずべきでありましょうか。」仏が仰せられる。「これにはおよそ十念がある。その十とはどういうものか。一つには、すべて衆生に対し、常にいつくしみの心を起こして、その行を破らない。もし、その行を破るならば、ついに往生しないであろう。二つには、すべての衆生に対して常にあわれみの心を起こして、そこない傷つける意を除く。三つには、護法の心を発して身命を惜まず、すべての法に対して誹謗を生じない。四つには、忍辱の中において、決定の心を生ずる。五つには、深心清浄であって、利欲にけがされない。六つには、一切智の心を発し、日々に常に念じてすたれ忘れることはない。七つには、すべての衆生に対して尊重の心を起こし、我慢の心を除いて、へりくだって話す。八つには、世間の談話に対して執着の心を生じない。九つには、さとりこころに近づき、いろいろの善根の因縁を深く起こし、騒がしく乱れる心を遠ざける。十には、正念に仏を観じ、諸の想を除き去るのである。

«宝積経》の第九十二巻に、仏は、またこの十心で弥勒菩薩の問に答えられている。その中の第六心にいう。

仏の一切智を求め、すべての時に、これを忘れない心。

その他の九種の心は、その文は少し異なるけれども、その意味は前の経に同じ。ただ、その結びの文にいわれている。

もし、人があって、この十種の心の中で、どれか一つの心を成就してかの仏の世界に往生しようと願い、もし生まれることができないというならば、そんな道理はない。

これで見ると、かならずしも十心をすべて具えて、往生の業とするのではないことが、明らかである。

«観経》に説かれている。

「かの極楽世界に生まれようと願うものは、つぎの三種の福徳を積まねばならない。一つには、父母に孝養をつくし、よく師匠や目上の人に仕え、慈悲の心をもって殺生をせず、十善の行を修める。二つには三帰戒を受け、いろいろの戒をたもち、威儀を犯さない。三つには菩提心を発し、深く因果の道理を信じ、大乗の経典を読誦し行者を勧める。このような三修の行ないを浄らかな行業というのである。」仏が韋提希に告げたもう。「おんみは、いま知っているかどうか。この三種の行ないは、過去・未来・現在の三世の諸仏が仏になるための浄らかな行業であり、正しいたねである。

また説かれている。

上品上生というのは次のようである。もし人々の中で、かの国に生まれたいと願う者は、三種の心を発してすなわち往生する。その三種の心とは何かといえば、一つには至誠心、二つには深心、三つには廻向発願心である。この三種の心を欠けめなく具えるものは、かならずかの国に生まれるのである。

さて、上品上生というのは、このような人々の中で、つぎの三種の行を修める人をいうのであって、それらの人々は、いずれもみな往生することができる。その三種の行を修める人とは、どのようなものかといえば、一つには、慈悲の心をもって殺生をせず、よくいろいろの戒行を守るもの。二つには、大乗の経典を読誦するもの。三つには、六念を修行するものがそれである。これらの人々は、おのおの、その修めるところの善根功徳によって、かの国に生まれたいと願い、少なくとも一日から七日ぐらいのあいだ行じて、それらの功徳をそなえ、それによって、ただちに往生することができる。

上品中生というのは、かならずしも大乗の経典を受持するとは限らないが、そのわけをよく理解し、奥深い第一義の道理を聞いても、それによって心が驚き動かされるようなことはなく、深く因果の道理を信じて、大乗の経典を謗らず、その功徳によって、極楽浄土に生まれようと願うものである。

上品下生というのは、また因果の道理を信じて、大乗の教を謗らず、ひとえに無上菩提を求める心を起こして、その功徳により、極楽に生まれようと願うものである。

中品上生というのは、人々の中で、五戒をまもり、八戒斎をたもち、その他、もろもろの戒律を修めて、五逆の罪を造らず、また、いろいろの罪過あやまちのないようにつとめ、それらの善根によって西方の極楽世界に生まれようと願うものである。

中品中生というのは、人々の中で、あるいは一日一夜の間、八戒斎を受け、あるいは一日一夜の間、沙弥戒をまもり、あるいは一日一夜の間、具足戒をたもって、少しも威儀を乱さず、その功徳によって、極楽浄土に生まれようと願うものである。

中品下生というのは、世間一般の善男・善女で、父母に孝養をつくし、いつくしみの心から、世の中のいろいろの善を行っているものである。

下品上生というのは、人々の中で、さまざまの悪業をつくっているもので、大乗の経典を謗るようなことはないが、いろいろの悪をつくって、少しも心に恥じることを知らない愚かな人たちである。こういう人が命の終ろうとするとき、いろいろな経典の題号のいわれを聞き、さらに合掌して「南無阿弥陀仏」と称える。

下品中生というのは、人々の中で、五戒や八戒や具足戒などのおきてを犯し破っているものである。このような愚かな人がいよいよ命の終ろうとするときには、地獄のさまざまの猛火が一時にその人の前に押し寄せて来る。このとき、たまたま善知識が、哀れみの心から、その人のために阿弥陀仏の十力の威徳を説き、さらにひろく光明の不思議の力を説き、また、その戒・定・慧と解脱と解脱智見のすぐれた徳をほめたたえるのに遇う。その人はこれを聞いて、ただちに八十億劫という長い間の生死まよいの罪が除かれる。

下品下生というのは、人々の中で、最も重い罪である五逆や十悪を作り、その他、悪という悪のすべてを犯しているものである。こういう愚かな人は、その悪業の報いで、かならず悪道におちねばならない。ところが、こういう愚かな人が命の終ろうとするとき、たまたま善知識に遇い、心に仏を念ずることはできないけれども、ただ至心まごころから声をつづけて、「南無阿弥陀仏」と十声称える。その仏名を唱えたことによって一声一声のうちに八十億劫という長い間の生死まよいの罪が除かれる。

«無量寿経》の三輩の行業も、また、この《観経》の九品の外ではないのである。また《観経》には、十六観の法を往生のたねとしている。

«宝積経》には仏前の蓮華に化生するのに、四つの因縁があることを説いている。その偈にいう。

花香を仏や塔廟にささげ 他のものを害せずまた仏像を造り

大菩提を深く信解すれば 蓮華にすわって仏の前に生まれることができる

その他は、煩雑になるから、ここには出さない。

【69】第二に、総じて諸業を結ぶというのは、慧遠法師が浄土往生の因の要を明かしているのに、四つある。

一つには、観を修めて往生する。十六観のようなものである。二つには、業を修めて往生する。三福業のようなものである。三つには、心を修めて往生する。至誠心などの三心である。四つには、帰依して往生する。浄土の事を聞いて帰依し、正念し、讃嘆するなどである。

 今、私見を出すと、諸経に説かれている行業は、総じて言うならば、 《梵網経》の戒品を出るものではなく、別して論ずるならば、六度の行を出ないのである。さらにくわしくその相を明かすならば十三となる。一つには、財物を与え、法を説くなどの布施。二つには三帰・五戒・八戒・十戒などの多くの戒行。三つには忍辱。四つには精進。五つには禅定。六つには般若。第一義(真如の理)を信ずるなどがこれである。七つには菩提心を発す。八つには六念を修行する。仏・法・僧・戒・施・天を念ずるのを六念という。十六想観も、また、これを出でぬ。九つには大乗の経典を読誦する。十には仏法を守護する。十一には父母に孝順し、師長につかえる。十二には憍慢を生じない。十三には利養に染まないことである。

«大集経》の月蔵分の偈に説かれている。

樹の実が繁ると速く自ら枯れるように 竹や芦が実を結ぶのもまたそのとおりである

驢馬がはらめばみずから身を喪うように 無智の者が利を求めることもまたこのとおり

比丘がもし供養を受けて 利養を求めてとらわれるならば

世にこれ以上の悪はなく かくて解脱さとりの道を得させない

このように利養を貪る者は すでに道を得てもまたふたたび失う

また《仏蔵経》に、迦葉仏が、あらかじめ説かれている。

釈迦牟尼仏は、多く供養を受けるから、その教法ははやく滅ぶであろう。

 如来の上においてさえ、このような次第であるから、まして凡夫にあっては、いうまでもないことである。大きな象が窓から出ようとして、ついに、ただ一つの尾のために妨げられ、行者が家を捨てても、ついに、名聞利養のために縛られるということがある。そこで、この迷いの世界から出離する最後の窓は、名聞利養より大きなものはないことが知られる。ただ、維摩居士は、身は家に在っても、心は家を出ており、薬王菩薩は、その前生に世塵を避けて雪山に居られた。今の世の行者もまた、このようにあるべきである。みずから、その根機をはかってふるまうべきである。もし、その心を制することができなければ、やはりその地を避けるべきである。麻の中に生えている蓬は自然と真直ぐになり、屠所の辺につながれた象は気が荒くなるという。その好くなったり、悪くなったりするのは何に由るのであろうか。《仏蔵経》を見て、その是非を知るべきである。

【70】大文第十に問答料簡というのは、略して十となる。第一には極楽の依正、第二には往生の階位、第三には往生の多少、第四には尋常の念相、第五には臨終の念相、第六には粗心の妙果、第七には諸行の勝劣、第八には信毀の因縁、第九には助道の資縁、第十には助道の人法である。

【71】第一に、極楽の依正とは、

 問う。阿弥陀仏とその極楽浄土は、どういう仏身と、どういう仏土とであるか。

 答える。天台大師がいわれている。

応身の仏であり、凡夫と聖者とが一緒に居る国土 (凡聖同居土) である。

慧遠法師がいわれている。

応身であり、応土である。

道綽法師がいわれている。

報仏であり報土である。昔から伝えて、みな「化土であり化身である」というが、これは大きな誤りである。《大乗同性経》によると「浄土で成仏される仏は、すべて報身であり、穢土で成仏される仏は、すべて化身である」といわれてある。またかの経には「阿弥陀如来・蓮華開敷星王如来・竜主如来・宝徳如来など、もろもろの仏たちの清浄なる仏国において、現にさとりを得られている方や、またまさにさとりを得べき方、このようなすべての仏はみな報身の仏である。どういうのが化身であるかというと、あたかも今日の踊歩健如来や魔恐怖如来などのような仏たちである」と説かれてある。以上。《安楽集》による。

 問う。かの阿弥陀仏は、成道したもうてから、もう久しい時間がたったのかどうか。

 答える。諸経には、多く十劫といい、《大阿弥陀経》には十小劫といい、《平等覚経》には十八劫といい、《称讃浄土教》には十大劫という。どれが正しいのか、よく分らない。けれども《無量寿経》の憬興師の疏には、《平等覚経》の十八劫という説を解釈していう。

十八劫の「八」というのは、考えてみると「小」の字の書き誤りで、その中の点を欠いたものであろう。

 問う。阿弥陀如来の未来の寿命はどれほどであるか。

 答える。《阿弥陀経》に説かれている。

無量無辺、阿僧祇劫である。

«観音授記経》に説かれている。

阿弥陀仏の寿命は、無料百千億劫であるが、その終極があるはずである。仏が入滅したもうて後、正法が世に住まることは仏の寿命と等しいであろう。善男子よ、この阿弥陀仏の正法が滅んで後、夜中を過ぎて夜が明ける時、観世音菩薩は菩提樹の下でさとりをひらいて、普光功徳山王如来と号するであろう。その仏の国土には、声聞や縁覚の名もない。その仏の国土を、衆宝普集荘厳と号するであろう。この普光功徳如来が入滅せられ、正法が滅んだ後、大勢至菩薩はただちに、その国で成仏し、善住功徳宝王如来と号するであろう。その国土・光明・寿命、さては正法の住まることは、等しくて異なることはないであろう。

 問う。《大乗同性経》には「報身」といい、《観音授記経》には「入滅する」という。この二経の相違を諸師は、どのように矛盾なく解釈しているか。

 答える。道綽禅師は《観音授記経》を解釈していわれている。

これは、如来の報身が、隠没おかくれすがたをあらわされるのであって、実の入滅ではない。

迦才は《大乗同性経》を解釈していわれている。

浄土での成仏を報身と判定するのは、受用身であって、実の報身ではない。

 問う。どちらを正しいとするのか。

 答える。迦才がいわれる。

人々の修行には、すでに千差があるから、往生して仏土を見るにも、また万別あるわけである。もし、このような解釈をするならば、諸の経や論の中に、あるいは報と判定したり、あるいは化と判定したりしても、皆妨げはない。ただし、諸仏の修行は、具さに報と化の二土を感得するということを知るべきである。«摂大乗論》の釈に「前方便の行は化を感じ、証を得るための正しき行は報を感ずる」というとおりである。報であっても、化であっても、皆、人々を救い遂げたいと思われるのである。つまり仏土はいたずらに設けず、行は空しく修するのではないのである。ただ、仏の語を信じ、経にしたがって専ら念ずれば、往生することができるのである。したがって、報と化とを詮索することは、いらぬことである。

この迦才の釈は善い。専ら称念すべきであって、苦労してかれこれと分別しないようにせよ。

 問う。かの阿弥陀仏の相好は、どうして同一でないのか。

 答える。《観仏三昧経》に、諸仏の相好を説いていわれている。

人間の相に同ずるために、三十二相と説き、諸の天人の相好に勝れていることを示すために八十好と説く。諸の菩薩のためには八万四千の諸の妙なる相好と説くのである。

かの阿弥陀仏の相好の不同についても、これに準じて知るべきである。

 問う。《無量寿経》には、

かの仏の菩提樹は、高さ四百万里である。

といい、《宝積経》には、

菩提樹は高さ十六億由旬である。

といい、《十往生経》には、

菩提樹の高さ四十万由旬で、樹の下に獅子座があり、その高さは五百由旬である。

といい、《観経》には、

仏身の高さは、六住万億那由他恒河沙由旬である。

などと説かれている。菩提樹と仏座と仏身と、どうしてつりあわないのか。

 答える。いろいろな解釈があって不同である。あるいは「仏の境界は、大小ともに互いにさまたげない」と釈し、あるいは「応身仏の場合として樹の高さを説き、真仏の場合として仏身の高さを説く」と釈する。そのほか多くの解釈があるが、詳しく述べることはできない。

 問う。《華厳経》に「娑婆世界の一劫を、極楽国の一日一夜とする」などと説かれている。これによって上品中生の人が、一夜を経て蓮華が開くというのは、この娑婆の半劫に相当するのであり、さては、下品下生の人が十二劫に至るというのは、この娑婆の恒河沙の微塵劫に相当することになることが知られる。これではどうして極楽と名づけられようか。

 答える。たとい恒河沙劫を経るまで、蓮華が開けなかったとしても、もはやわずかな苦もないのであるから、どうして極楽でないことがあろうか。«無量寿経》に説かれているとおりである。

その胎生の人たちのいる宮殿は、あるいは百由旬、あるいは五百由旬というような大きさであって、各自がその中でいろいろの楽しみを受けていることは忉利天のようである。

ある師がいう。

胎生とは、中品と下品とである。

ある師がいう。

胎生は、九品には摂めないのである。

 このように異説があるけれども、そのうける快楽には変わりがない。ましてかの九品の経る日時を判定することについては、諸師の説は不同であるから、なおさらのことである。懐感や智憬などの諸師が、かの国土の日夜・劫数であると認める立場からいえば、まことに疑問の起こるのは擣染である。しかし、ある師が言う。

仏は、この娑婆世界の日夜で、これを説いて、人々に知らしめたもうのである。

 いま、私が考えるには、この最後の解釈にはとががないのである。しばらく四条を挙げて、これを助釈してみよう。

 一つには、かの阿弥陀仏の実の高さが若干由旬であるというのは、かの仏の指の長さをかさねて、かの由旬としたのではない。もし、そうでないならば、須弥山のようにたけの高い人が、一毛の端を、その指の節とするに似たようなものであろう。それゆえ、仏の指の長さで仏身の高さを説いたのではないということがわかる。したがって、必ずしも、浄土の時間で蓮華の開く遅い速いを説いたとはいわれない。

 二つには、《尊勝陀羅尼経》に説いてあるとおりである。

忉利天上の善住天子は、空中の声に「そなたは、七日を過ぎると死ぬであろう」と告げるのを聞いた。その時、帝釈天が、仏のお指図をうけて、かの天子に、七日の間、修行させたところ、七日を過ぎて後に、その寿命が延びることができたのである。

 これは、人間世界の日夜で説いたのである。もし、天上界の七日に依るならば、人間世界では七百年に当るから、釈迦仏が世におられた八十年の間では、そのことが決定しないであろう。九品の日夜も、またこれと同様であろう。

 三つには、法護が訳した経 (今の康僧鎧訳の《無量寿経》) に説かれている。

胎生の人は、五百年を過ぎて、仏を見たてまつることができる。

《平等覚経》に説かれている。

蓮華の中に化生して、城の中にいる。この娑婆での五百年の間は出ることができない。

 憬興などの諸師は、この文によって、この娑婆世界の五百年であることを証している。いま、考えてみると、かの胎生の年数を、すでに、この娑婆の年数によって説いてあるとするならば、九品の時間は、どういう特別の理由から、かの胎生の場合と異なるとするのであろうか。

 四つには、もし、かの極楽世界の時間によって、九品を説いたのであるとするならば、上品中生の一夜、上品下生の一日一夜は、この娑婆世界の半劫と一劫に相当することになる。もし、そういう事を認めるならば、胎生の疑心の者でさえも、なお娑婆世界での五百年を経て、速やかに仏を見たてまつることができるのに、上品の信行の者が、どうして、半劫や一劫を過ぎて、遅く蓮華が開けるのであろうか。こういう道理があるから、後の解釈はとががないのである。

 問う。もし、この娑婆世界の日夜の時間で、かの九品の相を説いたのであるとするならば、かの上上品の人は極楽国に生まれて、ただちに無生法忍を悟るはずはない。その理由は、この娑婆世界でのわずかの間の修行を勝れたものとし、かの極楽国での長い間の善根を劣ったものとするからである。すでに、そうであるとすると、上上品の人は、この世界にあって、一日から七日に至るまで、三福の業を具えても、なお無生法忍を証ることができないのに、どうして、かの国土の長い時間を経て無生法忍を悟るのであるということがわかるのである。そうすると、かの極楽国での立場からただちに悟ると名づけても、この娑婆世界に対照してみると、億千歳となるのである。あるいは、上上品の人は、必ず方便位の最後心の行の円満した者であるといってよかろう。もしそうでなければ、多くの文が矛盾するであろう。

 答える。かの極楽国の多善は劣り、この娑婆世界の少善が勝れているということは、まだよくわからない。

 問う。《無量寿経》に説いている。

この世において、ひろく徳のもとを積んで、恵みを施し、戒めを犯さず、よく耐え忍び、努め励み、心を静め、智慧をみがき、またそれを人にも教えて善根功徳を修めるがよい。心を正しくして浄らかに斎戒を守ることが、わずか一昼夜であっても、それは無量寿仏の国で、百年間善を修めるよりも、一層まさるといえよう。なぜなら、かの国は無為自然の境界であって、努めなくても、おのずから多くの善根を積むことができ、少しも悪のない所だからである。また、この世界で、中夜十日間善を修めたなら、他方の諸仏の国で、千年間善を修めたよりも、さらにまさるといえよう。

この文が、その勝劣を示すのである。

 答える。極楽と娑婆との二つの世界における善根は、厳密に対照すれば、そうでもあろう。けれども、仏に値いたてまつる縁が勝れているから、速やかに悟るとしても、決してとがはない。あるいは、この《無量寿経》は、ただ修行の難易を顕わしただけであって、善根の勝劣を顕わしたものではない。譬えば、貧賎の者が、一銭を施すのは、めるべきであるけれども、それで多くの事をまかなうことはできない。富貴の者が、千金を捨てるのは、称めるほどではないけれども、よくよろずの事をまかなうことができるようなものである。極楽世界と娑婆世界とにおける修行の場合も、またこのようである。«金剛般若経》に説かれているとおりである。

仏の在世にあって信解するのは、まだ勝れたものとするには足らぬ。仏のなくなられた後の信解を勝れたものとするのである。

あるいは、その他の解釈もあるけれども、これを詳しく述べることができない。

 問う。娑婆世界における修行のたねにしたがって、極楽世界における階位に差別があるように、その得るところの福徳の報いにも、また差別があるのか。

 答える。だいたいは差別がないけれども、細かい点では差別がある。«陀羅尼集経》の第二巻に説かれているとおりである。

もし、人があって、香華・衣食などを供養しなければ、かの浄土に生まれても、香華・衣食などのいろいろの供養の報いを得ない。この文は、かの仏の因位の願に相違する。更に、よく思い考えるべきである。

また、玄一師と因法師とは、同じくいわれている。

その実について論ずるならば、また勝劣もある。けれども、そのかたちが相似ているから、好醜はないと説くのである。

 問う。極楽世界は、この娑婆世界を去ること、どれほどの所であるか。

 答える。《阿弥陀経》に説かれている。

これより西の方、十万奥の諸仏の国々を過ぎたところに、極楽世界がある。

ある経に説かれている。

これより西の方に、この娑婆世界を去ること、百千倶胝那由他の仏土を過ぎて、仏の世界がある。名づけて極楽という。

 問う。この二経は、どういうわけで異なるのか。

 答える。《往生論》についての智光の《疏》の意にいわれている。

倶胝とは、漢訳して億とする。那由他とは、この国ではがいの数に当たるのである。世俗には、十千を万といい、十万を億といい、十億を兆といい、十兆をけいといい、十経を欬という。欬というのもやはり大数である。百千倶胝とは、すなわち、十万億である。億には四種類の位取りがあって、一つには十万、二つには百万、三つには千万、四つには万万である。いま億というのは万万にほかならない。この意味を顕わそうとして、那由他と挙げたのである。

この解釈によって思うべきである。

 問う。かの阿弥陀仏が教化したもう場所は、ただ極楽だけとするのか。また、その他にもあるとするのか。

 答える。《大智度論》にいわれている。

阿弥陀仏にも、また、浄土と浄土でない国土とがあることは、ちょうど釈迦牟尼仏の国土と同じである。

 問う。いったい、どれがそうなのか。

 答える。極楽世界が、いうまでもなく浄土である。けれども、阿弥陀仏の穢土が、どこであるかは分らない。ただし、道綽禅師などの諸師は、《鼓音声経》に説いてある国土を阿弥陀仏の穢土としている。かの経に説かれているとおりである。

阿弥陀仏は声聞たちと一緒におられる。その国を清泰国という。聖王の住まれている所である。その城の広さは十千由旬で、その中に王族の人たちが満ちている。阿弥陀如来の父を月上転輪聖王と申しあげる。その母を殊勝妙顔と申しあげる。子を月明と名づけ、お仕えする弟子を無垢称という。智慧ある弟子を攬光といい、神足通をもって勤める弟子を大化という。その時の魔王を無勝といい、提婆達多があって、寂静と名づける。阿弥陀仏は、六万人の大比丘とともにましますのである。

 問う。かの阿弥陀仏が教化したもう所は、ただ極楽と清泰との二国だけであるのか。

 答える。経典の文は、それぞれの機縁にしたがって、しばらく一端を挙げられているのにすぎない。その実際の場合を論ずると不可思議である。«華厳経》の偈に説かれているとおりである。

菩薩が諸の願界を修行せられるのは 普く衆生の心の願いにしたがう

衆生の心は広くてかぎりがないので 菩薩の国土も十方に遍くゆきわたる

また説かれている。

如来は十方に遍く出現され 一々の塵の中に無量の国がある

その中の世界もまた量りなく 悉く無辺無尽の永劫に住みたもう

 問う。如来が教化を施したもうことは、ひとりで起こるものではなく、かならず機縁に対するのである。どうして遍く十方にゆきわたるのか。

 答える。永劫に修行して、無量の衆生を教化することを成就したもうから、その機縁も、また十方世界にゆきわたるのである。«華厳経》の偈に説かれているとおりである。

その昔勤修することが多劫であって よく衆生の重い障りを転ぜられた

それ故よく身を分けて十方に遍く 悉く菩提樹の下に現われたもう

【72】第二に、往生の階位とは、

 問う。《瑜伽論》にいわれている。

三地の菩薩が、まさに浄土に生まれる。

それなのに、今、初地以前の凡夫や声聞に浄土往生を勧めるのは、どういう意味があるのか。

 答える。浄土には差別がある。それ故にとがはない。懐感禅師が解釈していうとおりである。

諸の経論の文に、浄土に生まれることを説くのは、それぞれ一義に拠るものである。浄土に、すでに粗妙勝劣の差別があるから、往生を得ることにも、また上下高低がある。

また道宣律師がいう。

三地の菩薩になって、はじめて、報身仏の浄土を見ることができる。

問う。たとい、報土でないにしても、煩悩悪業の重い者は、どうして浄土に往生することができようか。

 答える。天台大師がいわれている。

無量寿仏の国は、果報がことにすぐれているけれども、臨終の時に懺悔して念仏すると、悪業の障はすぐに転じて、往生することができる。煩悩を具えているけれども、願力によって心をたもてば、また浄土に住むことができるのである。

 問う。もし、凡夫もまた往生することができると認めるならば、《弥勒所聞経》の文は、どういうように、さし障りなく解釈することができようか。経の文に説かれている。

仏を念ずるのは、凡愚の念ではない。煩悩の念をまじえず念仏して、はじめて阿弥陀仏の国に往生することができるのである。

 答える。《西方要決》に、これを解釈していわれている。

娑婆世界は苦であると知って、永く煩悩に汚れた世界を離れようとするのは、決して浅薄な凡夫の心ではない。当来には仏となって、その意は専ら広く、あらゆる世界の衆生を済度しようとするのである。このような勝れた領解があるから愚かではない。まさしく仏を念ずる時には、煩悩がおさえふせられるので、煩悩の念をまじえないというのである。

この意味をいうと、凡夫の行者でも、このような徳を具えているというのである。

 問う。かの国の人々は、みな不退転である。そうすると、これは凡夫の生まれるようなところではないということが明らかに分るではないか。

 答える。いまいう不退転というのは、必ずしも聖者の徳に限られたものではない。«西方要決》にいわれているとおりである。

いま不退を明かすと四種に分かれる。《十住毘婆娑論》にいう。一つには位不退。すなわち因を修行することがすでに一万劫に亘り、もはや悪律儀の行に退き堕ちて、生死まよいに流転することはない。二つには行不退。すでに初地を得ると、利他の行が退かぬ。三つには念不退。八地から上は、はからわずにこころに自在を得るからである。四つには処不退。これを証明する文はないけれども、道理の上からこの義が成り立つ。なぜかというと、天上界に生を受けたものは、すなわち不退を得るようなものである。浄土もまた、このとおりである。命は長くて病は無く、勝れた友と仲間になり、純正でよこしま無く、ただ清浄でけがれが無く、恒に尊い仏につかえる。この五つのいわれい由って、その処にあっては退くことはないのである。

 問う。九品の階位には、いろいろな解釈があって不同である。慧遠法師のいうのでは、

上品上生は四・五・六地であり、上品中生は、初・二・三地であり、上品下生は初地以前の三十心である。

といい、力法師は、

上品上生は十行・十回向であり、上品中生は十解 (十住) であり、上品下生は十信である。

といい、基法師は、

上品上生は十回向であり、上品中生は十解・十行であり、上品下生は十信である。

といい、ある師は、

上品上生は十住の初心であり、上品中生は十信の後心であり、上品下生は十信の初位である。

といい、ある師は、

上品上生は十信、およびそれ以前のよく三心を発して三行を修行する者である。上品中生と上品下生とは、ただ十信以前で、菩提心を発して、善を修める凡夫を指す。行の浅深で中生・下生の二品を分けるのである。

 このように、諸師の判定が不同である理由は、無生法忍の位の取り方に不同があるからである。すなわち《仁王経》には、無生法忍は七・八・九地に在るといい、諸の論には初地に在るといい、あるいは忍位であるとする。《本業瓔珞経》では十住に在るとし、《華厳経》では十信に在るとし、《占察経》には一行三昧を修めて、相似の無生法忍を得た者であると説いてある。こういうわけで、諸師は、それぞれ、一義によるのである。

 中品の三生については、慧遠は、

中品上生は前三果であり、中品中生は七方便であり、中品下生は解脱分の善根を植えた人である。

といい、力法師は、この説と同じである。基法師は、

中品上生は四善根位であり、中品中生は三賢位であり、中品下生は方便 (三賢・四善根位) 以前の人である。

といい、ある師は、

次第のように、忍位と頂位と煖位とである。

といい、ある師は、

三生はいずれも、解脱分の善根を植えた人である。

といわれている。以上の六品については、また、その他の解釈もある。得感禅師の《群疑論》や、龍興の《記》などを見るがよい。

 下品の三生には、特別の階位はない。ただ煩悩にしばられた造悪の人である。

 これで、往生する人には、その位に限りがあるということが明白になった。それでも、どうしてこれがわれわれの分であるということが知られようか。

 答える。上品の人は、その階位がたとい高くても、下品の三生は、どうして、われわれの分でないことがあろうか。ましてかの後の解釈では、すでに、十信以前の凡夫を指して、上品の三生としているのだから、なおさらのことである。また、善導禅師の《観経玄義分》には、大乗と清浄との七方便以前の凡夫を九品の位に判定して、諸師が判定しているような高い位を認めないのである。また、経や論は、多くは、文に依って義を判断するのである。今の経に説く上三品の行業を、どうして深く固執して、高位の行とすることがあろうか。

 問う。もし、そうであるならば、かの極楽浄土に生まれても、早く無生法忍を悟ることはできないであろう。

 答える。天台の教義では、無生法忍の位に二つがある。もし、別教の人であるならば、永劫に修行して、無生法忍を悟るのである。もし、円経の人であるならば、たとい悪趣の身であっても、次第を超えて、ただちにさとりを得る者もある。穢土にあっても、このようである。まして、浄土であるから、なおさらのことである。かの浄土での諸の事は、その他の世界と同じように考えてはいけないのである。いったいどこに、すべての凡夫が、まだその位に至らないのに、ついに退堕することがないという世界があろうか。またどこに、すべての凡夫が悉く五神通を得て、妙なるはたらきが無碍自在であるという世界があろうか。証果の遅い速いもまた、これに例して考えてよいのである。

 問う。上品生の人の得益の早さは、一定してそうなのであるか。

 答える。経文の中では、しばらく一類を挙げたにすぎない。それ故に慧遠和尚の《観経義記》にいわれている。

九品の人が、かの浄土に生まれてから、利益を得るまでの劫数は、その勝れたものに依って説いてある。道理として、また、これに過ぎる者もあるべきである。

 いま考えてみるに汎く九品を論ずると、あるい