かんぎょう散善さんぜん かんだい

*沙門しゃもん*善導ぜんどう集記しゅうき

◎正宗分 散善 総説

【1】 これより以下いげは、 つぎ*ぱい*散善さんぜんもんす。 こののなかにつきてすなはちその二あり

従↠此已下、次解↢三輩散善一門之義↡。就↢此義中↡、即有↢其二↡。

一には*ぷくかしてもつてしょういんとなす。 二には*ぼんかしてもつて正行しょうぎょうとなす

一明↢三福↡以為↢正因↡。二明↢九品↡以為↢正行↡。

三福 世福

いま三ぷくといふは、 だい一のふくはすなはちこれぞく*善根ぜんごんなり。 むかしよりこのかたいまだ仏法ぶっぽうかず、 ただおのづから*孝養きょうよう*じんれいしんぎょうず。 ゆゑにぞくぜんづく

孝養 父母に孝行すること。
仁義礼智信 儒教に説く五種の倫理徳目。 五常ごじょうのこと。

今言↢三福↡者、第一福、即是世俗善根。曾来未↠聞↢仏法↡、但自行↢孝養・仁・義・礼・智・信↡。故名↢世俗善↡也。

・三福 戒福

だい二のふくはこれを戒善かいぜんづく。 このかいのなかにつきてすなはちにんてんしょうもんさつとうかいあり。 そのなかにあるいは*じゅ不具ふぐじゅあり、 あるいは*具持ぐじ不具持ふぐじあり。 ただよくこうすればことごとくおうじょう

具受不具受 五戒のすべてを受けることと、 その一部分を受けること。
具持不具持 戒のすべてをたもつことと、 その一部分をたもつこと。

第二福者、此名↢戒善↡。就↢此戒中↡、即有↢人・天・声聞・菩薩等戒↡。其中或有↢具受・不具受↡、或有↢具持・不具持↡。但能迴向、尽得↢往生↡。

・三福 行福

だい三のふくづけて行善ぎょうぜんとなす。 これはこれ*大乗心だいじょうしんおこせるぼん、 みづからよくぎょうぎょうじ、 ねてえんすすめてあくしんたもたしめて、 *してじょうしょう

大乗心 大乗のだいしん

第三福者、名為↢行善↡。此是発↢大乗心↡凡夫、自能行↠行、兼勧↢有縁↡、捨↠悪持↠心、迴生↢浄土↡。

またこの三ぷくのなかにつきて、 あるいは一にんひとへにふくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは一にんひとへに戒福かいふくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは一にんひとへに行福ぎょうふくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは一にんかみの二ふくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは一にん下の二ふくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは一にんつぶさに三ぷくぎょうじて、 してまたしょうずることをるあり。 あるいは人とうありて、 三ぷくともにぎょうぜざるものをすなはち*あく*邪見じゃけん*闡提せんだいひとづく

又就↢此三福之中↡、或有↧一人単行↢世福↡迴亦得↞生、或有↧一人単行↢戒福↡迴亦得↞生、或有↧一人単行↢行福↡迴亦得↞生。或有↧一人行↢上二福↡迴亦得↞生、或有↧一人行↢下二福↡迴亦得↞生、或有↧一人具行↢三福↡迴亦得↞生。或有↢人等↡、三福倶不↠行者、即名↢十悪・邪見・闡提人↡也。

ぼんといふは、 もんいたりてまさにべんずべし、 るべし。 いまりゃくして三ぷく差別しゃべつ義意ぎい*料簡りょうけんしをはりぬ

言↢九品↡者、至↠文当↠弁。応↠知。今略料↢簡三福差別義意↡竟。

◎正宗分 ○散善 上輩観 文前料簡

【2】 十四に上輩じょうはいかん行善ぎょうぜん文前もんぜんにつきて、 そうじて料簡りょうけんしてすなはち十一もんとなす

十四就↢上輩観行善文前↡、総料簡即為↢十一門↡。

一にはそうじて*告命ごうみょうかす

一者総明↢告命↡。

二にはそのくらい弁定べんじょう

二者弁↢定其位↡。

三にはそうじてえんたぐい

三者総挙↢有縁之類↡。

四には*しん弁定べんじょうしてもつてしょういんとなす

四者弁↢定三心↡以為↢正因↡。

五にはまさしく*かんかんとをえらぶことをかす

機の堪と不堪とを簡ぶ 行者が行ずるにえるか堪えないかを区別するという意。

五者正明↠簡↣機堪与↢不堪↡。

六にはまさしく受法じゅほうどうかす

六者正明↢受法不同↡。

七にはまさしく修業しゅごうせつ*延促えんそくことなることあることをかす

延促 長短。

七者正明↢修業時節延促有↟異。

八には所修しょしゅぎょうして、 弥陀みだ仏国ぶっこくしょうぜんとがんずることをかす

八者明↧迴↢所修行↡願↞生↢弥陀仏国↡。

九には命終みょうじゅうときのぞみてしょうきたりて*迎接こうしょうしたまふどうと、 *去時こじしつとをかす

九者明↧臨↢命終時↡、聖来迎接不同、去時遅疾↥。

十にはかしこにいたりてはなひらくるしつどうかす

十者明↢到↠彼華開遅疾不同↡。

十一にはかい以後いご得益とくやくことなることあることをかす

十一者明↢華開已後得益有↟異。

いまこの十一もんは、 九ぼんもん約対やくたいするに、 一々のほんのなかにつきてみなこの十一あり。 すなはち*ぴゃくばんとなす。 またこの十一もんは、 上輩じょうはい文前もんぜんにつきて、 そうじて料簡りょうけんするもまたたり。 あるいはちゅうはい文前もんぜんにつきて、 おのおの料簡りょうけんするもまたたり。 また*このもしもんをもつてきたかんがふれば、 すなはち不具ふぐあり。 *隠顕おんけんありといへども、 もしそのどうによらばことごとくみなあるべし。 この因縁いんねんのためのゆゑに、 すべからく広開こうかいして顕出けんしゅつすべし。 依行えぎょうするものをしてさとりやすくりやすからしめんとほっ

一百番 ぼんに各十一門あるので正確には九十九門。 ここでは大数に約して一百番という。
この義… 十一門の義は、 九品それぞれの文についてみると、 すべてそろっているものと、 そろっていないものとがあるということ。
隠顕 文の表に顕れたものと裏に隠れたもの。 善導ぜんどう大師の隠顕は、 ともに真実の説意で、 親鸞聖人が 「化身土文類」 でいわれるような真仮 (真実・方便) を分別する意味ではない。

今此十一門義者、約↢対九品之文↡、就↢一一品中↡、皆有↢此十一↡。即為↢一百番義↡也。又此十一門義、就↢上輩文前↡総料簡亦得。或就↢中下輩文前↡各料簡亦得。又此義若以↠文来勘者、即有↢具・不具↡。雖↠有↢隠顕↡、若拠↢其道理↡、悉皆合↠有。為↢此因縁↡故、須↢広開顕出↡。欲↠令↢依行者易↠解易↟識也。

上来じょうらい十一もんどうありといへども、 ひろ上輩じょうはいぼん義意ぎい料簡りょうけんしをはりぬ

上来雖↠有↢十一門不同↡、広料↢簡上輩三品義意↡竟。

◎正宗分 ○散善 ●上輩観  上品上生釈

【3】 次下つぎしも上品じょうぼん上生じょうしょうくらいのなかにつきて、 また*げ、 つぎべんじ、 のちけっす。 すなはちその十二あり

先づ挙げ… まず九品各位の名を挙げ、 次にその相を述べ、 終りに文を結ぶ。善導大師は九品のすべてにこの三科があるとする。

次下先就↢上品上生位中↡、亦先挙、次弁、後結。即有↢其十二↡。

◎正宗分 ○散善 ●上輩観 1 上品上生釈 1. 告命

一に 「仏告ぶつごうなん」 より以下いげはすなはちならべて二のこころひょう

一従↢「仏告阿難」↡已下即双標↢二意↡。

一には告命ごうみょうかす

一明↢告命↡。

◎正宗分 ○散善 ●上輩観 1 上品上生釈 2.

二にはそのくらい弁定べんじょうすることをかす。 これすなはち大乗だいじょう修学しゅがくする上善じょうぜんぼんにんなり

二明↣弁↢定其位↡。此即修↢学大乗上善↡凡夫人也。

◎正宗分 ○散善 ●上輩観 1 上品上生釈 3. 有縁

三に 「若有にゃくうしゅじょう」 よりしも即便そくべんおうじょう」 にいたるこのかたは、 まさしくそうじて*有生うしょうたぐいぐることをかす。 すなはちその四あり

有生の類 往生を得る機類。

三従↢「若有衆生」↡下至↢「即便往生」↡已来、正明↣総挙↢有生之類↡。即有↢其四↡。

一には能信のうしんひとかす

一明↢能信之人↡。

二にはおうじょうがんすることをかす

二明↣求↢願往生↡。

三には*発心ほっしん多少たしょうかす

発心 至誠心しじょうしん深心じんしんこう発願心ほつがんしんの三心をおこすこと。

三明↢発心多少↡。

四には得生とくしょうやくかす

四明↢得生之益↡。

◎正宗分 ○散善 ●上輩観 1 上品上生釈 4. 三心

四に とう三」 よりしも必生ひっしょうこく」 にいたるこのかたは、 まさしく三しん弁定べんじょうしてもつてしょういんとなすことをかす。 すなはちその二あり

四従↢「何等為三」↡下至↢「必生彼国」↡已来、正明↧弁↢定三心↡以為↦正因↥。即有↢其二↡。

一にはそんしたがひてやくあらわしたまふこと*みつにしてりがたし、 ぶつのみづからひみづからあらわしたまふにあらずは、 るによしなきことをかす

意密 仏の意が奥深いこと。

一明↧世尊随↠機顕↠益意密難↠知、非↢仏自問自徴↡、無↞由↠得↠解。

二には如来にょらい (釈尊) かえりてみづからさきの三しんかずこたへたまふことをかす

二明↣如来還自答↢前三心之数↡。

至誠心釈

【4】 ¬きょう¼ (観経) にのたまはく、 「一にはじょうしん」 と

¬経¼云。「一者至誠心」。

」 とはしんなり、 「じょう」 とはじつなり。 一切いっさいしゅじょうしん口意くいごう所修しょしゅ*解行げぎょう*かならずすべからく真実しんじつしんのうちになすべきことをかさんとほっ

解行 知解と修行。 教法を理解し行を実践すること。
かならず…得ざれ 親鸞聖人は 「かならず真実心のうちになしたまへるをもちゐんことを明かさんとおもふ。外に賢善精進の相を現ずることを得ざれ、 内に虚仮を懐いて」 (信文類訓) と読まれた。

「至」者真、「誠」者実。欲↠明↧一切衆生身口意業所修解行、必須↦真実心中作↥。

そと賢善けんぜん精進しょうじんそうげんじ、 うち虚仮こけいだくことをざれ。 *貪瞋とんじんじゃかん百端ひゃくたんにして、 悪性あくしょうめがたく、 こと*蛇蝎じゃかつおなじきは、 三ごうおこすといへどもづけて雑毒ぞうどくぜんとなし、 また虚仮こけぎょうづく。 真実しんじつごうづけず

貪瞋邪偽奸詐百端 むさぼり、 いかり、 よこしまな心、 いつわりの心が無数にあり、 絶えず起ること。
蛇蝎 へびやさそり。

不↠得↣外現↢賢善精進之相↡。内懐↢虚仮↡、貪瞋邪偽、姧詐百端、悪性難↠侵、事同↢蛇蝎↡。雖↠起↢三業↡、名為↢雑毒之善↡、亦名↢虚仮之行↡、不↠名↢真実業↡也。

不得…相 返り点まま。 (親鸞聖人の訓みに同じ。)

もしかくのごとき安心あんじん起行きぎょうをなすものは、 たとひ身心しんしんれいして、 *にち十二きゅう*はしきゅうになすこと、 *ねんはらふがごとくするものも、 すべて雑毒ぞうどくぜんづく。 この雑毒ぞうどくぎょうして、 かのぶつじょうしょうずることをもとめんとほっせば、 これかならず不可ふかなり

日夜十二時 一日中。
走り 親鸞聖人は 「もとめ」 (信文類訓) と読まれた。

若作↢如↠此安心起行↡者、縦使苦↢励身心↡、日夜十二時、急走急作、如↠灸↢頭燃↡者、衆名↢雑毒之善↡。欲↧迴↢此雑毒之行↡、求↦生彼仏浄土↥者、此必不可也。

なにをもつてのゆゑに。 まさしくかの阿弥陀あみだぶつ*因中いんちゅうさつぎょうぎょうじたまひしとき、 すなはち一ねんせついたるまでも、 三ごう所修しょしゅ、 みなこれ真実しんじつしんのうちになしたまひ、 *おほよそ*施為せいしゅしたまふところ、 またみな真実しんじつなるによりてなり

因中 いんの時。 法蔵菩薩であった時。
おほよそ…真実なるに 親鸞聖人は 「おほよそ施したまふところ趣求をなす。 またみな真実なり」 (信文類訓) と読み、 如来の回施えせされた真実をもちい (受領し) て、 浄土を趣求 (願生) するという意味に転じられた。
施為趣求 しゅじょうに施しを行う利他 (施為) と、 さとりを求める自利 (趣求) のこと。

何以故、正由↧彼阿弥陀仏因中行↢菩薩行↡時、乃至一念一刹那、三業所修皆是真実心中作↥。凡所↠施為↢趣求↡、亦皆真実。

所施為趣求 返り点まま。 (親鸞聖人の訓みに同じ。)

・至誠心釈 二種真実

また真実しんじつに二しゅあり。 一には*自利じり真実しんじつ、 二には*利他りた真実しんじつなり

自利真実・利他真実 真実心をもって自利利他すること。 親鸞聖人は自利を自力、 利他を他力の意に転じられた。

又真実有↢二種↡。一者自利真実、二者利他真実。

自利じり真実しんじつといふは、 また二しゅあり

言↢自利真実↡者、復有↢二種↡。

一には真実しんじつしんのうちに、 自他じた諸悪しょあくおよび*こくとう*制捨せいしゃして、 行住ぎょうじゅう坐臥ざが一切いっさいさつ諸悪しょあく制捨せいしゃしたまふにおなじく、 われもまたかくのごとくならんとおもふなり

制捨 とどめ捨て去ること。

一者真実心中、制↢捨自他諸悪及穢国等↡、行住坐臥、想↧同↣一切菩薩制↢捨諸悪↡、我亦如↞是也。

二には真実しんじつしんのうちに、 自他じた凡聖ぼんしょうとうぜん勤修ごんしゅ

二者真実心中、勤↢修自他凡聖等善↡。

真実しんじつしんのうちのごうに、 かの阿弥陀あみだぶつおよび*しょうほう讃歎さんだんす。 また真実しんじつしんのうちのごうに、 *がい*どうとう自他じたしょうほうあく*えんす。 また一切いっさいしゅじょうの三ごうしょぜん讃歎さんだんす。 もし善業ぜんごうにあらずは、 つつしみてこれをとおざかれ、 また*ずいせざれ

毀厭 厭いきらうこと。

真実心中口業、讃↢歎彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中口業、毀↢厭三界・六道等自他依正二報苦悪之事↡、亦讃↢歎一切衆生三業所為善↡。若非↢善業↡者、敬而遠↠之、亦不↢随喜↡也。

また真実しんじつしんのうちの身業しんごうに、 合掌がっしょう礼敬らいきょうして、 *とうをもつてかの阿弥陀あみだぶつおよびしょうほうようす。 また真実しんじつしんのうちの身業しんごうに、 このしょうがいとう自他じたしょうほう軽慢きょうまん厭捨えんしゃ

四事 ように用いる四種の品。 飲食・衣服・臥具 (寝具)・湯薬のこと。

又真実心中身業、合掌礼敬、四事等供↢養彼阿弥陀仏及依正二報↡。又真実心中身業、軽↢慢厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。

また真実しんじつしんのうちのごうに、 かの阿弥陀あみだぶつおよびしょうほうそう観察かんざつ憶念おくねんして、 まえげんずるがごとくす。 また真実しんじつしんのうちのごうに、 このしょうがいとう自他じたしょうほう軽賤きょうせん厭捨えんしゃ

又真実心中意業、思↢想観↣察憶↤念彼阿弥陀仏及依正二報↡、如↠現↢目前↡。又真実心中意業、軽↢賤厭↣捨此生死三界等自他依正二報↡。

*ぜんの三ごうは、 かならずすべからく真実しんじつしんのうちにつべし。 *またもしぜんの三ごうおこさば、 かならずすべからく真実しんじつしんのうちになすべし。 *ない明闇みょうあんえらばず、 みなすべからく真実しんじつなるべし。 ゆゑに至誠心しじょうしんづく

不善の…捨つべし 親鸞聖人は 「不善の三業はかならず真実心のうちに捨てたまへるをもちゐよ」 (信文類訓) と読まれた。
またもし善の…名づく 親鸞聖人は 「またもし善の三業を起さば、 かならず真実心のうちになしたまへるを須ゐて、 内外明闇を簡ばず、 みな真実を須ゐるがゆゑに至誠心と名づく」 (信文類訓) と読まれた。
内外明闇 内心と外相、 智明と愚闇のこと。

不善三業、必須↢真実心中捨↡。又若起↢善三業↡者、必須↢真実心中作↡、不↠簡↢内外明闇↡、皆須↢真実↡故名↢至誠心↡。

深心釈

【5】 二には深心じんしん」 と

「二者心」。

・深心釈 二種深信 (七深信)

深心じんしん」 といふはすなはちこれふかしんずるしんなり。 また二しゅあり

言↢「心」↡者、即是信之心也。亦有↢二種↡。

・深心釈 第一深心

一にはけつじょうしてふかく、 しんげんにこれ*罪悪ざいあくしょうぼん*曠劫こうごうよりこのかたつねにもっしつねにてんして、 *しゅつえんあることなしとしん

罪悪生死の凡夫 常に罪悪を犯し、 生死の迷いの世界にてんしている凡夫。 →補註3
出離の縁 迷いの世界を離れ出るてがかり。

一者決定信↢自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無↟有↢出離之縁↡。

・深心釈 第二深心

二にはけつじょうしてふかく、 かの阿弥陀あみだぶつの、 四十八がんしゅじょう摂受しょうじゅしたまふこと、 うたがいなくおもんぱかりなくかの願力がんりきじょうじてさだめておうじょうしん

二者決定信↧彼阿弥陀仏四十八願、摂↢受衆生↡、無↠疑無↠慮、乗↢彼願力↡、定得↦往生↥。

・深心釈 第三深心

【6】 またけつじょうしてふかく、 しゃぶつ、 この ¬かんぎょう¼ の*ぷく*ぼん*じょうさんぜんきて、 かのぶつしょうほう証讃しょうさんして、 ひとをしてごんせしめたまふとしん

又決定信↧釈迦仏説↢此¬観経¼三福九品・定散二善↡、証↢讃彼仏依正二報↡、使↦人欣慕↥。

・深心釈 第四深心

またけつじょうしてふかく、 ¬弥陀みだきょう¼ のなかに、 十ぽう恒沙ごうじゃ諸仏しょぶつ一切いっさいぼんけつじょうしてしょうずることを証勧しょうかんしたまふとしん

又決定↧信¬弥陀経¼中、十方恒沙諸仏、証↢勧一切凡夫↡、決定得↞生。

・深心釈 第五深心

また深信じんしんとは、 あおねがはくは、 一切いっさい行者ぎょうじゃとう一心いっしんにただぶつしんじて身命しんみょうかえりみず、 けつじょうして依行えぎょうし、 ぶつてしめたまふをばすなはちて、 ぶつぎょうぜしめたまふをばすなはちぎょうじ、 ぶつらしめたまふところをばすなはちる。 これを仏教ぶっきょう随順ずいじゅんし、 ぶつ随順ずいじゅんすとづけ、 これを仏願ぶつがん随順ずいじゅんすとづく。 これをしんぶつ弟子でしづく

又信者、仰願一切行者等、一心唯信↢仏語↡不↠顧↢身命↡、決定依↠行、仏遣↠捨者即捨、仏遣↠行者即行、仏遣↠去処即去。是名↧随↢順仏教↡、随↦順仏意↥、是名↣随↢順仏願↡、是名↢真仏弟子↡。

・深心釈 第六深心

また一切いっさい行者ぎょうじゃただよくこの ¬きょう¼ (観経) によりてふかしんじてぎょうずるものは、 かならずしゅじょうあやまたず。 なにをもつてのゆゑに。 ぶつはこれだい満足まんぞくしたまへるにんなるがゆゑなり、 *じつしたまふがゆゑなり。 ぶつのぞきてげんは、 *智行ちぎょういまだたず。 その*がくにありて、 *正習しょうじゅうの二しょうありていまだのぞこらざるによりて、 *がんいまだまどかならず。 これらの*ぼんしょうはたとひ諸仏しょぶつ教意きょうい測量しきりょうすれども、 いまだ決了けつりょうすることあたはず。 *平章びょうしょうすることありといへども、 かならずすべからくぶつしょうしょうじてじょうとなすべし

実語 真実の言葉で説くこと。
智行 智慧ちえと修行。
学地 まだ学ぶべきことの残っている修行中の地位。 これに対して、 煩悩ぼんのうを断じて学ぶべきもののない位を無学地という。
正習の二障 正使と習気のさわり。 →正使しょうじじっ
果願 仏果を求める願。
平章 道理を正しく明らかにすること。

又一切行者、但能依↢此経↡↢信行↡者、必不↠誤↢衆生↡也。何以故、仏是満足大悲人故、実語故。除↠仏已還、智行未↠満、在↢其学地↡、由↧有↢正習二障↡未↞除、果願未↠円。此等凡聖、縦使測↢量諸仏教意↡、未↠能↢決了↡、雖↠有↢平章↡、要須↧請↢仏証↡為↞定也。

深信行者 返り点まま。 「行を深信する者は」。

もしぶつかなへばすなはち*いんして、 「*にょにょ」 とのたまふ。 もしぶつかなはざれば、 すなはち 「なんぢらが所説しょせつこのにょ」 とのたまふ。 いんせざるはすなはち*無記むき無利むりやくどうず。 ぶついんしたまふは、 すなはちぶつ正教しょうきょう随順ずいじゅんす。 もしぶつのあらゆる言説ごんせつなれば、 すなはちこれ正教しょうきょう正義しょうぎ正行しょうぎょう正解しょうげ正業しょうごう正智しょうちなり

如是如是 そのとおりそのとおり。
無記 無意味、 無価値なこと。

若称↢仏意↡、即印可言↢如是如是↡。若不↠可↢仏意↡者、即言↢汝等所説是義不如是↡。不↠印者即同↢無記・無利・無益之語↡、仏印可者、即随↢順仏之正教↡。若仏所有言説、即是正教・正義・正行・正解・正業・正智。

もしは、 もしはしょう、 すべてさつにんてんとうひて、 その是非ぜひさだめざれ。 もしぶつ所説しょせつなれば、 すなはちこれ*了教りょうきょうなり。 さつとうせつはことごとく了教りょうきょうづく、 るべし

了教 真実を完全に説きあらわしている教え。 了義教に同じ。

若多若少、衆不↠問↢菩薩・人・天等↡、定↢其是非↡也。若仏所説即是了教、菩薩等説尽名↢不了教↡也。応↠知。

このゆゑにいまのときあおぎて一切いっさいえんおうじょうとうすすむ。 ただふかぶつしんじて*せんちゅうぎょうすべし。 さつとう*相応そうおうきょう信用しんようして、 もつて疑礙ぎげをなし、 わくいだきてみづからまよひ、 おうじょう大益だいやく廃失はいしつすべからず

専注奉行 心を専一にして行 (念仏) を修すること。
不相応の教 仏の意にかなわない教え。

是故今時、仰勧↢一切有縁往生人等↡、唯可↧信↢仏語↡、専注奉行↥、不↠可↧信↢用菩薩等不相応教↡以為↢疑礙↡、抱↠惑自迷廃↦失往生之大益↥也。

・深心釈 第七深心

【7】 また深心じんしんは 「ふかしんなり」 といふは、 けつじょうしてしん建立こんりゅうして、 きょうじゅんじて修行しゅぎょうし、 ながさくのぞきて、 一切いっさい*べつ別行べつぎょう*がくけん*異執いしゅうのために、 退失たいしつ*傾動きょうどうせられざるなり

別解別行 別の見解と別の行法をするもの。
異学異見 思想・見解を異にするもの。
異執 正しい理に異なる思想・見解に執着すること。

又心信者、決定建↢立自心↡、順↠教修行、永除↢疑錯↡、不↧為↢一切別解・別行・異学・異見・異執↡之所↦退失傾動↥也。

・深心釈 四重破人

 ひていはく、 ぼんあさく、 *惑障わくしょうしょすることふかし。 もし*解行げぎょうどうひとおお経論きょうろんきてきたりてあひ妨難ぼうなんし、 しょうして 「一切いっさい罪障ざいしょうぼんおうじょうず」 といふにはば、 いかんがかのなん*たいして、 信心しんじん成就じょうじゅして、 けつじょうしてただちにすすみて、 *怯退こうたいしょうぜざらんや

惑障 煩悩ぼんのうの障害。
対治 しりぞけること。
怯退 おそれて退くこと。

問曰。凡夫智浅、惑障処。若逢↧解行不同人、多引↢経論↡来、相妨難証、云↦一切罪障凡夫、不↞得↢往生↡者、云何対↢治彼難↡成↢就信心↡、決定直進不↠生↢怯退↡也。

・深心釈 ・四重破人 解行不同人

こたへていはく、 もしひとありておお経論きょうろんきてしょうして 「しょうぜず」 といはば、 行者ぎょうじゃすなはちこたへていへ。 「なんぢ経論きょうろんをもつてきたしょうして ªしょうぜずº といふといへども、 わがこころのごときはけつじょうしてなんぢがけず。 なにをもつてのゆゑに。 しかるにわれまた、 これかのもろもろの経論きょうろんしんぜざるにはあらず。 ことごとくみな仰信ごうしんす。 しかるにぶつかのきょうきたまふときは、 *処別しょべつべつ*たいべつやくべつなり。 またかのきょうきたまふときは、 すなはち ¬かんぎょう¼・¬弥陀みだきょう¼ とうきたまふときにあらず。 しかるにぶつ説教せっきょう*そなふ、 ときまたどうなり。 かれすなはちつうじてにんてんさつ解行げぎょうく。 いま ¬かんぎょう¼ のじょうさんぜんきたまふことは、 ただだいおよび仏滅ぶつめつ*じょく*とう一切いっさいぼんのために、 しょうして ªしょうずることをº とのたまふ。 この因縁いんねんのために、 われいま一心いっしんにこの仏教ぶっきょうによりてけつじょうして奉行ぶぎょうす。 たとひなんぢらひゃく千万億せんまんおくありて ªしょうぜずº といふとも、 ただわがおうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせん」 と

処別 場所が異なっていること。
対機別 教えの対象となる人の資質や能力が異なっていること。
機に備ふ 教えの対象となる人の資質や能力にあわせる。

答曰。若有↠人多引↢経論証↡云↠不↠生者、行者即報云。仁者雖↧将↢経論↡来証噵↞不↠生、如↢我意↡者、決定不↠受↢汝破↡。何以故、然我亦不↢是不↟信↢彼諸経論↡、尽皆仰信。然仏説↢彼経↡時、処別・時別・対機別・利益別。又説↢彼経↡時、即非↧説↢¬観経¼・¬弥陀経¼等↡時↥。然仏説教備↠機、時亦不同。彼即通説↢人・天・菩薩之解行↡。今説↢¬観経¼定散二善↡、唯為↢韋提及仏滅後五濁・五苦等一切凡夫↡、証言↠得↠生。為↢此因縁↡、我今一心依↢此仏教↡、決定奉行。縦使汝等百千万億、噵↠不↠生者、唯増↢長成↣就我往生信心↡也。

・深心釈 ・四重破人 地前菩薩

また行者ぎょうじゃさらにかひてきていへ。 「なんぢよくけ、 われいまなんぢがためにさらにけつじょう信相しんそうかん。 たとひ*ぜんさつかん*辟支びゃくしとう、 もしは一、 もしはない、 十ぽう*遍満へんまんして、 みな経論きょうろんきてしょうして ªしょうぜずº といふとも、 われまたいまだ一ねんしんおこさず。 ただわが清浄しょうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせん。 なにをもつてのゆゑに。 ぶつけつじょう成就じょうじゅ了義りょうぎにして、 一切いっさいのために破壊はえせられざるによるがゆゑなり」 と

地前の菩薩 しょの位以前の菩薩。 菩薩五十二位の修道階位のうち十地じゅうじの階位以前の十信じっしん十住じゅうじゅう十行じゅうぎょうじゅうこうの四十位を指していう。 →さつ

又行者更向説言。仁者善聴、我今為↠汝更説↢決定信相↡。縦使地前菩薩・羅漢・辟支等、若一若多、乃至徧↢満十方↡、皆引↢経論証↡言↠不↠生者、我亦未↠起↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我清浄信心↡。何以故、由↫仏語決定成就了義、不↪為↢一切↡所↩破壊↨故。

・深心釈 ・四重破人 地上菩薩

また行者ぎょうじゃよくけ。 たとひ*しょ以上いじょうらい、 もしは一、 もしは多、 ない、 十ぽう遍満へんまんして、 異口いく同音どうおんにみないはく、 「しゃぶつ弥陀みださんし、 三がい・六どう*毀呰きしし、 しゅじょう勧励かんれいし、 ª専心せんしん念仏ねんぶつし、 およびぜんしゅすれば、 この一しんへてのち必定ひつじょうしてかのくにしょうずº といふは、 これかならずもうなり、 しんすべからず」 と。 われこれらの所説しょせつくといへども、 また一ねんしんしょうぜず。 ただわがけつじょう上上じょうじょう信心しんじん増長ぞうじょう成就じょうじゅせん。 なにをもつてのゆゑに。 すなはちぶつ真実しんじつ*決了けつりょうなるによるがゆゑなり。 ぶつはこれじっじつ実見じっけん実証じっしょうにして、 これわく心中しんちゅうにあらざるがゆゑなり。 また一切いっさいさつけん異解いげのために破壊はえせられず。 もしじつにこれさつならば、 すべて仏教ぶっきょうせじ

初地以上十地以来 第一かん喜地ぎじから第十法雲ほううんまでの十地の菩薩。 →さつ
決了 けつじょう了解りょうげの略。 真実をはっきりと了解して不確かなことが少しもないこと。

又行者善聴。縦使初地已上十地已来、若一若多、乃至徧↢満十方↡、異口同音、皆云↧釈迦仏指↢讃弥陀↡、毀↢呰三界・六道↡、勧↢励衆生↡、専心念仏、及修↢余善↡、畢↢此一身↡後、必定生↢彼国↡者、此必虚妄、不↞可↢依信↡也。我雖↠聞↢此等所説↡、亦不↠生↢一念疑心↡、唯増↢長成↣就我決定上上信心↡。何以故、乃由↢仏語真実決了義↡故、仏是実知・実解・実見・実証、非↢是疑惑心中語↡故。又不↧為↢一切菩薩異見・異解↡之所↦破壊↥。若実是菩薩者、衆不↠違↢仏教↡也。

・深心釈 ・四重破人 化仏報仏

またこのく、 行者ぎょうじゃまさにるべし。 たとひぶつ*報仏ほうぶつ、 もしは一、 もしはない、 十ぽう遍満へんまんして、 おのおのひかりかがやかし、 したきてあまねく十ぽうおおひて、 一々にきてのたまはく、 「しゃ所説しょせつに、 あひめて一切いっさいぼん勧発かんぽつして、 ª専心せんしん念仏ねんぶつし、 およびぜんしゅして、 *がんすればかのじょうしょうずることをº といふは、 これはこれもうなり、 さだめてこのなし」 と。 われこれらの諸仏しょぶつ所説しょせつくといへども、 *畢竟ひっきょうじて、 一ねん退たいしんおこしてかの仏国ぶっこくしょうずることをざることをおそれず。 なにをもつてのゆゑに。 一ぶつ一切いっさいぶつなり、 あらゆるけん解行げぎょう証悟しょうご果位かいだい等同とうどうにしてすこしき差別しゃべつもなし。 このゆゑに一ぶつせいしたまふところは、 すなはち一切いっさいぶつおなじくせいしたまふ。 前仏ぜんぶつ殺生せっしょう*あくとうつみ制断せいだんしたまひ、 畢竟ひっきょうじておかさずぎょうぜざるをば、 すなはち*ぜん*ぎょうにして*随順ずいじゅんすとづけたまふがごとき、 もしぶつしゅっしたまふことあらんに、 あにさきの十ぜんあらためて十あくぎょうぜしめたまふべけんや

報仏 報身の仏。 →報身ほうじん
回願 浄土を願生すること。
十行 ここでは十善を修し行うことを指して十行という。 →十善じゅうぜん

又置↢此事↡、行者当↠知。縦使化仏・報仏、若一若多、乃至徧↢満十方↡、各各輝↠光吐↠舌、徧覆↢十方↡、一一説言↪釈迦所説相讃、勧↧発一切凡夫、専心念仏及修↢余善↡、迴願得↞生↢彼浄土↡者、此是虚妄、定無↩此事↨也。我雖↠聞↢此等諸仏所説↡、畢竟不↧起↢一念疑退之心↡畏↞不↠得↠生↢彼仏国↡也。何以故、一仏一切仏、所有知見・解行・証悟・果位・大悲、等同無↢少差別↡。是故一仏所↠制、即一切仏同制。如↢似前仏制断↡殺生十悪等罪、畢竟不↠犯不↠行者、即名↢十善・十行↡、随↢順六度之義↡。若有↢後仏↡出↠世、豈可↧改↢前十善↡令↞行↢十悪↡也。

如似~制断…罪 返り点まま。 「~制断の如似ごとき…罪」。

・深心釈 就人立信

このどうをもつて*推験すいげんするに、 あきらかにりぬ、 諸仏しょぶつ言行ごんぎょうはあひしつせざることを。 たとひしゃ一切いっさいぼんかんして、 「この一しんつくすまで専念せんねん専修せんじゅすれば、 捨命しゃみょう以後いごさだめてかのくにしょうず」 とのたまはば、 すなはち十ぽう諸仏しょぶつことごとくみなおなじくめ、 おなじくすすめ、 おなじくしょうしたまはん。 なにをもつてのゆゑに。 *同体どうたいだいなるがゆゑなり。 一ぶつ*しょは、 すなはちこれ一切いっさいぶつなり。 一切いっさいぶつは、 すなはちこれ一ぶつしょなり

推験 おしはかること。
所化 教化されるところ。

以↢此道理↡推験、明知、諸仏言行不↢相違失↡。縦令釈迦指↢勧一切凡夫↡、尽↢此一身↡専念専修、捨命已後定生↢彼国↡者、即十方諸仏悉皆同讃同勧同証。何以故、同体大悲故。一仏所化即是一切仏化、一切仏化即是一仏所化。

すなはち ¬弥陀みだきょう¼ のなかにきたまふ。 しゃ極楽ごくらく種々しゅじゅ荘厳しょうごん讃歎さんだんし、 また 「一切いっさいぼん、 一にちにち一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんずれば、 さだめておうじょう(意)すすめたまひ、 次下つぎしももん(同・意)、 「ぽうにおのおのごうしゃとう諸仏しょぶつましまして、 おなじくしゃよく五じょくあくあくかいあくしゅじょう悪見あくけん悪煩悩あくぼんのう悪邪あくじゃしんさかりなるときにおいて、 弥陀みだみょうごうさんして、 ªしゅじょう称念しょうねんすればかならずおうじょうº と勧励かんれいしたまふをさんじたまふ」 とのたまふは、 すなはちそのしょうなり

即¬弥陀経¼中説、釈迦讃↢歎極楽種種荘厳↡、又勧↢一切凡夫↡、一日七日一心専↢念弥陀名号↡、定得↢往生↡。次下文云。十方各有↢恒河沙等諸仏↡、同讃↧釈迦能於↢五濁悪時・悪世界・悪衆生・悪見・悪煩悩・悪邪・無信盛時↡、指↢讃弥陀名号↡、勧↢励衆生↡、称念必得↦往生↥。即其証也。

勧励衆生 返り点まま。 「衆生を勧励して」。

また十ぽうぶつとうしゅじょうしゃぶつ所説しょせつしんぜざることを恐畏おそれて、 すなはちともに同心どうしんどうに、 おのおの*舌相ぜっそういだしてあまねく*ぜんかいおおひて、 誠実じょうじつの言をきたまふ。 「なんぢらしゅじょう、 みなこのしゃ所説しょせつ所讃しょさん所証しょしょうしんずべし。 一切いっさいぼん罪福ざいふく多少たしょう*せつごんはず、 ただよくかみ百年ひゃくねんつくし、 しもにちにちいたるまで、 一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんずれば、 さだめておうじょうること、 かならずうたがいなし」 と

舌相を出して 仏の説くところがもうでないというしょうじょうの意を示す
時節の久近 時間の長短。

又十方仏等、恐↢畏衆生不↟信↢釈迦一仏所説↡、即共同心・同時、各出↢舌相↡、徧覆↢三千世界↡、説↢誠実言↡。汝等衆生、皆応↠信↢是釈迦所説・所讃・所証↡。一切凡夫、不↠問↢罪福多少、時節久近↡、但能上尽↢百年↡、下至↢一日・七日↡、一心専↢念弥陀名号↡、定得↢往生↡、必無↠疑也。

このゆゑに一ぶつ所説しょせつは、 すなはち一切いっさいぶつおなじくその*証誠しょうじょうしたまふ。 これを*にんきてしんつとづく

 ここでは勧める人、 釈迦・諸仏を指す。 一説には四重の破人 (念仏の教えを否定する四種の人) を指すという。

是故一仏所説、即一切仏同証↢誠其事↡也。此名↢就↠人立↟信也。

・深心釈 就行立信

【8】 つぎぎょうきてしんつといふは、 しかるにぎょうに二しゅあり。 一には正行しょうぎょう、 二には雑行ぞうぎょうなり

次就↠行立↠信者、然行有↢二種↡。一者正行、二者雑行。

・深心釈 ・就行立信 正行

*正行しょうぎょうといふは、 もつぱら*おうじょうきょうぎょうによりてぎょうずるは、 これを正行しょうぎょうづく。 何者なにものかこれなるや。 一心いっしんにもつぱらこの ¬かんぎょう¼・¬弥陀みだきょう¼・¬りょう寿きょう¼ とう読誦どくじゅし、 一心いっしん専注せんちゅうしてかのくに*ほう荘厳しょうごんそう観察かんざつ憶念おくねんし、 もしらいするにはすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつらいし、 もしくちしょうするにはすなはち一心いっしんにもつぱらかのぶつしょうし、 もし讃歎さんだんようするにはすなはち一心いっしんにもつぱら讃歎さんだんようす、 これをづけてしょうとなす

往生経 ¬大経¼ ¬観経¼ ¬小経¼ を指す。
二報荘厳 依正二報の荘厳相。 →しょう二報にほう

言↢正行↡者、専依↢往生経行↡行者、是名↢正行↡。何者是也。一心専読↢誦此¬観経¼・¬弥陀経¼・¬無量寿経¼等↡、一心専↢注思↣想観↤察憶↯念彼国二報荘厳↡、若礼即一心専礼↢彼仏↡、若口称即一心専称↢彼仏↡、若讃歎供養即一心専讃歎供養、是名為↠正。

またこのしょうのなかにつきてまた二しゅあり

又就↢此正中↡、復有↢二種↡。

・深心釈 ・就行立信 ・正行 正業

一には一心いっしんにもつぱら弥陀みだみょうごうねんじて、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざがせつごんはず念々ねんねんてざるは、 これを*正定しょうじょうごうづく、 かのぶつがんじゅんずるがゆゑなり

一者一心専↢念弥陀名号↡、行住坐臥、不↠問↢時節久近↡、念念不↠捨者、是名↢正定之業↡。順↢彼仏願↡故。

・深心釈 ・就行立信 ・正行 助業

もし*礼誦らいじゅとうによるをすなはちづけて*助業じょごうとなす

礼誦等 五正行ごしょうぎょうのうちの称名以外の行業ぎょうごう読誦どくじゅかんざつ礼拝らいはい讃嘆さんだんようの助業をいう。 →助業じょごう

若依↢礼誦等↡、即名為↢助業↡。

・深心釈 ・就行立信 雑行

この正助しょうじょぎょうのぞきて以外いげ自余じよ諸善しょぜんはことごとく*雑行ぞうぎょうづく。 もしさき正助しょうじょぎょうしゅすれば、 しんつねに〔阿弥陀あみだぶつに〕親近しんごんして憶念おくねんえず、 づけて*けんとなす。 もしのち雑行ぞうぎ