【1】 謹んで竜樹菩薩の《十住毘婆娑論》をうかがうに、菩薩が不退の位を求めるのに二種の道がある。一つには難行道、二つには易行道である。難行道とは、五濁の汚れた世、仏のましまさぬ時に、不退の位を求めることを難とする。この難は多いが、略して少しばかり挙げて説明しよう。一つには、仏教にまぎらわしい外道の善が菩薩の修行の法を乱す。二つには自己のさとりのみを求めるところの声聞の修行の法が、菩薩の大慈悲を行うことをさまたげる。三つには、人のことをかえりみない悪人が他人の修行を破る。四つには、迷いの中の善果である人天の果報に執着して仏道の行をそこなう。五つには、ただ自力のみであって他力の支持がない。このようなことは眼に見るところ、皆これである。これをたとえていえば、陸路を徒歩で行くことは、苦しいようなものである。易行道とは、ただ仏を信ずることによって浄土の往生を願えば、如来の願力によってかの清らかな国土に生まれ、仏力によってただちに大乗正定聚の部類に入ることができる。その正定聚とは不退の位である。これをたとえていえば、水路を船で行くことは楽しいようなものである。今、この《無量寿経優婆提舎願生偈》にあらわすところの法は、すなわち易行道であって、大乗の中の極致であり、速やかに不退の位に至る帆かけ船である。

【2】 「無量寿」とは、安楽浄土の如来の別名べつみょうである。釋迦牟尼仏が王舎城や、舎衛国において、大衆の中で、無量寿仏の荘厳功徳を説かれた。そこでその荘厳功徳をおさめる一つの名号をもって三経にあらわす法の体とする。後の世の聖者天親菩薩が、釋迦如来の大悲のおしえにしたがって、経に依って願生の偈を作り、また論述の文を作って重ねてその義を解釈せられた。梵語の「優婆提舎」ということばは、この国ではまさしくそれに相当する訳がない。その一部分の意味をもっていうならば、論と名づくべきである。それに相当する訳のないわけは、この国には元来仏が出られなかったからである。この国の書においては、孔子が述べたものを「けい」といい、その外の人の作をみな「」というのである。国史・国紀のたぐいが、みなそのように区別している。ところで、仏の説かれた十二部経の中に論議経がある。それを「優婆提舎」という。もしまた、仏の弟子たちが仏のお経を解釈して、経のいわれによくかなうものは、仏はまた「優婆提舎」と名づけることを許される。仏の説かれた内容にかなうからである。この国において「論」というのは、ただ論議というだけであるから、どうして「優婆提舎」の名前を正しく翻訳することができようか。また、たとえば女を、子に対しては母といい、兄に対しては妹と呼ぶようなものである。このようなことは、みなその意義に従って呼び名が変わってくる。もし、ただ女という言葉をもって漠然と母や妹のことをいうならば、大体女ということはあらわすけれでも、どうして母・妹という尊卑の区別をあらわすことができようか。今、ここでいう「論」もまたこのとおりである。こういうわけであるから、今も梵語を残して「優婆提舎」というのである。

【3】 この《浄土論》の一部は大体二重になっている。一つは総説分であり、二つには解義分である。総説分とは、前の五字の句をもってあらわす偈が終わるまでであり、解義分とは「論じて言う」より以下の論述の終わるまでである。二重に分けるわけは二つの義があって、初めの偈文は歌詞をもって経の意味を略して示すのであり、後の論述の文はその偈文の意味を述べて更に解釈するからである。

【4】 「無量寿」というのは、阿弥陀如来の寿命が長くて思いはかることができないことをいう。「経」とは、常の意味である。その中に説かれてあるところの安楽国土の阿弥陀如来および往生した菩薩方の清浄なる荘厳功徳、また浄土の清浄なる荘厳功徳は、よく衆生のために大きな利益を与え、いつまでも世に行なわれるべきであるから「経」という。「優婆提舎」というのは、これは仏の論議経の名である。「願」というのは、願いもとめるの意味である。「生」というのは、天親菩薩が、かの安楽国土の阿弥陀如来の正覚の華の中に生まれることを願われるのであるから「願生」という。「偈」とは、句の数を定めてあらわす義である。すなわち今は五字の句をもって、略して仏経の意味を誦詠するから名づけて「偈」とする。「婆数」を訳して天といい、「槃頭」を訳して親という。ゆえにこの人を「天親」という。その一代の事跡は、《付法蔵経》に出ている。「菩薩」とは、もしつぶさに梵語でいえば「菩提薩埵」というべきである。「菩提」とは仏果の名である。「薩埵」とは、あるいは衆生ともいい、あるいは勇健ともいう。今、ただ「菩薩」といったのは、訳者が略しただけである。「造」とは、また作るの意味である。その造る人によって、書かれてある法を重んずるから、そういう意味で「某造」というのである。こういうわけで《無量寿経優婆提舎願生偈》という。《浄土論》の名目を解釈することを終わる。

【5】 偈の中を分けて五念門とする。下の論述の文に解釈する通りである。第一行の四句に、三念門の意が含まれている。上の三句は礼拝門と讃嘆門であり、下の一句は作願門である。第二行は、天親菩薩がみずから「わたしは仏の説かれた教典をよりどころとして、この《浄土論》を作り、仏の教にかない、その信受するのにはもとづくとろこがある」と述べられる。どうしてこのことをいうかといえば、「優婆提舎」と名づけるわけを成立せしめるためである。またこれは上の三念門をうけて、下の二念門を起こすのである。こういうわけで上に次いで説かれたのである。第三行よりの二十一行は悉く観察門である。最後の一行は回向門である。偈頌を五念門に配当することが終わる。

【6】  世尊 我一心に  尽十方無碍光如来に

  帰命したてまつって  安楽国に生ぜんと願ず

 「世尊」というのは、すべての仏に通ずる徳号である。智徳をいえば、すべての義理に達しないことはなく、迷いを断じた徳をいえば、煩悩の余習をもあますところはない。智徳と断徳とがそなわってよく世間を利益し、世の人から尊敬され重んぜられるから「世尊」という。この言葉の意味は釋迦如来を指す。どうして知られるかといえば、下の句に「我 修多羅に依る」といわれてあるからである。天親菩薩は、釋迦如来の滅後、像法の間に出られて、釋迦如来の残された経の教に順うのであるから往生を願われる。その往生を願うにはもとづくところがある。ゆえに、この言葉は釋迦如来を指すことが知られる。もしまた、この意味をいえば、一切の諸仏に告げるといってもさしつかえない。およそ菩薩が如来に帰依せられることは、ちょうど孝子が父母をたよりとし、忠臣が君后きみに仕える場合、動静を身勝手にせず、出所進退が、かならず父母・君后の意にもとづくようなものである。仏の御恩を知ってその徳に報いるのであるから、道理として、まず先に仏に申しあげるべきである。また衆生化益の願いは軽々しいものではない。もし如来が尊い力を加えてくださらなかったならば、どうしてこれを達成することができよう。いま仏力の加被を乞うのである、こういうわけで、仰いで世尊に告げられるのである。「我 一心に」とは天親菩薩みずからの安心を述べる言葉である。その意味は、無碍光如来を信じ、安楽国の往生を願って、その心が変わらずに続き、いささかも自力の心がまじわらないことである。

 問うていう。仏の教法の中には我ということをいわない。今、この文の中にどういうわけで我というのか。

 答えていう。我というのに三つのよりどころがある。一つには、邪見の意味でいう。二つには、みずから尊大の意味でいう。三つには、世間一般に用いることばである。今「我」といわれたのは、天親菩薩がみずからを指すことばであり、世間一般の流布語を用いられたのであって、邪見や尊大でいう意味ではない。

 「尽十方無碍光如来に帰命したてまつって」とは、「帰命」は礼拝門であり、「尽十方無碍光如来」は讃嘆門である。どうして「帰命」が礼拝であると知られるかというと、竜樹菩薩が造られた阿弥陀如来を讃える偈の中に、あるいは「稽首礼」といい、あるいは「我帰命」といい、あるいは「帰命礼」といわれてある。また、この論の後の論述の文の中にも、「五念門を修める」といわれている。五念門の中で礼拝は、その一つである。天親菩薩は、すでに往生を願っていられるのであるから、礼拝せられぬはずはない。ゆえに帰命は礼拝であることが知られる。ところが、礼拝はただ尊敬することであって、必ずしも帰命とは限らない。しかし帰命には必ず礼拝を伴う。こういう意味から推し量ると、帰命の方がその意義が重い。そこで偈文の方は、まず天親菩薩が御自身の領解を述べられるのであるから帰命というべきであり、後の論述の文は偈文の意味を解釈するのであるから、ひろい意味で礼拝とされたのである。偈文と論述の文とが互いにあらわして、いよいよその意味が明らかとなる。

 どうして「尽十方無碍光如来」というのが讃嘆門になるのかというと、下の論述の文の中に「云何が讃嘆門なる、謂く彼の如来のみ名を称し、彼の如来の光明智相の如く、彼の名義の如く、実の如く修行し相応せんと欲う故なり」といわれてある。舎衛国で説かれた《無量寿経》すなわち《阿弥陀経》によれば、仏が阿弥陀如来の名号のいわれを解釈されて、「どうして阿弥陀仏と申しあげるのか。かの仏の光明はかぎりなく、十方のあらゆる国々を照らして、何ものにも妨げられるところがない。それゆえ阿弥陀仏と申しあげる」と。また「かの仏の寿命とその国の人々の寿命も、ともにかぎりなく、実にはかり知られぬ無限の長い時間にわたっている。それゆえ阿弥陀仏と申しあげる」と仰せられてある。

 問うていう。もし無碍光如来の光明がはかりなく、あらゆる国々を照らして妨げられないというならば、この世界の衆生はどうして光明のお照らしをこうむらないのか。光明の照らさない所があるのは、妨げがあるのではないか。

 答えていう。妨げは衆生の側にあるのであって、光明の側にあるのではない。たとえば、日光はすべての国をあまねく照らすけれども、盲者は見ない。これは日光が行き渡らぬのではないようなものである。また深い雲が大きな雨となって注いでも、固い石をうるおさない。しかし雨がぬらさぬのではないようなものである。

 もし一仏が三千大千世界を領有するというならば、これは小乗論で説くところである。もし諸仏があまねく十方無量無辺の世界を領有するというならば、これは大乗論で説くところである。天親菩薩は、いま「尽十方無碍光如来」と申された。すなわちこれは、かの如来の名号の意義にかない、智慧の相たる光明のいわれにかなって称えるのである。ゆえにこの一句は讃嘆門であると知られる。

 「安楽国に生ぜんと願ず」とは、この一句は作願門である。天親菩薩の帰命の信にそなわる意である。安楽国の意義は、くわしく下の観察門の中に述べてある。

 問うていう。大乗の経典や論釈の中には処々に「衆生は畢竟無生で虚空のようである」と説かれている。それなのにどうして天親菩薩は「生れることを願う」といわれたのであるか。

 答えていう。「衆生は無生で虚空のようである」というについては、二種類がある。一つには、凡夫の思うような固定した衆生があって、凡夫の考えるように、それが実にここに死んでかしこに生まれるというようなこと、そういうことは本来ないので、ちょうど亀に毛のないようにその体がなく、虚空のように空無である。二つには、あらゆるものは因縁によって生ずるのであるから、そのまま本来不生であって、固定した体のないことは、あたかも虚空のようである。いま天親菩薩が「生まれることを願う」といわれるのはこの因縁生の上でいわれる。因縁生の義であるから仮に「生」というのであって、凡夫の考える固定した衆生があって、実に生まれたり死んだりするということではない。

 問うていう。どういう意義によって往生を説くのであるか。

 答えていう。この世にある人が五念門を修める場合、その人の修める前念の心は後念の心のために因となる。この迷いの世界の人と浄土の人とは、きまって一ともいわれず、きまって異ともいわれない。前心と後心との関係もまたこのとおりである。なぜかといえば、もし同一なら因果の別がないことになり、また異なるものとすれば同一のものの相続でないことになる。この義は一異を観ずるところの門の中にくわしい。

 以上で偈の第一行の三念門を解釈し終わった。

【7】 次に「優婆提舎」と名づけるわけを成り立たせ、また上の三念門をうけ下の二念門を起こす偈

  我 修多羅の  真実功徳相に依って

  願偈総持を説いて  仏教と相応す

 この一行が、どうして「優婆提舎」の名を成り立たせるのか。どうして上の三念門をうけ、下の二念門を起こすことになるのか。偈に「我 修多羅に依って 仏教と相応す」といわれる。「修多羅」とは仏の経典の名である。わたしは仏経のいわれを解釈して、経の意味とよく相応し、仏の説かれた内容にかなうから「優婆提舎」と名づけることができる。名前の義を成立し終わる。次に上の三念門をうけ、下の二念門を起こすというのは、その「依って」といわれるのは、どこに依るのか、なぜ依るのか、どのように依るのか。どこに依るのかといえば、経に依るのである。なぜ依るのかといえば、その経に説かれてある如来は真実功徳の相だからである。どのように依るのかといえば、五念門を修めてこの法に相応するからである。それゆえ上三念門を受け下二念門を起こすことになる。「修多羅」とは、十二部経のなかの、仏がただちに法を説かれたものを「修多羅」と名づける。四阿含などの小乗の教、及びその外の大乗の諸経をもまた「修多羅」と名づける。ここに今「修多羅に依って」といわれたのは、小乗のものではなく大乗の経典であって、阿含などの経ではない。

 「真実功徳相」とは、およそ功徳には二種がある。一つには、有漏の心から起こって真如法性にかなわぬ、いわゆる凡夫が修めるような人間・天上に生まれる善およびその果報である。これらは因も果もみな顛倒であり、みな虚偽であるから不実功徳と名づける。二つには、菩薩の法性に順ずる浄らかな行業から起こって仏の果報を成就し、法性にしたがい清浄の相にかなっているもの、これは顛倒でもなく虚偽でもないから真実功徳と名づける。なぜ顛倒でないのかというと、法性にしたがい真俗二諦の道理にかなっているからである。なぜ虚偽でないのかというと、衆生を摂めて最上のさとりに入らせるからである。

 「願偈総持を説いて 仏教と相応す」というのは、「持」とは義理をたもって散失しないことをいい、「総」とは、少ないことばをもって多くの義理を摂めることをいう。「偈」とは五字の句であらわすものをいう。「願」とは、往生を願うことをいう。「説いて」というのは、多くの偈と論述の文を説くのをいう。総じてこれをいうならば、往生を願うところの偈を説いて、仏の経典の意味を略してあらわし、仏の教法と相応するということである。「相応」とは、たとえば函と蓋とがよくあうようなものである。

【8】  彼の世界の相を観ずるに  三界の道に勝過せり

 これより以下は、第四の観察門である。この門の中を分けて二とする。一つには、器世間荘厳成就を観察する。二つには、衆生世間荘厳成就を観察する。この功徳より後、「彼の阿弥陀仏国に生ぜんと願ず」までは、器世間荘厳成就を観察する。器世間を観察する中を、また分けて十七とする。その一々は文に至って名づける。

 今この二句は、すなわち最初のものである。それを名づけて荘厳清浄功徳成就とする。この清浄功徳は荘厳のすべてにわたる徳である。仏が因位の時に、清浄功徳を荘厳しようという願を起こされたわけは、三界をみれば、虚偽の相であり、流転の相であり、はてしない相であり、蠖しゃくとりむしがまるいものをめぐるが如く、蚕の繭が自分をしばるが如くである。あわれなことには、衆生はこの三界にとじられて顛倒・不浄である。これらの衆生を虚偽でない処、輪廻無窮でない処に置いて、この上ない安楽の清浄なさとりを得させたいと思召すのである。こういうわけで、この清浄荘厳功徳を起こされたのである。「成就」という意味は、浄土の清浄は破壊することができず、けがすことができないもので、この三界がけがれた相であり、また破壊の相であるようなものではないことをいう。「観ずる」というのは、観察することである。「彼の」とは、かの安楽国土である。「世界の相」とは、かの安楽世界の真如にかなった清浄の相である。その相のいろいろな徳は下に出ている。「三界の道に勝過せり」といわれる「道」とは通ずるということである。こういう印でこういう結果を得、こういう結果がこういう因にむくう。因をとおして果に至り、果をとおして因に酬う。因と果の間が通じているから「道」と名づける。「三界」とは、一つには欲界、いわゆる六欲天・四天下の人・畜生・餓鬼・地獄などである。二つには色界、いわゆる初禅・二禅・三禅・四禅天などである。三つには無色界、いわゆる空処・識処・無所有処・非想非非想処天などである。この三界は、迷いの凡夫が流転する暗黒の所であって、苦と楽が少しばかり異なり、寿命の長短も多少ちがっているけれども、総じてこれを見ると有漏でないものはない。禍と福とが互いに相依って起こり、それが循環してはてしがない。雑多の生を受けて、いろいろの苦にふれ、これを受ける。誤った常楽我浄というものに長くかかわり、因も果も虚偽が互いに続く。安楽国は、法蔵菩薩の慈悲・智慧によって生じ、阿弥陀如来の不思議な本願力によって建立されたものである。胎生・卵生・湿生などはこれによって遠く離れ、迷いの業繋の長い綱がこれによって長く断ちきられる。弓を射るのにやはずを続けて下に落ちない名人の術の如く、菩薩が七地の位において諸仏の勧めを待つようなことなく、自在に迷いの世界に現われて衆生済度することが、普賢の位の菩薩とその徳を同じうする。そこで「三界に勝過せり」とあるのも、ただ近い言葉を使っただけで、三界の衆生に対するからこういうのである。

【9】  究竟して虚空の如く  広大にして辺際なし

 この二句を、荘厳量功徳成就と名づける。仏が因位の時に量功徳を荘厳しようという願を起こされたわけは、迷いの世界をみれば、まことに狭小で、城址などのこわれた所、けわしい谷、土の盛り上がった所、水際などがあり、あるいは建物が狭く立てこんで、土地がせまく、あるいは行こうとしても道がつまり、あるいは山河にへだてさえぎられ、あるいは国の境が分かれている。このようないろいろな困難なことがある。こういうわけで、法蔵菩薩は、この荘厳量功徳の願をおこされて、わが国土は虚空のごとく、広大であってきわがないようにしたいと願われた。「虚空の如く」という意味は、生れて来るものが多くても、あたかも、いないがごとくであるというのである。「広大にして辺際なし」とは、上の「虚空の如し」という意味を成立せしめるのである。どうして「虚空の如し」というのか、広大であってきわがないからである。「成就」というのは、十方の衆生の往生するものは、あるいは過去に生れたもの、あるいは今生れたもの、これから後に生れるものがはかることができないほどであっても、ついに、いつも虚空のごとく広大できわがなく、いつまでも満ちる時がない。こういうわけで「究竟して虚空の如く、広大にして辺際なし」といわれたのである。

 問うていう。維摩居士の方丈の部屋のごときは、狭い室でありながら、沢山の高座をおさめてもなお余りがある。そうすれば浄土の国土が限りないということをもって、必ずしも広大ということができようか。

 答えていう。今いうところの広大ということは、必ずしもけい 五十畝 えん 三十畝 というような広さをもって喩えとしたのではない。ただ虚空のごとしといっただけである。またどうして維摩の方丈と同類であろうか。また維摩の方丈が多くのものをおさめるというのは、狭い所で広いということをいうのである。厳密に果報をいうならば、どうして本来の広い浄土で広大のはたらきがあるのと同じであろうか、同じではない。

【10】 正道の大慈悲  出世の善根より生ず

 この二句を荘厳性功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの性功徳を荘厳しようという願を起こされたのかというと、ある国土をみれば、愛欲を因とするからして欲界があり、下位を厭い上位を願う有漏の観法によって色界と無色界とがある。この三界は、みな有漏のまちがった行によってあらわれるところであり、長い迷いの夢を見ておって、出離を願うということを知らない。こういうわけであるから、仏は大悲の心をおこされて「わたしは仏となって、最上のさとりをもて、浄らかな国土を成就し、三界を出させよう」と願われた。

 まず「性」とは、諸法の根本の義である。その意味は、この浄土が諸法の根本である真如の性にかない、これにそむかない。その事は、《華厳経》の宝王如来性起品に説かれている義と同例である。またつぎに「性」というのは、因位の行の功徳によって成就するという意味である。法蔵因位の時、多くの行を積みかさねて成就せられたのをいうのである。またつぎに「性」というのは、聖種性である。法蔵菩薩が因位の時、世自在王仏のみもとにおられて無生法忍を悟られ、その時の位を聖種性という。この聖種性の位において四十八の大願をおこし、この国土を成就されたのであって、これを安楽浄土という。この浄土は、かの聖種性の位でおこされた願によって得られたのである。いまは成就した結果の上でその因を語るから性というのである。またつぎに「性」というのは、必然の義すなわち他をして必ず同化せしめるいわれであり、不改の義すなわち自身の体は変わらぬという意味である。あたかも海水の性質が鹹味一つであって、そこに流れ込む水を必ず潮の一味とし、海水の鹹味は流れ込む水によってさらに変わらぬごとくである。また人間の身体の性は不浄であるから、さまざまのよき色や香やおいしいものが人間の身体に入ったならば、みな不浄になるようなものである。安楽浄土はそこに往生するすべての人に、不浄の身や不浄の心がなく、ついにみな法性真如にかなった、けがれなき無為法身を得させる。それは安楽国土に清浄なる性質が成就せられているからである。

 「正道の大慈悲 出世の善根より生ず」というのは、この正道とは平等の大道である。平等の道を名づけて正道とするのは、平等とは諸法の本体のありさまである。諸法の本体は平等であるから、法蔵菩薩のおこされた願心も平等である。願心が平等であるから、智慧も平等である。智慧が平等であるから、大慈悲も平等である。この大慈悲がすなわち仏果の正因である。ゆえに「正道の大慈悲」等といわれたのである。慈悲をおこすに三縁がある。一つには、衆生の実体ありと見ておこす慈悲、これは小悲である。二つには、五蘊の法ありと見ておこす慈悲、これは中悲である。三つには、空無我を知っておこす慈悲、これが大悲である。大悲は出世の善根すなわち無漏の善である。安楽浄土はこの大悲から成就されたのであるから、この大悲をもって浄土を成就する根本とする。ゆえに「出世の善根より生ず」といわれるのである。

【11】 浄光明の満足せること  鏡と日月輪との如し

 この二句を、荘厳形相功徳成就と名づける。仏が因位の時に、この功徳を荘厳しようという願をおこされたわけは、日輪が須弥山の四方をめぐるのに、その光が一方は照らすが外の三方には行き渡らない。庭のかがり火が屋敷内にあっても、その明るさは十仞にも及ばない。こういうわけだから、浄らかな光明を満足せしめようという願をおこされたのである。日輪や月の光がそれ自体明るいように、かの安楽浄土は、広大無辺であるけれども清らかな光明の充ちわたらぬ所はない。こういうわけで「浄光明の満足せること 鏡と日月輪との如し」といわれたのである。

【12】 もろもろの珍宝性を備えて  妙荘厳を具足せり

 この二句を、荘厳種々事功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、泥土をもって住居の飾りとし、木や石をもって、はなやかな楼閣とする。金を彫り玉をちりばめようとしても、なかなか心に満足できない。あるいはそれらを造るのに多くの苦しみを受けねばならない。こういうわけであるから、大悲心をおこされて、「わたしが仏となったならば、必ず珍しい宝をそろえて、うるわしい荘厳が自然にととのい、すべて充分に満足せしめて、そういうことを心にかけないで、おのずから仏果さとりをえさせよう」と願われた。この荘厳のことがらは、たとい、そのたくみがたぐいないといわれる毘首羯磨が一所懸命おもいをつくしても、どうしてよくこれを写し取ることができようか、できはしない。「性」とは諸法の根本たる真如である。法蔵菩薩の成就しようという願心が真如にかなった清浄であるから、成就された荘厳が不浄であるはずがない。そこで、経の中に「その願心が清浄であるから、随って仏土も清浄である」と説かれている。こういうわけで「諸の珍宝性を備えて 妙荘厳を具足せり」といわれたのである。

【13】 無垢の光炎さかんにして  明浄に世間にかがや

 この二句を、荘厳妙色功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土を見れば、優劣が同じでない。優劣が同じでないから上下の別がでてくる。上下の別があるから好き嫌いの別がおこってくる。好き嫌いがおこるから、それがもととなってながく迷いに沈むのである。こういうわけだから、大悲の心をおこして、優劣上下のない平等な色相を成就しようという願をおこされ、「わが国土は光明の盛んなることが第一で比べるものがなく、あたかも人間や天上界の金色には、更にそれを奪って勝ったものがあるのと同じでないようにしよう」と願われた。どのように互いに奪うかといえば、きれいな鏡を金の側におくと、その光が現われない。今の時の金を、釋迦仏在世の時分の金に比べると、光が現われない。仏在世の時の金を閻浮那金に比べると、また現われない。閻浮那金を大海中の転輪王の道の金沙に比べると、また現われない。転輪王の道の金沙を金山に比べるとまた現われない。金山を須弥山の金に比べるとまた現われない。須弥山の金を三十三天の瓔珞の金に比べるとまた現われない。三十三天の瓔珞の金を夜摩天の金に比べるとまた現われない。夜摩天の金を兜率陀天の金に比べるとまた現われない。兜率陀天の金を化自在天の金に比べるとまた現われない。化自在天の金を他化自在天の金に比べるとまた現われない。他化自在天の金を安楽浄土の中の光明に比べるとまた現われない。どういうわけかというと、かの浄土の光明は、有漏のけがれた業から生じたものではないからであり、真如にかなった清浄の徳が成就しているからである。安楽浄土は、無生忍をえられた法蔵菩薩の清浄の業から成就されたものであり、阿弥陀如来法王の治められる処である。阿弥陀如来をすぐれた力とするから、「無垢の光炎熾んにして 明浄に世間に曜く」といわれる。「世間に曜く」というのは、衆生世間と器世間の両方に曜くことである。

【14】 宝性功徳の草は  柔軟にして左右に旋れり

  触るる者の勝楽を生ずること  迦旃隣陀に過ぎたり

 この四句を、荘厳触功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという観をおこされたのかというと、ある国土をみれば、金や玉を重んずるけれども、それを衣服にすることはできない。きれいな鏡を珍しくもてあそんでも、それを敷具にあてがうことはできない。これらのものは、目に見ていいけれども、身にふれるのに便利ではない。そうすると、身にふれるのと目に見るとの二つの心持が矛盾するではないか。こういうわけで「わが国土の人々は、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根を楽しませることが水と乳のように一致して、楚と越が離れるようなわずらわしさをなくならしめよう」と願われた。こういうわけで浄土の七宝は柔らかで、目で見て楽しませると共に、身にふれても心地がよいのである。「迦旃隣陀」というのは、天竺の柔らかな草の名である。これに触れるとよく楽しい味わいをおこさせるから、これをもって喩えとしたのである。

 註者がいう。この世界では、土や石や草やまたは木などにはそれぞれ別々の定まったものがらがある。翻訳者はどういうわけで浄土の宝に草という文字をつけたのであるか。それはよく風になびいてやわらかく動く草のようであるから、草の文字をもってこれに名づけただけである。もし自分がその翻訳に参加したならば、もう少し方法があったであろう。

 「勝楽を生ずる」とは、天竺の草の迦旃隣陀にふれると、執着の楽を生ずるが、浄土の柔らかな宝にふれると、法を喜ぶ楽しみをおこさせる。二つのものの相が非常に違っている。それで勝れているといわねばならない。こういうわけで「宝性功徳の草は 柔軟にして左右に旋れり 触るる者の勝楽を生ずること 迦旃隣陀に過ぎたり」といわれたのである。

【15】 宝華千万種にして  池流泉に弥覆せり

  微風華葉を動かすに  交錯して光乱転す

 この四句を、荘厳水功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、あるいは河や海の大波の恐ろしいしぶきが人を驚かす。あるいは氷が流れ、また凍てついて、人を苦しめ心の常を失わせる。前にも安らかなこころがなく、後にも恐れおののく思いがある。法蔵菩薩はこれを見られて、大悲の心をおこされ「わたしが成仏したらなば、あらゆる流れ、泉・池・沼が建物とよく調和していろいろの宝の花を布いて水の飾りとし、静かな風がおもむろに吹いて美しく照り映え、心を開き身をよろこばしめ、一つとして不可なものはないように」と願われた。こういうわけで「宝華千万種にして 池流泉に弥覆せり 微風華葉を動かすに 交錯して光乱転す」といわれたのである。

【16】 宮殿諸楼閣にして  十方を観ること無礙なり

  雑樹に異の光色あり  宝欄遍く囲繞せり

 この四句を、荘厳地功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、高くけわしい山に枯木が峯に横たわり、高低さまざまの山、深くけわしい谷には、悪草が生い茂って谷をふさいでいる。広々とした大きな海が目のとどかぬ川のようである。雑草の生い茂る広い沢は人跡の及ばぬ所である。法蔵菩薩は、これを見て、大悲の願をおこされ、「わが成就した国土は、地面が掌のように平らかで、その上にある宮殿楼閣が鏡のように十方世界を写しとり、明らかであってまじわるところなく現われ、しかもそれが離れていない。宝の樹、宝の欄干が互いに飾りにとなるように」と願われた。こういうわけで「宮殿諸楼閣にして 十方を観ること無礙なり 雑樹に異の光色あり 宝欄遍く囲繞せり」といわれたのである。

【17】 無量の宝交絡して  羅網虚空に遍ぜり

  種々の鈴響きを発して  妙法音を宣吐す

 この四句を、荘厳虚空功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土を見れば、煙や雲や塵や霧が空を覆いさえぎり、はげしい雷雨が上から落ち、不吉な天火や虹が空からきて、憂いが多く、これがために身の毛がよだつ。法蔵菩薩は、これを見られて大悲の心をおこされ、「わが国土は、宝の網をめぐらして空を覆い、大小の鈴がいろいろの音をたてて尊い法を説き、これをながめてあくことなく、さとりの道を心に念じ、その徳をあらわせよう」と願われた。こういうわけで「無量の宝交絡して 羅網虚空に遍ぜり 種々の鈴響きを発して 妙法音を宣吐す」といわれたのである。

【18】 華衣の荘厳を雨ふらし  無量の香普く薫ず

 この二句を荘厳雨功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、衣服を地にしいて世尊を招きたいと思い、あるいは香華や名宝をもって恭敬の意をあらわそうと思うけれども、善業とぼしくその果報を感ずることもうすいものは、これらのことを果たしとげることができない。このゆえに大悲の願をおこされて「わが国土は、いつもこういうものを雨ふらして、衆生の意を満たさせよう」と願われた。なぜ雨ということばを使われるかというと、恐らくまちがってとるものが「もし常に花や衣をふらしたならば、大空を埋めてしまうであろう。どうして妨げないのであろうか」というであろう。こういうわけで雨をもって喩えとしたのである。雨は適当な時に降れば大水の患いはない。安楽浄土の果報に、どうして人の心をわずらわすようなものがあろうか。経に説かれてある。「日夜六度、宝衣をふらし、宝華をふらせる。そのものの質が柔らかで、その上をふめば四寸下り、足をあげるにしたがってまたもとどおりにかえる。用い終われば地面の中に入ることは、水が穴に入るのと同じようである」と。こういうわけであるから「華衣の荘厳を雨ふらし 無量の香普く薫ず」といわれたのである。

【19】 仏慧の明浄なること日の如くにて  世の痴闇冥を除く

 この二句を、荘厳光明功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの功徳を荘厳しようという願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、項背に日光を受けても、愚痴を除くことができぬ。このゆえに願をおこして仰せられるには「わが国土は、あらゆる光明をもって愚痴の闇を除いて、さとりの智慧に入らしめ、何ら利益のないことをなさしめないようにしよう」と。また安楽国土の光明は、如来の智慧から現われているものだから、よく世間の煩悩の闇を除くのである。経に説かれている「あるいは仏土あって、光明をもって衆生化益の事をなす」とはこのことである。こういうわけで「仏慧の明浄なること日の如くにて 世の痴闇冥を除く」といわれたのである。

【20】 梵声の悟らすこと深遠なり  微妙にして十方に聞こゆ

 この二句を、荘厳妙声功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、善い功徳があっても、その名声が遠く聞こえず、名声があって遠い所に及んでも微妙でない。名声が微妙で遠く聞こえたといっても人に悟りを与えることができない。こういうわけでこの荘厳をおこされたのである。天竺においては、清浄なる行を梵行とし、よいことばを梵言とする。インドでは梵天を尊重するから、だいたい梵ということばをもってほめことばとする。また印度のことがらは梵天と通じているからである。「声」とは名のことである。名とは安楽浄土の名である。経に「もし人が、ただ安楽浄土の名を聞いて往生を願うものは、また願いのごとく往生をうる」とある。これは浄土の名が衆生を悟らせるところの証拠である。釈論にいうてある。「このような浄土は、三界に摂まるところではない。なぜそういうのかといえば、欲がないから欲界ではない。大地の上にいるから色界ではない。色形があるから無色界ではない。考えて見ると法蔵菩薩の特別な因位の業によって成就されたところである。」有を出てしかも有であるのを微という。「有を出る」とは三界を出ることである。「しかも有である」とは浄土の有ることである。名号がよく衆生を悟らしめるのを妙という。「妙」とは好の意味である。名をもって人を悟らせるから妙という。こういうわけで「梵声の悟らすこと深遠なり 微妙にして十方に聞こゆ」といわれたのである。

【21】 正覚の阿弥陀法王  善く住持したまへり

 この二句を、荘厳主功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、羅刹を君とすれば、その君に治められる国土の民は互いに食いあう。転輪王がなくなって御殿に法輪を駐めるようになると、四方の人が安らかでなくなる。これを、風が吹いてすべてのものがそれに靡くにたとえる。みなその根本がある。こういうわけで法蔵菩薩は願をおこされ「わが国土にはいつも法王があって、その法王の不可思議の力によって住持せられているようにしよう」と願われた。「住持」というのは、鶴がなくなった子安の墓の上でこれを念持したので、千年の命が再びよみがえり、親魚が自分の卵を念持すると、夏は水があるが、水のかれる冬を経ても、くだけないようなものである。安楽浄土は、阿弥陀如来の正覚の善力によって支えられている。その浄土が弥陀の正覚のものがらでないものがあろうか。こういうわけで「正覚の阿弥陀法王 善く住持したまへり」といわれたのである。

【22】 如来浄華の衆は  正覚の華より化生す

 この二句を、荘厳眷属功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、あるいは父母の胞血をもって体を生じ、あるいは糞尿をもって生まれる元とする。あるいは朝廷に仕える高い身分の家から愚かな子が出てくる。あるいは身分の卑しい男女の家柄からすぐれた才能のものがでてくる。そのためにそしりを受けて火を抱く思いをし、恥ずかしめられて氷を抱く思いをする。こういうわけで「わが国土においては、すべてが如来の清浄華より生まれ、眷属はみな一味平等であって、そしられることのないようにしよう」と願われた。それゆえ「如来浄華の衆は  正覚の華より化生す」といわれたのである。

【23】 仏法味を愛楽し  禅三昧を食と為す

 この二句を、荘厳受用功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、あるいは鳥の巣から卵をとって食膳を豊かにし、あるいは砂を入れた袋をかけて、それを指して一時の飢をしのぐ慰めとする。ああ、なんと痛ましいことではないか。こういうわけで大悲の願をおこされ「わが国土は、仏法をもって、禅定をもって、三昧をもって食とし、ながくその外の食物をとるわずらわしさを絶たしめよう」と願われた。「仏法味を愛楽し」というのは、日月燈明仏が《法華経》を説かれたようなもので、六十小劫の間であった。そこに集って聞いたものも一緒にいたが、六十小劫の間を一食の間のように思った。一人として心に飽きを生じ、身に懈惓を生ずることがなかった。「禅三昧を食と為す」というのは、位の高い菩薩たちは、食をもとめようとすると百味の飲食が前にあり、眼に色を見、鼻にその香をかいで、体によろこびを受ける。自然に満足し終われば、そこからなくなる。食を用いようとすれば、また現われる。そういうことは《大経》に示されてある。こういうわけだから「仏法味を愛楽し 禅三昧を食と為す」といわれたのである。

【24】 永く身心の悩みを離れて  楽しみを受くること常にひまなし

 この二句を、荘厳無諸難功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、あるいは朝には天子の寵愛を受けながら、夕には刑罰を受けて殺されることにおののく。あるいは幼い時に粗末な所に捨てられたものが、長じては立派な食事をする身分になる。あるいは出る時にはふえを鳴らしてにぎやかに道に出たが、帰る時には肉親をなくして喪服を着て帰る。このようにいろいろ心にたがう悲しいことがある。こういうわけで「わが国土は、楽しみが続いてとぎれることがないようにしよう」と願われた。「身の悩み」とは飢渇・寒熱・殺害などである。「心の悩み」とは、是非・得失によって起こる三毒の煩悩などである。こういうわけだから「永く身心の悩みを離れて 楽しみを受くること常に間なし」といわれたのである。

【25】 大乗善根の界は  等しくして譏嫌の名なし

  女人及び根欠と  二乗の種生ぜず

 この四句を、荘厳大義門功徳成就と名づける。「門」とは、大義に達するところの入口である。「大義」とは、大乗の所以いわれである。人がだれでもみやこに行こうとする場合には、門さえあれば入ることができるようなものである。もし人が安楽浄土に生まれることができれば、大乗のさとりに至る門を得たことになるのである。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、仏や賢聖などがおられても、五濁の世界であるから、一乗の法を分けて三乗として説かねばならぬ。あるいは眉をひらいて媚態を呈するとそしりを受ける。あるいは唖と生まれて指をもって語るためにそしりを受ける。そこで「わが国土は、大乗のさとり、平等のさとりであって、大乗の菩提心を失った二乗の心はおこらず、女人・不具者などその名前もまた断つであろう」と願われた。こういうわけだから「大乗善根の界は 等しくして譏嫌の名なし 女人及び根欠と 二乗の種生ぜず」といわれたのである。

 問うていう。王舎城で説かれた《無量寿経》をうかがうと、法蔵菩薩が四十八願の中に「もしわたしが仏になったとき、国の中の声聞に限りがあって、その数を知ることができるようなら、正覚をとらない」と仰せられてある。これは声聞がある第一の証拠である。また《十住毘婆娑論》の中に、竜樹菩薩が阿弥陀仏を讃嘆する偈文を造って、「三界の牢獄を超出して 目は蓮華の花びらのようである 声聞たちは無量である それゆえぬかずき礼したてまつる」といわれている。これは声聞がある第二の証拠である。また《摩訶衍論》の中に「仏土に種々不同がある。ある仏土には、もっぱら声聞を僧とする。ある仏土は、もっぱら菩薩を僧とする。ある仏土は、声聞と菩薩を僧とする。阿弥陀仏の安楽国などがこれである」とある。これは声聞がある第三の証拠である。諸経の中で安楽国を説くところには、多く声聞があるといわれ、声聞がないとはいわない。声聞は二乗の一つである。ところがこの論には「乃至二乗の名さえもない」といわれている。この相違をどのように理解したらよいのか。

 答えていう。道理の上からおしはかると、安楽浄土には二乗があるはずがない。なぜこういうかといえば、病があれば薬があるのは当然のことである。《法華経》に「釈迦牟尼如来は、五濁の世に出られたゆえに、一乗を分けて三乗とせられた」と説かれてある。浄土はすでに五濁でないのだから三乗のないことは明らかである。また《法華経》に「もろもろの声聞はどういう解脱を得るのか。ただ三界を離れるのを名づけて解脱とする。この人はまだほんとうに一切の解脱を得ていない。まだ無上道を得ていないからである」と説かれてある。まことに、この理から推し量ると、阿羅漢はまだ一切の解脱を得ていないから、きっとなお生ずるところがなければならない。こういう人たちは、もはや三界には生れない。三界の外では浄土を除いて再び生ずるところがない。こういうわけであるからただ浄土に生ずるのである。「声聞」というのは、よその世界の声聞が生まれたのを、そのもとの名によって呼んで声聞というのである。帝釈天が人間界に生まれた時は、憍尸迦という姓であったから、後に天主となっても、釈迦如来は人にそのもとを知らせようと思召されて、帝釈と語られる時には、やはり憍尸迦と呼ばれたのはこの例である。また、この《浄土論》には、ただ「二乗の種が生じない」といわれてある。そういう意味は、ただ安楽国には二乗の種子すなわち声聞の心が発生しないということであって、またどうして、二乗がよそからくるのを妨げようか、妨げない。たとえば橘のなえは揚子江の北にはできないけれども、洛陽の果物店には橘があるのを見るようなものである。また鸚鵡は壟西を越えて来ないけれども、東の趙や魏の国の鳥籠の中には鸚鵡がいるのを見る。この二つのものは、ただその種子が渡らないというのである。浄土に声聞がいるというのも、またこのとおりである。このように解釈するならば、経と《浄土論》とがよくあうことになる。

 問うていう。名前は、ものがらを示す。ものがらがあれば名前がある。安楽浄土には、すでに二乗とか女人とか不具者とかいうものがらがない。またどうして、これらの三つの名前までないといわねばならないのか。

 答えていう。心の弱い菩薩で勇猛心がそう甚しくはないのを、そしって声聞というようである。また、人がへつらい、また臆病で弱いものを、そしって女人というようである。また、眼は明らかに見えても、物事を知らないのを、そしって盲目というようである。また耳は聞こえても、義理を理解しないのを、そしって聾というようである。また、舌は語るけれども、口ごもって言葉のなめらかでないのを、そしって唖というようである。このように眼・耳・舌などの根がそなわっても、そしりの名前があることがある。こういうわけで「名さえもない」といわねばならぬ。明らかに、浄土にはこのようなそしりの名はないのである。

 問うていう。法蔵菩薩の本願および竜樹菩薩の弥陀を讃嘆される御文には、みな浄土に声聞が多くいるのを、すぐれているとするようである。これはどういうわけがあるのか。

 答えていう。声聞はただ三界の生死を出るだけをもってさとりとする。考えてみると、また仏果を求める心は起こらない。それを阿弥陀如来の不可思議な力をもって、摂めてかの浄土に往生させ、きっとまた、不思議なはたらきをもって、その無上菩提心を起こさせるであろう。たとえば、鴆鳥が水の中に入ると、魚や貝がすべて死ぬが、犀牛がこれにふれたならば、死んだものがよみがえるごとくである。このように起こらない者に菩提心を起こさせるものだから、これを不思議とするのである。ところで五つの不思議の中で、仏法が最も不可思議である。如来は、この声聞に再び無上菩提心を起こさせる。まことに不可思議の中の最もすぐれたものである。

【26】 衆生の願楽する所  一切能く満足す

 この二句を、荘厳一切所求満足功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある国土を見れば、あるいは名前が高く位が重くてかくれていることができない。あるいは一般の人が生まれの低いために、出世を願っても路がない。あるいは寿命の長短がすべて前生の業にかかわって、自分では自由にすることができない。たとえば、阿私陀仙人のたぐいのようである。こういうように、業のためにさばかれて、自由自在を得ない。こういうわけで願をおこされて「わが国土は、おのおの求める所をかなわしめ、心の望みを満足せしめよう」と誓われた。それゆえ「衆生の願楽する所 一切能く満足す」といわれたのである。

【27】 この故に彼の阿弥陀仏国に  生ぜんと願ず

 この二句は、上の国土荘厳十七種の功徳成就を観察することを結ぶ。こういう浄土であるから願生するのである。

 以上で清浄なる国土荘厳を解釈することが終わった。

【28】つぎに衆生世間清浄を観察する。この門の中を分けて二とする。一つには、阿弥陀如来の荘厳功徳を観察する。二つには、かしこに往生した聖衆すなわち菩薩たちの荘厳功徳を観察する。阿弥陀如来の荘厳功徳を観察する中に八種がある。それは文に至って名づけることにする。

 問うていう。ある論師は、一般的に衆生という名のわけを解釈するのに、それが三界すなわち迷いの境界をめぐって衆多おおくの生死を受けるから衆生と名づけるという。いま浄土の阿弥陀仏や往生した人を名づけて衆生とする、そのいわれはどうであろうか。

 答えていう。経に「一つのものに無量の名がある。また一つの名前に無量のわけがある」と説かれてある。多くの生死を受けるから名づけて衆生というようなのは、これは小乗の人達が三界の迷いにある衆生の名の意義を解釈するのであって、大乘経でいう衆生の名の義ではない。大乗経でいうところの衆生とは、《不増不減経》に説かれてあるとおりである。衆生というのは、すなわち不生不滅の義である。なぜなら、もし生という実体があるならば、生じてはまた生じ、生がきわまりないというとががあるからである。もしそれを救うて不生のものから生ずるというならば、無から有が生ずるという過になるからである。こういうわけで、無生である。もし実の生があるならば、滅もあるべきである。すでに実の生がないからして、どうして滅がありえよう。こういうわけで、無生無滅、これが衆生の意義である。経に説かれてある通りである。「五陰の体は空であり、その実はないと知ったのが、五陰の苦を知ったのだ」というようなのがそのたぐいである。

【29】 無量の大宝王たる  微妙の浄華台あり

 この二句を、荘厳座功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの座を荘厳されたのかというと、ある菩薩を見れば、さとりを開かれる最後の身においては、草を敷いてその上に座し、無上菩提を成就する。人間や天上のものは、これを眺めても、すぐれた信、すぐれた恭敬、すぐれた愛楽、すぐれた修行がおこらぬ。こういうわけで「わたしが成仏した時には、無量の尊い宝をもって飾ってある微妙清浄なる蓮華台をもって仏座としよう」と願われた。「無量」というのは、《観無量寿経》に説かれてあるとおりである。すなわち「七宝の大地の上に、大宝蓮華の座がある。蓮華の一々の花びらに百宝の色彩いろどりがある。そのおのおのに八万四千の脈があって、ちょうど巧みなのようである。その脈には、八万四千の光が輝いている。蓮華の花びらは、小さいものでも、広さ二百五十由旬である。かの蓮華は、こういう八万四千の花びらからできている。その一々の花びらの間は、百億の摩尼珠で飾られていて、一々の摩尼珠からは、千の光明を放ち、その光が、あたかも七宝でできた天蓋のようになって、ひろく地上をおおっている。またその蓮華台は、釈迦毘楞伽宝でできていて、さらにそれが、八万の金剛・甄叔迦宝・梵摩尼宝や美しい真珠の網でいろいろに飾られている。その台の上には、自然に四本の宝のはたぼこがあり、その一々の幢は、八万四千億の須弥山のように高くそびえ、幢の上の幔幕は、ちょうど夜摩天の宮殿のようで、五百億の微妙な宝珠でうるわしく荘厳されている。その一々の宝珠には、八万四千の光があり、一々の光は、また八万四千の金色のあやをなし、さらに一々の金色は、ひろく安楽宝土をおおって至るところにさまざまのすがたを現わし、あるいは金剛のうてなとなり、あるいは信受の網となり、あるいは色とりどりの花の雲となるというように、あらゆる世界に意のままに変現して仏のはたらきをなしている」と。このようなことは、数量をこえている。こういうわけだから「無量の大宝王たる 微妙の浄華台あり」といわれたのである。

【30】 相好の光一尋なり  色像群生に超えたまえり

 この二句を、荘厳身業功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこのような仏身を荘厳されたのかというと、ある仏身をみれば、一丈四方を照らす光明をそなえられて、人間の身の光よりあまり甚しくすぐれていない。転輪王の相好のようなのもまた大体同じである。提婆達多の相は、仏身より唯一つの相をかいただけであった。そういうことで、阿闍世王が仏に対して謀反の心を懐いたのである。刪闍耶などが仏に対して、あたかも蟷螂が車に向かうようにするのもこのたぐいである。こういうわけで、このような仏身を成就されたのである。この国の訓釈を考えてみると、六尺を一尋としてある。ところが《観無量寿経》には、「阿弥陀如来のおん身の高さは六十万億那由他恒河沙である。仏の円光は、百億の三千大千世界のようである」と説かれている。いま《浄土論》の役者が、一尋をもっていうのは、なんとくらいことではないか。一般の人々は、縦横長短をいわず、ことごとく横に両手の臂を伸ばしたのを一尋といっている。もし、《浄土論》の訳者が、このたぐいの計り方を用いて、阿弥陀如来が臂を伸ばされたのに準じて、一尋といったのであるならば、円光もまたさしわたしが六十万億那由他恒河沙由旬でなければならない。こういうわけで「相好の光一尋なり 色像群生に超えたまえり」といわれたのである。

 問うていう。《観無量寿経》に、「諸仏如来は、これ法界身であって、一切衆生の心想の中に入りたもう。このゆえに、おんみらは心に仏を想う時は、この心がすなわちこれ、三十二相・八十随形好である。この心が作仏する。この心がこれ仏である。諸仏正遍知海は心想より生ずる」と仰せられている。これはどういうことか。

 答えていう。「身」とは集めできているということである。「界」とはものの区別に名づける。眼識のおこる因縁のごときは、眼根と、その対象である事物と、空間と、明かりと、見ようとする意思との五つの因縁によって生ずるのを名づけて眼界とする。この眼はただ自己の対象をとるので、他の対象をとらない。ものが別であるからである。耳や鼻などについても、またこのとおりである。「諸仏如来は、これ法界心である」というのは、「法界」というのは、衆生の心を指す。心はよく世間・出世間の一切の諸法を知るから、心を法界という。法界はよくすべての仏の相好身をそこにあらわし出す。また色などの五がよく眼識などをおこすがようである。こういうわけで、仏の身を法界身という。この法界身は他の眼・耳・鼻などの対象としては現われない。それゆえ、「一切衆生の心想の中に入りたもう」と仰せられたのである。「心に仏を想う時は、この心がすなわちこれ、三十二相・八十随形好である」というのは、衆生の心に仏を観ずる時において、仏身の相好が衆生の心の中にあらわれるのである。たとえば、水が澄んでおれば、物の形があらわれる。水と現われた形とは一でもなく、また、別のものでもないがようである。それだから、仏の相好身が心想であると仰せられたのである。「この心が作仏する」というのは、心がよく仏の相好身をそこに作り出すのである。「この心がこれ仏である」とは、観ずる心の外に別の相好身はないのである。たとえば、火は木から現われて、その木を離れることはできない。木を離れないから、よく木を焼くので、木が火に焼かれて火となるがようである。「諸仏正遍知海は心想より生ずる」というのは、「正遍知」とは、真に正しく真如のとおり知るのである。真如はきまった形がないから、諸仏の智慧も限られたものでなく無知である。無知すなわち限られた智慧でないから、あらゆることを真に正しく知らないことがない。限られた智慧でなくして一切を知るのが、これが正遍知、すなわち正しく遍く、ものを知る智慧というのである。この智慧は深広であってはかり知ることができない。ゆえに海にたとえたのである。

【31】 如来の微妙の声  梵響十方に聞こゆ

 この二句を、荘厳口業功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの荘厳をおこされたのかというと、ある如来をみれば、そのみ名が尊くないようにも見える。外道が釈尊を軽んじて瞿曇と称したごとくである。釈尊が正覚をとられたときの名号は、ただ色界初禅天である梵天にとどいただけである。こういうわけで「わたしが正覚をとったならば、名号の響きがはるかに聞こえて、これを聞くものに無生忍を悟らしめよう」と誓われた。それゆえ「如来の微妙の声 梵響十方に聞こゆ」といわれたのである。

【32】 地・水・火・風・虚空に同じく  分別することなし

 この二句を、荘厳心業功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある如来をみれば、説法なさるのに、これは悪業、これは善業、これは無漏業と分け、また声聞法・縁覚法・菩薩法・仏乗の法といわれる。こういうように、いろいろな差別の種類があって、いかにも分けへだてがあるように見える。こういうわけで「わたしが成仏したならば、土地がものをのせるのに軽重の差別がないように、水がものをうるおし育てるのに、悪草・瑞草の差別がないように、火がものを成熟させるのに、香りのよしあしを区別しないように、風がおこってくるのに、眠っているもの・眼をさましているものの差をみないように、虚空がものを受け込むのに、開塞の念がないようにしたい」と願われた。無分別平等の理を内にさとられて、外に衆生済度をするのに分けへだてがない。心を虚しうして仏に向かえば、仏の真実がその人に入ってくる。それで摂化の事が終わる。こういうわけで「地・水・火・風・虚空に同じく 分別することなし」といわれたのである。

【33】 天人不動の衆  清浄の智海より生ず

 この二句を、荘厳衆功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある如来をみれば、説法の会座につらなる人々の根機や望みがみな同じではない。仏のさとりを聞いてあるいは退き、あるいは没する者がある。根機が等しくないから、説法を聞く大衆が純浄ではない。こういうわけで、願をおこされ「わたしが成仏したならば、すべての大衆はみな、如来の清らかなさとりの海から生まれさせよう」と誓われた。「海」というのは、仏のすべてをさとられた智慧は深く広くして限りがなく、そういうさとりの中には、声聞・縁覚・のような死骸にひとしい低い善根より出たものを宿さないから、海のようであるとたとえる。それゆえ「天人不動の衆  清浄の智海より生ず」といわれたのである。「不動」というのは、かの浄土の人々は大乗の根機となって、もはや変わることがないのである。

【34】 須弥山王の如く  勝妙にして過ぎたる者なし

 この二句を、荘厳上首功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある如来をみれば、大衆の中で力が強く心おごるものがある。提婆達多のたぐいのようである。あるいは世間の王があって、仏と並んで国を治めて、仏をあまり敬うことをしらない。あるいは、仏を招待しながら他の事にとらわれ、それを忘れることがある。このように上首として力が充分でないように見えることがある。こういうわけで「わたしが仏となった時には、すべて大衆が、あえて仏と同じようになろうとするもののないように、ただ法王だけがあって、さらにそれ以外に世間の王はないようにしよう」と願われた。それゆえ「須弥山王の如く  勝妙にして過ぎたる者なし」といわれたのである。

【35】 天人丈夫の衆  恭敬し繞りて瞻仰したてまつる

 この二句を、荘厳主功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある如来をみれば、大衆があっても、衆の中にあまり尊敬しないものがある。一人の比丘が釋迦牟尼仏に「もしわたしのために十四の難を解いてくださらなかったならば、わたしは更に仏法以外の道を学ぼう」と語ったごときである。また、居迦離が舎利弗をそしった時、仏は三度までとめられたが、三度とも受けなかったごときである。また、いろいろの外道のともがらが偽って仏の大衆の中に入り、いつも仏の短所をさがしていたごときである。また、第六天の魔がつねに仏のところでいろいろの妨げをしたごときである。このような種々の尊敬しないすがたがある。こういうわけで「わたしが成仏したならば、天人大衆が尊敬してあくことがないようにしよう」と願われた。ただ「天人」というわけは、浄土には、女人および八部鬼神がないからである。それゆえ「天人丈夫の衆 恭敬し繞りて瞻仰したてまつる」といわれたのである。

【36】 仏の本願力を観ずるに  遇うて空しく過ぐるものなし

  よく速やかに功徳大宝海を  満足せしむ

 この四句を、荘厳不虚作住持功徳成就と名づける。仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある如来をみるに、ただ声聞のみを大衆として、仏果を求めるものがない。あるいは仏の出世にうても、三途をまぬがれないものがある。善星・提婆達多・居迦離などがこれである。また人が釈尊の名号を聞いて無上道心を起こしても、悪い因縁に遇うために、退いて声聞・縁覚の地位に入るものがある。このように、虚しく過ぎて三途に沈むもの、退没して二乗地に堕するものがある。こういうわけで「私が仏となった時には、自分に遇うたものは、みな速やかに無上の大功徳を満足せしめよう」と願われた。それゆえ「仏の本願力を観ずるに 遇うて空しく過ぐるものなし よく速やかに功徳大宝海を 満足せしむ」といわれたのである。「住持」のわけは、上に述べたとおりである。

 仏の荘厳八種功徳を観ずることが以上で終わった。

【37】つぎに安楽国のもろもろの大菩薩に、四種の荘厳功徳が成就されてあることを観ずる。

 問うていう。阿弥陀如来の荘厳功徳を観察したのに、なんの欠ける所あって、更にまた浄土の菩薩の功徳を観察するのか。

 答えていう。明君があれば、また賢臣がある。尭や舜の世が無為にして治まったというのが、このたぐいである。浄土にもし、ただ阿弥陀如来の法王だけがおられて、その下に大菩薩の法臣がなかったならば、如来の衆生済度のはたらきを助けることにおいて十分ということができない。また薪を積んで、それが小さければ、火も大でないがごとくである。経に説かれてあるとおりである。「阿弥陀仏の浄土には、量りしれない多くの大菩薩がおられる。その中、観世音・大勢至などのような方は、みな一たび、よその世界に生まれては仏のすがたをあらわす」と。もし人がその名を称え、これを心に憶念するもの、帰依するもの、観察するものは、《法華経》の普門品に、「願として満足しないことはない」と説かれてあるとおりである。しかるに菩薩が功徳をこのむことは、海がすべての川の流れを受けて、これで足りたという心がないのと同じである。また釈迦如来のごときは、目の見えない一比丘が「だれか功徳を愛する方が、わたしのために針に糸をつないでくれないだろうか」というのを聞かれ、そのとき、如来は、禅定から起って比丘のもとに来られ「自分は福徳を愛する」と仰せられて、ついに比丘のばめに針に糸をつながれた。そのとき、失明の比丘がひそかに仏の声を聞いて、驚き且つ喜んで仏に申しあげるのに「世尊よ、世尊のくどくはまだ満足ではありませんか」と。仏が答えて「わが功徳は円満して、また求める所はない。ただ、この身は功徳から生じた。その功徳の恩を知るからして、それゆえこれを愛するのである」と仰せられた。今問われるごとく、阿弥陀如来の荘厳功徳を観察して、まことに願として満たない所はないが、今また菩薩の功徳を観ずるのは、上にいうような、いろいろなわけがあるからである。

【38】 安楽国にて清浄に  常に無垢輪を転ず

  化仏菩薩の日は  須弥の住持するが如し

 仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある国土をみれば、ただ小菩薩だけがあって、十方世界に広く自利利他の働きをすることができない。或は、ただ声聞・人天ばかりで利益するところが極めて狭小である。こういうわけであるから、願をおこされ「願わくは、わたしの国には無量の大菩薩衆があって、そのいる所を動かずに、あまねく十方に至って、種々の形をあらわして、如実修行して、常に自利利他の仏事をするであろう」と誓われた。たとえば、日輪が高く天上にあって、しかもその影を地上のすべての川にうつすようである。日輪の体が来るのではない。光が来ないのではない。《大集経》に説かれてある。すなわち「たとえば、人があって、まえからよく堤を繕って、必要な時をはかって水を放てば、心を労せずして水が行き渡るようなものである。菩薩もまたこのとおりである。まず、すべての供養すべき仏や、また教化すべき衆生のいろいろの堤を治しておけば、禅定に入った場合に、身も心も動かさずに如実修行して、いつも自利利他を行ずる」というがごとくである。「如実修行」というのは、諸仏を供養し、衆生を教化するといっても、実に修行したということを見ないのである。こういうわけで「安楽国にて清浄に 常に無垢輪を転ず 化仏菩薩の日は 須弥の住持するが如し」といわれたのである。

【39】 無垢荘厳の光は  一念及び一時に

  普く諸仏のを照らし  もろもろの群生を利益する

 仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある如来の眷属をみると、他方の多くの諸仏を供養しようと思い、あるいは多くの衆生を化導しようと思って、ここに隠れて、かしこに出で、南を先にして、北を後にする。一念一時に光を放ってあまねく照らし、十方世界に行ってあまねく衆生を教化することができない。出没前後の相がある。こういうわけで願をおこして「わが国土では、多くの大菩薩は、一念の間にあまねく十方の世界に行って、いろいろな仏法の仕事をするであろう」と誓われた。こういうわけで「無垢荘厳の光は 一念及び一時に 普く諸仏の会を照らし 諸の群生を利益する」といわれたのである。

 問うていう。上の功徳において、身を動かさずにあまねく十方に至るという。動かずして至る。これは一時ということではないか。今とどう区別するのか。

 答えていう。上の功徳においては、ただ動かずに至るというのであって、或は前後の別があるかもしれない。今は前後がないという。これが区別である。またこれは上の動かずに行く義を成り立たせる。もし一時でないならば往来の相があるであろう。もし往来があれば不動でないことになる。こういうわけで、上の動かずに行く義を成立させる。ゆえに同じ時ということを観ずるのである。

【40】 天の楽と華と衣と  妙香等を雨ふらして供養し

  諸仏の功徳を讃ずるに  分別の心あることなし

 仏は因位の時に、どうしてこの荘厳を成就しようという願をおこされたのかというと、ある仏土の菩薩・人天をみるのに、その志が広くなく、あまねく十方のあらゆる世界に行って、諸仏如来やその大衆を供養することができない。あるいは、自分のいる所が穢濁の土であることをもって、進んで清浄の土に向かうことをしない。あるいは、自分のいる所が清浄であることをもって、穢土をいやしんで出ることを嫌う。このように、いろいろとかぎられた分をもって、諸仏如来の所であまねく供養して広大の善根をおこすことができない。こういうわけで「わたしが成仏した時には、願わくは、わが国土のすべての菩薩・声聞・天人大衆は、あまねく十方諸仏の大会座に往って、清浄なる楽・蓮華・衣服・香などを雨ふらし、また巧みなる弁才をもって、諸仏の功徳を供養し讃嘆するであろう」と願われた。穢土に出られた如来が大慈悲をもってしのんで衆生済度をなされるのを見て、仏土がけがれているという相を見ない。また、浄土の如来の無量の荘厳を讃嘆するが、仏土の清浄の相を見ない。なぜならば、諸法は平等であるから、もろもろの如来のさとりは平等である。それゆえ、諸仏如来を名づけて等覚とする。もし仏の世界において優劣があるという心をおこすならば、たとい如来を供養しても、立派な供養ではない。こういうわけで「天の楽と華と衣と 妙香等を雨ふらして供養し 諸仏の功徳を讃ずるに 分別の心あることなし」といわれたのである。

【41】 何等の世界にも  仏法功徳なからんには

  我願わくは皆往生して  仏法を示すこと仏の如くせん

 仏は因位の時に、どうしてこの願をおこされたのかというと、ある心の弱い菩薩をみるに、ただ仏のまします国土に出て修行することを好んで、堅牢な慈悲がない。こういうわけで願をおこして「わたしが成仏した時には、わた国の菩薩は、みな慈悲・勇猛・堅固な志をおこし、清浄の土をあらゆる処において菩提心を絶えないようにするであろう」と誓われた。こういうわけで「何等の世界にも 仏法功徳なからんには 我願わくは皆往生して 仏法を示すこと仏の如くせん」といわれたのである。

 菩薩の四種の荘厳功徳成就を観ずることが以上で終わった。

【42】次の四句は回向門である。

  我論を作り偈を説きて  願わくは弥陀仏を見たてまつり

  普く諸の衆生と共に  安楽国に往生せん

 この四句は、これ論主の回向門である。「回向」というのは、自分に与えられた功徳をあまねく衆生に教え、共々に阿弥陀如来を信じて、安楽国に生まれようということである。

  無量寿修多羅の章句、我偈頌をもって総じて説きわんぬ。

【43】問うていう。天親菩薩が回向の文の中に「普く諸の衆生と共に 安楽国に往生せん」といわれたのは、これはどういう衆生を指すのか。

 答えていう。王舎城で説かれた《無量寿経》をうかがうと、「仏が阿難に仰せされる。『十方の恒河の沙の数ほどの諸仏如来は、みな共に無量寿仏の威神功徳の不思議なことを讃嘆していられる。すべての人々は、その名号のいわれを聞いて新人間議する一念のとき、それは、仏の至心から与えられたものであるから、浄土を願うたちどころに往生すべき身に定まり、不退の位に入るのである。ただ五逆の罪を犯したり、正法を謗ったりするものだけは除かれる¼」といわれてある。この上から考えると、五逆・謗法以外の一切の凡夫はみな往生できる。また《観無量寿経》のごときは九品の往生がある。すなわち「下品下生というのは、あるいは衆生あって、よくない業である五逆・十悪を作り、いろいろの悪業を具えている。こういう愚かな人は、自分の造った悪業のゆえに、未来に悪道におちて、永い間かかって、苦を受けることが限りがない。こういう愚かな人も、命の終わる時に臨んで、善知識がいろいろに慰め、尊い法を説いて、教えて念仏せしめるのに遇う。この人は、病苦にせめられて、仏を念ずるいとまがない。そこで善知識は告げて『そなたが、もし仏を念ずることができないなら、阿弥陀如来の名号を称えよ』と勧める。このようにして、心から念仏してたえず、十念の念仏をするならば、その仏名を称えたことによって、一念一念の中に八十億劫という長い迷いの罪が除かれ、命の終わった時には、日輪のような金蓮華が、その人の前に現われるのを見る。しばらくの間に極楽世界に往生することができ、蓮華の中にあって十二大劫を満ちて後に、その蓮華が開く。これによって五逆の罪を償うのである 観世音・大勢至は大悲の音声をもって広く罪をほろぼす諸法実相の法をお説きになる。聞き終わって大いに喜び、その時に菩提心をおこすのである。これを下品下生のものと名づける」と。この経を証拠として明らかに知られる、下下品の凡夫は正法を謗らずに、仏を信ずることによって、みな往生できるのである。

 問うていう。《無量寿経》には「浄土の往生を願うものは、みなこれを得る。ただ、五逆罪と仏法を謗るものとを除く」と説いてある。《観無量寿経》には「五逆・十悪などいろいろの善くないしわざをそなえているものも、また往生できる」といわれている。この二つのお経の意をどう解釈すべきであろうか。

 答えていう。《大経》の方には、二種の重罪を兼ねているからである。一には五逆、二には仏法を謗ることである。この二種の罪があるから往生を得ぬ。《観経》は、ただ十悪・五逆などの罪を造るといって、仏法を謗るとはいわれていない。仏法を謗らないから、こういうわけで往生を得るのである。

 問うていう。たとい一人は、五逆罪を造っても、仏法を謗らないから、お経には往生を許されてあるとするならば、また別の人があって、ただ仏法を謗るだけで、五逆罪などのほかの罪を造らないものが、往生を願えば浄土の往生ができるであろうか、どうか。

 答えていう。ただ仏法を謗って、さらにほかの罪は一つもなくても、かならず往生はできない。なぜこういうのかといえば、経の中に「五逆の罪人は無間地獄の中におちて、一劫の間の重罪を受ける。仏法を謗った人は、無間地獄の中において、その一劫がつきると、また転じて他の無間地獄の中におちる。このように、百千の無権の大地獄をめぐる」と説かれてあって、仏はこの人間が、地獄を免れる時がいつであるかを示されていない。それは、仏法を謗る罪が最も重いからである。また、正法というのは、すなわち仏法である。この愚かな人間は、すでに仏法を謗っているのであるから、こういうものが浄土の往生を願うはずがない。たとい信がなくて、ただ浄土の安楽なるを聞いて、その楽しみを貪って往生を願うものがあるとしても、あたかも、水でない氷、煙の出ない火を求めるのと同様で、往生をうる理のある筈がない。

 問うていう。どういうのを正法を誹謗するというのか。

 答えていう。もし仏もなく、仏法もなく、菩薩もなく、また菩薩の法もないという。こういうような見解をもって、あるいは自分でそういうふうに考え、あるいは他の人に教えられてそういう心になっているものを、すべて正法を誹謗すると名づける。

 問うていう。こういうような考えは、ただ自分がそう考えているだけである。他の人に対して、何の苦しみを与えるから、五逆の重罪より越えているというのであろうか。

 答えていう。もし、諸仏・菩薩のような方々が、世間の道や、また仏法の道の善い教を説いて衆生をさとされることがなかったならば、どうして仁義礼智信という世間の道があることを知ろうか。このようにしたならば、世間の一切の善い道が断たれてしまい、仏教の一切の尊い方々がなくなってしまうであろう。そなたは、ただ五逆罪が重いということを知っていて、五逆罪は、正しい法がなくなるから起こるということを知らないのである。こういうわけで、正法を誹謗する人は、その罪が重いのである。

 問うていう。業道を説かれた経典の中に「業の道理は秤のようなものであって、重い方が先に引く」と説かれてある。《観経》には「人が五逆・十悪を作り、多くの善くないしわざをそなえるならば、まさに悪道において、はかり知られぬ長い間、無量の苦しみを受けねばならぬ。ところが命の終わるときに臨んで、善知識が教えて南無阿弥陀仏を称えさせてくださるのに遇うた。このように、心から念仏を称えて十念を具足するならば、すなわち安楽国土に往生し、大乗の正定聚の位に入って、ついに後戻りはしない。そこで、三途のいろいろな苦しみとはもう永く隔たってしまう」といわれてある。そうすると、重い方が咲きに引くという業道の理においてはどうなるのか。また、無始よりこのかた、多くのいろいろなしわざをして来た有漏の結果である身心は、三界に繋がれている。それが、わずかに十たび阿弥陀仏を念ずることによって三界を出るとするならば、業力につながれるといういわれはまたどうなるのか。

 答えていう。そなたは、この世で犯した五悪・十悪や、無始以来三界に繋いでいる業などを重いとして、下下品の人の十念を軽いとする。そこで、犯した罪に引かれて先ず地獄におち、三界に繋がれるというならば、今まさしく義理をもって比べよう。軽い重いということは、つとめる人の心にあり、その所縁にあり、またその時の心の決定か不決定かにあるのであって、時の長い短い・多い少ないにかかわるのではない。その「心にある」とはどういうことかというと、かの罪を造る人は、真如にそむいた誤った考えから生ずるのである。この十念の念仏は善知識が教え慰めて、真如にかなった名号法を聞かせることから生ずるのである。一は真実であり、一は虚仮である。そうしてこれを比較することができようか。たとえば千年の闇室に、光がしばらくでも入れば、ただちに明るくなるようなものである。どうして、闇は千年、室の中にあったのだから光が入っても去らぬということができようか。これを心にあるというのである。「所縁にある」とはどういうことかというと、かの罪を造る人は、みずから妄想の心により、煩悩虚妄の果報である衆生を相手として起こす。この十念の念仏は、この上なき信心により、阿弥陀如来の真実のお慈悲より成就した尊い名号によって生ずるのである。たとえば、人が毒の矢を受けて、あたったところの筋がきれ、骨が破れたとしても、もし滅除薬を塗った鼓を聞けば、矢は抜け出て毒も除かれるようなものである。《首楞厳経》に「たとえば薬があって滅除と名づける。もし戦の時にこれを鼓に塗っておけば、その鼓の音を聞くものは、矢が抜けて毒が除かれるように、菩薩もまたこのとおりで、首楞厳三昧に入って、その名を聞くものは、三毒の矢がひとりでに抜け出る」と説かれてある。どうして、かの矢が深く入って毒がはげしいから、鼓の音声を聞いても、矢を抜き毒を消すことができないといわれようか。これを所縁というのである。「決定にある」とはどういうことかというと、かの罪を造る人は、それが平生の時であるから、まだ後があるというゆっくりした考え、したがって、いろいろの間雑する心によって起こす。これを決定にあるというのである。この三つの道理から考えると、十念の方がその力が重い。そこで、重いものがまず引いて、よくこの三界の迷いを出ることができる。こういうわけで、《観経》と業道のことを説かれた経典とのいわれは一つである。

 問うていう。どれ程の時を名づけて一念とするのであるか。

 答えていう。百一の消滅を一刹那といい、六十刹那を名づけて一念とするのである。しかしながら、今ここに念というのは、この時間の長さをいう説を取るのではない。ただ、阿弥陀仏を憶念して、その全体のおすがたでもよく、または一部分のお相でもよいが、その観ずる所縁に随って心に他の想いを雑えず十たび相続するのを十念とするのである。ただ名号を称えることもまたこのとおりである。

 問うていう。もし心が他のことを考えるならば、その考えをもとに戻して念ずるから、何遍念じたということがわかる。しかしながら、その念の数を知れば、また間が切れて相続ではない。もし心を凝らしてそのことに想いを注ぐならば、どうして念の数を知ることができようか。

 答えていう。《観経》に十念と説かれてあるのは、ただそういう人は往生の業事が成就するということであって、必ずしもその念仏の数を知らねばならぬというのではない。たとえば蝉は春秋を知らない。ゆえにこの虫は夏ということも知らないのである。ただ人間がそれを知って、蝉が鳴くのは夏だというだけである。十念によって往生の業事が成就するというのは、神通力をもっている仏がいわれるだけである。衆生においては、ただ念仏相続して他のことを考える必要がないのである。また、どうしても念仏の数を知らねばならぬということがあろうか。もし、必ず数を知らねばならぬというならば、また方法がある。しかし、それは口ずからいうことであって、筆で書きしるすことはできない。