【1】 ●これより以下、文について解釈するのに、略して五つに分けてその義を明らかにする。
●一つに「是の如く我聞く」より「五苦に逼められん、云何にしてか極楽世界を見たてまつる」までは、その序文を明かす。
●二つに日想観の初めの句「仏、韋提に告げたまわく『汝および衆生¼」より、下品下生までは、正宗分を明かす。
●三つに「是の語を説きたもう時」より「諸天の発心」までは、まさしく得益分を明かす。
●四つに「阿難、仏に白して」より「韋提等歓喜す」までは流通分を明かす。
●この四つの義は、仏が王宮において説かれた一会の御説法である。
●五つに「阿難、耆闍の大衆の為に伝え説く」というよりは、またこれ一会である。この中にもまた三分がある。一つには「爾の時、世尊、足虚空を歩み耆闍崛山に還りたもう」というのは、その序文を証し、二つに「阿難広く大衆の為に上の如きの事を説く」というのは、正宗分を明かし、三つに「一切の大衆が歓喜奉行する」というのは、流通分を明かす。
●ところで、仏の教化には必ず
●上来五義の別があるけれども、大体、序・正・流通の義を分けおわった。
【2】 ●また、前の序文の中について、さらに分けて二つとする。一つには「是の如く我聞く」の一句を名づけて証信序とし、二つに「一時」より「云何にしてか極楽世界を見たてまつる」までは、まさしく発起序を明かすのである。
【3】 ●初めに、証信序というのは、これに二つの義がある。●一つに「如是」という二字は、総じて能説の人、すなわち教主の側をあらわし、●二つに「我聞」という二字は、別して能聴の人、すなわち阿難の側をあらわす。●ゆえに「如是我聞」という。これは二つの意をならべて解釈するのである。
●また、「如是」というのは
●また、「如」とは衆生の
●また、「如是」というのは、如来のお説きになったところは、漸教を説くことは漸教の如く、頓教を説くことは頓教の如く、諸法の相を説くことは諸法の相の如く、空を説くことは空の如く、人法を説くことは人法の如く、天法を説くことは天法の如く、小を説くことは小の如く、大を説くことは大の如く、凡を説くことは凡の如く、聖を説くことは聖の如く、因を説くことは因のごとく、果を説くことは果の如く、苦を説くことは苦の如く、楽を説くことは楽の如く、遠を説くことは遠の如く、近を説くことは近の如く、同を説くことは同の如く、別を説くことは別の如く、浄を説くことは浄の如く、穢を説くことは穢の如くであって、すべての法の千差万別であるのを説かれるのに、如来の観られる智慧があきらかであることを明かそうとされるのである。衆生が心に随って行を起こせば、それぞれの利益をうけることは同じでないが、業因と果報とが自然の道理としてすべてあやまりがないから、また「是」という。ゆえに「如是」というのである。
●「我聞」というのは、阿難は仏の侍者で、いつも仏に随って多く聞いて広く記憶しており、仏の説法の座につらなってよく聞いてよく
●また証信序というのは、阿難が、仏の教を
【4】 ●二つに、発起序の中について、細かく分けて七つとする。
●初めに、「一時仏在」より「法王子を上首と
●二つに、「王舎大城」より「顔色和悦せり」までは、まさしく発起序の、父をとじこめる縁を明かす。
●三つに、「時に阿闍世」より「
●四つに「時に韋提希幽閉せられ」より「共に眷属と為る」までは、苦を厭う縁を明かす。
●五つに、「唯願わくは我の為に広く説きたまえ」より「我に正受を教えたまえ」までは、その浄土を
●六つに、「
●七つに、「仏、阿難などに告げたまわく『
上来七段の別があるけれども、広く発起序を分けおわった。
【5】 ●二に、次に化前序を解釈するならば、この序の中について四つある。
●初めに「一時」というのは、まさしく教化を起こされた時を明かす。仏が法を説こうとされるには、まず時と処とによられる。すべて衆生が悟ることは必ず因縁によるから、教化主たる釈尊は機に臨まれるには時と処を待たれるのである。
●また「一時」というのは、あるいは昼夜十二時、年月四季などについていう場合もある。これはみな如来が根機に応じて摂化したもう時である。「処」というのは衆生の宜しきに随って如来は説法なされる。あるいは山林の処におられ、あるいは王宮や村落におられ、あるいは曠野や墓場におられ、あるいは人天の多くいる処や少なくいる処へおられ、あるいは声聞・菩薩の処におられ、あるいは天・竜などの八部衆や人天の王などの処におられ、あるいは凡夫ばかりが多くいたり一二人だけいる処におられ、あるいは聖者ばかりが多くいたり一二人だけいる処へおられる。その時と処とに随って、如来はよくこれを知られて、過ぎることも及ばぬこともなく縁に随って法を授けて、それぞれ衆生を利益せられる。これすなわち大きな鐘は響くけれども、それには必ず撞くのを待ってはじめて鳴るように、大聖釈尊が慈悲を垂れたもうのも必ず請い願うのを待ってまさに説かれる。ゆえに「一時」というのである。
●また「一時」というのは、阿闍世がまさしく逆罪を起こした時、仏は何処におられたかというと、この
●また「一時」というのは、仏が声聞・菩薩の二衆とともに、一時において、かの耆闍崛山におられて、阿闍世がこの悪逆の因縁を起こしたのを聞かれた。これは上の耆闍崛山におられた時をもって、下の王宮で悪逆を起こす時をあらわす意味である。ゆえに「一時」という。
●二つに「仏」というのは、これは教化の主を示す。ほかの仏に区別して今は釈迦仏をあらわす意味である。
●三つに「王舎城に
●また、在家は五欲を貪ることがいつも断えず、たとい清らかな心を起こしても、あたかも水に画いた絵のようである。ただ仏は縁に随ってすべての人を利益せられるから大悲心を捨てたまわず、出家と在家とすがたは異なっているから一緒に住むことはできないけれども、仏が教化のためにこのような在家と一緒に住せられるのを境界住という。
●また、出家は身を顧みず命を捨て欲を断って仏道に帰入する。その心は金剛のように堅く円鏡と同じく清らかであって、仏果を願い求めてひろく自他を利益するもしさわがしい俗塵を離れなかったならば、この徳を証り得るわけがない。仏がこういう出家と一緒に住せられるのを依止住という。
●四つに「大比丘衆と
初めに「与に」というのは仏身が衆と共に居られるから「与に」という。「大比丘衆」の大について、二つには総大すなわち総じていろいろの大の義をそなえていること、三つには相大すなわち比丘たちのすがたがすぐれていること、四つには衆大すなわち僧衆が和合していること、五つには耆年大すなわち長老の比丘であること、六つには数大すなわち比丘の数が多いこと、七つには尊宿大すなわち徳の高い老年者であること、八つには内有実徳大すなわち内に尊い徳をそなえていること、九つには果証大すなわちすぐれた証果を得ていることである。
●問うていう。すべての経のはじめにみなこれらの声聞を挙げてあるのはどういうわけがあるのか。
●答えていう。これには特別の意味がある。何が特別の意味であるかというと、これらの声聞は多くこれは外道である。《賢愚経》に説かれている通りである。
優楼頻蠃迦葉は五百人の弟子を領有して邪法を修め、伽耶迦葉は二百五十人の弟子を領有して邪法を修め、那提迦葉は二百五十人の弟子を領有して邪法を修めていた。全部で千人である。これらの人がみな仏の教化を受けて阿羅漢果を得た。次に二百五十人というのは、これは舎利弗と目連との弟子で、共に一処に首領となって邪法を修めていたが、これらの人もまた仏の教化を受けてみな阿羅漢果を得た。これら四つの衆を合して一処に合わせるから千二百五十人あるのである。
●問うていう。この衆の中にも、また外道でない者があるのに、どういうわけで総じて外道というのか。
●答えていう。経の中に説かれている通りである。「この外道の人たちは、いつも世尊に随って離れない」と。ところで、経を結集した人は、ほかの徳ある者を区別して出すから異なった名前を列ねるけれども、今は外道の者が多く、そうでない者は少ないから総じて外道というのである。
●また問うていう。これらの外道の人がいつも仏の後に随うのは、どういうわけがあるのか。
●答えていう。これを解釈するのに二つの義がある。一つには仏について解釈し、二つには外道について解釈する。●仏について解釈するというのは、このいろいろの外道の人たちは、まちがった考えに長い間そまってこの一生だけではないから、仏教に入ってもなおその余習がある。故に如来はこれを知られて外に出て教化をさせない。それは衆生の正しい見解の根芽をそこない、悪業を増して、この世と後の世とによい果報を招かないであろうことを畏れたもうたからである。こういうわけで摂めとってみずから仏に近づかせて、外に出て化益することをゆるされない。これは仏について解釈したのである。
●次に外道について解釈するというのは、迦葉たちが
●また問うていう。これらの尊宿をどうして「衆に知識せらる」というのであるか。
●答えていう。徳が高いのを「尊」といい、年の
上来、九つのいわれがあるが、これで声聞衆を解釈しおわった。
●次に菩薩衆を解釈すると、この衆の中に七つの意味がある。一つには菩薩の相を示し、二つには数を示し、三つには位を示し、四つには果を示し、五つには徳を示し、六つには別して文殊菩薩の高徳の位をあらわし、七つには総じて結ぶ。
●またこれらの菩薩は無量の願行をそなえ、すべての功徳を身に得ておられて、十方に慈悲方便を行じ、真如にかなって涅槃に達し、無量の世界で仏の
以上七句の不同があるけれども菩薩衆を解釈しおわった。●そして上来声聞と菩薩との二衆の別があるが、広く化前序を明かしおわった。
【6】 ●二に父を閉じこめる縁の中について七つある。
●一つに「爾の時王舎大城に」というのは総じて教化を起こされた処を明かす。●これは昔の人民はただ城の中に
●「大城」というのは、この
●教化を起こされた処というのは、これに二の義がある。
●一つには、阿闍世王が逆悪を起こして父母を閉じこめるという縁があり、その閉じこめられたことによって韋提がこの娑婆を厭うて憂いのない世界に生まれたいと願った。
●二つには、釈迦如来が韋提の請いに応じて王宮に行かれ、その光明が変じて
●二つに「一の太子あり」より「悪友の教」までは、まさしく阿闍世王がうっかりしている間に悪人たる提婆を信じて惑わされたことを明かすのである。●「太子」というのはその位をあらわし、「阿闍世」というのはその名をあらわす。また「阿闍世」というのは印度の言葉であって、この国の前の翻訳では未生怨といい、また折指とも名づける。
●問うていう。どういうわけで「未生怨」と名づけ、また「折指」と名づけるのか。
●答えていう。これはみな昔の因縁を挙げるから、この名があるのである。●その因縁というのは、もと父の頻婆娑羅王には子がなく、処々で天神に求めたけれどもついにこれを得ることができなかった。ところが、ふと、ある相師が王に上奏して申すには、「わたしは知っております。山中に一人の仙人がいて、久しからぬうちに寿命が尽きるでありましょう。そしてその命が終わった後に必ず王のために子となるでありましょう」と。
●王はこれを聞いて喜び、その仙人はいつ命が尽きるかを尋ねると、相師が答えるには、「さらに三年たって始めて命が終わるでしょう」と。王がいわれる。「わたしはいま年老いて国にあとを継ぐ者がない。さらに三年が満ちるまで、どうして待つことができようか」と。
●王はすなわち使いの者に山に入って仙人に請うて、「大王は子がなく、あとを継ぐべき人がない。処々で天神に求めたけれどもこれを得ることができないで困っている。そこで相師があって大仙たるあなたが久しからぬうちに命を捨てて王のために子となるでしょうと見ぬいている。請い願わくは大仙よ、恵みをたれて早く逝かれよ」と言うように命じた。
●使者はこの命令を受けて山に入り、千人の所に到って王が請う因縁を詳しく述べると、仙人は使者にこたえていう。「わたしは、さらに三年たってはじめて命が終わる。王がすぐに逝けと勅せられるのは、この事は承服できない」と。
●使者は仙人の言葉を受けて、還って大王に報告し、詳しく仙人の意を申しあげた。王は「わたしは一国の主であって、国内の人物はみなわたしに帰属している。わたしが今わざわざ礼をもって請うたのに、わたしの意を承服しないのか」といい、王は更に使者に勅して「おんみは
●使者が勅を受けて仙人の所に至り、王の意を詳しくいうと、仙人は使者のいうことを聞いたけれども、
●死んですなわち王宮に託胎して生を受け、その日の夜に韋提夫人はすなわち身ごもるのを覚えた。王はこれを聞いて喜び、夜が開けるとすぐさま相師を
●王が韋提夫人にいうには、「わたしはそなたと共にひそかにみずから処置しよう。相師はこの児がわたしに対して害を加えるでしょうというている。そなたは児の生まれる日を待って、高楼の上の天井の中に当たってこれを生み、人に承けとらせてはならぬ。児が地面に落ちたならば、どうして死なぬはずがあろうか。わたしもまた心配がなく、悪い噂もあらわれまい」と。韋提夫人は王のはかりごとに賛成して、その生む時に臨んで全く王のいった通りにした。生まれおわって地面に堕ちたけれども、命が断たれることなく、ただ手の小指をそこねた。それで外部の人たちはひとしく「折指太子」というのである。
●「未生怨」というのは、次のようである。すなわち提婆達多が悪いねたみ心を起こしたことによって、かの太子に対して昔の悪縁を明かした。●どのようにねたんで悪縁を起こしたのか。提婆は悪性でその性格が凶暴である。また出家したといっても、いつも仏の名聞利養をねたんでいた。ところが、父王は仏の施主であって、あるとき多くの供養を如来にさしあげた。それは金・銀・七宝や立派な衣服、百味の菓食などで一つ一つの種類別にみな五百台の車に乗せ、香・華・伎楽をそえ、百千万の人たちが讃嘆し、とり囲んで仏の会座に向かって送り、仏および僧衆に施した。
●時に提婆はこれを見おわって、ねたみ心が更に盛んとなり、すなわち舎利弗の所に行って身の通力を学ぼうと求めた。舎利弗尊者が語っていうには「あなたはまず四念処を学びなさい。身の通力を学んではなりません」と。既に請うたけれども望みを遂げることができない。更に、ほかの尊者のそばに行って求めたけれども、五百人の弟子たちに至るまでだれも教える者がなく、みな四念処を学べといい、通力を学ぶことができなかった。そこで遂に阿難のところへ行って学ぼうとし、阿難に語って、「そなたはわたしの弟である。わたしは通力を学びたいと思うから一々順次にわたしに教えよ」といった。ところで阿難は初果を得ているといっても、まだ他心通を得ていないので、兄がひそかに通力を学んで、仏に対して悪計を起こそうと思っていることを知らない。阿難は遂に提婆を
●足を組んで正座させ、まず心をもって身を挙げ、動くに似た想いをさせる。地を離れること一分・一寸と想い、一尺・一丈と想う。舎に至るに空無碍の想いをし、ただちに過ぎて空中にのぼると想う。また心を摂めて下ってもとの坐処に至ると想う。次には身をもって心を挙げる。初めの時は地を離れること一分・一寸などと、また前の方法と同じようにする。次には身をもって心を挙げ、心をもって身を挙げ、また随ってすでに空中にのぼりおわれば、こんどは身を摂めて下り、もとの坐処に至る。次に身心を合して挙げると想う。これもまた前の方法と同じく一分・一寸などと一通り終わって、また始める。
●次に身心がすべての
●阿難はこのように次第に教え終わった。時に提婆は既にこの法を受けおわり、すぐに別して静かな処に行って七日七夜のあいだ一心に専注し、身の通力を得てすべて自在にみな成就することができた。すでに通力を得おわってすぐに太子の御殿の前に向かい、空中にあって大神変を現わした。身の上から火を出し身の下から水を出し、あるいは左辺に水を出し右辺に火を出す。あるいは大身を現わし、あるいは小身を現わす。あるいは空中に坐ったり臥したりするなど
●太子はこれを見おわっておそばの者に問うていう。「これはどういう人なのか。」おそばの者が太子に答えていう。「これは提婆尊者であります。」太子は聞きおわって心に大いに喜び、遂に手を挙げて
●すでに太子が心に尊敬しているのを見おわって、提婆は太子のために、父の王が釈迦仏に供養した因縁を説いた。「いろいろのものを種類別に五百台の車に載せ、仏のみもとに行って仏および僧衆にさしあげた。」と。太子はこれを聞きおわって尊者に語る。「わたしもまたよくいろいろのものをそれぞれ五百台の車にととのえて、尊者を供養し、またその弟子たちに施すことが、父王と同じようにしないでよかろうか。」提婆がいう。「太子よ、これは大変よい思召しです」と。
●これより以後多いに供養を得て心は一層高慢になった。たとえば杖をもって悪い
●提婆は仏があまねく凡聖大衆のために説法せられる時を待って、すなわちその会座の中に来て仏に対し、弟子たちならびに教法をことごとく自分に任せてくださるように求め、世尊は年老いておられますから、静かに隠棲してみずから保養なさるが宜しうごさいましょうといった。一切の大衆は提婆のこの言葉を聞いて驚き、たがいに顔を見あわせて怪しく思った。
●その時、世尊は大衆に向かったまま提婆に語って仰せられる。「舎利弗や目連たちはすぐれた仏法の統率者である。それでもわたしは仏法を任せない。ましてそなたのような愚か者で、人の唾を食うような者にどうして任すことができようか」と。
●ときに提婆は、仏が大衆に向かって自分をきずつけ、はずかしめられたのを聞いて、あたかも毒矢が心に入ったように更に愚かに狂う
●提婆が答えていう。「わたしが憂え苦しんでいるのはまさしく太子のためであります。」
●太子がうやうやしく問う。「尊者よ、わたしのためとは、どういう意味があるのですか。」
●提婆がすぐさま答えていう。「太子よ、知っておられるかどうか。釈迦仏は年老いて任に堪えないから、これを除いてわたし自身が仏となりましょう。あなたの父王も年老いておられるから、またこれを除いて太子みずからが
●太子はこれを聞いて大いに怒り、「そういうことをいうてはなりません」といった。
●また提婆がいう。「太子よ、怒らないでください。父の王は太子に対して全く恩徳がありません。初めに太子を生もうとした時、父の王は夫人に百尺の高楼の上において天井の中に当たって生ませ、地に堕ちて死なせようと望んだのです。しかしまさしく太子の福力によって命を断たれずに、ただ小指をそこねたのです。もしこれを信じないのなら、みずから小指を御覧なさい。それで証拠とするに足るでしょう。」
●太子は既にこういう言葉を聞いて、更に重ねて「本当にそうなのかどうか」と問いただした。
●提婆が答えていう。「このことがもし本当でないなら、わたしがわざわざ来てみだりの話をするはずがありましょうか。」●この言葉によって遂に阿闍世は提婆の悪い考えのはかりごとを信用した。●こういうわけで「調達悪友の教に随順す」というのである。
●三つに「父の王を収執し」より「ひとりも往くことを得ざらしむ」までは、まさしく父の王が子のために閉じこめられることを明かす。●これは阿闍世が提婆の悪計を受け入れて、たちまち父子の情を捨てることを明かすのである。ただ極まりない恩を失うだけではなく、悪逆のうわさはこれによって聞こえわたった。●不意に王の身をとらえるのを「収」といい、既に閉じこめて放さないのを「執」という。ゆえに「収執」というのである。●「父」というのは別して肉親の最上をあらわし、「王」とはその位をあらわし、「頻婆」というのはその名をあらわすのである。●「七重の室の内に幽閉す」というのは、することが重大で軽いことではないから、人の出入りするような所に浅く閉じこめて全く守護を置かないような事はできない。すべて王の奥殿は外部の人との交渉を絶つよう統制するけれども、ただ臣たちは久しい前から王につかえていたから、もし厳しく制止しなければ恐らくは心を通ずる者があるかも知れない。こういうわけで内外の出入りを絶って七重の室内に閉じこめるのである。
●四つに「国の大夫人」より「密かに
●問うていう。臣たちは阿闍世の命令を受けて王と会うことが許されない。それに韋提夫人を守門者が制止しないで、思うまま入らせたのはどういうわけであるか。
●答えていう。臣たちは身分がちがい、また肉親以外の人である。そこで心を通ずることがあるかも知れないのを恐れて厳しく制止を加えるのである。また韋提夫人は身が女であって心に特別な
●五つに「
●「
●「大目連はこれ吾が親友なり」というのには、二つの意味がある。目連は世俗にあっては王の外戚であり、すでに出家してからは王家の師匠であるから、王宮に往来することは
●「願わくは慈悲を興して我に八戒を授けたまえ」というのは、これは父の王が法を敬う心が深く、自分よりも越えて人を重んずることを明かす。もしまだ閉じこめられるという難に逢わない間は、仏や僧衆をお招きすることは決してむずかしいことではないが、今は既にとらわれて、お招きすることができない。そこでただ目連を請うて八戒を受けるのである。
●問うていう。父の王が遥かに敬うには、まず世尊を礼拝し、その受戒におよんでは、すなわち目連を請うのはどういうわけがあるのか。
●答えていう。凡夫や聖者を通じて、最も尊いお方は仏に過ぎたものはないから、心を傾けて願いをおこすにはまず大師釈迦仏を礼拝する。戒を受けるのはこれは小さな縁であるから、ただ目連が来て授けてくださるように請うのである。ところで王の意は戒を授かることにあるので、戒を得ればそれで充分である。どうしてわざわざまげて世尊のお越しを請う必要があろうか。
●問うていう。如来の戒法はすなわち無数であるのに、なぜ父の王はただ八戒を請うてほかの戒を請わないのか。
●答えていう。ほかの戒はやや寛やかで、たもつ時節が長いから、おそらくはその中途で失念して
●どうしてこの戒の用心と起行とが細密であるということが知られるかというと、戒を説く律文の中に一々示してある通りである。「仏弟子よ、今朝より明朝に至るまで一日一夜、諸仏が殺生なさらぬと同じようによくたもつかどうか。」答えていう。「よくたもちます。」第二にまたいう。「仏弟子よ、今朝より明朝に至るまで一日一夜、諸仏が盗みをなさらず、淫を行ぜず、妄語をいわず、酒を飲まず、脂粉を身に塗ることなく、歌舞唱伎したり、またそういう所に行ってこれを観たり聴いたりすることなく、高くて大きい床に坐臥することのないようにされるのと同じようにせよ」と。以上の八つは戒であって斎ではない。正午を過ぎて食べてはならぬ、この一つは斎であって戒ではない。これらのいろいろの戒はみな諸仏を引いて証とする。なぜかというと、ただ仏たちだけは煩悩もその余残の気もともに尽きておられるけれども、仏を除いて以下は悪の余残の気などがまだ鋸っている。それゆえ引いて証としないのである。こういうわけで、この戒の用心と起行が極めて細密で精励でなければならぬことが知られる。
●またこの戒には仏は八種のすぐれた功徳があると説かれてある。もし人が一日一夜つぶさにたもって犯さないならば、得るところの功徳は人・天・二乗の境界に越えている。経に広く説かれている通りである。この利益があるから、父の王が日々にこれを受けたのである。
●六つに「時に大目連」より「王の為に説法せしむ」までは、父の王が請いによって聖法を蒙ることができたことを明かす。●これは目連は他心智を得ているから遥かに父王の請う意を知り、すなわち神通をおこして、指を弾くほどの短い時間に王のもとに至ることを明かすのである。●また人が神通の相を
●「日々
●問うていう。八戒はすでにすぐれているというならば、一たび受ければ足りるであろう。どうして日々これを受ける必要があるのか。
●答えていう。山は高いことを厭わず、海は深いことを厭わず、刀はよく切れることを厭わず、日は明らかなことを厭わず、人は善いのを厭わず、罪は除くことを厭わず、賢者は徳を厭わず、仏は聖であることを厭わない。ところで王の
●「世尊また富楼那を遣わし、王のために説法せしむ」というのは、これは世尊の慈悲の心が重くて、王の身が忽ちにとらわれるという苦しみに遇うて、恐らく憂えやつれるであろうことをあわれみたもう。しかも、富楼那は仏弟子の中で最も説法を能くし、善く
●七つに「
上来七句の不同があるけれども、広く父を閉じこめる縁を明かしおわった。
【7】 ●三つに母を閉じこめる縁について八つある。
●一つに「時に阿闍世」より「
●問うていう。もし人が一度の食事をしてから七日もたてば死ぬであろう。父の王は三七日を経たのであるから、考えてみると命が終わるべきことは疑いないのに、阿闍世王はなぜ守門者に対して「父の王は今は死んでしまわれたか」とただちに問わないで、どうして疑うて「まだおられるか」と問うたのか。これにはどういうわけがあるのか。
●答えていう。これは阿闍世王の深い考えがあっての問いである。そもそも阿闍世は国を治める王であって、そのふるまいを気ままにしてはならぬ。父の王とは本来親子の関係として親しいことはいうまでもない。それに「死なれたか」と問うたならば、恐らくはその当時にあって人の謗りを受けることになる。ただ心の内には死なれたであろうと思いながら、口に「まだおられるか」と問うたのは、後の世まで悪逆であるという評判を止めようと思うたからである。
●二つに「時に守門人
●「白して言さく『大王、国の大夫人は¼」というより以下は、まさしく韋提希夫人がひそかに食物をさしあげ、王はすでに食を得て食によってよく命を延ばし、多くの日数を経たけれども、なお父王の命を保っている。これはすなわち韋提夫人のはからいであって、守門者の
●問うていう。韋提夫人が食をさしあげるときには、身の上に麨を塗り衣服の下にひそかにかくして出入りし往復したので、誰も見ることはできないであろう。どういうわけで守門者が詳しく韋提希夫人が食物をさしあげたことをあらわしたのか。
●答えていう。すべての
●「沙門目連」というより以下は、まさしく富楼那と目連の二人の聖者が空から往来し、門を通らずに毎日往復して王のために法を説く。大王、まさに知られよ。韋提夫人が食物を父の王にさしあげたのは、前に王の指図を受けていなかったから強いてさえぎらなかったのであり、二人の聖者が空から往来したのは、これも門の
●三つに「時に阿闍世
●「我が母は是れ賊なり」というより以下は、まさしく口に憎しみの言葉を出すことを明かす。どういうわけで母をののしって、「賊である、賊の
●「沙門は悪人なり」というより以下は、阿闍世王が、母が父王に食物をすすめたことを怒り、また出家が王のために往き来することを聴いて、更に怒りの心をおこしたことを明かす。そこで「
●「即ち利剣を執り」というより以下は、これは阿闍世王の怒りが盛んであって、その逆悪が母にまで及ぶことを明かす。何というそれは痛ましいことであろうか。韋提夫人の
●四つに「時に一臣有り、名づけて月光と
●「時に」というのは、阿闍世王が母を殺そうとする時であり、「一の大臣有り」というのは、その位をあらわすのである。「月光」というのはその名をあらわし、「聡明にして多智なり」というのは、その徳をあらわすのである。「及び耆婆と
●「王の為に礼を
また「
●「臣、毘陀論経に説くを聞く」というのは、これは広く歴史や歴代帝王の記録を引くことを明かす。古人がいう、「典拠のないことをいうのは君子の
「劫初より已来」というのは、その時を彰わす。
「
「国位を貪るが故に」というのは、これはよからぬ心で貪って父王の位を奪うことを明かすのである。
「其の父を殺害せること」というのは、これはすでに父の王に対して悪心をおこし、長く留めておかれないから命を断つということを明かす。
「一万八千」というのは、これは阿闍世王がいま父を殺すことは、かれらと同類であることを明かすのである。
●「
●「臣、聞くに忍びず」というのは、阿闍世王が悪を起こして王族をはずかしめ、悪い評判がひろまるのを見るのは、わたしたちの性質として、恥ずかしくて居る処がないというのである。「
●「宜しく
●「時に二の大臣この語を説きて」というより以下は、これは耆婆・月光の二人の臣が口をはばからずに諌める言葉がきわめてあらく、広く昔からの事を引いて、王の心が目覚めるよう望むことを明かすのである。
「手を以って剣を按じ」というのは、臣がみずから手中に剣をおさえることである。
●問うていう。諌める言葉があらく、王の顔色をかまわないで、君臣の義はすでに背いている。それに、どうして
●答えていう。あらい言葉で王にさからうというても、母を害しようとする心をとどめることを望む。また王の怒りがまだ除かれずに、その持っている剣が自分らを危うくすることを恐れる。こういうわけで、みずから剣をおさえて防ぎ、あとしざりして退くのである。
●五つに「時に阿闍世驚怖し」より「汝我が為にせざるや」までは、まさしく阿闍世王が怖れをおこすことを明かす。●これは阿闍世が、既に二人の臣の諌める言葉があらくきびしいのを見てとり、また剣をおさえて去るのを見て、これらの臣が自分に背いてかの父の王について、更に別のはかりごとを起こすであろうことを恐れ、心が安らかでないことを明かす。ゆえに「
●「耆婆」というのは阿闍世王の弟である。古人はいう、「家に
●六つに「耆婆
●七つに「王
●八つに「内官に勅語し」より「
上来八句の不同があるけれども広く母を閉じこめる縁を明かしおわった。
【8】 ●四つに苦を厭う縁の中について四つある。
●一つに「時に韋提希」より「憔悴」までは、まさしく韋提夫人がわが子のために閉じこめられることを明かす。●これは韋提夫人は死の難を免れたけれども、更に深い宮殿内に閉じられ、守りがきわめてかたくて出ることができず、ただいつも心に憂いをいだいて自然に憔悴することを明かす。
●傷歎していう。
禍いなるかな今日の苦しみよ 思いがけなくも阿闍世王が叫び
するどい刃の中にとらえられて身動きできず また深い宮殿におしこめられるという難に
●問うていう。韋提夫人はすでに死を離れて宮殿に入ることができたのであるから、楽しむべきであるのに、どういうわけでかえって更に
●答えていう。これに三つのいわれがある。
●一つには、韋提夫人はすでにみずから閉じこめられているから、更に食物を運んで王に与える者がない。王はまた、自分が難に逢うて閉じこめられているのを聞いて、いよいよ愁き憂えるであろう。今すでに食が無いのに憂いを加えるならば、王の命はきっと長く保つことはできないであろうと憂えることを明かす。
●二つには、韋提夫人はすでにとらえられるという難に逢うているから、いずれの時にかまた如来の尊顔および弟子たちを見たてまつることができようかと歎くことを明かす。
●三つには、韋提夫人は阿闍世王の命令をうけて、深い宮殿内に閉じこめられ、内官は厳しく守って水も漏らさない。そこで、朝夕にただ死ぬことのみを愁えることを明かす。
この三つのわけがあって身心をせめるのである。憔悴しないでおられようか。
●二つに「遥かに耆闍崛山に向かい」より「未だ
●「如来、在昔の時」というより以下は、これに二つのいわれがある。一つには、父の頻婆娑羅王がまだ閉じこめられないときには、あるいは王やわたくしが親しく仏のおそばに行くことができ、あるいは如来やお弟子が親しく王の招待を受けてくださることもできた。ところが、わたしと王の身はともに閉じこめられて、如来と因縁がたちきられ、如来とわたしたちの思いが通じないということを明かすのである。二つには、父の王が閉じこめられてから後は、たびたび世尊が阿難尊者を遣わして、わたしを慰問されたことを明かす。どういうわけで慰問されるのかというと、父の王が閉じこめられたのを見て、仏は韋提夫人が憂い悩むのを心配せられる。こういうわけで慰問させたのである。
●「世尊は威重にして見ることを得るに
●問うていう。如来は御化導なさる主であるから、適当な時期を失われないであろう。それに、韋提夫人はどうして丁寧に仏を請じないで、目連などを
●答えていう。仏の徳は尊厳であるから、小さなことをもってたやすく御招待することはできない。ただ阿難尊者に会って、自分のいうことを世尊に伝えてもらい、仏はわたしの心持を知られて、また、阿難尊者が仏のお言葉を伝えて、わたしに教えてくださるように望む。こういうわけであるから阿難尊者に会おうと願ったのである。
●「
●「悲泣雨涙し」等というのは、これは韋提夫人が自分は罪が重くて、仏の哀れみを加えられることをお願いするのに、尊敬の心が深くて涙が目にあふれ、ただ尊いお姿を心から敬慕するから、また重ねて遥かに礼拝し、頭を地につけて動かず、しばらくは頭を挙げないことを明かすのである。
●三つに「
●「大目連等に勅して空
●「時に韋提、礼し
「仏世尊を見たてまつる」というのは、これは世尊がすでに宮中に出られて、韋提夫人が頭を挙げて見たてまつることができたことを明かす。
●「釈迦牟尼仏」というのは、ほかの仏に区別する。すべて仏たちは、仏という名が通じ、またお姿も異ならないから、今ことさらに釈迦という名を出して、疑いのないようにするのである。
「身は紫金色にして」というのは、そのときのお姿を示す。
「百宝華に坐したまへり」というのは、ほかの坐に区別する。
「目連は左に侍り」等というのは、これはさらにほかのお方がおられなくて、目連と阿難との二僧だけがおられることを明かす。
●「釈梵護世」というのは、これは天王衆などが、如来が耆闍崛山から隠れて王宮の中に現われたもうのを見て、〈かならずすぐれた法を説かれるであろう。わたしたち天人は、韋提がお願いしたことによって、未だかって聞いたことのない尊い御利益を聞くことができよう〉と、おのおのが本心から、あまねく空中において天耳通をもって遥かに聞き、華をふらして供養することを明かす。また「釈」というのは、すなわち帝釈天のことであり、「梵」というのは、すなわち色界の梵天王などのことであり、「護世」というのは、すなわち四天王のことである。「諸天」というのは、すなわち色界・欲界などの天人たちのことである。すでに天王が仏のおそばに行くのを見て、かの諸天人たちもまた天王に従って来て、法を聞こうと供養するのである。
●四つに「時に韋提希、世尊を見たてまつり」より「提婆と共に眷属
●「自ら瓔珞を絶ち」というのは、これは韋提夫人が、身の飾りの瓔珞をなお愛して、まだ取らなかったが、たちまち如来を見たてまつって慚じ、みずからこれを絶つことを明かす。
●問うていう。どうしてみずから絶つのか。
●答えていう。韋提夫人は、すなわち尊貴の中での最も尊貴の方であって、身の動作には多くの者がつかえており、衣服をつけるにはみな傍の者を使っている。いますでに仏を見たてまつって慚じる心が深いので、留めてある紐をほどかずに、急に自分で取りのけたから「自ら絶つ」というのである。
●「身を挙げて地に投げ」というのは、これは韋提夫人は、心が悲しみに結ばれて怨みのおもいにたえがたい。そこで、坐っている姿勢から身を躍らして立ち、立ってからまた身を躍らして地に投げることを明かす。これは歎き恨みの心が深くて、いささかも礼拝の礼儀をかまわないのである。「号泣して仏に向かい」というのは、これは韋提夫人が、仏の前に転びながら悶絶して泣き叫ぶことを明かす。
●「仏に
●「世尊は
●また、韋提夫人が仏に問いたてまつって「提婆と眷属
上来四句の不同があるけれども、広く苦を厭う縁を明かしおわった。
【9】 ●五つに、浄土を
●一つに「唯願わくは世尊、我の為に広く説きたまえ」より「濁悪の世
●二つに「
「地獄」等というより以下は、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の果が最も重いからである。「盈満」というのは、この苦しみの
●「願わくは我未来に」というより以下は、韋提夫人がまごころをもって苦しい娑婆を厭い、無為の楽しみをねがって、とこしえに変わらぬさとりに帰することを明かす。ところで、さとりの境界には軽々しく入ることはできず、苦しみ悩みの娑婆はたやすく離れることができない。金剛堅固の志をおこさなかったならば、どうして
「願わくは我未来に悪声を聞かず、悪人を見ざらん」というのは、これは阿闍世王や提婆のように、自分の父を殺し、和合僧を破るような者、またそれらの悪いうわさなどを、聞かないよう見ないようにと願うことを明かす。ところで阿闍世王は、すでに頻婆娑羅王の真実の子でありながら、しかもなお自分の父母に対して殺害の心をおこすのであるから、まして他人同士であれば、互いに害しあわないことがあろうか。こういうわけで韋提夫人は、親疎の別をいわずに、すべて皆にわかに厭い捨てるのである。
●三つに「今世尊に向かって」より「懺悔す」までは、まさしく韋提夫人が、浄土のような立派な処は善根がなければ往生できぬであろうし、恐らくは残りの罪が障りとなって往生することができまいと思い、こういうわけで、仏の哀れみを請うてさらに懺悔することを明かす。
●四つに「唯願わくは仏日」より「清浄業処」までは、まさしく韋提夫人が通じて往生する行を請うことを明かす。●これは韋提夫人がさきに通じて往生する浄土を願い、今また通じてその浄土に往生できる行を請うたことを明かす。●「仏日」というのは、法と喩えとを並べてあらわす。たとえば、日輪が出ればすべての闇がみな除かれるように、仏の智慧は光を輝かして無明の夜が
●「我を教えて清浄業処を観ぜしめたまえ」というより以下は、まさしくすでによくこの娑婆の穢土を嫌い、浄土を
●五つに「
●「如」ということばは似ていることで、須弥山に似ているのである。この山は腰が細くて上がひろい。すべての仏の国が皆その中に現われ、いろいろに変わっていて荘厳にそれぞれ別があるが、如来の不思議なお力によって明らかに現われ、韋提に加被してことごとく見ることを得させたもうたのである。
●問うていう。韋提はさきに「わたしのために広く憂いのない処を説いてください」とお願いしたのに、仏はいま、なぜそのために広く説かれないで、金の台に
●答えていう。これは如来の深い思召しをあらわすのである。ところで、韋提がことばに述べてお願いしたのは、広く浄土の法門を開くのである。もしこの韋提のために仏がひろく説かれるだけならば、恐らくは韋提はこれを見ないのであるから心になお惑いを持つであろう。こういうわけで、一つ一つ韋提の目の前にあらわして韋提のとるにまかせ、
●六つに「時に韋提、仏に
●問うていう。十方の諸仏はみな煩悩を断じておられることに別はなく、修行をおわり、証果を円かに成就しておられることもまた二つないはずである。それに、どういうわけで同じ浄土でありながら、しかもこのような優劣があるのか。
●答えていう。仏はこれ法王であって神通自在である。浄土の優と劣とは凡夫の知るところではない。隠したり顕わしたりされるのは、根機にしたがって利益を施そうと思召される。あるいは、ことさらに諸仏浄土の優れておるのを隠して、ひとり西方浄土の
●七つに「我今弥陀の浄土に生まれんと
●八つに「唯願わくは世尊」より以下は、まさしく韋提夫人が、別して弥陀の浄土に生まれる行を願うことを明かす。●これは韋提はすでに往生を得る場所を選んだので、また、その浄土に往生する行を修め、みずからを励まし、心を注いで、必ず往生の利益を得たいと望むことを明かすのである。
●「我に思惟を教えたまえ」というのは、すなわち定善観に入る前方便で、かの浄土の依正二報・四種の荘厳を想いうかべるのである。
●「我に正受を教えたまえ」というのは、これはさきの想いによってだんだんと微細にすすみ、覚も想もともになくなって、ただ定心だけあって所観の境と一致するのを名づけて正受とすることを明かす。この中ではただ略してあらわし、後の観察をあらわすところに至って更に広く述べるであろう。知るべきである。
上来、八苦の不同があるけれども、広く浄土を
【10】●六つに、散善の行を顕わす縁について五つある。
●一つに「爾の時世尊
●これは如来が韋提夫人を見られるのに、極楽に往生しようと願い、さらに往生を得るための行を請うことが、釈迦仏の本心にかない、また弥陀の願意を顕わすことを明かすのである。この韋提の二つの願いによって広く浄土の法門をあらわされた。これはただ韋提が往生を得るばかりでなく、すべての者がこれを聞いてみな往生できる。こういう利益があるから、如来が微笑されるのである。
●「五色の光あって仏の口
「一々の光、頻婆娑羅王の頂を照らす」というのは、まさしく仏の口から出される光明が、ほかの方を照らさずに、ただ王の頂だけを明かす。●ところで、仏の光明は、おん身の出るところによって必ずそれぞれに利益がある。仏のみ足の下から光明を放つと地獄道を利益され、もし光明が膝から出る場合には畜生道を利益され、もし光明が
●「爾の時大王、幽閉に在りと雖も」より以下は、まさしく父の王が、仏の光明が頂を照らすのを受けて心眼が開け、いろいろ妨げは覆いけれども、自然に仏と相見ることを明かす。これは、仏の光明によって仏を見たてまつることが、王の予期したところではない。そこで、つつしんで敬い帰依して、とび超えて第三の不還果をさとったのである。
●二つに「爾の時世尊」より「広く
●「爾の時世尊、韋提に告げたまわく」というより以下は、まさしく仏が韋提に告げてその願いをききとどけて説法されることを明かすのである。
●「阿弥陀仏遠からず」というのは、まさしく観ずるところの境をあらわして、それに心を注ぐことを明かす。すなわちそれに三つある。一つに浄土のある場所が遠くない。ここから十万億の国土を過ぎると、それが弥陀の浄土であることを明かす。二つには道のりは遥かであるといっても、往生する時は一念のうちにたちまち至ることを明かす。三つに韋提など未来の有縁の衆生が心を注いで定善観を修めるならば定心と所観の境とが相応して、行者はおのずから常に見ることを明かす。こういう三つの意味があるから「遠からず」というのである。
●「汝当に
●「我今汝が為に」というより以下は、これはただ定善だけを説いたのでは機類をなお充分つくさないから、そこで仏はさらに散善の機をごらんになって、みずから三福の行を開かれることを明かす。
●三つに「亦令未来世」より「極楽国土」までは、まさしく機類をあげて、これを修行して利益を得るよう勧められることを明かす。●これは韋提夫人が請うたことの利益は、いよいよ深くて未来の衆生にまでおよび、心を浄土に向けるならばみな往生することを明かすのである。
●四つに「彼の国に生れんと欲する者は」より「名づけて浄業と為す」までは、まさしく三福の行を修めることを勧められることを明かす。●これは、すべての衆生の根機に二種類あることをあらわす。一つには定心の機、二つには散心の機である。もし、定善の行のみによっていうならば、すべての衆生を救うことができない。こういうわけで、釈迦如来は方便して散善三福の行を顕わし、散動の根機に応じられたのである。
●「彼の国に生れんと欲する」というのは、帰するところをかかげられたのである。
「当に三福を修すべし」というのは、総じて行のものがらをあらわされるのである。三とは何々かというと、
「一つには父母に孝養し」などで、これに四つある。
一つに、「父母に孝養し」というのは、これはすべての凡夫はみな縁を
どのような縁を
すべてこれは相よって生ずるのであるから、すなわち父母がある。すでに父母があれば大きな御恩を受けている。もし父がなければ生まれる因が欠けるであろう。もし母がなければ生まれる縁がそむくであろう。もし父母の二人が共になけれあ生を託する場を失うであろう。かならず父母の縁がそなわってはじめて身を受けることができるのである。既に身を受けようとするのには、自分の業識を内因とし、父母の精血を外縁として、因縁が和合するからこの身ができる。こういうわけであるから父母の恩は重いのである。母は懐胎してから十箇月を経るあいだ、行住坐臥にいつも苦悩を生じ、また出産の時には死の難を憂える。もし生まれおわっても、三年たつまでは、いつも屎尿の中に臥して、寝具や衣服などもまた不浄である。その子が成長するに及んで、
また父母は世間の福田の最上であり、仏は出世間の福田の最上である。
ところで仏在世の頃、ある年飢饉に
そこで仏に問うて申しあげる。「世尊、もはや食事をなさいましたでしょうか。」
仏が仰せられる。「比丘よ、わたしは今までに三日間、乞食したけれども一
比丘は仏のお言葉を聞き終わって、悲しみの涙を禁じ得なかった。そこでみずから思うには、仏は無上の福田であって、すべての衆生を哀れみ護りたもうお方である。わたしの三衣を売り払って一鉢の
仏はこれを知っていられたけれども、ことさらに問うて仰せられる。「比丘よ、今年は飢饉で人が多く餓死しているのに、そなたは今どこでこの一鉢の
比丘が前の通りを詳しく世尊に申しあげると、仏がまた仰せられる。「比丘の三衣はすなわちこれは三世諸仏の
比丘は重ねて仏に申しあげていう。「仏は三界の供養を受けるえき福田であり、聖の中の最上のお方であります。それでもなお食べることができないと仰せられるならば、仏を除いて以外にだれがこれを食べることができましょうか。」
仏が仰せられる。「比丘よ、そなたに父母があるか、どうか。」
答えて申しあげる。「あります。」
「そなたはこれを父母に供養せよ。」
比丘が申しあげる。「仏でさえ食べることができないと仰せられますのに、わたしの父母がどうして食べることができましょうか。」
仏が仰せられる。「食べることができる。なぜかというと、父母はよくそなたの身を生み、そなたにとっては大きな御恩がある。これによって食べることができるのである。」
仏がまた比丘にたずねられる。「そなたの父母は仏を信ずる心があるか、どうか。」
比丘が申しあげる。「信ずる心は全くございません。」
仏が仰せられる。「いま信ずる心ができよう。そなたが
時に比丘は既に仏の教を受けて仏をいたましく仰ぎみて立ち去った。
こういうわけがあるから、大いに父母に孝養しなければならない。
また釈迦仏の御母である摩耶夫人は仏をお生みになってから七日たって死なれ、忉利天に生まれたもうた。仏は後に成道せられて、四月十五日になってすなわち忉利天に向かい、一
こういうわけで、父母の恩は深く、極めて重いということが知られる。
「師長に奉事し」というのは、これは礼節・学識を教えて徳を成じ、因行を欠けることなく修めて遂に仏となることは、これは師匠の善友力による。この大恩は最も尊重すべきであるということを明かすのである。
ところで、父母に孝養を尽くし、師長につかえるのを〈上を敬う行〉という。
「慈心にして殺さず」というのは、これは一切衆生はみな命をもって本とすることを明かす。
もし自分を害するような悪縁を見れば、怖れ走ってかくれ避けるのは、ただ命をまもるためである。
経に、
生きているすべてのものは 寿命を惜しまぬものはない
殺したり杖で打ったりしてはならぬ 自分をおしはかって他に比べるがよい
と説かれてある。これがその証拠である。
「十善業を修す」というのは、これは十悪の中では殺生の業が最も悪いから、
これを
これは世善を明かすのである。また〈下を慈しむ行〉という。
二つに、「三帰を受持し」というのは、これは世善は軽微なもので果報を得るのに充分でなく、戒の徳は高くてよく菩提の果を引くことを明かす。
すべて衆生が仏法に帰することは、浅いものから深いものに至るので、まず三帰依を受けさせ、後にいろいろの戒を教えるのである。
「衆戒を具足し」というのは、戒に多くの種類がある。あるいは三帰戒、あるいは五戒・八戒・十善戒・二百五十戒・五百戒・沙弥戒、あるいは菩薩の三聚戒、十無尽戒などである。ゆえに「衆戒を具足し」というのである。
また一々の戒品の中にも少分戒・多分戒・全分戒がある。
「威儀を犯さず」というのは、これは身や口や心のしわざが、行住坐臥によくすべての戒をたもつための方便の
軽いのも重いのも、あらいのもこまかいのも、みなよく
三つに「菩提心を
浅く小乗の果を求める因をおこしてはならぬということを明かす。広く大乗の心をおこさなかったならば、どうしてよく菩提を得ることができようか。
唯願わくは、わたしは、身は虚空と同じくゆきわたり、心は法界にひとしくゆきわたって、すべての衆生の性を尽くそう。わたしは身をもって衆生を恭敬・供養・礼拝して、来たる者を迎え、去る者を送り、済度し尽くそう。またわたしは口をもって仏を讃嘆し説法して、みなわが教化を受けさせ、その説法のもとに残らずさとりを得させよう。またわたしは
また「菩提」というのは、これは仏果の名である。また「心」というのは、衆生がそれを求める心である。ゆえに「菩提心を発し」というのである。
四つに、「深く因果を信じ」というのは、これに二つある。
一つには世間の苦楽の因果を明かす。もし苦のための因を作るならば苦の結果を受け、もし楽のための因を作れば楽の結果を受ける。あたかも臘印をもって泥に押して、これに金をとかして入れると蝋印が壊れて鋳物ができるようなものである。因果が相続することは疑うことができない。
「大乗を読誦し」というのは、経典はこれを喩えていうと鏡のようであって、たびたび読み、たびたび尋ねたならば智慧が開ける。もし智慧の眼が開けたならば、よく迷いの苦を厭い、涅槃の楽を
「行者を勧進す」というのは、苦法は毒のようであり、悪法は刀のようであって、三界に流転させて衆生をそこなう。今すでに善法は明鏡のようであり甘露のようである。鏡は正道を照らして真実に入らせ、甘露はみ
「
●五つに「仏、韋提に告げたまわく」より「正因なり」までは、三世諸仏の例を引いて凡夫を励ますことを明かす。●ただよく決定して心を注いで行ずれば、往生することはまちがいない。
上来五句の不同があるけれども、広く散善の行を顕わす縁を明かしおわった。
【11】●七つに、定善の観を示す縁の中について七つある。
●一つには「仏阿難に告げたまわく」より「清浄の業を明かさん」までは、まさしく聞くことを命じてお説きになることを明かす。●これは韋提が、さきに極楽に生まれようと願い、また往生を得る行を請うたのに、如来はすでのそれを説くことをききとどけられたが、いまここで、まさしく定善観の方法をあらわそうとされることを明かすのである。●これは、
●「阿難に告げたもう」というのは、〈われはいま浄土の法門を広く説こうと思う。そなたはよくこれを伝えて、忘れてはならない〉ということである。
「韋提に告げたもう」というのは、〈そなたは方を願うた人である。われはいま説こうと思う。そなたはよくつまびらかに聞き、思いはかってあきらかに受けて、まちがったりわすれたりしてはならない〉ということである。
●「未来世の一切衆生の為に」 というのは、すべて如来が化導に臨まれるのは、ひとえに、いつも
●「煩悩の賊の為に害せられん」というのは、これは凡夫は障りが重く愛欲の心が深くて、三悪の火坑の黒闇がその足下にあることを思わず、因縁のある法に随って行を起こし菩提に進む資糧にしようとしても、いかにせん、六賊がそれを知って競い来てこれを侵し奪う。いますでにこの功徳の材を失う。どうして憂え苦しまずにおられようか、ということを明かすのである。
●「清浄の業を説かん」というのは、これは如来が衆生の罪を見られるから、そのために懺悔の方法を説いて、これを相続して罪を除き、ついには、とこしえに清浄ならしめようと思われることを明かす。また「清浄というのは、後に説く十三観の法によって専心に仏を念じ、想いを西方に注ぐならば、念々の
●二つに「善い
●三つに「阿難、汝当に受持して」より「仏語を宣説すべし」までは、まさしく
●「仏語」というのは、これは、如来は遠い昔からすでに口の禍ちを除かれてあるから、そのおことばに随ってすべての者が聞いておのずから信をおこすことを明かす。
●四つに「如来
●「仏力を以ての故に」というより以下は、これは衆生は業の障りのために、目に触れても生まれながらの
●「明鏡を執って自ら面像を見るが如し」というより以下は、これは韋提夫人や衆生などが、観察に入って心を境にとどめ、
●「心歓喜するが故に忍を得ん」というのは、これは阿弥陀仏国の清浄がたちまち眼の前に現われたならば、どうして喜ばずにおられようか。そこで、この喜びによって無生法忍の利益を得る、ということを明かすのである。これを喜忍ともいい、悟忍ともいい、信忍ともいう。これはすなわち経の正宗分に入るに先だって、序文のところでいわれたので、まだそれがどこで得るかということをあらわされず、韋提夫人などにこの御利益を願わせようとの思召しである。雄々しくはげんで心に仏を見たてまつるとき、まさしくこの忍を得るのである。これはだいたい十信位の凡夫で得るところの益であって、三賢以上の菩薩の得る智慧のことではない。
●五つに「仏、韋提に告げたまわく」より「汝をして見ることを得しむ」までは、まさしく韋提夫人は凡夫であって聖者ではない。聖者ではないから、ただ仏力の冥加を仰いで、浄土は遥かであるけれども見ることができることを明かす。●これは如来が、〈衆生が惑いを生じて、韋提夫人は聖者であって凡夫ではないと思い、疑いを起こすから自分でおそれを生じ、このように韋提は現に菩薩であって仮りに凡夫の相を示している、われら罪人はこれに比べることができないと思う〉ことをおそれられる。この疑問を絶つために「汝は是れ凡夫である」と仰せられることを明かすのである。
●「心想羸劣にして」というのは、これは凡夫であるから、いままで菩提の志をおこしたことはないのである。
●「未だ天眼を得ざれば」というのは、これは韋提夫人が肉眼で見るところは、遠い誓いというても、いうに足らぬ。まして浄土のような遥かに遠いところをどうして見ることができようかということを明かす。
●「諸仏如来に異の方便
●六つに「時に韋提、仏に
●七つに「若し仏滅後の」より「極楽世界」までは、まさしく韋提夫人の慈悲の心が、衆生のためにするので、自分の往生と同じように、ながく娑婆を離れて、とこしえに安楽浄土に往生させようとすることを明かす。●これは、如来の衆生済度の思召しは未来永遠にわたって休まないが、しかし、世が代わって五濁悪世の時になり、人間の心が浅く寿命が短くなるから、如来は、長い寿命を減らし長い
●「
●「濁悪不善にして」というのは、これは五濁を明かすのである。一つには劫濁、二つには衆生濁、三つには見濁、四つには煩悩濁、五つには命濁である。●「劫濁」というのは、劫そのものは濁っているのではないが、減劫の時に当たってはいろいろな悪が増加するのである。●「衆生濁」というのは、劫の初めてできたときは衆生は純善であるが、劫の末になった時には衆生の十悪はいよいよ盛んである。●「見濁」というのは、自分のあらゆる悪をすべて変えて善であるとし、他人の上の悪くないことを見てよくないとするのである。●「煩悩濁」というのは、今頃の劫末の衆生は、悪性であってなかなか親しみ難く、六根に対するものについて、すべてに貪欲・瞋恚が競い起こるのである。●「命濁」というのは、前の見濁と煩悩濁にもとづいて多く殺生を行ない、他のものを慈しんで恩養を施すことがない。すでに、ものの命を取るという苦を受ける
●「五苦に
●「云何にしてか