観経序分義 巻第二
*沙門*善導集記
◎序分 ○一経大科
・ 一経五分
【1】 これより以下は文につきて料簡するに、 略して*五門を作りて義を明かす。
五門 五分。 浄影寺慧遠 (523-592)・嘉祥大師吉蔵 (549-623) 等の諸師は ¬観経¼ に三分 (序分・正宗分・流通分) を立てて解釈するが、 善導大師は、 五分 (序分・正宗分・得益分・流通分・耆闍分) を立てて解釈する。
◎従↠此以下就↠文料簡、略作↢五門↡明↠義。
◎ 原漢文の底本は本派本願寺蔵版。 龍谷大学蔵鎌倉時代刊本、 大派依用十行本と対校されている。
一に 「▲如是我聞」 より下 「五苦所逼云何見極楽世界▲」 に至るこのかたは、 その*序分を明かす。
序分 その経の序説となる部分。
一従↢「如是我聞」↡下至↢「五苦所逼云何見極楽世界」↡已来、明↢其序分↡。
二に日観の初めの句の 「▲仏告韋提汝及衆生」 より下下品下生に至るこのかたは、 *正宗分を明かす。
正宗分 その経の本論となる部分。
二従↢日観初句「仏告韋提汝及衆生」↡下至↢下品下生↡已来、明↢正宗分↡。
三に 「▲説是語時」 より下 「諸天発心▲」 に至るこのかたは、 まさしく*得益分を明かす。
得益分 その経の教えによって利益を得ることを示す部分。
三従↢「説是語時」↡下至↢「諸天発心」↡已来、正明↢得益分↡。
四に 「▲阿難白仏」 より下 「韋提等歓喜▲」 に至るこのかたは、 *流通分を明かす。
四従↢「阿難白仏」↡下至↢「韋提等歓喜」↡已来、明↢流通分↡。
流通分 その経の教えを伝持流通することを勧める部分。
・ 一経二会 ・ 王宮会
この四義は仏*王宮にまします一会の正説なり。
王宮にまします一会 王宮会のこと。 仏が王舎城宮で阿難と韋提希のために説法した会座。
此之四義仏在↢王宮↡一会正説。
・ 耆闍会
五に 「▲阿難耆闍の大衆のために伝説する」 よりはまたこれ*一会なり。 また*三分あり。 一に 「▲爾時世尊足歩虚空還耆闍崛山」 よりこのかたは、 その序分を明かす。 二に 「▲阿難広為大衆説如上事」 よりこのかたは、 正宗分を明かす。 三に 「▲一切大衆歓喜奉行」 よりこのかたは、 流通分を明かす。
一会 耆闍会のこと。 阿難が耆闍崛山の大衆のために王宮会での仏の説法を再説した会座。 「散善義」 では耆闍分ともよぶ。
三分 善導大師は全四十五字の耆闍会 (耆闍分) にも序分・正宗分・流通分の三分があるとする。
五従↧阿難為↢耆闍大衆↡伝説↥復是一会。亦有↢三分↡。一従↢「爾時世尊足歩虚空還耆闍崛山」↡已来、明↢其序分↡。二従↢「阿難広為大衆説如上事」↡已来明↢正宗分↡。三従↢「一切大衆歓喜奉行」↡已来明↢流通分↡。
しかるに化にはかならず由あり、 ゆゑに先づ序を明かす。 *由序すでに興りぬればまさしく所説を陳ぶ。 次に*正宗を明かす。 ために説くことすでに周りて、 所説をもつて末代に伝持せしめんと欲して、 *勝を歎じて学を勧む。 後に流通を明かす。
由序 序分に同じ。
正宗 正宗分のこと。
勝を歎じて (¬観経¼ の教説が) すぐれていることを讃嘆して。
然化必有↠由、故先明↠序。由序既興正陳↢所説↡。次明↢正宗↡。為説既周、*欲↧以↢所説↡伝↢持末代↡、歎↠勝勧学↥、後明↢流通↡。
欲…勧学 返り点は聖教全書まま。 「欲」 が 「勧学」 までかかっている。
上来五義の不同ありといへども、 略して序・正・流通の義を料簡しをはりぬ。
上来雖↠有↢五義不同↡略料↢簡序・正・流通義↡竟。
・ 一序二分
【2】 また前の序のなかにつきてまた分ちて二となす。 一には 「▲如是我聞」 より一句を名づけて*証信序となす。 二には 「▲一時」 より下 「云何見極楽世界▲」 に至るこのかたは、 まさしく*発起序を明かす。
証信序 その経の信ずべきことを証明する部分。
発起序 その経が説かれる由来・因縁を述べる部分。
又就↢前序中↡復分為↠二。一従↢「如是我聞」↡一句名為↢証信序↡。二従↢「一時」↡下至↢「云何見極楽世界」↡已来、正明↢発起序↡。
◎序分 ○証信序
【3】 初めに↓証信といふはすなはち二義あり。
初言↢証信↡者、即有↢二義↡。
・ 「如是」
▲一にはいはく、 「↓如是」 の二字はすなはち総じて教主 (釈尊) を標す。 *能説の人なり。
能説の人 教えを説く人。
一謂「如是」二字即総標↢教主↡。能説之人。
・ 「我聞」
▲二にはいはく、 「↓我聞」 の両字はすなはち別して阿難を指す。 *能聴の人なり。 ゆゑに如是我聞といふ。 これすなはちならべて二の意を釈す。
能聴の人 教えを聞く人。
二謂「我聞」両字、即別指↢阿難↡。能聴之人。故言↢「如是我聞」↡、此即双↢釈二意↡也。
▼また 「↑如是」 といふはすなはち*法を指す。 *定散両門なり。 「是」 はすなはち定むる辞なり。 *機、 行ずればかならず益す。 これは如来の所説の言に*錯謬なきことを明かす。 ゆゑに如是と名づく。
錯謬 あやまり。
又言↢「如是」↡者、即此指↠法定散両門也。「是」即定辞。機行必益。此明↣如来所説言無↢錯謬↡、故名↢「如是」↡。
▼また 「如」 といふは衆生の意のごとし。 心の*所楽に随ひて、 仏すなはちこれを度したまふ。 *機教相応するをまた称して 「是」 となす。 ゆゑに如是といふ。
機教相応 衆生の機根 (素質能力) と仏の教えとが合致すること。
又言↢「如」↡者、如↢衆生意↡也、随↢心所楽↡仏即度↠之。機教相応復称為↢「是」↡、故言↢「如是」↡。
▼また 「如是」 といふは、 如来の所説は、 *漸を説くこと漸のごとく、 *頓を説くこと頓のごとく、 相を説くこと相のごとく、 *空を説くこと空のごとく、 *人法を説くこと人法のごとく、 *天法を説くこと天法のごとく、 *小を説くこと小のごとく、 *大を説くこと大のごとく、 凡を説くこと凡のごとく、 聖を説くこと聖のごとく、 因を説くこと因のごとく、 果を説くこと果のごとく、 苦を説くこと苦のごとく、 楽を説くこと楽のごとく、 遠を説くこと遠のごとく、 近を説くこと近のごとく、 同を説くこと同のごとく、 別を説くこと別のごとく、 浄を説くこと浄のごとく、 穢を説くこと穢のごとく、 一切諸法の千差万別なるを説きたまふに、 如来の観知*歴々了然なることを明かさんと欲す。 *随心の起行、 *各益の不同、 *業果の法然たる、 すべて*錯失なきをまた称して是となす。 ゆゑに如是といふ。
人法 人間としてあるべきことを示す教え。
天法 天に生ずるための教え。 十善の法。
小 小乗の教え。
大 大乗の教え。
歴々了然 明らかであること。
随心の起行 (衆生が) その心にしたがって行をおこすこと。
各益の不同 (その行によって得る) 利益はそれぞれ同じではないということ。
業果の法然 業因によって果報を得ることが道理として自然にあること。
錯失 あやまり。
又言↢「如是」↡者、欲↠*明↢如来所説↡。説↠漸如↠漸、説↠頓如↠頓、説↠相如↠相、説↠空如↠空、説↢人法↡如↢人法↡、説↢天法↡如↢天法↡、説↠小如↠小、説↠大如↠大、説↠凡如↠凡、説↠聖如↠聖、説↠因如↠因、説↠果如↠果、説↠苦如↠苦、説↠楽如↠楽、説↠遠如↠遠、説↠近如↠近、説↠同如↠同、説↠別如↠別、説↠浄如↠浄、説↠穢如↠穢、説↢一切諸法↡千差万別。如来観知歴歴了然随↠心起↠行、各益不↠同。業果法然衆無↢錯失↡、又称為↠是。故言↢「如是」↡。
明…所説 返り点まま。 「…の所説を明さんと(欲す)」
「↑我聞」 といふは、 *阿難はこれ仏の侍者にして、 つねに仏後に随ひて多聞広識なり。 身座下に臨みてよく聴きよく持ちて、 教旨親しく承くることを明かして、 伝説の錯りなきことを表せんと欲す。 ゆゑに我聞といふ。
言↢「我聞」↡者、欲↠*明↧阿難是仏侍者、常随↢仏後↡多聞広識、身臨↢座下↡能聴能持、教旨親承表↞無↢伝説之錯↡、故曰↢「我聞」↡也。
明…表 返り点まま。
また 「↑証信」 といふは、 阿難仏教を*稟承して末代に伝持するに、 衆生に対するがためのゆゑにかくのごとき観法、 われ仏に従ひて聞くといふことを明かして、 *可信を証誠せんと欲す。 ゆゑに証信序と名づく。 これは阿難につきて解す。
稟承 受けること。
可信を証誠せん 信ずべきことを証明しよう。
又言↢証信↡者欲↪明↧阿難稟↢承仏教↡、伝↢持末代↡、為↠対↢衆生↡故、如↠是観法我従↠仏聞↥、証↩誠可信↨。故名↢証信序↡。此就↢阿難↡解也。
◎序分 ○発起序
【4】 二に*発起序のなかにつきて細しく分ちて七となす。
二就↢発起序中↡細分為↠七。
初めに 「▲一時仏在」 より下 「法王子而為上首▲」 に至るこのかたは、 *化前序を明かす。
化前序 教化が行われる以前の序説。
初従↢「一時仏在」↡下至↢「法王子而為上首」↡已来、明↢化前序↡。
二に 「▲王舎大城」 より下 「顔色和悦▲」 に至るこのかたは、 まさしく発起序の*禁父の縁を明かす。
禁父の縁 阿闍世が父の頻婆娑羅王を幽閉する因縁。
二従↢「王舎大城」↡下至↢「顔色和悦」↡已来、正明↢発起序禁父之縁↡。
三に 「▲時阿闍世」 より下 「不令復出▲」 に至るこのかたは、 *禁母の縁を明かす。
禁母の縁 阿闍世が母の韋提希を幽閉する因縁。
三従↢「時阿闍世」↡下至↢「不令復出」↡已来、明↢禁母縁↡。
四に 「▲時韋提希被幽閉」 より下 「共為眷属▲」 に至るこのかたは、 *厭苦の縁を明かす。
厭苦の縁 韋提希が苦悩の穢土を厭う因縁。
四従↢「時韋提希被幽閉」↡下至↢「共為眷属」↡已来、明↢厭苦縁↡。
五に 「▲唯願為我広説」 より下 「教我正受▲」 に至るこのかたは、 その*欣浄の縁を明かす。
欣浄の縁 韋提希が浄土を願い求める因縁。
五従↢「唯願為我広説」↡下至↢「教我正受」↡已来、明↢其欣浄縁↡。
六に 「▲爾時世尊即便微笑」 より下 「浄業正因▲」 に至るこのかたは、 ▼*散善顕行縁を明かす。
散善顕行縁 散善行を顕す序文。 親鸞聖人は 「散善は行を顕す縁なり」 (化身土文類訓) と読み、 「自力の散善は他力念仏を顕す縁」 と転意した。
六従↢「爾時世尊即便微笑」↡下至↢「浄業正因」↡已来、明↢散善顕↠行縁↡。
七に 「▲仏告阿難等諦聴」 より下 「云何得見極楽国土▲」 に至るこのかたは、 まさしく▼*定善示観縁を明かす。
定善示観縁 定善観を示す序文。 親鸞聖人は 「定善は観を示す縁なり」 (化身土文類訓) と読み、 「定善は他力の信心 (観) を示す縁」 と転意した。
七従↢「仏告阿難等諦聴」↡下至↢「云何得見極楽国土」↡已来、正明↢定善示↠観縁↡。
上来七段の不同ありといへども、 広く発起序を*料簡しをはりぬ。
上来雖↠有↢七段不同↡。広料↢簡発起序↡竟。
◎序分 ○発起序 1 化前序
【5】 二に次に化前序を解せば、 この序のなかにつきてすなはちその四あり。
二次解↢↡化前序↡者、就↢此序中↡即有↢其四↡。
・ 時成就
▲初めに 「一時」 といふはまさしく*起化の時を明かす。 仏まさに説法せんとするに、 先づ*時処に託したまふ。 ただ衆生の開悟かならず因縁によるをもつて、 化主 (釈尊) 機に臨みて時処を待ちたまふ。
起化の時 説法教化をおこす時。
時処 時と場所。
初言↢「一時」↡者、正明↢起化之時↡。仏将↢説法↡先託↢於時処↡。但以↣衆生開悟必藉↢因縁↡、化主臨↠機待↢於時処↡。
また 「一時」 といふは、 あるいは日夜十二時、 年月四時等に就く。 これみなこれ如来、 機に応じて*摂化したまふ時なり。 「処」 といふは、 かの所宜に随ひて如来説法したまふ。 あるいは山林処にましまし、 あるいは王宮・*聚落処にましまし、 あるいは曠野・*塚間処にましまし、 あるいは多少人天処にましまし、 あるいは声聞・菩薩処にましまし、 あるいは*八部・人・*天王等の処にましまし、 あるいは*純凡もしは多と一二との処にましまし、 あるいは*純聖もしは多と一二との処にまします。 その時処に随ひて如来観知して増せず減ぜず、 縁に随ひて法を授けておのおの*所資を益す。 これすなはち*洪鐘響くといへども、 かならず扣くを待ちてまさに鳴る。 大聖 (釈尊) の慈を垂れたまふこと、 かならず*請を待ちてまさに説くべし。 ゆゑに一時と名づく。
摂化 おさめとって教化すること。
聚落 集落。
塚間 墓場。
純凡 凡夫のみ (がいる場所)。
純聖 聖者のみ (がいる場所)。
所資 教化利益を受ける人々。
洪鐘 大きなつりがね。
請 懇請。
又言↢「一時」↡者、或就↢日夜十二時、年月四時等↡。此皆是如来応↠機摂化時也。言↠処者随↢彼所宜↡如来説法。或在↢山林処↡、或在↢王宮聚落処↡、或在↢曠野塚間処↡、或在↢多少人天処↡、或在↢声聞菩薩処↡、或在↢八部人天王等処↡、或在↢純凡若多一二処↡、或在↢純聖若多一二処↡、随↢其時処↡如来観知不↠増不↠減、随↠縁授↠法、各益↢所資↡。斯乃洪鐘雖↠響、必待↠扣而方鳴。大聖垂↠慈、必待↠請而当↠説、故名↢「一時」↡也。
また 「一時」 とは、 *阿闍世まさしく*逆を起す時、 仏いづれの処にかまします。 この一時に当りて、 如来独り二衆 (声聞・菩薩) とかの*耆闍にまします。 これすなはち下をもつて上を形す意なり。 ゆゑに一時といふ。
逆 父王を殺すという逆罪。
又「一時」者、阿闍世正起↠逆時、仏在↢何処↡。当↢此一時↡、如来独与↢二衆↡在↢彼耆闍↡。此即以↠下形↠上意也、故曰↢「一時」↡。
また 「一時」 といふは、 仏、 二衆と一時のうちにおいて、 かの耆闍にましまして、 すなはち阿闍世のこの悪逆を起す因縁を聞きたまふ。 これすなはち上をもつて下を形す意なり。 ゆゑに一時といふ。
又言↢「一時」↡者、仏与↢二衆↡於↢一時中↡、在↢彼耆闍↡即聞↧阿闍世起↢此悪逆↡因縁↥。此即以↠上形↠下意也、故曰↢「一時」↡。
・ 主成就
▲二に 「仏」 といふは、 これすなはち*化主を*標定す。 *余仏に簡異して独り釈迦を顕す意なり。
化主 教化の主。
標定 表し示すこと。
余仏に簡異して 他の仏と区別して。
二言↢「仏」↡者、此即標↢定化主↡。簡↢異余仏↡独顕↢釈迦↡意也。
・ 処成就
▲三に 「在王舎城」 より以下は、 まさしく如来*遊化の処を明かす。 すなはちその二あり。 一には王城・聚落に遊びたまふは、 ↓在俗の衆を化せんがためなり。 二には*耆山等の処に遊びたまふは、 ↓出家の衆を化せんがためなり。
遊化 諸方をめぐって教化すること。
三従↢「在王舎城」↡已下、正明↢如来遊化之処↡。即有↢其二↡。一遊↢王城聚落↡、為↠化↢在俗之衆↡。二遊↢耆山等処↡、為↠化↢出家之衆↡。
また↑在家といふは、 *五欲を貪求すること相続してこれ常なり。 ▼たとひ清心を発せども、 なほ水に画くがごとし。 ただおもんみれば縁に随ひてあまねく益し、 大悲を捨てたまはざれども、 *道俗形殊なればともに住するに由なし。 これを*境界住と名づく。
境界住 仏が教化のために在家の人と共に住すること。
又在家者貪↢求五欲↡相続是常。縦発↢清心↡猶如↠画↠水。但*以↢随↠縁普益↡不↠捨↢大悲↡。道俗形殊無↠由↢共住↡、此名↢境界住↡也。
依…益 返り点まま。 「益するをもって」
また↑出家といふは、 身を亡じ命を捨て、 欲を断じ真に帰す。 心金剛のごとく円鏡に等同なり。 *仏地を悕求してすなはち弘く自他を益す。 もし*囂塵を絶離するにあらずは、 この徳、 証すべきに由なし。 これを*依止住と名づく。
仏地を悕求して 仏のさとりを願い求めて。
囂塵 さわがしい俗世のけがれ。
依止住 仏が出家の人と共に住すること。
又出家者、亡↠身捨↠命、断↠欲帰↠真。心若↢金剛↡、等↢同円鏡↡。悕↢求仏地↡即弘益↢自他↡。若非↣絶↢離囂塵↡、此徳無↠由↠可↠証、此名↢依止住↡也。
・ 衆成就
▲四に 「▲与大比丘衆」 より下 「而為上首▲」 に至るこのかたは、 仏の徒衆を明かす。 この衆のなかにつきてすなはち分ちて二となす。 一には↓声聞衆、 二には↓菩薩衆なり。
四従↢「与大比丘衆」↡下至↢「而為上首」↡已来、明↢仏徒衆↡。就↢此衆中↡、即分為↠二。一者声聞衆、二者菩薩衆。
・ 衆成就 ・ 声聞衆
↑声聞衆のなかにつきてすなはちその九あり。 初めに 「与」 といふは仏身、 衆を兼ぬ。 ゆゑに名づけて与となす。 *二には*総大、 三には*相大、 四には*衆大、 五には*耆年大、 六には*数大、 七には*尊宿大、 八には*内有実徳大、 九には*果証大なり。
二には… 以下、 「大比丘衆」 の大についていう。
総大 以下の七大の総句。
相大 すがたがすぐれていること。
衆大 僧衆が巧みに和合していること。
耆年大 長老の比丘であること。
数大 比丘の数が多いこと。
尊宿大 高徳の長老であること。
内有実徳大 内に尊い徳をそなえていること。
果証大 すぐれた証果を得ていること。
就↢声聞衆中↡、即有↢其九↡。初言↢「与」↡者仏身兼↠衆、故名為↢「与」↡。二者総大、三者相大、四者衆大、五者耆年大、六者数大、七者尊宿大、八者内有実徳大、九者果証大。
問ひていはく、 一切の経の首めにみなこれらの声聞ありて、 もつて*猶置となせるはなんの所以かある。
猶置 安置の意。 あるいは由致 (由序) の意か。
問曰。一切経首皆有↢此等声聞↡、以為↢猶置↡有↢何所以↡。
答へていはく、 これに*別意あり。 いかなるか別意。 これらの声聞多くはこれ*外道なり。 ¬*賢愚経¼ (意) に説きたまふがごとし。 「*優楼頻螺迦葉は、 五百の弟子を領して邪法を修事す。 *伽耶迦葉は、 二百五十の弟子を領して邪法を修事す。 *那提迦葉は、 二百五十の弟子を領して邪法を修事す。 総じて一千あり。 みな*仏化を受けて*羅漢道を得たり。 その二百五十といふは、 すなはちこれ*舎利と*目連との弟子なり。 ともに一処に領して邪法を修事す。 また仏化を受けてみな*道果を得たり。 これらの四衆を合して一処となす。 ゆゑに千二百五十人あり」 と。
別意 特別の意味。
仏化 仏の教化。
答曰。此有↢別意↡。云何別意。此等声聞多是外道。如↢¬賢愚経¼説↡。優楼頻蠃迦葉領↢五百弟子↡修↢事邪法↡、伽耶迦葉領↢二百五十弟子↡修↢事邪法↡、那提迦葉領↢二百五十弟子↡修↢事邪法↡。総有↢一千↡、皆受↢仏化↡得↢羅漢道↡。其二百五十者、即是舎利目連弟子。共領↢一処↡修↢事邪法↡。亦受↢仏化↡皆得↢道果↡。此等四衆合為↢一処↡、故有↢千二百五十人↡也。
問ひていはく、 この衆のなかにまた外道にあらざるものあり。 なんがゆゑぞ総じて標する。
問曰。此衆中亦有↧非↢外道↡者↥、何故総標。
答へていはく、 ¬経¼ (同・意) のなかに説きたまふがごとし。 「このもろもろの外道つねに世尊に随ひてあひ捨離せず」 と。 しかるに*結集の家、 外徳を*簡び取る。 ゆゑに異名あり。 これ外道なるものは多く、 あらざるものは少なし。
簡び 区別して。
答曰。如↢経中説↡。此諸外道常随↢世尊↡不↢相捨離↡。然結集之家、簡↢取外徳↡、故有↢異名↡。是外道者多、非者少。
また問ひていはく、 いぶかし、 これらの外道つねに仏後に随へるは、 なんの意かあるや。
又問曰。未審、此等外道常随↢仏後↡、有↢何意↡也。
答へていはく、 解するに二義あり。 一には仏につきて解す。 二には外道につきて解す。
答曰。解有↢二義↡。一就↠仏解、二就↢外道↡解。
仏につきて解すとは、 このもろもろの外道邪風久しく扇ぐこと、 これ一生のみにあらず。 *真門に入るといへども、 *気習なほあり。 ゆゑに如来知覚して*外化せしめざらしむ。 衆生の正見の根芽を損じ、 悪業増長して、 此世・後生に果実を収めざることを畏るればなり。 この因縁のために摂してみづから近づかしめて、 *外益を聴したまはず。 これすなはち仏につきて解しをはりぬ。
真門に入る 真実の教えである仏法に帰入すること。
外化 外に出て衆生を教化利益すること。
外益 外化に同じ。
就↠仏解者、此諸外道邪風久扇、非↢是一生↡。雖↠入↢真門↡、気習由在。故使↢如来知覚不↟令↢外化↡。畏↧損↢衆生正見根芽↡、悪業増長此世後生不↞収↢果実↡。為↢此因縁↡、摂令↢自近↡不↠聴↢外益↡。此即就↠仏解竟。
次に外道につきて解すとは、 迦葉等の意、 みづからただ曠劫より久しく生死に沈み*六道に*循還して、 苦しみいふべからず。 *愚痴・*悪見にして邪風に*封執し、 *明師に値はずして永く苦海に流る。 ただ*宿縁をもつてたまたま慈尊 (釈尊) に会ふことを得ることあり。 *法沢わたくしなし。 わが曹、 潤を蒙り、 仏の恩徳を尋思するに、 *砕身の極*惘然たり。 親しく*霊儀に事へて、 しばらくも替るに由なからしむることを致す。 これすなはち外道につきて解しをはりぬ。
循還 限りなくめぐること。
封執 とらわれること。
宿縁 過去の因縁。
法沢 仏法による潤いの利益。
砕身の極 仏の恩徳は身を砕いてもなお報じがたいほど深いという意。
惘然 言い表しようもないさま。
霊儀 威厳のあるすがた (をそなえる釈尊)。
次就↢外道↡解者、迦葉等意、自唯曠劫久沈↢生死↡、循↢還六道↡、苦不↠可↠言。愚痴悪見封↢執邪風↡、不↠値↢明師↡永流↢於苦海↡。但以↢宿縁↡有↢遇得↟会↢慈尊↡。法沢無↠私我曹蒙↠潤。尋思↢仏之恩徳↡、砕↠身之極惘然。致↠使↧親事↢霊儀↡無↞由↢暫替↡。此即就↢外道↡解竟。
また問ひていはく、 これらの尊宿いかんが▲*衆所知識と名づくる。
衆所知識 「衆に知識せらる」。 ¬小経¼ に出る語。
又問曰。此等尊宿云何名↢衆所知識↡。
答へていはく、 徳高きを尊といひ、 *耆年なるを宿といふ。 一切の*凡聖かの内徳の、 人に過ぎたることを知り、 その外相の殊異なるを識る。 ゆゑに衆所知識と名づく。
耆年 長老。
答曰。徳高曰↠尊、耆年曰↠宿。一切凡聖知↢彼内徳過↟人、識↢其外相殊異↡、故名↢衆所知識↡。
上来九句の不同ありといへども、 声聞衆を解しをはりぬ。
上来雖↠有↢九句不同↡、解↢声聞衆↡竟。
・ 衆成就 ・ 菩薩衆
次に↑菩薩衆を解す。 この衆のなかにつきてすなはちその七あり。 一には相を標す。 二には数を標す。 三には位を標す。 四には果を標す。 五には徳を標す。 六には別して*文殊の高徳の位を顕す。 七には総じて結す。
次解↢菩薩衆↡。就↢此衆中↡即有↢其七↡。一者標↠相、二者標↠数、三者標↠位、四者標↠果、五者標↠徳、六者別顕↢文殊高徳之位↡、七者総結。
またこれらの菩薩無量の行願を具し、 一切の功徳の法に安住す。 ▲十方に遊歩して*権方便を行じ、 仏の法蔵に入りて彼岸を究竟す。 無量の世界において、 化して*等覚を成ず。 光明*顕曜にしてあまねく十方を照らす。 無量の仏土*六種に震動す。 縁に随ひて開示してすなはち*法輪を転ず。 法鼓を扣き、 法剣を執り、 法雷を震ひ、 法雨を雨らし、 法施を演ぶ。 つねに法音をもつてもろもろの世間を覚せしむ。 *邪網を掴裂し、 *諸見を消滅し、 もろもろの*塵労を散じ、 もろもろの*欲塹を壊り、 *清白を顕明し、 仏法を*光融し、 正化を*宣流す。 衆生を愍傷していまだかつて*慢恣せず。 平等の法を得て無量百千三昧を具足す。 一念のあひだにおいて周遍せざるはなし。 *群生を荷負してこれを愛すること子のごとし。 一切の*善本みな彼岸に度す。 ことごとく諸仏の無量の功徳を獲て、 智慧開朗なること思議すべからず。
権方便 たくみな手段。
六種に震動す 仏の出現や説法を讃えて、 動・起・涌 (形の震動) と震・吼・覚 (音の震動) の六種の瑞相があらわれることをう。
邪網を掴裂し よこしまな教えの網を切り裂いて。
諸見 様々な悪しき見解。
欲塹 貪欲の心を越えがたい塹 (ほり) に喩えたもの。
清白 煩悩のけがれを離れた清浄な道。
光融 光を輝かし、 邪見のものをおさめとること。
宣流 のべひろめること。
慢恣 おもいあがっておこたること。
又此等菩薩、具↢無量行願↡、安↢住一切功徳之法↡。遊↢歩十方↡行↢権方便↡、入↢仏法蔵↡究↢竟彼岸↡、於↢無量世界↡、化成↢等覚↡。光明顕曜普照↢十方↡、無量仏土六種震動。随↠縁開示、即転↢法輪↡。扣↢法鼓↡執↢法劒↡、震↢法雷↡雨↢法雨↡。演↢法施↡、常以↢法音↡覚↢諸世間↡。掴↢裂邪網↡消↢滅諸見↡、散↢諸塵労↡壊↢諸欲壍↡。顕↢明清白↡光↢融仏法↡、宣↢流正化↡。愍↢傷衆生↡未↢曾慢恣↡。得↢平等法↡具↢足無量百千三昧↡。於↢一念頃↡、無↠不↢周徧↡。荷↢負羣生↡愛↠之如↠子。一切善本皆度↢彼岸↡、悉獲↢諸仏無量功徳↡、智慧開朗不↠可↢思議↡。
七句の不同ありといへども、 菩薩衆を解しをはりぬ。
雖↠有↢七句不同↡、解↢菩薩衆↡訖。
上来二衆の不同ありといへども、 広く化前序を明かしをはりぬ。
上来雖↠有↢二衆不同↡、広明↢化前序↡竟。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁
【6】 二に*禁父の縁のなかにつきてすなはちその七あり。
二就↢禁父縁中↡即有↢其七↡。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 1. 起化処
▲一に 「▲爾時↓王舎↓大城」 より以下は、 総じて↓*起化の処を明かす。
起化の処 教化をおこされた場所。
一従↢「爾時王舎大城」↡以下、総明↢起化処↡。
・ 「王舎」
↑これ往古の*百姓、 ただ城中に舎を造るにすなはち天火のために焼かる。 もしこれ王家の舎宅には、 ことごとく火近づくことなし。 後の時に百姓ともに王に奏す。 「臣等宅を造ればしばしば天火のために焼かる、 ただこれ*王舎のみことごとく火近づくことなし。 なんの所以かあるといふことを知らず」 と。 王、 *奏人に告げたまはく、 「いまより以後なんぢら宅を造る時、 ªただわれいま王のために舎を造るº といふべし」 と。 奏人等おのおの王の勅を奉りて、 帰還りて舎を造るにさらに焼かれず。 これによりて相伝して、 ことさらに王舎と名づくることを明かす。
百姓 (王舎城中の) 人民。
王舎 王家の舎宅。
奏人 上奏した人。
此明↧往古百姓、但城中造↠舎、即為↢天火↡所↠焼。若是王家舎宅悉無↢火近↡。後時百姓共奏↢於王↡。臣等造↠宅数為↢天火↡所↠焼、但是王舎悉無↢火近↡。不↠知↠有↢何所以↡。王告↢奏人↡。自↠今以後卿等造↠宅之時、但言↢我今為↠王造↟舎。奏人等各奉↢王勅↡、帰還造↠舎、更不↠被↠焼。因↠此相伝故名↦「王舎」↥。
・ 「大城」
「↑大城」 といふは、 この城きはめて大にして、 *居民九億なり。 ゆゑに王舎大城といふ。
居民 居住している人々。
言↢「大城」↡者、此城極大、居民九億。故噵↢「王舎大城」↡也。
・ 起化処
↑起化の処といふはすなはちその二あり。
言↢起化処↡者、即有↢其二↡。
一にはいはく、 闍王悪を起してすなはち父母を禁ずる縁あり。 禁によりてすなはちこの*娑婆を厭ひて、 *無憂の世界に託せんと願ず。
無憂の世界 いかなる憂いもない極楽世界。
一謂闍王起↠悪即有↧禁↢父母↡之縁↥。因↠禁則厭↢此娑婆↡、願↠託↢無憂之世界↡。
二にはすなはち如来 (釈尊) 請に赴き、 光変じて台となりて*霊儀を影現したまふに、 夫人すなはち安楽に生ずることを求む。 また心を傾けて行を請ひ、 仏は*三福の因を開きたまふ。 正観はすなはちこれ*定門なり。 さらに*九章の益を顕す。 この因縁のためのゆゑに起化の処と名づく。
霊儀を影現し 釈尊が十方の仏の尊いありさまを韋提希に示したことをいう。
三福の因 往生の因であるところの
散善三福の行。 →
三福
九章の益 九品の散善の利益。
二則如来赴↠請、光変為↠台影↢現霊儀↡。夫人即求↠生↢安楽↡。又傾↠心請↠行、仏開↢三福之因↡。正観即是定門、更顕↢九章之益↡。為↢此因縁↡故名↢起化処↡也。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 2. 阿闍世因縁
▲二に 「▲有一↓太子」 より下 「悪友之教▲」 に至るこのかたは、 まさしく闍王*怳忽のあひだに悪人の誤るところを信受することを明かす。
怳忽 うっかりするさま。 ぼんやりするさま。
二従↢「有一太子」↡下至↢「悪友之教」↡已来、正明↣闍王怳忽之間、信↢受悪人所↟悞。
・ 「太子」
▲「↑太子」 といふはその位を彰す。 「阿闍世」 といふはその名を顕す。 また ▼「阿闍世」 といふはすなはちこれ*西国の正音なり。 *この地の往翻には↓*未生怨と名づけ、 また↓折指と名づく。
この地の往翻には 中国語の意訳では。
未生怨 出生以前より既に父に怨を懐いた者という意。
言↢「太子」↡者彰↢其位↡也。言↢「阿闍世」↡者顕↢其名↡也。又「阿闍世」者、乃是西国正音。此地往翻名↢未生怨↡、亦名↢折指↡。
問ひていはく、 なんがゆゑぞ 「未生怨」 と名づけ、 および 「折指」 と名づくるや。
問曰。何故名↢未生怨↡、及名↢折指↡也。
答へていはく、 これみな昔日の因縁を挙ぐ。 ゆゑにこの名あり。
答曰。此皆挙↢昔日因縁↡、故有↢此名↡。
・ 「折指」
▼↑因縁といふは、 元本父の王、 子息あることなし。 処々に神に求むれども、 つひに得ることあたはず。 たちまちに*相師ありて、 王に奏してまうさく、 「臣知れり。 山のなかに一の仙人あり。 久しからずして寿を捨て、 命終しをはりて後かならずまさに王のために子となるべし」 と。
言↢因縁↡者、元本父王無↠有↢子息↡、処処求↠神竟不↠能↠得。忽有↢相師↡而奏↠王言。臣知、山中有↢一仙人↡、不↠久捨↠寿、命終已後必当↢与↠王作↟子。
王聞きて歓喜す。 「この人いづれの時にか捨命する」 と。 相師、 王に答ふ。 「さらに三年を経てはじめて命終すべし」 と。 王いはく、 「われいま年老いて国に*継祀なし。 さらに三年を満つるまでなにによりてか待つべき」 と。
継祀 先祖の祭祀をうけつぐこと。 ここでは王位を相続する者の意。
王聞歓喜、此人何時捨↠命。相師答↠王。更経↢三年↡始可↢命終↡。王言。我今年老国無↢継祀↡。更満↢三年↡何由可↠待。
王すなはち使ひを遣はして山に入らしめ、 往きて仙人に請じていはしむ。 「大王子なく、 闕けて*紹継なし。 処々に神に求むるに、 得ることあたはざるに困しむ。 すなはち*相師ありて大仙を瞻見るに、 久しからずして捨命して、 王のために子となるべしと。 請ひ願はくは大仙、 恩を垂れて早く赴きたまへ」 と。
紹継 後継者。
王即遣↠使、入↠山往請↢仙人↡曰。大王無↠子、闕無↢紹継↡。処処求↠神困↠不↠能↠得。乃有↢相師↡、瞻↢見大仙↡、不↠久捨↠命、与↠王作↠子。請願大仙垂↠恩早赴。
使人、 教を受けて山に入り、 仙人の所に到りて、 つぶさに王請の因縁を説く。 仙人、 使者に報へていはく、 「われさらに三年を経てはじめて命終すべし。 王のすなはち赴けと勅するは、 この事不可なり」 と。
使人受↠教入↠山到↢仙人所↡、具説↢王請因縁↡。仙人報↢使者↡言。我更経↢三年↡始可↢命終↡。王勅↢即赴↡者、是事不可。
使ひ、 仙の教を奉けて、 還りて大王に報ずるに、 つぶさに仙の意を述ぶ。 王いはく、 「われはこれ一国の主なり。 あらゆる人物みなわれに帰属す。 いまことさらに礼をもつてあひ屈するに、 すなはちわが意を承けざるや」 と。 王さらに使者に勅す。 「なんぢ往きてかさねて請ぜよ。 請ぜんにもし得ずは、 まさにすなはちこれを殺すべし。 すでに命終しをはりなば、 わがために子とならざるべけんや」 と。
使奉↢仙教↡還報↢大王↡具述↢仙意↡。王曰。我是一国之主、所有人物皆帰↢属我↡。今故以↠礼相屈、乃不↠承↢我意↡。王更勅↢使者↡。卿往重請。請若不↠得、当↢即殺↟之。既命終已可↠不↢与↠我作↟子也。
使人、 勅を受けて、 仙人の所に至りて、 つぶさに王の意をいふ。 仙人、 使ひの説を聞くといへども、 意にまた受けず。 使人、 勅を奉けてすなはちこれを殺さんと欲す。 仙人いはく、 「なんぢまさに王に語るべし。 ªわが命いまだ尽きざるに、 王、 *心口をもつて人をしてわれを殺さしむ。 われもし王のために児とならば、 また心口をもつて人をして王を殺さしめんº」 と。 仙人この語をいひをはりてすなはち死を受く。
心口をもつて 心に殺意をいだき、 口に命令を発して。
使人受↠勅至↢仙人所↡、具噵↢王意↡。仙人雖↠聞↢使説↡、意亦不↠受。使人奉↠勅即欲↠殺↠之。仙人曰。卿当↠語↠王。我命未↠尽、王以↢心口↡遣↢人殺↟我。我若与↠王作↠児者、還以↢心口↡遣↢人殺↟王。仙人噵↢此語↡已即受↠死。
すでに死しをはりて、 すなはち王宮に託して生を受く。 その日の夜に当りて夫人すなはち*有身すと覚ゆ。 王聞きて歓喜す。 天明けてすなはち相師を喚びて、 もつて夫人を観しむ。 これ男なりやこれ女なりや。 相師観をはりて王に報へていはく、 「この児は女にあらず。 この児、 *王において損あるべし」 と。 王いはく、 「わが国土はみなこれを*捨属すべし。 たとひ損ずるところありとも、 われまた畏れなし」 と。 王この語を聞きて憂喜交はり懐く。
有身 妊娠すること。
王において… 王に害を加えるであろう。
捨属 (生れてくる子に) 与えること。
既死已即託↢王宮↡受↠生。当↢其日夜↡、夫人即覚↢有身↡。王聞歓喜天明即喚↢相師↡以観↢夫人↡。是男是女。相師観已而報↠王言。是児非↠女。此児於↠王有↠損。王曰。我之国土皆捨↢属之↡、縦有↢所損↡吾亦無↠畏。王聞↢此語↡憂喜交懐。
王、 夫人にまうしてまうさく、 「われ夫人とともにひそかにみづから*平章せん。 相師、 児われにおいて損あるべしといふ。 夫人これを生む日を待ちて、 高楼の上にありて天井のなかに当りてこれを生み、 人をして承け接らしむることなかれ。 落して地にあらんに、 あに死せざるべけんや。 われまた憂ふることなく、 *声もまた露れじ」 と。 夫人すなはち王の計を可とし、 その生む時におよびてもつぱら前の法のごとくす。 生みをはりて地に堕つるに、 命すなはち断えず、 ただ手の小指を損ず。 よりてすなはち*外人同じく唱へて 「折指太子」 といふ。
平章 正しく明らかにすること。 ここでは適切な処置をとるという意。
声 風聞。 うわさ。
外人 王族以外の人々。
王白↢夫人↡言。吾共↢夫人↡私自平章。相師噵↢児於↠吾有↟損。夫人、待↢生之日↡、在↢高楼上↡、当↢天井中↡生↠之勿↠令↢人承接↡。落在↢於地↡豈容↠不↠死也。吾亦無↠憂、声亦不↠露。夫人即可↢王之計↡、及↢其生時↡一如↢前法↡。生已堕↠地、命便不↠断、唯損↢手小指↡。因即外人同唱言↢折指太子↡也。
・ 「未生怨」
▲「↑未生怨」 といふは、 これ*提婆達多悪妬の心を起すがゆゑにかの太子に対して昔日の悪縁を顕発するによる。
言↢未生怨↡者、此因↣提婆達多起↢悪妒之心↡故、対↢彼太子↡顕↢発昔日悪縁↡。
いかんが妬心して悪縁を起す。 提婆悪性にして、 *為人匈猛なり。 また出家すといへども、 つねに仏の*名聞・利養を妬む。 しかるに父の王はこれ仏の*檀越なり。 一時のうちにおいて多く供養をもつて如来に奉上す。 いはく、 金・銀・七宝・名衣・上服・百味の菓食等、 一々色々みな五百車なり。 香・華・*伎楽し、 百千万の衆、 讃歎*囲繞して*仏会に送向して、 仏および僧に施す。
為人匈猛 性格が凶暴であること。
名聞利養 名誉や利益。
檀越 梵語ダーナ・パティ (dāna-pati) の音写。 恵を与える人の意。 施主のこと。
仏会 釈尊の説法の会座。
云何妒心而起↢悪縁↡。提婆悪性、為↠人匈猛。雖↢復出家↡、恒常妒↢仏名聞利養↡。然父王是仏檀越。於↢一時中↡多将↢供養↡奉↢上如来↡。謂金・銀・七宝・名衣・上服・百味菓食等、一一色色皆五百車、香・華・伎楽、百千万衆讃歎囲繞、送↢向仏会↡施↢仏及僧↡。
時に調達 (提婆達多) 見をはりて妬心さらに盛りなり。 すなはち*舎利弗の所に向かひて*身通を学せんと求む。 尊者語りていはく、 「なんぢしばらく*四念処を学せよ。 身通を学すべからず」 と。 すでに請ずれども心を遂げず。 さらに余の尊者の辺に向かひて求む。 乃至五百の弟子等ことごとく人として教ふるものなし、 みな四念処を学せしむ。 請ずること已むことを得ずして、 つひに*阿難の辺に向かひて学す。 阿難に語りていはく、 「なんぢはこれわが弟なり。 われ通を学せんと欲す。 一々次第にわれに教へよ」 と。 しかるに阿難*初果を得たりといへども、 いまだ*他心を証せず。 *阿兄のひそかに通を学して、 仏の所において*悪計を起さんと欲することを知らず。 阿難つひにすなはち喚びて静処に向かひて、 次第にこれを教ふ。
阿兄 兄を親しんでいう言葉。
時調達見已妒心更盛。即向↢舎利弗所↡、求↠学↢身通↡。尊者語言。人者且学↢四念処↡、不↠須↠学↢身通↡也。既請不↠遂↠心、更向↢余尊者辺↡求。乃至五百弟子等、悉無↢人教↡、皆遣↠学↢四念処↡。請不↠得↠已、遂向↢阿難辺↡学。語↢阿難↡言。汝是我弟。我欲↠学↠通、一一次第教↠我。然阿難雖↠得↢初果↡、未↠証↢他心↡、不↠知↫阿兄私密学↠通、欲↪於↢仏所↡起↩於悪計↨。阿難遂即喚向↢静処↡、次第教↠之。
*跏趺正坐せしめて、 先づ心をもつて身を挙ぐることを教ふ。 動くに似たりと想へ。 地を去ること一分・一寸すると想へ。 一尺・一丈すると想へ。 舎に至るに、 *空無礙の想をなし、 ただちに過ぎて空中に上ると想へ。 また心を摂して下り、 本の坐処に至ると想へ。 次に身をもつて心を挙げ、 初めの時に地を去ること一分・一寸する等、 また前の法のごとくせよ。 身をもつて心を挙げ、 心をもつて身を挙ぐるに、 また随ひてすでに至る。 空に上りをはりて、 また身を*摂取して下り、 本の坐処に至れ。 次に身心合して挙ぐと想へ。 また前の法に同じく、 一分・一寸する等、 周りてまた始めよ。
跏趺正坐 足の甲を左右のもものうえにおく座り方。 結跏趺坐に同じ。
空無碍の想 虚空を自由自在に行く想い。
跏趺正坐、先*教↢将↠心挙↠身似動想↡。去↠地一分・一寸想。一尺・一丈想。至↠舎作↢空無礙想↡。直過上↢空中↡想。還摂↠心下至↢本坐処↡想。次将↠身挙↠心。初時去↠地一分・一寸等、亦如↢前法↡以↠身挙↠心、以↠心挙↠身。亦随既*至↢上空↡已、還摂↢取身↡下至↢本坐処↡。次想↢身心合挙↡。還同↢前法↡、一分・一寸等、周而復始。
教…似動想 返り点まま。 「似動の想をなさしむ」
至上空已 返り点まま。 「上空に至りおはらば」
次に身心一切の*質礙*色境のなかに入ると想ひ、 不質礙の想をなせ。 次に一切の山河大地等の色、 自身のなかに入るに、 空のごとく*無礙にして色相を見ずと想へ。 次に自身、 あるいは大にして虚空に*遍満して坐臥自在なり、 あるいは坐し、 あるいは臥して、 手をもつて日月を捉り動かすと想へ。 あるいは小身となりて*微塵のなかに入るに、 一切みな無礙の想をなせと。
質礙 一つの物の存在が他の物の存在をさまたげるという色 (物質) の特質。
色境 視覚の対象。
次*想↧身心入↢一切質礙色境中↡、作↦不質礙想↥。次想↧一切山・河・大地等色入↢自身中↡、如↠空無礙不↞見↢色相↡。次想↧自身或大徧↢満虚空↡、坐臥自在、或坐或臥以↠手捉↦動日月↥。或作↢小身↡入↢微塵中↡、一切皆作↢無礙想↡。
想…作不質礙想 返り点まま。 「不質礙の想をなすと想へ」
阿難かくのごとく次第に教へをはりぬ。 時に調達 (提婆達多) すでに法を受得しをはりて、 すなはち別して静処に向かひて七日七夜一心専注して、 すなはち身通を得たり。 一切自在にしてみな成就することを得たり。 すでに通を得をはりてすなはち太子の殿の前に向かひて、 空中にありて大神変を現ず。 身上より火を出し、 身下より水を出す。 あるいは左辺に水を出し、 右辺に火を出す。 あるいは大身を現じ、 あるいは小身を現ず。 あるいは空中に坐臥し、 意に随ひて自在なり。
阿難如↠是次第教已。時調達既受↢得法↡已、即別向↢静処↡、七日七夜一心専注、即得↢身通↡、一切自在、皆得↢成就↡。既得↠通已、即向↢太子殿前↡、在↢於空中↡現↢大神変↡。身上出↠火、身下出↠水。或左辺出↠水、右辺出↠火。或現↢大身↡、或現↢小身↡。或坐↢臥空中↡、随↠意自在。
太子見をはりて左右に問ひていはく、 「これはこれ何人ぞ」 と。 左右、 太子に答へてまうさく、 「これはこれ尊者提婆なり」 と。 太子聞きをはりて心大きに歓喜す。 つひにすなはち手を挙げて喚びていはく、 「尊者なんぞ下り来らざる」 と。 提婆すでに喚ぶを見をはりてすなはち化して嬰児となり、 ただちに太子の膝の上に向かふ。 太子すなはち抱きて、 口を嗚ひてこれを弄び、 また口のなかに唾はく。 嬰児つひにこれを咽む。 須臾に還りて本身に復す。 太子すでに提婆の種々の*神変を見て*うたた敬重を加ふ。
神変 超人間的な力によってあらわされたさまざまなすがたや動作。
太子見已問↢左右↡曰。此是何人。左右答↢太子↡言。此是尊者提婆。太子聞已心大歓喜、遂即挙↠手喚言。尊者何不↢下来↡。提婆既見↠喚已、即化作↢嬰児↡、直向↢太子膝上↡。太子即抱、鳴↠口弄↠之、又唾↢口中↡。嬰児遂咽↠之。須臾還↢復本身↡。太子既見↢提婆種種神変↡転加↢敬重↡。
すでに太子の心敬重せるを見をはりて、 すなはち父の王の供養の因縁を説く。 「色別に五百乗の車に載せ、 仏の所に向かひて仏および僧にたてまつる」 と。 太子聞きをはりてすなはち尊者に語る。 「弟子またよく色おのおの五百車を備へ具へて、 尊者を供養し、 および衆僧に施すこと、 かれのごとくならざるべけんや」 と。 提婆いはく、 「太子、 この意大きに善し」 と。
既見↢太子心敬重↡已、即説↢父王供養因縁↡。色別五百乗車載、向↢仏所↡奉↢仏及僧↡。太子聞已即語↢尊者↡。弟子亦能備具↢色各五百車↡、供↢養尊者↡、及施↢衆僧↡、可↠不↠如↠彼也。提婆言。太子、此意大善。
これより以後大きに供養を得、 心うたた高慢なり。 たとへば杖をもつて悪狗の鼻を打つに、 うたた狗の悪を増すがごとし。 これまたかくのごとし。 太子いま*利養の杖をもつて提婆が貪心の狗の鼻を打つに、 うたた悪を加すこと盛りなり。 これによりて僧を破し、 仏法の戒を改めて、 教戒不同なり。
利養 自己の利益をはかろうとすること。
自↠此已後大得↢供養↡、心転高慢。譬如↧以↠杖打↢悪狗鼻↡転増↦狗悪↥、此亦如↠是。太子今将↢利養之杖↡打↢提婆貪心狗鼻↡、転加↠悪盛。因↠此破↠僧、改↢仏法戒↡、教戒不同。
仏あまねく*凡聖大衆のために法を説きたまふ時を待ちて、 すなはち*会中に来りて仏に従ひ、 *徒衆ならびにもろもろの*法蔵ことごとくわれに付嘱したまへと索む。 「世尊は年まさに老邁したまへり。 よろしく静内につきてみづから*将養したまふべし」 と。 一切の大衆、 提婆がこの語を聞きて、 *愕爾としてたがひにあひ看てはなはだ*驚怪を生ず。
会中 釈尊の説法の会座の中。
徒衆 仏弟子たち。
法蔵 仏の教えの蔵。
将養 静かに保養すること。
愕爾 非常におどろくさま。
驚怪 おどろいてあやしく思うこと。
待↧仏普為↢凡聖大衆↡説法之時↥、即来↢会中↡従↠仏、索↣於徒衆并諸法蔵尽付↢*属我↡、世尊年将老邁、宜可↧*就↠静内自将養↥。一切大衆聞↢提婆此語↡、愕爾迭互相看甚生↢驚怪↡。
属 底本まま。 註なし。 以下同。
就静内~ 返り点まま。 「静につきて内に~」
その時世尊、 すなはち大衆に対して提婆に語りてのたまはく、 「*舎利・*目連等のすなはち*大法将なるすら、 われなほ仏法をもつて付嘱せず、 いはんやなんぢ痴人唾を食らへるものをや」 と。
大法将 仏法の統率者。
爾時世尊、即対↢大衆↡語↢提婆↡言。舎利・目連等即大法将、我尚不↧将↢仏法↡付属↥。況汝痴人、食↠唾者乎。
時に提婆、 仏の、 衆に対して*毀辱したまふを聞き、 なほ*毒箭の心に入るがごとし、 さらに痴狂の意を発す。 この因縁によりてすなはち太子の所に向かひてともに*悪計を論ず。 太子すでに尊者を見て、 敬心をもつて承問していはく、 「尊者、 今日顔色憔悴せること、 往昔に同じからず」 と。
毀辱 非難すること。
毒箭 毒をぬった矢。
時提婆聞↢仏対↠衆毀辱↡、由如↢毒箭入↟心、更発↢痴狂之意↡。藉↢此因縁↡即向↢太子所↡、共論↢悪計↡。太子既見↢尊者↡、敬心承問言。尊者、今日顔色憔悴、不↠同↢往昔↡。
提婆答へていはく、 「われいま憔悴することはまさしく太子のためなり」 と。
提婆答曰。我今憔悴、正為↢太子↡也。
太子敬ひて問はく、 「尊者、 わがためになんの意かあるや」 と。
太子敬問。尊者、為↠我有↢何意↡也。
提婆すなはち答へていはく、 「太子知るやいなや。 世尊年老いて*堪任するところなし。 まさにこれを除きてわれみづから仏と作るべし。 父の王年老いたり。 またこれを除きて太子みづから正位に坐すべし。 新王と新仏と治化せんに、 あに楽しからざらんや」 と。
堪任するところなし (教団を率いてゆく) 能力がない。
提婆即答云。太子知不。世尊年老無↠所↢堪任↡、当可↢除↠之我自作↟仏。父王年老、亦可↣除↠之太子自坐↢正位↡。新王・新仏治化、豈不↠楽乎。
太子これを聞きてきはめて大きに瞋怒して、 「この説をなすことなかれ」 といふ。
太子聞↠之、極大瞋怒、勿↠作↢是説↡。
またいはく、 「太子瞋ることなかれ。 父の王、 太子においてまつたく恩徳なし。 はじめて太子を生ぜんと欲せし時、 父の王すなはち夫人をして百尺の楼の上にありて天井のなかに当りて生ぜしめて、 すなはち地に堕して死せしめんと望む。 まさしく太子の福力をもつてのゆゑに命根断えず、 ただ小指を損ず。 もし信ぜずは、 みづから小指を看たまへ。 もつて験となすに足れり」 と。
又言。太子莫↠瞋。父王於↢太子↡全無↢恩徳↡。初欲↠生↢太子↡時、父王即遣↧夫人在↢百尺楼上↡当↢天井中↡生↥、即望↢堕↠地令↟死。正以↢太子福力↡故、命根不↠断、但損↢小指↡。若不↠信者、自看↢小指↡、足↢以為↟験。
太子すでにこの語を聞きて、 さらにかさねて審めていはく、 「実にしかりやいなや」 と。
太子既聞↢此語↡、更重審言。実爾已不。
提婆答へていはく、 「これもし不実ならば、 われことさらに来りて*漫語をなすべけんや」 と。
漫語 冗談。
提婆答言。此若不実、我可↣故来作↢漫語↡也。
この語によりをはりてつひにすなはち提婆が悪見の計を信用す。
因↢此語↡已遂即信↢用提婆悪見之計↡。
ゆゑに 「随順調達悪友之教」 といふ。
故噵↢「随順調達悪友之教」↡也。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 3. 闍世禁父
▲三に 「▲収執父王」 より下 「一不得往▲」 に至るこのかたは、 まさしく父の王子のために幽禁せらるることを明かす。
三従↢「収執父王」↡下至↢「一不得往」↡已来、正明↢父王為↠子幽禁↡。
これ闍世、 提婆の*悪計を取りて、 たちまちに父子の情を捨つることを明かす。 ただ*罔極の恩を失するのみにあらず、 *逆の響きこれによりて路に満てり。
罔極の恩 極まりない恩。
逆の響き 逆罪を犯したという噂。
此明↧闍世取↢提婆之悪計↡、頓捨↦父子之情↥。非↣直失↢於罔極之恩↡、逆響因↠茲満↠路。
・ 「収執」
▲たちまちに王の身を掩ふを 「収」 といひ、 すでに得て捨てざるを 「執」 といふ。 ゆゑに収執と名づく。
忽掩↢王身↡曰↠収、既得不↠捨曰↠執。故名↢「収執」↡也。
・ 「父王」
▲「父」 といふは別して親の極を顕す。 「王」 とはその位を彰す。 「頻婆」 とはその名を彰す。
言↢「父」↡者別顕↢親之極↡也。「王」者彰↢其位↡也。「頻婆」者彰↢其名↡也。
・ 「幽閉」
▲「幽閉七重室内」 といふは、 所為すでに重し、 事また軽きにあらず。 浅く*人間に禁ずべからず、 まつたく守護なければなり。 ただ王の*宮閤は理として*外人を絶つとも、 ただ群臣あればすなはち久しきよりこのかた*承奉せるをもつて、 もし厳制せずはおそらくは*情通あらん。 ゆゑに内外をして交はりを絶たしめて、 閉ぢて七重のうちに在く。
人間 人の出入りするところ。
宮閤 宮廷の奥殿。
外人 王族以外の人々。
承奉 (宮廷に) 仕えること。
情通 (ひそかに) 連絡をとること。
言↢「幽閉七重室内」↡者、所為既重、事亦非↠軽、不↠*可↧浅禁↢人間↡全無↦守護↥、但以↧王之宮閤理絶↢外人↡、唯有↢羣臣↡則久来承奉↥、若不↢厳制↡恐有↢情通↡。故使↢内外絶↟交閉在↢七重之内↡也。
可…無守護 返り点まま。 「…守護なかるべからず」 (「可」 が 「無守護」 までかかっている)。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 4. 夫人献食
▲四に 「▲国大夫人」 より下 「密以上王▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人密かに王に食をたてまつることを明かす。
四従↢「国大夫人」↡下至↢「密以上王」↡已来、正明↣夫人密奉↢王食↡。
・ 「国大夫人」
▲「国大夫人」 といふは、 これ最大なることを明かす。 「夫人」 といふはその位を標す。 「韋提」 といふはその名を彰す。
言↢「国大夫人」↡者、此明↢最大↡也。言↢「夫人」↡者、標↢其位↡也。言↢「韋提」↡者、彰↢其名↡也。
・ 「恭敬大王」
▲「恭敬大王」 といふは、 これ夫人すでに王の身禁ぜらるるを見るに、 門戸きはめて難くして、 音信通ぜず、 おそらくは王の身命を絶つことを。 つひにすなはち香湯*滲浴して身をして清浄ならしめて、 すなはち*酥蜜を取りて先づその身に塗り、 後に*乾麨を取りてはじめて酥蜜の上に安き、 すなはち浄衣を着てこれを覆ひて、 外衣の上にありてはじめて*瓔珞を着ること、 常の服法のごとくにして、 *外人をして怪しまざらしむ。 また瓔珞を取りて孔の一頭*蝋をもつてこれを塞ぎ、 一頭の孔のなかに蒲桃の*漿を盛りて、 満てをはりてまた塞ぐに、 ただこれ瓔珞なり。 ことごとくみなかくのごとくす。 荘厳することすでに竟りて、 *やうやく歩みて宮に入りて、 王とあひ見ゆることを明かす。
滲浴 身体を洗うこと。
酥蜜 牛乳を精製してつくった乳酥に蜂蜜を加えたもの。
乾麨 炒った麦をひいた粉。 麦こがし。
外人 他の人々。
蝋 蜜蝋のこと。 蜂蜜の巣を精製してつくった蝋。
漿 汁。
言↢「恭敬大王」↡者、此明↧夫人既見↢王身被↟禁、門戸極難、音信不↠通、恐↠絶↢王身命↡。遂即香湯滲浴、令↢身清浄↡、即取↢酥蜜↡、先塗↢其身↡、後取↢乾麨↡始安↢酥蜜之上↡。即著↢浄衣↡覆↠之、在↢外衣上↡始著↢瓔珞↡、如↢常服法↡、令↢外人不↟怪。又取↢瓔珞↡、孔一頭以↠臘塞↠之、一頭孔中盛↢蒲桃漿↡。満已還塞、但是瓔珞。悉皆如↠此。荘厳既竟、徐歩入↠宮、与↠王相見↥。
問ひていはく、 諸臣は勅を奉けて王に見ゆることを許さず。 いぶかし、 夫人は*門家制せずしてほしいままに入ることを得しむるは、 なんの意かあるや。
門家 守門の者。 門番のこと。
問曰。諸臣奉↠勅不↠許↠見↠王。未審、夫人門家不↠制放令↠得↠入者、有↢何意↡也。
答へていはく、 諸臣は身異なりて、 またこれ*外人なり。 *情通あることを恐れて、 厳しく重制を加へしむることを致す。 また夫人は身これ女人にして、 心に*異計なし。 王と*宿縁業重くして、 久しく近づきて夫妻なり。 別体同心にして、 人をして外慮なからしむることを致す。 ここをもつて入りて、 王とあひ見ゆることを得しむ。
外人 王族以外の人々。
情通 (ひそかに) 連絡をとること。
異計 特別なはかりごと。
宿縁業 過去の因縁。
答曰。諸臣身異、復是外人。恐↠有↢情通↡致↠使↣厳加↢重制↡。又夫人者身是女人、心無↢異計↡。与↠王宿縁業重久近夫妻。別↠体同↠心、致↠使↣人無↢外慮↡。是以得↢入与↠王相見↡。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 5. 父王請法
▲五に 「▲爾時大王食麨」 より下 「授我八戒▲」 に至るこのかたは、 まさしく父の王、 禁によりて法を請ずることを明かす。
五従↢「爾時大王食麨」↡下至↢「授我八戒」↡已来、正明↢父王因↠禁請↟法。
・ 王得食
▲これ夫人すでに王に見えをはりて、 すなはち身上の*酥を刮り取りて、 *麨団をもつて王に授与す。 王得てすなはち食す。 麨を食することすでに竟りて、 すなはち宮内において夫人浄水を求め得て、 王に与へて口を漱がしむ。
此明↧夫人既見↠王已、即刮↢取身上酥↡、麨団授↢与王↡、王得即食。食↠麨既竟、即於↢宮内↡夫人求↢得浄水↡与↠王漱↠口。
・ 身業敬
▲口を浄めをはりて虚しく時を引くべからず。 *朝心寄るところなし。 ここをもつて*虔恭合掌して、 面を回らして*耆闍に向かひ、 敬を如来に致して*加護を請求することを明かす。 これ身業の敬を明かす、 また通じて意業あり。
酥 酥蜜のこと。 牛乳を精製してつくった乳酥に蜂蜜を加えたもの。
麨団 乾麨のこと。 炒った麦をひいた粉。 麦こがし。
朝心 王の心の意か。
虔恭 つつしんで尊敬すること。
加護 仏が衆生に力を加えてまもること。
浄↠口已竟不↠可↢虚引↟時。朝心無↠所↠寄。是以虔恭合掌、迴↠面向↢於耆闍↡致↢敬如来↡、請↦求加護↥。此明↢身業敬↡、亦通有↢意業↡也。
・ 口業請
▲「而作是言」 以下は、 まさしく口業の請を明かす、 また通じて意業あり。
「而作是言」已下、正明↢口業請↡、亦通有↢意業↡也。
・ 目連親友
▲「大目連是吾親友」 といふはその二意あり。 ただ目連俗にありてはこれ王の*別親なり。 すでに出家を得てすなはちこれ*門師なり。 *宮閤に往来することすべて*障礙なし。 しかるに俗にありては親となし、 出家しては友と名づく。 ゆゑに親友と名づく。
別親 母方の親類。
門師 頻婆娑羅王家の師匠。
宮閤 宮廷の奥殿。
言↢「大目連是吾親友」↡者、有↢其二意↡。但目連在↠俗是王別親。既得↢出家↡、即是門師。往↢来宮閤↡都無↢障礙↡。然在↠俗為↠親、出家名↠友、故名↢「親友」↡也。
・ 授我八戒
▲「願興慈悲授我八戒」 といふは、 これ父の王、 法を敬ふ情深くして、 人を重んずることおのれに過ぎたることを明かす。 もしいまだ*幽難に逢はずは、 仏僧を奉請するに難しとなすに足らず。 いますでに囚はれて*屈を致すに由なし。 ここをもつてただ目連を請じて*八戒を受く。
幽難 幽閉の難。
屈 屈請する。 尊い人の来臨を請うこと。
言↢「願興慈悲授*我八戒」↡者、此明↢父王敬↠法情重↠人過↟己。若未↠逢↢幽難↡奉↢請仏僧↡不↠足↠為↠難。今既被↠囚無↠由↠致↠屈。是以但請↢目連↡受↢於八戒↡也。
我 聖教全書では 「戒」。 註なし。 誤植とみなして訂正。
問ひていはく、 父の王はるかに敬ふには、 先づ世尊を礼し、 その受戒に及びてすなはち目連を請ずるは、 なんの意かあるや。
問曰。父王遥敬先礼↢世尊↡、及↢其受戒↡、即請↢目連↡、有↢何意↡也。
答へていはく、 *凡聖の極尊、 仏に過ぎたるはなし。 心を傾けて願を発すにはすなはち先づ大師 (釈尊) を礼す。 戒はこれ小縁なり。 ここをもつてただ目連の来りて授くることを請ず。 しかるに王の意は貴ぶこと得戒に存ず。 すなはちこれ義あまねし。 なんぞ労しく迂げて世尊を*屈せんや。
答曰。凡聖極尊、無↠過↢於仏↡。傾↠心発↠願即先礼↢大師↡。戒是小縁、是以唯請↢目連来授↡。然王意者、貴存↢得戒↡。即是義周、何労屈↢世尊↡也。
問ひていはく、 如来の戒法すなはちあること無量なるに、 父の王ただ八戒のみを請じて余を請ぜずや。
問曰。如来戒法乃有無量、父王唯請↢八戒↡不↠請↠余也。
答へていはく、 余戒はやや寛くして*時節長遠なり。 おそらくは中間に失念して生死に流転することを。 その八戒とは*余の仏経に説きたまふがごとし。 在家の人、 出家の戒を持つ。 この戒の*持心極細極急なり。 なんの意ぞしかるとなれば、 ただ時節やや促まりて、 ただ一日一夜を限りて作法してすなはち捨つ。
時節長遠 (戒をたもつべき) 時間が長いこと。
余の仏経 ¬受十善戒経¼ などを指す。
持心極細極急 戒をたもつ心が細密で精励であること。
答曰。余戒稍寛、時節長遠。恐畏中間失念流↢転生死↡。其八戒者如↢余仏経説↡。在家人持↢出家戒↡。此戒持心、極細極急。何意然者、但時節稍促唯限↢一日一夜↡、作法即捨。
いかんがこの戒の*用心と行との*細なることを知る。 *戒文のなかにつぶさに顕していふがごとし。 「*仏子、 *今旦より*明旦に至るまで一日一夜、 諸仏の殺生したまはざるがごとくよく持つやいなや」 と。 答へていはく、 「よく持つ」 と。 第二にまたいはく、 「仏子、 今旦より明旦に至るまで一日一夜、 諸仏の、 偸盗せず、 婬を行ぜず、 妄語せず、 飲酒せず、 脂粉を身に塗ることを得ず、 歌舞唱伎しおよび往きて観聴することを得ず、 高広の大床に上ることを得たまはざるがごとくすべし」 と。 この上の八はこれ戒にして斎にあらず。 *中を過ぎて食することを得ず、 この一はこれ斎にして戒にあらず。 これらの諸戒みな諸仏を引きて証となす。 なにをもつてのゆゑに。 ただ仏と仏とのみ*正習ともに尽したまへり。 仏を除きて以還は*悪習等なほあり。 このゆゑに引きて証となさず。 ここをもつて知ることを得。 この戒の用心と起行ときはめてこれ*細急なり。
用心 (戒をたもつ) 心がまえ。
細 細密。
戒文 戒を説く律文。 ¬四分律¼ ¬五分律¼ など。
仏子 持戒の人。 仏弟子。
今旦・明旦 今朝・明朝。
中 正午。
悪習 悪の余残の気分。
細急 細密・精励。
云何知↢此戒用心行細↡。如↢戒文中具顕云↡。仏子従↢今旦↡至↢明旦↡、一日一夜、如↣諸仏不↢殺生↡、能持不。答言。能持。第二又云、仏子従↢今旦↡至↢明旦↡一日一夜、如↧諸仏不↢偸盗↡、不↠行↠婬、不↢妄語↡、不↢飲酒↡、不↠得↢脂粉塗↟身、不↠得↢歌舞唱伎及往観聴↡、不↞得↠上↢高広大牀↡。此上八是戒非↠斎。不↠得↢過↠中食↡、此一是斎非↠戒。此等諸戒皆引↢諸仏↡為↠証。何以故。唯仏与↠仏正・習倶尽、除↠仏已還悪習等由在。是故不↢引為↟証也。是以得↠知↢此戒用心起行極是細急↡。
またこの戒には、 仏*八種の勝法ありと説きたまへり。 もし人一日一夜つぶさに持ちて犯さざれば、 所得の功徳、 人・天・二乗の境界に超過せり。 *経に広く説きたまふがごとし。 この益あるがゆゑに、 父の王をして日々にこれを受けしむることを致す。
八種の勝法 八種のすぐれた利益のこと。 ①地獄に堕せず。 ②餓鬼に堕せず。 ③畜生に堕せず。 ④阿修羅に堕せず。 ⑤常に人界に生れて出家得道する。 ⑥梵天の生を受ける。 ⑦梵天に生れて仏に値い法を請う。 ⑧菩提を得証する。 ¬受十善戒経¼ の説。
経 ¬受十善戒経¼ などの経。
又此戒仏説↠有↢八種勝法↡。若人一日一夜具持不↠犯、所得功徳超↢過人・天・二乗境界↡。如↢経広説↡。有↢斯益↡故、致↠使↢父王日日受↟之。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 6. 父王受法
▲六に 「▲時大目連」 より下 「為王説法▲」 に至るこのかたは、 その父の王請によりて聖法を蒙ることを得ることを明かす。
六従↢「時大目連」↡下至↢「為王説法」↡已来、明↢其父王因↠請得↟蒙↢聖法↡。
これ目連、 *他心智を得てはるかに父の王の請意を知りて、 すなはち*神通を発して*弾指のあひだのごとくに王の所に到ることを明かす。
此明↧目連得↢他心智↡遥知↢父王請意↡、即発↢神通↡、如↢弾指頃↡到↦於王所↥。
またおそらくは人神通の相を識らざらん。 ゆゑに*快鷹を引きて喩へとなす。 しかるに目連の通力は、 一念のあひだに四天下を繞ること百千の帀なり。 あに鷹と類をなすことを得んや。 かくのごとき*比校はすなはち衆多あり。 つぶさに引くべからず。 ¬*賢愚経¼ につぶさに説きたまふがごとし。
快鷹 空を早く飛ぶ鷹。
又*恐↣人不↠識↢神通之相↡故、引↢快鷹↡為↠喩。然目連通力、一念之頃繞↢四天下↡百千之帀、豈得↢与↠鷹為↟類也。如↠是比校乃有↢衆多↡、不↠可↢具引↡。如↢¬賢愚経¼具説↡。
恐…不識~ 返り点まま。 「~を識らざるを恐るる (が故に)」
▲「日日如是授王八戒」 といふは、 これ父の王命を延べて、 目連しばしば来りて戒を受けしむることを致すことを明かす。
言↢「日日如是授王八戒」↡者、此明↧父王延↠命致↞使↢目連数来受↟戒。
問ひていはく、 八戒すでに勝れたりといふは、 一たび受くるにすなはち足りぬ。 なんぞ日々にこれを受くるを須ゐん。
問曰。八戒既言↠勝者、一受即足、何須↢日日受↟之。
答へていはく、 山は高きを厭はず、 海は深きを厭はず、 刀は利きを厭はず、 日は明きを厭はず、 人は善を厭はず、 罪は除こるを厭はず、 賢は徳を厭はず、 仏は聖を厭はず。 しかるに王の意はすでに囚禁せられて、 さらに進止を蒙らず。 念々のうちに人の喚び殺すことを畏る。 これがために昼夜に心を傾け、 仰ぎて八戒を憑む。 善を積むことますます高きことを望欲して*来業を資せんと擬す。
来業を資せんと擬す 来世の果報を招く業因の資糧にしたいと望む。
答曰。山不↠厭↠高、海不↠厭↠、刀不↠厭↠利、日不↠厭↠明、人不↠厭↠善、罪不↠厭↠除、賢不↠厭↠徳、仏不↠厭↠聖。然王意者既被↢囚禁↡、更不↠蒙↢進止↡。念念之中、畏↢人喚殺↡。為↠此昼夜傾↠心、仰憑↢八戒↡。*望↢欲積善増高擬↟資↢来業↡。
望欲…擬資~ 返り点まま。 「~に資せんと擬することを望欲す」
▲「世尊亦遣富楼那為王説法」 といふは、 これ世尊慈悲の意重くして、 王の身を愍念したまふに、 たちまちに囚労に遇ひて、 おそらくは憂悴を生ずることを。 しかるに*富楼那は聖弟子のなかにおいてもつともよく説法し、 よく*方便ありて人の心を開発す。 この因縁のために、 如来*発遣して王のために法を説きて、 もつて憂悩を除かしめたまふことを明かす。
発遣 (富楼那を) 派遣すること。
言↢「世尊亦遣富楼那為王説法」↡者、此明↧世尊慈悲意重、愍↢念王身↡、忽遇↢囚労↡、恐生↢憂悴↡。然富楼那者、於↢聖弟子中↡最能説法、善有↢方便↡開↢発人心↡。為↢此因縁↡、如来発遣為↠王説↠法以除↦憂悩↥。
◎序分 ○発起序 2 禁父縁 7. 父王法悦
▲七に 「▲如是時間」 より下 「顔色和悦▲」 に至るこのかたは、 まさしく父の王、 食と聞法とによりて多日死せざることを明かす。
七従↢「如是時間」↡下至↢「顔色和悦」↡已来、正明↧父王因↢食聞法↡、多日不↞死。
これまさしく夫人多時に食をたてまつりて、 もつて飢渇を除き、 二聖 (目連・富楼那) また戒法をもつてうちに資けてよく王の意を開く。 食はよく命を延べ、 戒法は*神を養ひて、 苦を失し憂ひを亡じて、 *顔容和悦ならしむることを致すことを明かす。
顔容和悦 顔かたちが柔和でよろこばしいこと。
此正明↧夫人多時奉↠食以除↢飢渇↡、二聖又以↢戒法↡内資善開↢王意↡。食能延↠命、戒法養↠神。失↠苦亡↠憂致↞使↢顔容和悦↡也。
上来七句の不同ありといへども、 広く禁父の縁を明かしをはりぬ。
上来雖↠有↢七句不同↡、広明↢禁父縁↡竟。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁
【7】 三に*禁母の縁のなかにつきてすなはちその八あり。
禁母の縁 阿闍世が母の韋提希を幽閉する因縁。
三就↢禁母縁中↡、即有↢其八↡。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 1. 父王猶存
▲一には 「▲時阿闍世」 より下 「由存在耶▲」 に至るこのかたは、 まさしく父の音信を問ふことを明かす。
一従↢「時阿闍世」↡下至↢「由存在耶」↡已来、正明↠問↢父音信↡。
これ闍王、 父を禁ずること日数すでに多し。 人の交はりすべて絶え、 水食通ぜずして*二七有余なり。 命終るべし。 この念をなしをはりて、 すなはち宮門に致りて守門のものに問ひて、 「父の王いまなほ存在せりや」 といふことを明かす。
二七有余 十四日余り。 ¬観経¼ には 「三七日」 とある。
此*明↢闍王禁↠父日数既多、人交総絶、水食不↠通二七有余、命応↟終也。作↢是念↡已即*到↢宮門↡問↢守門者↡。父王今者猶存在耶。
明…応終 返り点まま (「明」 が 「猶存在耶」 までかかっていない)。
到 鎌倉時代刊本、 大派依用本では 「致」。
問ひていはく、 もし人一餐の飯を食して、 限り七日に至りぬればすなはち死す。 父の王*三七を経たるをもつて計るに、 命断ゆべきこと疑なし。 闍王なにをもつてかただちに問ひて、 「*門家、 父の王いま死しをはれりや」 といはずして、 いかんぞ疑を致して 「なほ存在せりや」 と問へるは、 なんの意かあるや。
三七 二十一日間。
門家 守門の者。 門番のこと。
問曰。若人食↢一餐之飯↡、限至↢七日↡即死。父王以↠経↢三七↡、計合↢命断↡無↠疑。闍王何以不↣直問曰↢門家、父王今者死竟耶↡、云何致↠疑而問↢猶存在↡者、有↢何意↡也。
答へていはく、 これはこれ闍王*意密の問なり。 ただおもんみれば*万基の主なれば、 *挙動随宜なるべからず。 父の王すでにこれ天性情親し、 いひて 「死せりや」 と問ふべきことなし。 おそらくは失、 当時にありて、 もつて*譏過を成ずることを。 ただおもんみれば内心に死を標して、 口に 「ありや」 と問へるは、 永き*悪逆の声を息めんと欲するがためなり。
意密の問 本心を隠した問いかけ。
万基の主 国を統治する者。 国王。
挙動… 行動が気ままであってはならない。
譏過 非難。
悪逆の声 悪逆を犯したという評判。
答曰。此是闍王意密問也。但*以↢万基之主↡、挙動不↠可↢随宜↡。父王既是天性情親、無↠容↠*言↢問死↡、恐↧失在↢当時↡以成↦譏過↥。但以内心標↠死口問↠在者、為↠欲↠息↢永悪逆之声↡也。
以~ 返り点まま。 「~なるをもって」
言問死 返り点まま。 「問ひて死せりやと言ふ (べきことなし)」
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 2. 門家具答
▲二に 「▲時守門人白言」 より下 「不可禁制▲」 に至るこのかたは、 まさしく*門家事をもつてつぶさに答ふることを明かす。
門家 守門の者。 門番のこと。
二従↢「時守門人白言」↡下至↢「不可禁制」↡已来、正明↢門家以↠事具答↡。
これ闍世前に 「父の王ありや」 と問へば、 いま次に門家奉答することを明かす。
此明↧闍世前問↢父王在↡者、今次門家奉答↥。
▲「白言大王国大夫人」 といふ以下は、 まさしく夫人密かに王に食をたてまつるに、 王すでに食を得。 食よく命を延べて、 多日を経といへども父の命なほ存ず。 これすなはち夫人の意にして、 この門家の過にはあらずといふことを明かす。
「白言大王国大夫人」已下、正明↧夫人密奉↢王食↡、王既得↠食、食能延↠命、雖↠経↢多日↡父命猶存↥。此乃夫人之意、非↢是門家之過↡。
問ひていはく、 夫人食をたてまつるに、 身の上に*麨を塗りて衣の下に密かに覆ふ。 出入往還するに、 人の見ることを得ることなし。 なんがゆゑぞ門家つぶさに夫人食をたてまつる事を顕す。
麨 乾麨のこと。 炒った麦をひいた粉。 麦こがし。
問曰。夫人奉↠食身上塗↠麨衣下密覆、出入往還無↢人得↟見。何故門家具顕↢夫人奉↠食之事↡。
答へていはく、 一切の*私密久しく行ずべからず。 たとひ巧みに牢く蔵せども、 事還りて彰露る。 父の王すでに禁ぜられて宮内にあり、 夫人日々に往還す。 もし密かに麨を持ちて食せしめずは、 王の命活くること得るに由なし。 いま 「密」 といふは、 門家に望めて夫人の意を述ぶるなり。 夫人密して*外人知らずと謂へども、 その門家ことごとくもつてこれを覚らざらんや。 いますでに事窮まりて、 あひ隠すに由なし。 ここをもつて一々つぶさに王に向かひて説く。
私密 隠しごと。
外人 他の人々。
答曰。一切私密不↠可↢久行↡。縦巧牢蔵、事還彰露。父王既禁在↢宮内↡、夫人日日往還。若不↢密持↠麨食↡王命無↠由↠得↠活。今言↠密者、望↢門家↡述↢夫人意↡也。夫人謂↢密外人不↟知、不↢其門家尽以覚↟之。今既事窮無↠由↢相隠↡、是以一一具向↠王説。
▲「沙門目連」 といふ以下は、 まさしく二聖 (目連・富楼那) 空に騰りて来去し、 門路によらず。 日々に往還して王のために法を説く。 大王まさに知るべし。 *夫人の進食先に王の教を奉けず、 ゆゑにあへて*遮約せず。 二聖空に乗ず、 これまた*門制によらずといふことを明かす。
夫人の… 韋提希夫人が食物をもちこむことができたのは、 阿闍世があらかじめこれを禁じていなかったからである。
遮約 さえぎりとどめること。
門制 宮殿の出入りについての制禁。
言↢「沙門目連」↡已下、正明↧二聖騰↠空来去、不↠由↢門路↡、日日往還為↠王説↠法。大王当↠知、夫人進食先不↠奉↢王教↡、所以不↢敢遮約↡。二聖乗↠空、此亦不↞猶↢門制↡也。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 3. 闍王瞋怒
▲三に 「▲時阿闍世聞此語」 より下 「欲害其母▲」 に至るこのかたは、 まさしく世王の瞋怒を明かす。
三従↢「時阿闍世聞此語」↡下至↢「欲害其母」↡已来、正明↢世王瞋怒↡。
これ闍王すでに門家の*分疏を聞きをはりて、 すなはち夫人において心に悪怒を起し、 口に悪辞を陳ぶることを明かす。
分疏 事情の説明。
此明↧闍王既聞↢門家分疏↡已、即於↢夫人↡心起↢悪怒↡、口陳↦悪辞↥。
・ 逆悪
また*三業の逆と三業の悪とを起す。 父母を罵りて賊となすを口業の逆と名づく。 沙門を罵るを口業の悪と名づく。 剣を執りて母を殺さんとするを身業の逆と名づく。 身口の所為、 心をもつて主となすを、 すなはち意業の逆と名づく。 また*前方便を悪となし、 *後の正行を逆となす。
後の正行 行為そのもの。
又起↢三業逆三業悪↡。罵↢父母↡為↠賊名↢口業逆↡、罵↢沙門↡者名↢口業悪↡。執↠劒殺↠母名↢身業逆↡、身口所為以↠心為↠主、即名↢意業逆↡。又復前方便為↠悪、後正行為↠逆。
▲「我母是賊」 といふ以下は、 まさしく口に悪辞を出すことを明かす。 いかんぞ母を罵りて、 「賊なり、 賊の伴なればなり」 となす。 ただ闍王の元の心怨を父に致し、 早く終らざることを恨むに、 母すなはち和してために糧を進むるがゆゑに死せざらしむ。 このゆゑに罵りて、 「わが母はこれ賊なり、 賊の伴なればなり」 といふ。
言↢「我母是賊」↡已下、正明↣口出↢悪辞↡。云何罵↠母*為↠賊、賊之伴也。但闍王元心致↢怨於父↡、恨↠不↢早終↡、母乃*私為↠進↠糧故、令↠不↠死。是故罵言↢我母是賊、賊之伴↡也。
為賊 返り点まま。 「(母を罵りて) 賊とする、 (賊の伴なればなり)」
私 「ひそかに」。 鎌倉時代刊本では 「和」。
▲「沙門悪人」 といふ以下は、 これ闍世、 母の食を進むることを瞋り、 また*沙門、 王のために来去することを聞きて、 さらに瞋心を発さしむることを致すことを明かす。 「ゆゑになんの呪術ありてか悪王をして多日に死せざらしむ」 といふ。
沙門 目連と富楼那のこと。
言↢「沙門悪人」↡已下、此明↧闍世瞋↢母進↟食、復聞↢沙門与↠王来去↡、致↞使↣更発↢瞋心↡。故云↧有↢何咒術↡、而令↦悪王多日不↞死。
▲「即執利剣」 といふ以下は、 これ世王の瞋り盛りにして、 逆母に及ぶことを明かす。 なんぞそれ痛ましきかな。 頭を撮りて剣を擬す。 身命たちまちに須臾にあり。 *慈母合掌して身を曲げ頭を低れ、 *児の手に就く。 夫人その時熱き汗あまねく流れて、 *心神悶絶す。 ああ哀れなるかな、 *怳忽のあひだにこの苦難に逢へること。
慈母 韋提希のこと。
児 阿闍世のこと。
心神 神識。 こころ。
怳忽 たちまち。
言↢「即執利劒」↡已下、此明↣世王瞋盛逆及↢於母↡。何其痛哉。撮↠頭擬↠劒、身命頓在↢須臾↡。慈母合掌曲↠身低↠頭、就↢児之手↡。夫人爾時熱汗徧流、心神悶絶。嗚呼哀哉。怳忽之間逢↢斯苦難↡。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 4. 二臣切諌
▲四に 「▲時有一臣名曰月光」 より下 「却行而退▲」 に至るこのかたは、 まさしく二臣 (月光・耆婆) *切諌して聴さざることを明かす。
切諌 いさめること。
四従↢「時有一臣名曰月光」↡下至↢「却行而退」↡已来、正明↢二臣切諌不↟聴。
これ二臣はすなはちこれ国の輔相、 立政の綱紀なり。 万国に名を揚げ、 *八方*昉習することを得んと望む。 たちまちに闍王の*勃逆を起して、 剣を執りてその母を殺さんと欲するを見て、 この悪事を見るに忍びず。 つひに耆婆と*顔を犯して諌を設くることを明かす。
八方 四方および四維。 ここではすべての民衆のこと。
昉習 習い学ぶこと。
勃逆 突然の悪逆。
顔を犯して 遠慮しないという意。
此明↩二臣乃是国之輔相、立政之綱紀、望↠得↢万国揚↠名八方昉習↡。忽見↧闍王起↢於勃逆↡、執↠劒欲↞殺↢其母↡、不↠忍↠見↢斯悪事↡、遂与↢耆婆↡犯↠顔設↝諌也。
「時」 といふは、 闍王母を殺さんと欲する時に当れり。 「有一大臣」 といふはその位を彰す。 「月光」 といふはその名を彰す。 「聡明多智」 といふはその徳を彰す。
言↢「時」↡者、当↢闍王欲↠殺↠母時↡也。言↢「有一大臣」↡者、彰↢其位↡也。言↢「月光」↡者、彰↢其名↡也。言↢「聡明多智」↡者、彰↢其徳↡也。
▲「及与耆婆」 といふは、 *耆婆はまたこれ父の王の子にして、 *奈女の児なり。 たちまちに*家兄の母において逆を起すを見て、 つひに月光と同じく諌む。
奈女 耆婆の生母の名。 奈樹 (マンゴー樹) より化生したという。
家兄 阿闍世のこと。
言↢「及与耆婆」↡者、耆婆亦是父王之子、柰女之児。忽見↢家兄於↠母起↟逆、遂与↢月光↡同諌。
▲「為王作礼」 といふは、 おほよそ大人を*諮諌せんと欲する法は、 かならずすべからく拝を設けて、 もつて身敬を表すべし。 いまこの二臣 (月光・耆婆) もまたしかなり。 先づ身敬を設けて王の心を覚動し、 手を斂め躬を曲げてまさに本意を陳ぶ。
言↢「為王作礼」↡者、凡欲↣諮↢諌大人↡之法、要須↣設↠拝以表↢身敬↡。今此二臣亦爾。先設↢身敬↡覚↢動王心↡、斂↠手曲↠躬方陳↢本意↡也。
▲また 「白言大王」 といふは、 これ月光まさしく辞を陳べんと欲して、 闍王、 心を開き*聴攬することを得んと望むことを明かす。 この因縁のためのゆゑに、 先づ 「白」 を須ゐる。
諮諌 いさめること。
聴攬 聴きとること。
又「白言大王」者、此明↢月光正欲↠陳↠辞、望↟得↢闍王開心聴攬↡。為↢此因縁↡故須↢先白↡。
▲「臣聞*毘陀論経説」 といふは、 これ広く*古今の書史、 歴帝の文記を引くことを明かす。 古人いはく、 「いふこと典に関らざるは君子の慚づるところなり」 と。 いますでに諌事軽からず、 あに虚言をもつて妄説すべけんや。
言↢「臣聞陀論経説」↡者、此明↣広引↢古今書史、歴帝之文記↡。古人云、言不↠関↠典君子所↠慚。今既諌事不↠軽、豈可↢虚言妄説↡。
▲「劫初以来」 といふはその時を彰す。
言↢「劫初已来」↡者、彰↢其時↡也。
▲「有諸悪王」 といふは、 これ総じて非礼暴逆の人を標することを明かす。
言↢「有諸悪王」↡者、此明↣総標↢非礼暴逆之人↡也。
▲「貪国位故」 といふは、 これ*非意に父の坐処を貪奪するところを明かす。
言↢「貪国位故」↡者、此明↣非意*所↠貪、奪↢父*座処↡也。
所貪 返り点まま。 「貪ずるところ (父の座処を奪う)」
座 鎌倉時代刊本、 大派依用本では 「坐」。
▲「殺害其父」 といふは、 これすでに父において悪を起すことは久しく留むべからず。 ゆゑにすべからく命を断ずべしといふことを明かす。
言↢「殺害其父」↡者、此明↧既於↠父起↠悪、不↠可↢久留↡、故須↞断↠命也。
▲「一万八千」 といふは、 これ王いま父を殺すことは、 かれと類同することを明かす。
古今の書史歴帝の文記 古今の歴史書や歴代帝王の記録。
非意 思いもよらず。 だしぬけに。
言↢「一万八千」↡者、此明↢王今殺↠父与↠彼類同↡也。
▲「未曾聞有無道害母」 といふは、 これ古より今に至るまで、 父を害して位を取ることは*史籍やや談ずるも、 国を貪じて母を殺すことはすべて記せる処なきことを明かす。 もし*劫初以来を論ぜば、 悪王国を貪ぜしに、 ただその父を殺して慈母に加へず。 これすなはち古の今に異なるを引く。 大王いま国を貪じて父を殺す。 父はすなはち位の貪ずべきことあり。 古に類同せしむべし。 母はすなはち位の求むべきなし。 横に逆害を加ふ。 ここをもつて今をもつて昔に異す。
言↢「未曾聞有無道害母」↡者、此明↣自↠古至↠今、害↠父取↠位、史籍良談、貪↠国殺↠母、都↢無記処↡。若論↢劫初已来↡、悪王貪↠国、但殺↢其父↡不↠加↢慈母↡。此則*引↠古異↠今。大王今者貪↠国殺↠父。父則有↢位可↟貪、可↠使↣類↢同於古↡。母即無↢位可↟求、横加↢逆害↡。是以将↠今異↠昔也。
引古異今 返り点まま。 「古を引きて今に異す」
▲「王いまこの殺母をなさば、 *刹利種を汚さん」 といふ。 「刹利」 といふは、 すなはちこれ*四姓の高元、 王者の種なり、 代々相承す。 あに凡砕に同じからんや。
史籍 歴史書。
劫初 成住壊空の四劫の中の成劫 (世界の成立期) のはじめ。 世界の成立当初。
刹利種 刹利は梵語クシャトリヤ (kşatriya) の音写である
刹帝利の略。 種は家柄のこと。 古代インドの四姓制度の中の王族・貴族・士族の身分をいう。 →
四姓
言↧「王今為↢此殺母↡者、汚↦刹利種↥」也。言↢「刹利」↡者乃是四姓高元、王者之種、代代相承、豈同↢凡砕↡。
▲「臣不忍聞」 といふは、 王、 悪を起して宗親を損辱するを見ば、 悪声流布せん。 わが性望恥慚するに地なし。
言↢「臣不忍聞」↡者、*見↢王起悪↡、損↢辱宗親↡悪声流布。我之性望耻慚無↠地。
見王起悪 返り点まま。 「王の起悪を見るに」
▲「是*旃陀羅」 といふはすなはちこれ四姓の下流なり。 これすなはち性、 匈悪を懐きて仁義を閑はず。 人の皮を着たりといへども、 行ひ禽獣に同じ。 王は上族に居して、 押して万基に臨む主なり。 いますでに悪を起して恩に加ふ、 かの下流となんぞ異ならんや。
言↢「是旃陀羅」↡者乃是四姓之下流也。此乃性懐↢匈悪↡不↠閑↢仁義↡、雖↠著↢人皮↡行同↢禽獣↡。王居↢上族↡押臨↢万基↡之主。今既起↠悪加↠恩、与↢彼下流↡何異也。
▲「不宜住此」 といふはすなはち二義あり。 一には王いま悪を造りて*風礼を存ぜず。 *京邑神州、 あに旃陀羅をして主たらしめんや。 これすなはち宮城を擯出する意なり。 二には王国にありといへどもわが宗親を損ぜば、 遠く他方に擯して永く*無聞の地に絶たんにはしかず。 ゆゑに不宜住此といふ。
風礼 風習礼儀。
京邑神州 京邑は都、 神州は国土の美称。 ここでは王舎城、 摩竭陀国を指す。
無聞の地 たよりの聞えないようなところ。
言↢「不宜住此」↡者、即有↢二義↡。一者王今造↠悪不↠存↢風礼↡、京邑神州豈遣↢旃陀羅為↟主也。此即擯↢出宮城↡意也。二者王雖↠在↠国損↢我宗親↡、不↠如↧遠擯↢他方↡永絶↦無聞之地↥。故云↢「不宜住此」↡也。
▲「時二大臣説此語」 といふ以下は、 これ二臣 (月光・耆婆) の直諌切にして、 語きはめて粗くして、 広く古今を引きて、 王の心開悟することを得んと望むことを明かす。
言↢「時二大臣説此語」↡已下、此明↫二臣直諌切語極麤、広引↢古今↡望↪得↩王心開悟↨。
▲「以手按剣」 といふは、 臣みづから手中の*剣を按ずるなり。
剣を按ずる 剣のつかに手をおく。
言↢「以手按劒」↡者、臣自按↢手中劒↡也。
問ひていはく、 *諌辞粗悪にして*顔を犯すことを避けず、 君臣の義すでに乖けり。 なにをもつてか身を回らしてただちに去らずして、 すなはち*却行而退すといふや。
諌辞 (阿闍世を) いさめることば。
顔を犯すことを避けず 遠慮しないという意。
却行而退 後向きに退くこと。
問曰。諌辞麤悪不↠避↢犯顔↡、君臣之義既乖、何以不↢迴↠身直去↡乃言↢「却行而退」↡也。
答へていはく、 粗言王に逆ふといへども、 害母の心を息むることを望む。 またおそらくは*瞋毒いまだ除こらず、 繋けたる剣おのれを危ふくすることを。 ここをもつて剣を按じてみづから防ぎて、 却行して退く。
答曰。麤言雖↠逆↠王望↠息↢害母之心↡。又恐瞋毒未↠除、繋劒危↠己、是以按↠劒自防却行而退。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 5. 闍王惶懼
▲五に 「▲時阿闍世驚怖」 より下 「汝不為我耶▲」 に至るこのかたは、 まさしく世王怖れを生ずることを明かす。
五従↢「時阿闍世驚怖」↡下至↢「汝不為我耶」↡已来、正明↢世王生↟怖。
これ闍世すでに二臣の諌辞粗切なるを見、 また剣を按じて去るを覩て、 臣われを背きてかの父の王に向かひてさらに*異計を生ずることを恐れ、 *情地をして安からざらしむることを致すことを明かす。 ゆゑに 「惶懼」 と称す。 かれすでにわれを捨つ、 たれがためにすといふことを知らず。 心疑ひて決せず。 つひにすなはち口に問ひてこれを審らかにす。 ゆゑに 「耆婆汝不為我」 といふ。
異計 (阿闍世を追放するための) 陰謀。
情地 心地。 気持ち。
此明↩闍世既見↢二臣諌辞麤切↡、又覩↢按↠劒而去↡、恐↧臣背↠我向↢彼父王↡更生↦異計↥、致↝使↢情地不↟安。故称↢惶懼↡。彼既捨↠我、不↠知↠為↠誰。心疑不↠決、遂即口問審↠之。故云↢「耆婆汝不為我也」↡。
「耆婆」 といふはこれ王の弟なり。 古人いはく、 「家に衰禍あるときは、 親にあらざれば救はず」 と。 なんぢすでにこれわが弟なれば、 あに月光に同ぜんや。
言↢「耆婆」↡者是王之弟也。古人云、家有↢衰禍↡、非↠親不↠救。汝既是我弟者豈同↢月光↡也。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 6. 二臣重諌
▲六に 「▲耆婆白言」 より下 「慎莫害母▲」 に至るこのかたは、 二臣 (月光・耆婆) かさねて諌むることを明かす。
六従↢「耆婆白言」↡下至↢「慎莫害母」↡已来、明↢二臣重諌↡。
これ耆婆実をもつて大王に答ふることを明かす。 「もしわれらを得て*相となさんと欲せば、 願はくは母を害することなかれ」 となり。 ここに直諌すること竟りぬ。
相 大臣。
此明↣耆婆実答↢大王↡。若欲↧得↢我等↡為↞相者、願勿↠害↠母也。此直諌竟。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 7. 闍王悔恨
▲七に 「▲王聞此語」 より下 「止不害母▲」 に至るこのかたは、 まさしく闍王諌を受けて母の*残命を放すことを明かす。
残命 余命。
七従↢「王聞此語」↡下至↢「止不害母」↡已来、正明↣闍王受↠諌放↢母残命↡。
これ世王すでに耆婆が諌を得をはりて、 心に悔恨を生じ、 前の所造を愧ぢて、 すなはち二臣に向かひて哀れみを求め命を乞ふ。 よりてすなはち母を放して死の難を脱れしめ、 手中の剣本の匣に還帰することを明かす。
此明↧世王既得↢耆婆諌↡已、心生↢悔恨↡、愧↢前所造↡即向↢二臣↡求↠哀乞↠命、因即放↠母脱↢於死難↡手中之劒還↦帰本匣↥。
◎序分 ○発起序 3 禁母縁 8. 余瞋禁母
▲八に 「▲勅語内官」 より下 「不令復出▲」 に至るこのかたは、 その世王の余瞋母を禁ずることを明かす。
八従↢「勅語内官」↡下至↢「不令復出」↡已来、明↢其世王余瞋禁↟母。
これ世王、 臣の諌を受けて母を放すといへども、 なほ余瞋ありてほかにあらしめず。 内官に勅語し深宮に閉置して、 さらに出して父の王とあひ見えしむることなきことを明かす。
此明↫世王雖↧受↢臣諌↡放↞母、猶有↢余瞋↡不↠令↠在↠外、勅↢語内官↡閉↢置宮↡、更莫↪令↩出与↢父王↡相見↨。
上来八句の不同ありといへども、 広く禁母の縁を明かしをはりぬ。
上来雖↠有↢八句不同↡、広明↢禁母縁↡竟。
◎序分 ○発起序 4 厭苦縁
【8】 四に*厭苦の縁のなかにつきてすなはちその四あり。
厭苦の縁 韋提希が苦悩の穢土を厭う因縁。
四就↢厭苦縁中↡即有↢其四↡。
◎序分 ○発起序 4 厭苦縁 1. 韋提憔悴
▲一には 「▲時韋提希」 より下 「憔悴▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人子のために幽禁せらるることを明かす。
一従↢「時韋提希」↡下至↢「憔悴」↡已来、正明↢夫人為↠子幽禁↡。
これ夫人死の難を勉るといへども、 さらに深宮に閉ぢ在かれて、 *守当きはめて牢くして出づることを得るに由なし。 ただ念々に憂ひを懐くことのみありて、 自然に憔悴することを明かす。
守当 警備。
此明↧夫人雖↠勉↢死難↡更閉↢在宮↡守当極牢、無↠由↠得↠出。唯有↢念念懐↟憂自然憔悴↥。
傷歎していはく、 「禍なるかな今日の苦、 闍王喚びて利刃の中間に結ぎ、 また深宮に置く難に遇値ふ」 と。
傷歎曰。禍哉今日苦、遇↧値闍王喚利刃中間結、復置↢宮↡難↥。
問ひていはく、 夫人すでに死を勉れて宮に入ることを得。 よろしく*訝楽すべし、 なにによりてかかへりてさらに愁憂するや。
訝楽 憩いたのしむこと。
問曰。夫人既得↢勉↠死入↟宮、宜応↢訝楽↡、何因反更愁憂也。
答へていはく、 すなはち三義の不同あり。
答曰。即有↢三義不同↡。
一には夫人すでにみづから閉ぢられて、 さらに人の食を進めて王に与ふるなし。 王またわが難にあるを聞きてうたたさらに愁憂せん。 いますでに食なくして憂ひを加へば、 王の身命さだめて久しからざるべきことを明かす。
一明↧夫人既自被↠閉、更無↢人進↠食与↟王。王又聞↢我在↟難、転更愁憂。今既無↠食、加↠憂者王之身命定応↞不↠久。
二には夫人すでに囚難を被る、 いづれの時にかさらに如来 (釈尊) の面およびもろもろの弟子を見たてまつらんといふことを明かす。
二明↧夫人既被↢囚難↡、何時更見↦如来之面及諸弟子↥。
三には夫人教を奉けて禁ぜられて深宮にあり。 内官守当して*水泄すら通ぜず。 *旦夕のあひだ、 ただ死路のみを愁ふることを明かす。
水泄すら通ぜず 水も漏らさないように厳重に警備するという意。
旦夕 朝夕。
三明↧夫人奉↠教禁在↢宮↡、内官守当水泄不↠通、旦夕之間唯愁↦死路↥。
この三義ありて身心を切逼す。 憔悴することなきことを得んや。
有↢斯三義↡切↢逼身心↡、得↠無↢憔悴↡也。
◎序分 ○発起序 4 厭苦縁 2. 韋提請仏
▲二に 「▲遙向耆闍崛山」 より下 「未挙頭頃▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人禁によりて仏を請じ、 意に陳ぶるところあることを明かす。
二従↢「遥向耆闍崛山」↡下至↢「未挙頭頃」↡已来、正明↢夫人因↠禁請↠仏、意有↟所↠陳。
これ夫人すでに囚禁にありて、 自身仏辺に到ることを得るに由なし。 ただ*単心のみありて、 面を耆闍に向かへ、 はるかに世尊を礼したてまつりて、 「願はくは仏の慈悲、 弟子が愁憂の意を*表知したまへ」 といふことを明かす。
単心 ひたすらなる心。
表知 あきらかに知ること。
此明↧夫人既在↢囚禁↡、自身無↠由↠得↠到↢仏辺↡。唯有↢単心↡、面向↢耆闍↡遥礼↢世尊↡、願仏慈悲表↦知弟子愁憂之意↥。
▲「如来在昔之時」 といふ以下は、 これに二義あり。 一には父の王いまだ禁ぜられざる時は、 あるいは王およびわが身親しく仏辺に到るべし、 あるいは如来およびもろもろの弟子親しく王の請を受くべし。 しかるにわれおよび王の身ともに囚禁にありて、 因縁断絶し、 *彼此情乖けることを明かす。 二には父の王、 禁にありてよりこのかた、 しばしば世尊、 阿難を遣はして来りてわれを慰問せしめたまふことを蒙ることを明かす。 いかんが慰問する。 父の王の囚禁せらるるを見るをもつて、 仏、 夫人の憂悩することを恐れたまふ。 この因縁をもつてのゆゑに慰問せしめたまふ。
彼此 彼は釈尊、 此は韋提希と頻婆娑羅王を指す。
言↢「如来在昔之時」↡已下、此有↢二義↡。一明↧父王未↠被↠禁時、或可↣王及我身親到↢仏辺↡、或可↣如来及諸弟子親受↢王請↡。然我及王身倶在↢囚禁↡、因縁断絶、彼此情乖↥。二明↫父王在↠禁已来、数蒙↪世尊遣↢阿難↡来慰↩問我↨。云何慰問。以↠見↢父王囚禁↡仏恐↢夫人憂悩↡。以↢是因縁↡故遣↢慰問↡也。
▲「世尊威重無由得見」 といふは、 これ夫人うちにみづから卑謙して、 仏弟子に帰尊す。 「*穢質の女身、 *福因尠薄なり。 仏徳は威高し、 軽しく触るるに由なし。 願はくは目連等を遣はしてわれとあひ見えしめたまへ」 といふことを明かす。
福因尠薄なり 過去の善根の因がとぼしい。
言↢「世尊威重無由得見」↡者、此明↧夫人内自卑謙帰↢尊於仏弟子↡。穢質女身、福因尠薄。仏徳威高、無↠由↢軽触↡。願遣↢目連等↡、与↠我相見↥。
問ひていはく、 如来はすなはちこれ*化主なり。 *時宜を失はざるべし。 夫人なにをもつてか*三たび致請を加へずして、 すなはち目連等を喚ぶはなんの意かあるや。
化主 教化の主。
時宜 適切な時期。
三たび致請 仏を懇請すること。 三度請をかさねることは仏を請ずるときの礼法。
問曰。如来即是化主、応↠不↠失↢時宜↡。夫人何以不↣三加↢致請↡、乃喚↢目連等↡、有↢何意↡也。
答へていはく、 仏徳は尊厳なり。 小縁をもつてあへてたやすく請ぜず。 ただ阿難を見て、 語を伝へて、 往きて世尊にまうさしめんと欲す。 仏わが意を知りたまはば、 また阿難をして仏の語を伝へて、 われに*指授せしめたまはん。 この義をもつてのゆゑに阿難を見んと願ふ。
答曰。仏徳尊厳、小縁不↢敢輒請↡。但見↢阿難↡欲↣伝↠語往白↢世尊↡。仏知↢我意↡復使↧阿難伝↢仏之語↡指↦授於我↥。以↢斯義↡故願↠見↢阿難↡。
▲「作是語已」 といふは総じて前の意を説きをはるなり。
言↢「作是語已」↡者、総説↢前意↡竟也。
▲「悲泣雨涙」 といふは、 これ夫人みづからただ罪重し。 仏の加哀を請ずるに、 敬を致す情深くして悲涙目に満てり。 ただ*霊儀を*渇仰するをもつて、 またますますはるかに礼し、 頂を叩きて*跱し、 しばらくいまだ挙げざることを明かす。
霊儀 (釈尊の) 威厳のあるすがた。
跱 うずくまること。
言↢「悲泣雨涙」↡者、此明↧夫人自唯罪重、請↢仏加哀↡、致↠敬情、悲涙満↠目。但以↣渇↢仰霊儀↡、復加遥礼、叩↠頂跱、須臾未↞挙。
◎序分 ○発起序 4 厭苦縁 3. 世尊降臨
▲三に 「▲爾時世尊」 より下 「天華持用供養▲」 に至るこのかたは、 まさしく世尊みづから来りて請に赴くことを明かす。
三従↢「爾時世尊」↡下至↢「天華持用供養」↡已来、正明↢世尊自来赴↟請。
これ世尊*耆闍にましますといへども、 すでに夫人の心念の意を知ることを明かす。
此明↧世尊雖↠在↢耆闍↡已知↦夫人心念之意↥。
▲「勅大目連等従空而来」 といふは、 これ夫人の請に応ずることを明かす。
言↢「勅大目連等従空而来」↡者、此明↠応↢夫人請↡也。
▲「仏従耆山没」 といふは、 これ夫人宮内の禁約きはめて難し。 仏もし身を現じて来赴したまはば、 おそらくは闍世知聞してさらに*留難を生ずることを。 この因縁をもつてのゆゑに、 すべからく*ここに没して*かしこに出でたまふべきことを明かす。
留難 障害。 さまたげ。
ここ 耆闍崛山。
かしこ 王舎城の王宮。
言↢「仏従耆山没」↡者、此明↧夫人宮内禁約極難、仏若現↠身来赴、恐畏闍世知聞更生↢留難↡。以↢是因縁↡故須↦此没彼出↥也。
▲「時韋提礼已挙頭」 といふは、 これ夫人敬を致す時を明かす。
言↢「時韋提礼已挙頭」↡者、此明↢夫人致↠敬之時↡也。
▲「見仏世尊」 といふは、 これ世尊宮中にすでに出でて、 夫人をして頭を挙げてすなはち見しむることを致すことを明かす。 ▲「釈迦牟尼仏」 といふは余仏に*簡異す。 ただ諸仏は名通じ、 身相異ならず。 いまことさらに釈迦を*標定して疑なからしむ。
簡異 区別すること。
標定 表し示すこと。
言↢「見仏世尊」↡者、此明↢世尊宮中已出致↟使↢夫人挙↠頭即見↡。言↢「釈迦牟尼仏」↡者、簡↢異余仏↡。但諸仏名通、身相不↠異、今故標↢定釈迦↡使↠無↠疑也。
▲「身紫金色」 といふはその相を顕し定む。 ▲「坐百宝華」 といふは余座に簡異す。 ▲「目連侍左」 等といふは、 これさらに余の衆なくして、 ただ二僧 (目連・阿難) のみあることを明かす。
言↢「身紫金色」↡者、顕↢定其相↡也。言↢「坐百宝華」↡者、簡↢異余座↡也。言↢「目連侍左」等↡者、此明↧更無↢余衆↡唯有↦二僧↥。
▲「↓釈↓梵↓護世」 といふは、 これ天王衆等、 仏世尊隠れて王宮に顕れたまふを見るに、 「かならず*希奇の法を説きたまはん、 われら天・人、 韋提によるがゆゑに*未聞の益を聴くことを得ん」 と。 おのおの本念に乗じてあまねく空に住臨して、 天耳はるかに餐して、 華を雨らして供養することを明かす。
希奇の法 たぐいまれな教え。
未聞の益 いままでに聞いたことのないすぐれた利益。
言↢「釈梵護世」↡者、此明↧天王衆等、見↣仏世尊隠顕↢王宮↡、必説↢希奇之法↡、我等天人因↢韋提↡故得↠聴↢未聞之益↡、各乗↢本念↡普住↢臨空↡、天耳遥餐雨↠華供養↥。又
また 「↑釈」 といふは、 すなはちこれ*天帝なり。 「↑梵」 といふは、 すなはちこれ色界の*梵王等なり。 「↑護世」 といふは、 すなはちこれ*四天王なり。 「諸天」 といふは、 すなはちこれ色・欲界等の天衆なり。 すでに天王の仏辺に来り向かへるを見て、 かのもろもろの天衆また王に従ひて来りて、 法を聞きて供養す。
言↢「釈」↡者即是天帝也。言↢「梵」↡者即是色界梵王等也。言↢「護世」↡者即是四天王也。言↢「諸天」↡者即是色・欲界等天衆。既見↣天王来↢向仏辺↡、彼諸天衆亦従↠王来聞↠法供養。
◎序分 ○発起序 4 厭苦縁 4. 韋提傷歎
▲四に 「▲時韋提希見世尊」 より下 「与提婆共為眷属▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人頭を挙げて仏を見たてまつり、 口言に傷歎し、 怨結の情深きことを明かす。
四従↢「時韋提希見世尊」↡下至↢「与提婆共為眷属」↡已来、正明↢夫人挙↠頭見↠仏、口言傷歎怨結情↡也。
▲「自絶*瓔珞」 といふは、 これ夫人身の荘りの瓔珞なほ愛していまだ除かず、 たちまちに如来を見たてまつりて羞ぢ慚ぢてみづから絶つことを明かす。
言↢「自絶瓔珞」↡者、此明↧夫人身荘瓔珞、猶愛未↠除、忽見↢如来↡羞慚自絶↥。
問ひていはく、 いかんぞみづから絶つや。
問曰。云何自絶也。
答へていはく、 夫人はすなはちこれ貴のなかの貴、 尊のなかの尊なり。 身の*四威儀に多くの人供給し、 着たるところの衣服みな傍人を使ふ。 いますでに仏を見たてまつりて恥ぢ愧づる情深くして、 *鉤帯によらず、 たちまちにみづから掣き却く。 ゆゑに自絶といふ。
鉤帯 瓔珞のとめひも。
答曰。夫人乃是貴中之貴、尊中之尊、身四威儀多人供給、所↠着衣服皆使↢傍人↡。今既見↠仏、耻愧情、不↠依↢鉤帯↡、頓自掣郤。故云↢「自絶」↡也。
▲「挙身投地」 といふは、 これ夫人内心*感結して怨苦堪へがたし。 ここをもつて坐より身を踊らして立し、 立せるより身を踊らして地に投ぐることを明かす。 これすなはち歎恨処深くして、 さらに礼拝の威儀を事とせず。
感結 感は憾 (恨み) の意。 恨みの思いをおこすこと。
言↢「挙身投地」↡者、此明↢夫人内心感結怨苦難↠堪、是以従↠坐踊↠身而立、従↠立踊↠身投↟地。此乃歎恨処、更不↠事↢礼拝威儀↡也。
▲「号泣向仏」 といふは、 これ夫人仏前に*婉転し、 悶絶号哭することを明かす。
婉転 ころびたおれること。
言↢「号泣向仏」↡者、此明↧夫人婉↢転仏前↡、悶絶号哭↥。
▲「白仏」 といふ以下は、 これ夫人婉転涕哭することやや久しくして、 少しき惺めてはじめて*身の威儀を正しくして、 合掌して仏にまうすことを明かす。 「われ一生よりこのかた、 いまだかつてその大罪を造らず。 いぶかし、 *宿業の因縁、 なんの*殃咎ありてかこの児とともに母子たる」 と。 これ夫人すでにみづから障深くして*宿因を識らず。 いま児に害を被る。 これ横に来れりと謂ひて、 「願はくは仏の慈悲、 われに*径路を示したまへ」 といふことを明かす。
身の威儀を正しくして 身だしなみをととのえて。
殃咎 罪や過ち。
宿因 過去世につくった業因。
径路 (阿闍世王が逆罪をおこすに至った) 道筋。
言↢「白仏」↡已下、此明↧夫人婉転涕哭量久、少惺始正↢身威儀↡、合掌白↞仏。我自↢一生↡已来未↣曾造↢其大罪↡。未審、宿業因縁有↢何殃咎↡、而与↢此児↡共為↢母子↡。此明↧夫人既自障不↠識↢宿因↡。今被↢児害↡謂↢是横来↡。願仏慈悲示↦我径路↥。
▲「世尊復有何等因縁」 といふ以下は、 これ夫人仏に向かひて陳訴す。 「われはこれ凡夫なり。 罪惑尽きざれば、 この悪報あり。 この事*甘心す。 世尊は*曠劫に道を行じて、 *正習ともに亡じたまへり。 衆智朗然として果円かなるを仏と号けたてまつる。 いぶかし、 なんの因縁ありてかすなはち提婆とともに眷属となりたまふ」 といふことを明かす。 この意に二あり。 一には夫人怨を子に致すことを明かす。 たちまちに父母において狂れて逆心を起せばなり。 二にはまた恨むらくは提婆、 わが闍世を教へてこの*悪計を造らしむ。 もし提婆によらずは、 わが児つひにこの意なからんといふことを明かす。 この因縁のためのゆゑにこの問を致す。
甘心 甘んじて受けるの意か。 またここでの甘を厭の義と解する説もある。
言↢「世尊復有何等因縁」↡已下、此明↧夫人向↠仏陳訴。我是凡夫、罪惑不↠尽、有↢斯悪報↡、是事甘↠心。世尊曠劫行↠道正・習倶亡、衆智朗然果円号↠仏。未審、有↢何因縁↡、乃与↢提婆↡共為↦眷属↥。此意有↠二。一*明↧夫人致↢怨於子↡、忽於↢父母↡狂起↦逆心↥。二明↧又恨提婆教↢我闍世↡造↢斯悪計↡。若不↠因↢提婆↡者、我児終無↦此意↥也。為↢此因縁↡故、致↢斯問↡。
明…起逆心 返り点まま。 「明」 のかかる範囲が広い。
▲また夫人、 仏に問ひて 「与提婆眷属」 といふはすなはちその二あり。 一には在家の眷属、 二には出家の眷属なり。 在家といふは、 仏の伯叔にその四人あり。 仏はすなはちこれ白浄王 (浄飯王) の児、 金毘は白飯王の児、 提婆は斛飯王の児、 釈魔男はこれ甘露飯王の児なり。 これを在家の外眷属と名づく。 出家の眷属といふは、 仏のために弟子となる、 ゆゑに内眷属と名づく。
又夫人問↠仏云↢「与提婆眷属」↡者、即有↢其二↡。一者在家眷属、二者出家眷属。言↢在家↡者、仏之伯叔有↢其四人↡。仏者即是白浄王児、金者白飯王児、提婆者斛飯王児、釈魔男者是甘露飯王児。此名↢在家外眷属↡也。言↢出家眷属↡者、与↠仏作↢弟子↡、故名↢内眷属↡也。
上来四句の不同ありといへども、 広く厭苦の縁を明かしをはりぬ。
上来雖↠有↢四句不同↡、広明↢厭苦縁↡竟。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁
【9】 五に*欣浄の縁のなかにつきて、 すなはちその八あり。
欣浄の縁 韋提希が浄土を願い求める因縁。
五就↢欣浄縁中↡、即有↢其八↡。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 1. 通請所求
▲一に 「▲唯願世尊為我広説」 より下 「濁悪世也▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人通じて*所求を請じ、 別して苦界を標することを明かす。
所求 願い求めるところ。 阿弥陀仏の浄土。
一従↢「唯願世尊為我広説」↡下至↢「濁悪世也」↡已来、正明↧夫人通請↢所求↡、別標↦苦界↥。
これ夫人自身の苦に遇ひて、 世の*非常を覚るに、 *六道同じくしかなり。 安心の地あることなし。 ここに仏、 浄土の*無生なるを説きたまふを聞きて、 穢身を捨ててかの*無為の楽を証せんと願ずることを明かす。
此明↫夫人遇↢自身苦↡、覚↢世非常↡、六道同然、無↠有↢安心之地↡、此聞↣仏説↢浄土無生↡、願↪捨↢穢身↡証↩彼無為之楽↨。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 2. 厭苦欣浄
▲二に 「▲此濁悪処」 より下 「不見悪人▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人所厭の境を挙出することを明かす。
二従↢「此濁悪処」↡下至↢「不見悪人」↡已来、正明↣夫人挙↢出所厭之境↡。
これ*閻浮はすべて悪にして、 いまだ一処として貪ずべきことあらず。 ただ幻惑の愚夫なるをもつて、 この長苦を飲むといふことを明かす。
此明↧閻浮総悪、未↠有↢一処可↟貪、但以↢幻惑愚夫↡、飲↦斯長苦↥。
▲「此濁悪処」 といふはまさしく苦界を明かす。 また*器世間を明かす。 またこれ衆生の*依報の処なり。 また衆生の所依の処と名づく。
言↢「此濁悪処」↡者、正明↢苦界↡也。又明↢器世間↡。亦是衆生依報処、亦名↢衆生所依処↡也。
▲「地獄」 等といふ以下は、 *三品の悪果もつとも重ければなり。
三本の悪果 地獄・餓鬼・畜生の三悪道の果報。
言↢「地獄」等↡已下、三品悪果最重也。
▲「盈満」 といふは、 この*三の苦聚はただ独り*閻浮を指すのみにあらず、 *娑婆もまたみなあまねくあり。 ゆゑに盈満といふ。
言↢「盈満」↡者、此三苦聚非↣直独指↢閻浮↡、娑婆亦皆徧有。故言↢「盈満」↡。
▲「多不善聚」 といふは、 これ三界・六道不同にして種類恒沙なるは、 心の差別に随ふことを明かす。 *経にのたまはく、 「業よく識を荘り、 世々処々におのおの趣きて、 縁に随ひて果報を受け、 対面すれどもあひ知らず」 と。
経にのたまはく… 引用は ¬華厳経¼ 等の諸経の取意の文か。
言↢「多不善聚」↡者、此明↢三界・六道不同種類恒沙、随↠心差別↡。経云。「業能荘↠識、世世処処各趣、随↠縁受↢果報↡、対面不↢相知↡。」
▲「願我未来」 といふ以下は、 これ夫人▼真心徹到して苦の娑婆を厭ひ、 楽の無為を欣ひて永く常楽に帰することを明かす。 ただ無為の境、 *軽爾としてすなはち階ふべからず。 苦悩の娑婆、 *輒然として離るることを得るに由なし。 金剛の志を発すにあらざるよりは、 永く生死の元を絶たんや。 もし親しく慈尊 (釈尊) に従はずは、 なんぞよくこの長歎を勉れん。 しかして 「願我未来不聞悪声悪人」 とは、 これ闍王・調達 (提婆達多) がごとき、 父を殺し僧を破するもの、 および悪声等、 願はくはまた聞かず、 見ざらんといふことを明かす。 ただ闍王はすでにこれ親生の子なるも、 上父母において殺心を起す。 いかにいはんや疎き人にしてあひ害せざらんや。 このゆゑに夫人親疎を*簡ばず、 総じてみなたちまちに捨つ。
軽爾 軽々しいこと。
輒然 安易に。 たやすく。
簡ばず 区別しない。
言↢「願我未来」↡已下、此明↧夫人真心徹到厭↢苦娑婆↡、欣↢楽無為↡永帰↦常楽↥。但無為之境、不↠可↢軽爾即階↡。苦悩娑婆無↠由↢輒然得↟離。自↠非↠発↢金剛之志↡、永絶↢生死之元↡。若不↣親従↢慈尊↡、何能勉↢斯長歎↡。然「願我未来不聞悪声悪人」者、此明↧如↢闍王・調達↡、殺↠父破↠僧、及悪声等、願亦不↠聞不↞見。但闍王既是親生之子、上於↢父母↡起↢於殺心↡。何況疎人而不↢相害↡。是故夫人不↠簡↢親疎↡、総皆頓捨。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 3. 夫人懺悔
▲三に 「▲今向世尊」 より下 「懺悔▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人浄土の妙処は善にあらずは生ぜず、 おそらくは*余ありて障へて往くことを得ざることを。 ここをもつて求哀してさらにすべからく懺悔すべきことを明かす。
余 残りの罪や過ち。
三従↢「今向世尊」↡下至↢「懺悔」↡已来、正明↧夫人浄土玅処非↠善不↠生、恐有↢余↡障不↠得↠往。是以求哀更須↦懺悔↥。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 4. 通請去行
▲四に 「▲唯願仏日」 より下 「清浄業処▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人通じて*去行を請ずることを明かす。
去行 往生浄土の行業。 ここでの去はゆくの意。
四従↢「唯願仏日」↡下至↢「清浄業処」↡已来、正明↣夫人通請↢去行↡。
これ夫人▲上にはすなはち通じて*生処を請じ、 いままた通じて*得生の行を請ずることを明かす。
生処 往生すべき浄土。
得生の行 往生を得るための行業。
此明↧夫人上即通請↢生処↡、今亦通請↦得生之行↥。
▲「仏日」 といふは法・喩ならべて標す。 たとへば日出でて衆闇ことごとく除こるがごとく、 仏智光を輝かして、 無明の夜日のごとくに朗らかなり。
言↢「仏日」↡者、法・喩双標也。譬如↢日出衆闇尽除↡、仏智輝↠光無明之夜日朗。
▲「教我観於清浄」 といふ以下は、 まさしくすでによく穢を厭ひ浄を欣ふ。 いかんが安心注想して清浄の処に生ずることを得るといふことを明かす。
言↢「教我観於清浄」↡已下、正明↢既能厭↠穢欣↠浄、若為安心注想得↟生↢清浄処↡也。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 5. 応請現土
▲五に 「▲爾時世尊放眉間光」 より下 「令韋提見▲」 に至るこのかたは、 まさしく世尊広く浄土を現じて▲↓前の通請に酬へたまふことを明かす。
五従↢「爾時世尊放眉間光」↡下至↢「令韋提見」↡已来、正明↧世尊広現↢浄土↡酬↦前通請↥。
これ世尊、 夫人の広く浄土を求むることを見たまへるをもつて、 如来すなはち眉間の光を放ちて十方国を照らし、 光をもつて国を摂し、 頂上に還来して化して金台となるに、 *須弥山のごとし。 「如」 の言は似なり、 須弥山に似たり。 この山腰は細く、 上は闊し。 あらゆる仏国*ならびになかにおいて現じ、 種々不同にして荘厳異なることあり。 仏の*神力のゆゑに*了々として分明なり。 韋提に*加備してことごとくみな見ることを得しむることを明かす。
此明↧世尊以↠見↣夫人広求↢浄土↡、如来即放↢眉間光↡、照↢十方国↡、以↠光摂↠国、還↢来頂上↡化作↢金台↡、如↢須弥山↡。如之言似、似↢須弥山↡。此山腰細上闊。所有仏国並於↠中現。種種不同荘厳有↠異。仏神力故了了分明。加↢備韋提↡、尽皆得↞見。
問ひていはく、 韋提上には 「↑わがために広く無憂の処を説きたまへ」 と請ず。 仏いまなんがゆゑぞために広く説きたまはずして、 すなはちために金台にあまねく現ずるはなんの意かあるや。
問曰。韋提上請↣為↠我広説↢無憂之処↡。仏今何故不↢為広説↡、乃為↢金台↡普現者有↢何意↡也。
答へていはく、 これ如来の*意密を彰す。 しかるに韋提、 言を発して請を致すは、 すなはちこれ広く浄土の門を開けとなり。 もしこれがために総じて説かば、 おそらくはかれ見ずして心なほ惑ひを致すことを。 ここをもつて一々に顕現してかの眼前に対して、 かの*所須に信せて心に随ひみづから選ばしむ。
意密 密意に同じ。 仏の深いみこころ。
所須 求めるところ。
答曰。此彰↢如来意密↡也。然韋提発↠言致↠請。即是広開↢浄土之門↡。若為↠之総説、恐彼不↠見心猶致↠惑。是以一一顕現対↢彼眼前↡、信↢彼所須↡随↠心自選。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 6. 感荷仏恩
▲六に 「▲時韋提白仏」 より下 「皆有光明▲」 に至るこのかたは、 まさしく夫人総じて*所現を領して、 仏恩を*感荷することを明かす。
所現 金台に現れた十方仏国のありさま。
感荷 感謝してめぐみを受けとること。
六従↢「時韋提白仏」↡下至↢「皆有光明」↡已来、正明↧夫人総領↢所現↡、感↦荷仏恩↥。
これ▼夫人総じて十方の仏国を見るに、 ならびにことごとく*精華なれども、 極楽の荘厳に比せんと欲するに、 まつたく比況にあらざることを明かす。 ゆゑに 「我今楽生安楽国」 といふ。
精華 精妙・華麗であること。
此明↧夫人総見↢十方仏国↡、並悉精華、欲↠比↢極楽荘厳↡、全非↦比況↥。故云↢「我今楽生安楽国」↡也。
問ひていはく、 十方の諸仏は*断惑殊なることなく、 行畢り果円かなること、 また二なかるべし。 なにをもつてか一種の浄土にすなはちこの優劣あるや。
断惑 惑は煩悩に同じ。 煩悩を断ち切ること。
問曰。十方諸仏断惑無↠殊、行畢果円、亦応↠無↠二。何以一種浄土、即有↢斯優劣↡也。
答へていはく、 仏はこれ法王、 神通自在なり。 優と劣と*凡惑の知るところにあらず。 隠顕、 機に随ひて*化益を存ずることを望む。 あるいはことさらにかの優となすことを隠して、 独り西方を顕して勝となすべし。
化益 教化利益。
答曰。仏是法王、神通自在、優之与↠劣非↢凡惑所↟知。隠・顕随↠機望↠存↢化益↡、或可↧故隠↢彼為↟優、独顕↦西方為↞勝。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 7. 別選所求
▲七に 「▲我今楽生弥陀」 より以下は、 まさしく夫人別して*所求を選ぶことを明かす。
七従↢「我今楽生弥陀」↡已下、正明↣夫人別選↢所求↡。
▼これ弥陀の本国は四十八願よりす。 ▼願々みな増上の勝因を発し、 因によりて勝行を起し、 行によりて勝果を感じ、 果によりて勝報を感成し、 報によりて極楽を感成し、 楽によりて*悲化を顕通し、 悲化によりて智慧の門を顕開す。
悲化 大悲による導き。
此*明↢弥陀本国四十八願↡。願願皆発↢増上勝因↡、依↠因起↢於勝行↡、依↠行感↢於勝果↡、依↠果感↢成勝報↡、依↠報感↢成極楽↡、依↠楽顕↢通悲化↡、依↢於悲化↡顕↢開智慧之門↡。
明~ 返り点まま。 「~なることを明かす」。 註釈版の書き下しでは 「明」 が別選所求の最後までかかっている。
▼しかるに悲心無尽なれば、 智もまた無窮なり。 *悲智双行してすなはち広く*甘露を開く。 これによりて*法潤あまねく*群生を摂す。 ▼諸余の経典に勧むる処いよいよ多し。 *衆聖心を斉しくしてみな同じく*指讃す。 この因縁ありて、 如来ひそかに夫人を遣はして、 別して選ばしめたまふことを致すことを明かす。
甘露 ここでは浄土の法門を甘露に喩える。 →
甘露
法潤 教えによる潤いのめぐみ。
衆聖 数多くの聖者たち。 ここでは諸仏のこと。
指讃 阿弥陀仏の浄土を指し示してほめたたえること。
然悲心無尽、智亦無窮。悲・智双行、即広開↢甘露↡。因↠茲法潤普摂↢羣生↡也。諸余経典勧処弥多。衆聖斉↠心、皆同指讃。有↢此因縁↡、致↠使↧如来密遣↢夫人↡別選↥也。
◎序分 ○発起序 5 欣浄縁 8. 請求別行
▲八に 「▲唯願世尊」 より以下は、 まさしく夫人*別行を請求することを明かす。
別行 阿弥陀仏の浄土に往生するための特別な行。
八従↢「唯願世尊」↡已下、正明↣夫人請↢求別行↡。
これ韋提すでに得生の処を選びて、 還りて別行を修して、 おのれを励まし心を注めて、 かならず*往益を望むことを明かす。
往益 往生浄土の利益。
此明↧韋提既選↢得生処↡、還修↢別行↡、励↠己注↠心必望↦往益↥。
▲「教我思惟」 といふは、 すなはちこれ定の*前方便、 かの国の*依正二報・*四種の荘厳を思想し憶念するなり。
四種の荘厳 定善十三観を依報と正報に分け、 そのそれぞれに通と別とを分つので、 四種の荘厳となる。
言↢「教我思惟」↡者、即是定前方便、思↢想憶↣念彼国依正二報・四種荘厳↡也。
▲「教我正受」 といふは、 これ前の思想漸々に微細にして、 *覚想ともに亡ずるによりて、 ただ定心のみありて*前境と合するを名づけて正受となすことを明かす。 このなかに略してすでに*料簡す。 *下の観門に至りてさらにまさに広く弁ずべし、 知るべし。
覚想 心をはたらかせること。
前境 所観の境としての依正二報の荘厳相。
下の観門 定善十三観のこと。
言↢「教我正受」↡者、此明↧因↢前思想漸漸微細、覚想倶亡↡、唯有↢定心↡与↢前境↡合、名為↦正受↥。此中略已料簡。至↢下観門↡、更当↢広弁↡。応↠知。
上来八句の不同ありといへども、 広く欣浄の縁を明かしをはりぬ。
上来雖↠有↢八句不同↡、広明↢欣浄縁↡竟。
◎序分 ○発起序 6 散善顕行縁
【10】六に*散善顕行縁のなかにつきてすなはちその五あり。
散善顕行縁 散善行を顕す序文。 親鸞聖人は 「散善は行を顕す縁なり」 (化身土文類訓) と読み、 「自力の散善は他力念仏を顕す縁」 と転意した。
六就↢散善顕行縁中↡、即有↢其五↡。
◎序分 ○発起序 6 散善顕行縁 1. 光益父王
▲一に 「▲爾時世尊即便微笑」 より下 「成那含▲」 に至るこのかたは、 まさしく光、 父の王を益することを明かす。
一従↢「爾時世尊即便微笑」↡下至↢「成那含」↡已来、正明↣光益↢父王↡。
▼これ如来夫人の極楽に生ぜんと願じ、 さらに得生の行を請ずるを見たまふに、 仏の本心に称ひ、 また弥陀の願意を顕すをもつて、 この二請によりて広く浄土の門を開けば、 ただ韋提のみ去くことを得るにあらず、 *有識これを聞きてみな往く。 この益あるがゆゑに、 ゆゑに如来微笑したまふことを明かす。
有識 心のはたらきを有するもの。 有情、 衆生に同じ。
此*明↪如来*以↧見↢夫人↡、願↠生↢極楽↡更請↦得生之行↥、称↢仏本心↡、又顕↩弥陀願意↨。因↢斯二請↡、広開↢浄土之門↡。非↢直韋提得↟去、有識聞↠之皆往。有↢此益↡故、所以如来微笑也。
明…顕~ 返り点まま。 「~を顕すことを明かす」
以…請~ 返り点まま。 「~を請ふをもって」
▲「有五色光従仏口出」 といふは、 これ一切諸仏の心口の常の*威儀、 *法爾としておほよそ出すところの光かならず利益あることを明かす。
威儀 ふるまい。 作法。
法爾として おのずからの定まりとして。
言↢「有五色光従仏口出」↡者、此明↣一切諸仏心口常威儀、法爾凡所↠出光必有↢利益↡。
▲「一一光照頻婆頂」 といふは、 まさしく口の光、 余方を照らさずして、 ただ王頂を照らすことを明かす。
言↢「一一光照頻婆頂」↡者、正明↧口光不↠照↢余方↡、唯照↦王頂↥。
しかるに仏の光、 身の出処に随ひてかならずみな益あり。 仏の足の下より光を放てば、 すなはち地獄道を照益す。 もし光膝より出づれば、 畜生道を照益す。 もし光*陰蔵より出づれば、 鬼神道を照益す。 もし光臍より出づれば、 修羅道を照益す。 光心より出づれば、 人道を照益す。 もし光口より出づれば、 二乗の人を照益す。 もし光眉間より出づれば、 大乗の人を照益す。 いまこの光口より出でてただちに王頂を照らすは、 すなはちその*小果を授くることを明かす。 もし光眉間より出でてすなはち仏頂より入るは、 すなはち菩薩に*記を授くるなり。 かくのごとき義は広多にして無量なり、 つぶさに述ぶべからず。
陰蔵 仏の男根のこと。 馬の男根のように常に腹中に隠れていて見えないので、 陰馬蔵ともいう。 仏の三十二相の一。
小果 小乗のさとり。
然仏光随↢身出処↡、必皆有↠益。仏足下放↠光、即照↢益地獄道↡。若光従↠膝出、照↢益畜生道↡。若光従↢陰蔵↡出、照↢益鬼神道↡。若光従↠臍出、照↢益*脩羅道↡。光従↠心出、照↢益於人道↡。若光従↠口出、照↢益二乗之人↡。若光従↢眉間↡出、照↢益大乗人↡。今明↧此光従↠口出、直照↢王頂↡者、即授↦其小果↥。若光従↢眉間↡出即従↢仏頂↡入者、即授↢菩薩記↡也。如↠斯義者、広多無量、不↠可↢具述↡。
脩 大派依用本では修。
▲「爾時大王雖在幽閉」 といふ以下は、 まさしく父の王、 光の頂を照らすことを蒙りて心眼開くることを得て、 *障隔多しといへども自然にあひ見る。 これすなはち光によりて仏を見たてまつるは、 意の期するところにあらず、 敬を致し帰依するにすなはち*第三の果を超証することを明かす。
障隔 へだたり。
第三の果 声聞乗の修道階位である四向四果のうちの阿那含果のこと。 →
阿那含
言↢「爾時大王雖在幽閉」↡已下、正明↧父王蒙↢光照↟頂、心眼得↠開、障隔雖↠多自然相見。斯乃因↠光見↠仏非↢意所期↡、致↠敬帰依即超↦証第三之果↥。
◎序分 ○発起序 6 散善顕行縁 2. 答別求行
▲二に 「▲爾時世尊」 より下 「広説衆譬▲」 に至るこのかたは、 まさしく▲前に夫人別して*所求の行を選ぶに答ふることを明かす。
所求の行 阿弥陀仏の浄土に往生するための行。
二従↢「爾時世尊」↡下至↢「広説衆譬」↡已来、正明↠答↧前夫人別選↢所求↡之行↥。
これ如来▲上の*耆闍に没して王宮に出でをはるよりこの文に至るまで、 世尊*黙然として坐して、 総じていまだ言説したまはざることを明かす。
黙然 沈黙していること。
此明↧如来従↢上耆闍没王宮出↡、訖至↢此文↡、世尊*嘿然而坐総未↦言説↥。
嘿 底本まま。 註なし。
ただ中間の夫人の懺悔・請問・放光・現国等は、 すなはちこれ阿難、 仏に従ひて王宮にしてこの因縁を見て、 事了りて山に還り、 伝へて耆闍の大衆に向かひて上のごとき事を説くに、 はじめてこの文あり。 またこれ時に仏語なきにあらず、 知るべし。
但中間夫人懺悔・請問・放光・現国等、乃是阿難従↠仏王宮見↢此因縁↡、事了還↠山伝、向↢耆闍大衆↡、説↢如↠上事↡、始有↢此文↡。亦非↣是無↢時仏語↡也。応↠知。
・ 告命許説
▲「爾時世尊告韋提」 といふ以下は、 まさしく*告命許説を明かす。
告命許説 告命は仏が韋提希に告げること。 許説は仏が韋提希の願いをききいれて法を説くこと。
言↢「爾時世尊告韋提」↡已下、正明↢告命許説↡也。
・ 去此不遠
▲「阿弥陀仏不遠」 といふは、 まさしく*境を標してもつて心を住むることを明かす。 すなはちその三あり。 一には*分斉遠からず。 これより十万億の刹を超過して、 すなはちこれ弥陀の国なることを明かす。 二には▼*道里はるかなりといへども、 去く時一念にすなはち到ることを明かす。 三には韋提等および未来有縁の衆生、 心を注めて観念すれば*定境相応して、 行人自然につねに見ることを明かす。 この三義あるがゆゑに不遠といふ。
境 所観の境。 観想の対象となるところの浄土。
分斉遠からず ここでの分斉は程度の意。 十万億刹は二十万億刹、 三十万億刹等の距離に比べれば遠くないということ。
道里 (西方浄土への) みちのり。
定境相応して 定心と所観の境が合致して。
言↢「阿弥陀仏不遠」↡者、正明↢標↠境以住↟心、即有↢其三↡。一明↧分斉不↠遠、従↠此超↢過十万億刹↡、即是弥陀之国↥。二明↢道里雖↠遥、去時一念即到↡。三明↧韋提等及未来有縁衆生、注↠心観念、定境相応、行人自然常見↥。有↢斯三義↡故云↢不遠↡也。
▲「汝当繋念」 といふ以下は、 ▼まさしく*凡惑障深くして、 心多く散動す。 もしたちまちに*攀縁を捨てずは、 *浄境現ずることを得るに由なきことを明かす。 これすなはちまさしく安心住行を教ふ。 もしこの法によるを名づけて 「*浄業成ず」 となす。
攀縁 心の乱れとなる外界のわずらわしいかかわり。
浄境 清浄なる境界であるところの浄土のありさま。
言↢「汝当繋念」↡已下、正明↧凡惑障、心多散動。若不↣頓捨↢攀縁↡、浄境無↞由↠得↠現。此即正教↢安心住行↡。若依↢此法↡、名為↢浄業成↡也。
▲「我今為汝」 といふ以下は、 これ機縁いまだ具せず、 ひとへに*定門を説くべからず、 仏さらに機を観じて、 みづから*三福の行を開きたまふことを明かす。
言↢「我今為汝」↡已下、此明↧機縁未↠具、不↠可↣偏説↢定門↡、仏更観↠機自開↦三福之行↥。
◎序分 ○発起序 6 散善顕行縁 3. 挙機勧修
▲三に 「▲亦令来世」 より下 「極楽国土▲」 に至るこのかたは、 まさしく機を挙げて修を勧め、 益を得ることを明かす。
三従↢「亦令未来世」↡下至↢「極楽国土」↡已来、正明↢挙↠機勧↠修得↟益。
これ夫人の請ずるところ、 利益いよいよ深くして、 未来に及ぶまで回心すればみな到ることを明かす。
此明↧夫人所↠請、利益弥、及↢未来↡迴心皆到↥。
◎序分 ○発起序 6 散善顕行縁 4. 勧修三福
▲四に 「▲欲生彼国者」 より下 「名為浄業▲」 に至るこのかたは、 まさしく勧めて*三福の行を修せしむることを明かす。
四従↢「欲生彼国者」↡下至↢「名為浄業」↡已来、正明↣勧↢修三福之行↡。
▼これ一切衆生の機に二種あり。 一には▼*定、 二には*散なり。 もし定行によれば、 すなはち*生を摂するに尽きず。 ここをもつて如来 (釈尊) 方便して三福を顕開して、 もつて散動の根機に応じたまふことを明かす。
生を摂するに尽きず すべての衆生をおさめとることはできない。
此*明↣一切衆生機有↢二種↡。一者定、二者散。若依↢定行↡即摂↠生不↠尽。是以如来方便、顕↢開三福↡以応↢散動根機↡。
明…有~ 返り点まま。
▲「欲生彼国」 といふは所帰を標指す。
言↢「欲生彼国」↡者、標↢指所帰↡也。
▲「当修三福」 といふは総じて行門を標す。 いかんが三と名づくる。
言↢「当修三福」↡者、総標↢行門↡也。云何名↠三。
・ 世福
「一者孝養父母」、 すなはちその四あり。
一者孝養父母、即有↢其四↡。
・ 世福 ・ 孝養父母
▲一に 「孝養父母」 といふは、 これ一切の凡夫みな縁によりて生ずることを明かす。
一言↢「孝養父母」↡者、此明↢一切凡夫皆藉↠縁而生↡。
いかんが縁による。 あるいは*化生あり、 あるいは*湿生あり、 あるいは*卵生あり、 あるいは*胎生あり。 この四生のなかにおのおのにまた四生あり。 *経に広く説きたまふがごとし。
経 ¬菩薩処胎経¼ 等の諸経を指す。
云何藉↠縁。或有↢化生↡、或有↢*生↡、或有↢卵生↡、或有↢胎生↡。此四生中各各復有↢四生↡。如↢経広説↡。
鎌倉時代刊本、 大派依用本では 湿。
ただこれあひよりて生ずればすなはち父母あり。 すでに父母あればすなはち大恩あり。 もし父なくは*能生の因すなはち闕け、 もし母なくは*所生の縁すなはち乖きなん。 もし二人ともになくはすなはち託生の地を失はん。 かならずすべからく父母の縁具して、 まさに受身の処あるべし。 すでに身を受けんと欲するに、 みづからの*業識をもつて内因となし、 父母の精血をもつて外縁となして、 因縁和合するがゆゑにこの身あり。 この義をもつてのゆゑに父母の恩重し。 母懐胎しをはりて十月を経るまで、 *行住坐臥につねに苦悩を生ず。 また産の時の死の難を憂ふ。 もし生じをはりぬれば、 三年を経るまでつねに屎に眠り尿に臥す。 *床被・衣服みなまた不浄なり。 その長大に及びて婦を愛し児を親しみて、 父母の処においてかへりて憎疾を生じ、 恩孝を行ぜざるものはすなはち畜生と異なることなし。
能生の因・所生の縁 父は子種を下すから子を能く生ずる因といい、 母は子種をたもち育てるから子を生ずる所の縁であるという。
業識 父母の和合によって母胎に宿る個人 (子) の主体であるところの識別作用。
床被 寝具。
但是相因而生、即有↢父母↡。既有↢父母↡、即有↢大恩↡。若無↠父者、能生之因即闕。若無↠母者、所生之縁即乖。若二人倶無、即失↢託生之地↡。要須↣父母縁具方有↢受身之処↡。既欲↠受↠身、以↢自業識↡為↢内因↡、以↢父母精血↡為↢外縁↡。因縁和合故有↢此身↡。以↢斯義↡故、父母恩重。母懐↠胎已経↢於十月↡、行住坐臥常生↢苦悩↡。復憂↢産時死難↡。若生已、経↢於三年↡恒常眠↠屎臥↠尿。牀被・衣服、皆亦不浄。及↢其長大↡愛↠婦親↠児、於↢父母処↡反生↢憎*嫉↡不↠行↢恩孝↡者、即与↢畜生↡無↠異也。
嫉 鎌倉時代刊本、 大派依用本では 「疾」。
また父母は世間の*福田の極みなり。 仏はすなはちこれ*出世の福田の極みなり。
又父母者世間福田之極也。仏者即是出世福田之極也。
しかるに仏在世の時、 時年*飢倹せるに遇値ひて、 人みな餓死して白骨*縦横なり。 もろもろの比丘等*乞食するに得がたし。 時に世尊、 比丘等の去りぬる後を待ちて、 独りみづから城に入りて乞食したまふ。 旦より中に至るまで門々に喚び乞ひたまへども、 食を与ふるものなし。 仏また鉢を空しくして帰りたまふ。 明日また去きて、 また得たまはず。 後の日また去きたまふに、 また得たまはず。 たちまちに一の比丘ありて、 道に逢ひて仏を見たてまつるに、 顔色常よりも異にして飢相ましますに似たり。 すなはち仏に問ひたてまつりてまうさく、 「世尊いますでに食しをはりたまへりや」 と。 仏のたまはく、 「比丘、 われ三日を経てよりこのかた、 乞食するに一匙をも得ず。 われいま飢虚にして力なし、 よくなんぢとともに語らんや」 と。 比丘仏語を聞きをはりて、 悲涙してみづから勝ふることあたはず。 すなはちみづから念言すらく、 「仏はこれ無上の福田、 衆生の*覆護なり。 われこの*三衣売却して、 一鉢の飯を買ひ取りて仏に奉上せん、 いままさしくこれ時なり」 と。 この念をなしをはりてすなはち一鉢の飯を買ひ得て、 すみやかにもつて仏にたてまつる。 仏知ろしめして、 ことさらに問ひてのたまはく、 「比丘、 時年飢倹にして人みな餓死す。 なんぢいまいづれの処にしてかこの一鉢の純色の飯を得て来れる」 と。 比丘前のごとくつぶさに世尊にまうす。 仏またのたまはく、 「比丘の三衣はすなはちこれ三世の諸仏の*幢相なり。 この衣因縁きはめて尊く、 きはめて重く、 きはめて恩あり。 なんぢいまこの飯を易へ得てわれに与ふることは、 大きになんぢが好心を領すれども、 われこの飯を消せず」 と。 比丘かさねて仏にまうしてまうさく、 「仏はこれ*三界の福田、 聖のなかの極なるに、 なほ消せずといはば、 仏を除きて以外はたれかよく消せんや」 と。 仏のたまはく、 「比丘、 なんぢ父母ありやいなや」 と。 答へてまうさく、 「あり」 と。 「なんぢもつて父母に供養し去れ」 と。 比丘まうさく、 「仏なほ消せずとのたまふ、 わが父母あによく消せんや」 と。 仏のたまはく、 「消することを得。 なにをもつてのゆゑに。 父母よくなんぢが身を生ぜり。 なんぢにおいて大重恩あり。 これがために消することを得」 と。 仏また比丘に問ひたまはく、 「なんぢが父母、 仏を信ずる心ありやいなや」 と。 比丘まうさく、 「すべて信心なし」 と。 仏のたまはく、 「いま信ずる心あるべし。 なんぢの飯を与ふるを見て大きに歓喜を生じて、 これによりてすなはち信心を発さん。 先づ教へて*三帰依を受けしめよ。 すなはちよくこの食を消せん」 と。 時に比丘すでに仏の教を受けて*愍仰して去りぬ。
飢倹 飢饉。
縦横 至るところにあること。
乞食 出家者が一定の行儀に従って、 在家信者から食を得ること。
覆護 慈悲をもってまもりそだてること。
幢相 はたじるし。 袈裟は煩悩の敵を破るはたじるしに喩えられる。
愍仰 あわれみあおぐこと。
然仏在世時遇↢値時年飢倹↡、人皆餓死白骨縦横。諸比丘等、乞食難↠得。於↠時世尊待↢比丘等去後↡、独自入↠城乞食。従↠旦至↠中門門喚乞、無↢与↠食者↡。仏還空↠盋而帰。明日復去、又還不↠得。後日復去、又亦不↠得。忽有↢一比丘↡、道逢見↠仏。顔色異↠常、似↠有↢飢相↡。即問↠仏言。世尊、今已食竟也。仏言。比丘、我経↢三日↡已来、乞食不↠得↢一匙↡。我今飢虚無↠力、能共↠汝語。比丘聞↢仏語↡已、悲涙不↠能↢自勝↡。即自念言。仏是無上福田、衆生覆護。我此三衣売却、買↢取一盋飯↡、奉↢上於仏↡、今正是時也。作↢是念↡已、即買↢得一盋飯↡、急将上↠仏。仏知而故問言。比丘、時年飢倹人皆餓死、汝今何処得↢此一盋純色飯↡来。比丘如↠前具白↢世尊↡。仏又言。比丘三衣者即是三世諸仏之幢相。此衣因縁、極尊極重極恩。汝今易得↢此飯↡与↠我者、大領↢汝好心↡、我不↠消↢此飯↡也。比丘重白↠仏言。仏是三界福田、聖中之極。尚言↠不↠消者、除↠仏已外誰能消也。仏言。比丘、汝有↢父母↡已不。答言。有。汝将供↢養父母↡去。比丘言。仏尚云↠不↠消、我父母豈能消也。仏言。得↠消、何以故。父母能生↢汝身↡、於↠汝有↢大重恩↡、為↠此得↠消。仏又問↢比丘↡。汝父母有↢信↠仏心↡不。比丘言。都無↢信心↡。仏言。今有↢信心↡。見↢汝与↟飯大生↢歓喜↡、因↠此即発↢信心↡。先教受↢三帰依↡、即能消↢此食↡也。時比丘既受↢仏教↡、愍仰而去。
この義をもつてのゆゑに、 大きにすべからく父母に孝養すべし。
以↢此義↡故、大須↣孝↢養父母↡。
また*仏母*摩耶、 仏を生じて七日を経をはりてすなはち死して、 *忉利天に生ず。 仏後に成道したまひて、 四月十五日に至りてすなはち忉利天に向かひ、 一夏母のために説法したまふ。 十月懐胎の恩を報ぜんがためなり。 仏すらなほみづから恩を収めて父母に孝養したまふ、 いかにいはんや凡夫にして孝養せざらんや。
仏母… 以下の説は ¬大方便仏報恩経¼ に出る。
又仏母摩耶生↠仏、経↢七日↡已即死、生↢忉利天↡。仏後成道、至↢四月十五日↡、即向↢忉利天↡、一夏為↠母説法。為↠報↢十月懐胎之恩↡。仏尚自収↠恩孝↢養父母↡、何況凡夫而不↢孝養↡。
ゆゑに知りぬ、 父母の恩深くしてきはめて重し。
故知、父母恩極重也。
・ 世福 ・ 奉事師長
▲「奉事師長」 とは、 これ礼節を教示して学識、 徳を成じ、 *因行虧くることなくすなはち成仏に至るは、 これなほ師の善友力なり。 この大恩もつともすべからく敬重すべきことを明かす。
因行 仏果を得るための因となる行。
「奉事師長」者、此明↧教↢示礼節↡、学識成↠徳、因行無↠虧、乃至成仏此猶↢師之善友力↡也、此之大恩最須↦敬重↥。
しかるに父母および*師長は名づけて*敬上の行となす。
敬上の行 上を敬う行為。
然父母及師長者、名為↢敬上行↡也。
・ 世福 ・ 慈心不殺
▲「慈心不殺」 といふは、 これ一切衆生みな命をもつて本となすことを明かす。
言↢「慈心不殺」↡者、此明↢一切衆生皆以↠命為↟本。
もし悪縁を見て、 怖れ走り蔵れ避くるは、 ただ命を護らんがためなり。
若見↢悪縁↡、怖走蔵避者、但為↠護↠命也。
¬経¼ (涅槃経・意) にのたまはく、 「一切のもろもろの衆生、 寿命を愛せざるはなし。 殺すことなかれ、 杖を行ずることなかれ。 おのれを*怒るに喩しをなすべし」 と。 すなはち証となす。
怒 異本には 「恕」 とある。
¬経¼云。「一切諸衆生、無↠不↠愛↢寿命↡。勿↠殺、勿↠行↠杖。*恕↠己可↠為↠喩。」即為↠証也。
恕 「(おのれを) 恕すをもって」。 鎌倉時代刊本、 大派依用本では 「怒」。
・ 世福 ・ 修十善業
▲「修十善業」 といふは、 これ十悪のなかに殺業もつとも悪なることを明かす。
言↢「修十善業」↡者、此明↢十悪之中、殺業最悪↡、
ゆゑにこれを列ねて初めに在く。 十善のなかには長命もつとも善なり。 ゆゑにこれをもつて相対す。 以下の九悪九善は、 下の九品のなかに至りて、 次に広く述ぶべし。
故列↠之在↠初。十善之中、長命最善。故以↠之相対也。已下九悪九善者、至↢下九品中↡、次応↢広述↡。
これ世善を明かす。 また*慈下の行と名づく。
慈下の行 下を慈しむ行為。
此明↢世善↡。又名↢慈下行↡也。
・ 戒善 ・ 受持三帰
▲二に 「受持三帰」 といふは、 これ世善軽微にして*感報具ならず。 *戒徳巍々としてよく菩提の果を感ずることを明かす。
感報 果報を得ること。
戒徳巍々として 戒をたもつ徳はおごそかである。
二言↢「受持三帰」↡者、此明↣世善軽微、感報不↠具、戒徳巍巍、能感↢菩提之果↡。
ただ衆生の帰信浅きより深きに至る。 先づ*三帰を受けしめ、 後に衆戒を教ふ。
但衆生帰信従↠浅至↠、先受↢三帰↡後教↢衆戒↡。
・ 戒善 ・ 具足衆戒
▲「具足衆戒」 といふは、 しかるに戒に多種あり。 あるいは*三帰戒、 あるいは*五戒・*八戒・*十善戒・*二百五十戒・*五百戒・*沙弥戒、 あるいは菩薩の*三聚戒、 *十無尽戒等なり。 ゆゑに具足衆戒と名づく。
言↢「具足衆戒」↡者、然戒有↢多種↡。或三帰戒、或五戒・八戒・十善戒・二百五十戒・五百戒・沙弥戒、或菩薩三聚戒・十無尽戒等。故名↢具足衆戒↡也。
また一々の*戒品のなかにまた*少分戒・多分戒・全分戒あり。
戒品 戒の種類。
少分戒… 少分戒は戒のうちのいくつかをたもつこと。 多分戒は戒の過半をたもつこと。 全分戒は戒のすべてをたもつこと。
又一一戒品中、亦有↢少分戒・多分戒・全分戒↡也。
・ 戒善 ・ 不犯威儀
▲「不犯*威儀」 といふは、 これ*身口意業、 行住坐臥によく一切の戒のために方便の威儀をなすことを明かす。
威儀 日常生活の儀則。
言↢「不犯威儀」↡者、此明↧身口意業、行住坐臥、能与↢一切戒↡作↦方便威儀↥也。
もしは軽重粗細みなよく護持して、 犯せばすなはち悔過す。 ゆゑに不犯威儀といふ。 これを戒善と名づく。
若軽重麤細、皆能護持、犯即悔過。故云↢「不犯威儀」↡、此名↢戒善↡也。
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