法然上人御消息

 

御文よろこびてうけたまはり候ぬ。 まことにそのゝちおぼつかなく候つるに、 うれしくおほせられて候。 たんねんぶつのもん、 かきてまいらせ候、 ごらん候べし。

念仏の行は、 かの仏の本願の行にて候。 持戒・誦経・誦呪・理観等の行は、 かの仏の本願にあらぬをこなひにて候へば、 極らくをねがはむ人は、 まづかならず本願の念仏の行をつとめてのうへに、 もし⊂⊃おこなひをも⊂⊃しくはへ候はむとおもひ候はゞ、 さもつかまつり候。

又たゞ本願の念仏ばかりにても候べし。 念仏をつかまつり候はで、 たゞことおこなひばかりをして極楽をねがひ候人は、 極楽へもえむまれ候はぬことにて候よし、 善導和尚のおほせられて候へば、 たん念仏が決定往生の業にては候也。 善導和尚は阿弥陀化身にておはしまし候へば、 それこそは一定にて候へと申候に候。

又女犯と候は、 不婬戒のことにこそ候なれ。 又御きうだちどものかんだうと候は、 不瞋戒のことにこそ候なれ。 されば持戒の行は、 仏の本願にあらぬ行なれば、 たへたらんにしたがひて、 たもたせたまふべく候。 けうやうの行も仏の本願にあらず、 たへんにしたがひて、 つとめさせおはしますべく候。 又あかゞねの阿字のことも、 おなじことに候。

又さくぢやうのことも、 仏の本願にあらぬつとめにて候。 とてもかくても候なん。 又かうせうのまんだらは、 たいせちにおはしまし候。 それもつぎのことに候。 たゞ念仏を三万、 もしは五万、 もしは六万、 一心にまうさせおはしまし候はむぞ、 決定往生のおこなひにては候。 こと善根は、 念仏のいとまあらばのことに候。

六万べんをだに一心に申せたまはゞ、 そのほかにはなにごとおかはせさせおはしますべき。 まめやかに一心に、 三万・五万、 念仏をつとめさせたまはゞ、 せうせう戒行やぶれさせおはしまし候とも、 往生はそれにはより候まじきことに候。

たゞしこのなかにけうやうの行は、 仏の本願にては候はねども、 八十九にておはしまし候なり。 あひかまへてことしなんどをば、 まちまいらせさせおはしませかしとおぼえ候。 あなかしこ、 あなかしこ。

ことごとは、 いかでもおはしまし候はむに、 くるしく候はず。 たゞひとりたのみまいらせておはしまし候なるに、 かならずかならず、 まちまいらせさせおはしますべく候。 謹言。

  五月二日  源空 拝

  武蔵国熊谷入道殿御返事