八(674)、 往生用心

▲往おう生じょう浄じょう土ど用心ようじん 第だい四し

一

一 毎日まいにち御ご所しょ作さ六万ろくまん遍べん、 めでたく候そうろう。 うたがいの心こころだにも候そうらはねば、 十じゅう念ねん・一念いちねんも往おう生じょうはし候そうらへども、 おほく申もうし候そうらへば、 上じょう品ぼんにむまれ候そうろう。 釈しゃくにも 「上じょう品ぼん花け台だい見けん慈じ主しゅ、 到とう着ちゃく皆因かいいん念仏ねんぶつ多た」 (五会法事讃巻本) と候そうらへば。

0675二

一 宿しゅく善ぜんによりて往おう生じょうすべしと人ひとの申もうし候そうろうらん、 ひが事ごとにては候そうらはず。 かりそめのこの世よの果か報ほうだにも、 さきの世よの罪つみ・功く徳どくによりて、 よくもあしくもむまるゝ事ことにて候そうらへば、 まして往おう生じょう程ほどの大だい事じ、 かならず宿しゅく善ぜんによるべしと聖教しょうぎょうにも候そうろうやらん。

たゞし念仏ねんぶつ往おう生じょうは、 宿しゅく善ぜんのなきにもより候そうらはぬやらん。 父母ぶもをころし、 仏身ぶっしんよりちをあやしたるほどの罪人ざいにんも、 臨りん終じゅうに十じゅう念ねん申もうして往おう生じょうすと、 ¬観かん経ぎょう¼ にも見みえて候そうろう。

しかるに宿しゅく善ぜんあつき善人ぜんにんは、 おしへ候そうらはねども、 悪あくにおそれ仏道ぶつどうに心こころすゝむ事ことにて候そうらへば、 五ご逆ぎゃくなんどは、 いかにもいかにもつくるまじき事ことにて候そうろう也なり。 それに五ご逆ぎゃくの罪人ざいにん、 念仏ねんぶつ十じゅう念ねんにて往おう生じょうをとげ候そうろう時ときに、 宿しゅく善ぜんのなきにもより候そうろうまじく候そうろう。

されば ¬経きょう¼ (観経意) に 「若にゃく人にん造ぞう多た罪ざい、 得聞とくもん六ろく字じ名みょう、 火か車しゃ自じ然ねん去こ、 花け台だい即そく来迎らいこう。 極ごく重じゅう悪人あくにん无む他た方便ほうべん、 唯ゆい称しょう念仏ねんぶつ得とく生しょう極楽ごくらく。 若にゃく有う重じゅう業ごっ障しょう无む生しょう浄じょう土ど因いん、 乗じょう弥陀みだ願力がんりき、 必ひっ生しょう安楽あんらく国こく」。

この文もんの心こころ、 もし五ご逆ぎゃくをつくれりとも、 弥陀みだの六ろく字じの名なをきかば、 火ひの車くるま自じ然ねんにさりて、 蓮台れんだいきたりてむかふべし。 又またきはめておもき罪人ざいにんの他たの方便ほうべんなからんも、 弥陀みだをとなへたてまつらば極楽ごくらくにむまるべし。 又またもしおもきさはりありて浄じょう土どにむまるべき因いんなくとも、 弥陀みだの願力がんりきにのりなば、 安楽あんらく国こくにむまるべしと候そうらへば、 たのもしく候そうろう。

又また善導ぜんどうの釈しゃくには、 「曠劫こうごうよりこのかた六道ろくどうに輪りん廻ねして、 出しゅつ0676離りの縁えんなからん常じょう没もつの衆しゅ生じょうをむかへんがために、 阿あ弥陀みだほとけは仏ぶつになり給たまへり」 (散善義意) と候そうろう。

その 「常じょう没もつの衆しゅ生じょう」 と申もうし候そうろうは、 恒ごう河がのそこにしづみたるいき物ものの、 身みおほきにながくして、 その河かわにはゞかりて、 えはたらかず、 つねにしづみたるに、 悪あく世せの凡ぼん夫ぶをばたとへられて候そうろう。

又また凡ぼん夫ぶと申もうす二ふたつの文もん字じをば、 「狂きょう酔すいのごとし」 (秘蔵宝鑰巻上意) と弘法こうぼう大だい師し釈しゃくし給たまへり。 げにも凡ぼん夫ぶの心こころは、 物ものぐるひ、 さけにゑいたるがごとくして、 善悪ぜんあくにつけて、 おもひさだめたる事ことなし。 一いち時じに煩悩ぼんのう百ももたびまじはりて、 善悪ぜんあくみだれやすければ、 いづれの行ぎょうなりとも、 わがちからにては行ぎょうじがたし。

しかるに生しょう死じをはなれ、 仏道ぶつどうにいるには、 菩ぼ提だい心しんをおこし、 煩悩ぼんのうをつくして、 三さん祇ぎ百ひゃっ劫こう、 難なん行ぎょう苦く行ぎょうしてこそ、 仏ぶつにはなるべきにて候そうろうに、 五ご濁じょくの凡ぼん夫ぶ、 わがちからにては願がん行ぎょうそなはる事ことかなひがたくて、 六道ろくどう四し生しょうにめぐり候そうろう也なり。

弥陀みだ如来にょらい、 この事ことをかなしみおぼして、 法蔵ほうぞう菩ぼ薩さつと申もうしゝいにしへ、 我われ等らが行ぎょうじがたき僧そう祗ぎの苦く行ぎょうを、 兆ちょう載さい永劫ようごうがあひだ功こうをつみ徳とくをかさねて、 阿あ弥陀みだほとけになり給たまへり。

一仏いちぶつにそなへ給たまへる四智しち・三身さんしん・十じゅう力りき・无畏むい等とうの一切いっさいの内ない証しょうの功く徳どく、 相好そうごう・光こう明みょう・説法せっぽう・利生等とうの外げ用ゆうの功く徳どく、 さまざまなるを三さん字じの名みょう字じのなかにおさめいれて、 「この名みょう号ごうを十じっ声しょう・一いっ声しょうまでもとなへん物ものを、 かならずむかへん。 もしむかへ0677ずは、 われ仏ぶつにならじとちかひ給たまへるに、 かの仏ぶついま現げんに世よにましまして、 仏ぶつになり給たまへり。 名みょう号ごうをとなへん衆しゅ生じょう往おう生じょううたがふべからず」 (礼讃意) と、 善導ぜんどうもおほせされて候そうろう也なり。

この様さまをふかく信しんじて、 念仏ねんぶつおこたらず申もうして、 往おう生じょううたがはぬ人ひとを、 他た力りき信しんじたるとは申もうし候そうろう也なり。

世せ間けんの事ことも他た力りきは候そうろうぞかし、 あしなえ、 こしゐたる物もののゝ、 とをきみちをあゆまんとおもはんに、 かなはねば船ふね・車くるまにのりてやすくゆく事こと、 これわがちかららにあらず、 乗物のりもののちからなれば他た力りき也なり。

あさましき悪あく世せの凡ぼん夫ぶの諂曲てんごくの心こころにて、 かまへつくりたるのり物ものにだに、 かゝる他た力りきあり。 まして五ご劫こうのあひだおぼしめしさだめたる本願ほんがん他た力りきのふね・いかだに乗のりなば、 生しょう死じの海うみをわたらん事こと、 うたがひおぼしめすべからず。

しかのみならず、 やまひをいやす草木そうもく、 くろがねをとる磁じ石しゃく、 不ふ思議しぎの用力ゆうりき也なり。 又また麝香じゃこうはかうばしき用ゆうあり、 さいの角つのはみづをよせぬちからあり。 これみな心なき草木そうもく、 ちかひをおこさぬけだ物ものなれども、 もとより不ふ思議しぎの用力ゆうりきはかくのみこそ候そうらへ。 まして仏法ぶっぽう不ふ思議しぎの用力ゆうりきましまさゞらんや。

されば、 念仏ねんぶつは一いっ声しょうに八はち十じゅう億劫おくこうのつみを滅めっする用ゆうあり、 弥陀みだは悪業あくごう深じん重じゅうの物ものを来迎らいこうし給たまふちからましますと、 おぼしめしとりて、 宿しゅく善ぜんのありなしも沙汰さたせず、 つみのふかきあさきも返かえりみず、 たゞ名みょう号ごうとなふるものゝ、 往おう0678生じょうするぞと信しんじおぼしめすべく候そうろう。

すべて破は戒かいも持じ戒かいも、 貧びん窮ぐも福人ふくにんも、 上じょう下げの人ひとをきらはず、 たゞわが名みょう号ごうをだに念ねんぜば、 いし・かわらを変へんじて金こがねとなさんがごとし、 来迎らいこうせんと御お約束やくそく候そうろう也なり。

法ほっ照しょう禅ぜん師じの愚ぐ者しゃ法ほう事じ讃さんにも、

「彼ひ仏ぶつ因いん中ちゅう立りゅう弘ぐ誓ぜい聞もん名みょう念ねん我が総そう来迎らいこう
不ふ簡けん貧びん窮ぐ将しょう富ふう貴き不ふ簡けん下智げち与よ高才こうざい
不ふ簡けん多た聞もん持じ浄じょう戒かい不ふ簡けん破は戒かい罪根ざいこん深じん
但たん使し廻え心しん多た念仏ねんぶつ能のう令りょう瓦が礫りゃく変へん成じょう金こん」

たゞ御おずゞをくらせおはしまして、 御み舌したをだにもはたらかされず候そうらはんは、 けだいにて候そうろうべし。

たゞし善導ぜんどうの、 三縁さんえんのなかの親縁しんえんを釈しゃくし給たまふに、 「衆しゅ生じょうほとけを礼らいすれば、 仏ぶつこれを見み給たまふ。 衆しゅ生じょう仏ぶつをとなふれば、 仏ぶつこれをきゝ給たまふ。 衆しゅ生じょう仏ぶつを念ねんずれば、 仏ぶつも衆しゅ生じょうを念ねんじ給たまふ。 かるがゆへに阿あ弥陀みだ仏ぶつの三業さんごうと行ぎょう者じゃの三業さんごうと、 かれこれひとつになりて、 仏ぶつも衆しゅ生じょうもおや子このごとくなるゆへに、 親縁しんえんとなづく」 (定善義意) と候そうろうめれば、 御手みてにずゞをもたせ給たまいて候そうらはゞ、 仏ぶつこれを御ごらん候そうろうべし。 御おん心こころに念仏ねんぶつ申もうすぞかしとおぼしめし候そうらはゞ、 仏ぶつも衆しゅ生じょうを念ねんじ給たまふべし。 されば仏ぶつにみえまいらせ、 念ねんぜられまいらする御おん身みにてわたらせ給たまはんずる也なり。

さは候そうらへども0679、 つねに御みしたのはたらくべきにて候そうろう也なり。 三業さんごう相応そうおうのためにて候そうろうべし。 三業さんごうとは身みと口くちと意こころとを申もうし候そうろう也なり。 しかも仏ぶつの本願ほんがんの称名しょうみょうなるがゆへに、 声こえを本体ほんたいとはおぼしめすべきにて候そうろう。

さてわがみゝにきこゆる程ほど申もうし候そうろうは、 高こう声しょうの念仏ねんぶつのうちにて候そうろうなり。 高こう声しょうは大仏だいぶつをおがみ、 念ねんずるは仏ぶつのかずへもなど申もうすげに候そうろう。 いづれも往おう生じょうの業ごうにて候そうろうべく候そうろう。

三

一 御ご无む言ごんめでたく候そうろう。 たゞし无む言ごんならで申もうす念仏ねんぶつは、 功く徳どくすくなしとおぼしめされんはあしく候そうろう。

念仏ねんぶつをば金こがねにたとへたる事ことにて候そうろう。 金こがねは火ひにやくにもいろまさり、 みづにいるゝにも損そんせず候そうろう。 かやうに念仏ねんぶつは妄念もうねんのおこる時とき申もうし候そうらへどもけがれず、 物ものを申もうしまずるにもまぎれ候そうらはず。

そのよしを御おん心こころえながら、 御おん念仏ねんぶつの程ほどはこと事ごとまぜずして、 いますこし念仏ねんぶつのかずをそえんとおぼしめさんは、 さんて候そうろう。

もしおぼしめしわすれて、 ふと物ものなんどおほせ候そうらいて、 あなあさまし、 いまはこの念仏ねんぶつむなしくなりぬとおぼしめす御事おんことは、 ゆめゆめ候そうろうまじく候そうろう。 いかやうにて申もうし候そうろうとも、 往おう生じょうの業ごうにて候そうろうべく候そうろう。

四

一 百ひゃく万遍まんべんの事こと、 仏ぶつの願がんにては候そうらはねども、 ¬小しょう阿あ弥陀みだ経きょう¼ (意) に 「若もしは一日いちにち、 若もしは二に日にち、 乃ない至し七日しちにち、 念仏ねんぶつ申もうす人ひと、 極楽ごくらくに生しょうずる」 とはかゝれて候そうらへば、 七日しちにち念仏ねんぶつ申もうすべきにて候そうろう0680。

その七日しちにちの程ほどのかずは、 百ひゃく万遍まんべんにあたり候そうろうよし、 人にん師し釈しゃくして候そうろう時ときに、 百ひゃく万遍まんべんは七日しちにち申もうすべきにて候そうらへども、 たへ候そうらはざらん人ひとは、 八日はちにち・九く日にちなんどにも申もうされ候そうらへかし。

さればとて、 百ひゃく万遍まんべん中ちゅうさゞらん人ひとのむまるまじきにては候そうらはず、 一念いちねん・十じゅう念ねんにてもむまれ候そうろう也なり。 一念いちねん・十じゅう念ねんにてもむまれ候そうろうほどの念仏ねんぶつとおもひ候そうろううれしさに、 百ひゃく万遍まんべんの功く徳どくをかさぬるにて候そうろう也なり。

五

一 七分しちぶん全得ぜんとくの事こと、 仰おおせのまゝに申もうすげに候そうろう。 さてこそ逆げき修しゅうはする事ことにて候そうらへ。

さ候そうらへば、 のちの世よをとぶらひぬべき人ひと候そうらはん人ひとも、 それをたのまずして、 われとはげみて念仏ねんぶつ申もうして、 いそぎ極楽ごくらくへまいりて、 五ご通つう三さん明みょうをさとりて、 六道ろくどう四し生しょうの衆しゅ生じょうを利り益やくし、 父母ぶも師し長ちょうの生しょう所しょをたづねて、 心こころのまゝにむかへとらんとおもふべきにて候そうろう也なり。 又また当とう時じ日ひごとの御おん念仏ねんぶつをも、 かつがつ廻え向こうしまいらせられ候そうろうべし。

なき人ひとのために念仏ねんぶつを廻え向こうし候そうらへば、 阿あ弥陀みだほとけひかりをはなちて、 地じ獄ごく・餓鬼がき・畜ちく生しょうをてらし給たまひ候そうらへば、 この三さん悪道まくどうにしづみて苦くをうくる物もの、 そのくるしみやすまりて、 いのちおはりてのち、 解げ脱だつすべきにて候そうろう。

大だい経きょう (巻上) にいはく、 「若にゃく在三さん塗ず勤ごん苦く之し処しょ、 見けん此し光こう明みょう、 皆得かいとく休く息そく无復むぶ苦く悩のう。 寿じゅ終じゅう之後しご、 皆蒙かいもう解げ脱だつ」。

六

一 本願ほんがんのうたがはしき事こともなし、 極楽ごくらくのねがはしからぬにてはなけれども、 往おう生じょう0681一いち定じょうとおもひやられて、 とくまいりたき心こころのあさゆふは、 しみじみともおぼえずとおほせ候そうろう事こと、 ま事ことによからぬ御事おんことにて候そうろう。

浄じょう土どの法門ほうもんをきけどもきかざるがごとくなるは、 このたび三さん悪道まくどうよりいでゝ、 つみいまだつきざるもの也なり。 又また経きょうにもとかれて候そうろう。 又またこの世よをいとふ御おん心こころ、 うすくわたらせ給たまふにて候そうろう。

そのゆへは、 西国さいごくへくだらんともおもはぬ人ひとに、 船ふねをとらせて候そうらはんに、 ふねのみづにうかぶ事ことなしとはうたがひ候そうらはねども、 当とう時じさしているまじければ、 いたくうれしくも候そうろうまじきぞかし。

さて[か]たきの城しろなんどにこめられて候そうらはんが、 からくしてにげてまかり候そうらはんみちに、 おほきなる河海かわうみなんどの候そうらいて、 わたるべきやうもなからんおり、 おやのもとよりふねをまうけてむかへにたびたらんは、 さしあたりていかばかりかうれしく候そうろうべき。

これがやうに、 貪瞋とんじん煩悩ぼんのうのかたきにしばられて、 三界さんがいの樊篭ぼんろうにこめられたるわれらを、 弥陀みだ悲母じもの御おん心こころざしふかくして、 名みょう号ごうの利り剣けんをもちて生しょう死じのきづなをきり、 本願ほんがんの要船ようせんを苦く海かいのなみにうかべて、 かのきしにつけ給たまふべしとおもひ候そうらはんうれしさは、 歓かん喜ぎのなみだたもとをしぼり、 渇仰かつごうのおもひきもにそむべきにて候そうろう。

せめては身みの毛けいよだつほどにおもふべきにて候そうろうを、 のさにおぼしめし候そうらはんは、 ほいなく候そうらへども、 それもことはりにて候そうろう。 つ0682みつくる事ことこそおしへ候そうらはねども、 心こころにもそみておぼえ候そうらへ。

そのゆへは、 无始むしよりこのかた六趣ろくしゅにめぐりし時ときも、 かたちはかはれども心こころはかはらずして、 いろいろさまざまにつくりならひて候そうらへば、 いまもうゐうゐしからず、 やすくはつくられ候そうらへ。

念仏ねんぶつ申もうして往おう生じょうせばやとおもふ事ことは、 このたびはじめてわづかにきゝえたる事ことにて候そうらへば、 きとは信しんぜられ候そうらはぬ也なり。 そのうゑ、 人ひとの心こころは頓とん機き・漸ぜん機きとて二ふたしなに候そうろう也なり。 頓とん機きはきゝてやがてさとる心こころにて候そうろう。 漸ぜん機きはやうやうさとる心こころにて候そうろう也なり。 物ものまうでなんどをし候そうろうに、 あしはやき人ひとは一いち時じにまいりつくところへ、 あしおそき物ものは日ひぐらしにもかなはぬ様ようには候そうらへども、 まいり心ごころだにも候そうらへば、 つゐにはとげ候そうろうやうに、 ねがふ御おん心こころだにわたらせ給たまひ候そうらはゞ、 とし月つきをかさねても御ご信心しんじんもふかくならせおはしますべきにて候そうろう。

七

一 日ひごろ念仏ねんぶつ申もうせども、 臨りん終じゅうに善ぜん知ぢ識しきにあはずは往おう生じょうしがたし。 又またやまひ大だい事じにして心こころみだれば、 往おう生じょうしがたしと申もうし候そうろうらんは、 さもいはれて候そうらへども、 善導ぜんどうの御おん心こころにては、 極楽ごくらくへまいらんと心こころざして、 おほくもすくなくも念仏ねんぶつ申もうさん人ひとのいのちつきん時ときは、 阿あ弥陀みだほとけ聖しょう衆じゅとゝもにきたりてむかへ給たまふべしと候そうらへば、 日ひごろだにも御おん念仏ねんぶつ候そうらはゞ、 御ご臨りん終じゅうに善ぜん知ぢ識しき候そうらはずとも、 ほとけはむかへさせ給たまふべ0683きにて候そうろう。

又また善ぜん知ぢ識しきのちからにて往おう生じょうすと申もうし候そうろう事ことは、 ¬観かん経ぎょう¼ の下げ三品さんぼんの事ことにて候そうろう。 下げ品ぼん下げ生しょうの人ひとなんどこそ、 日ひごろ念仏ねんぶつも申もうし候そうらはず、 往おう生じょうの心こころも候そうらはぬ逆ぎゃく罪ざいの人ひとの、 臨りん終じゅうにはじめて善ぜん知ぢ識しきにあひて、 十じゅう念ねん具ぐ足そくして往おう生じょうするにてこそ候そうらへ。 日ひごろより他た力りきの願力がんりきをたのみ、 思し惟ゆいの名みょう号ごうをとなへて、 極楽ごくらくへまいらんとおもひ候そうらはん人ひとは、 善ぜん知ぢ識しきのちから候そうらはずとも、 仏ぶつは来迎らいこうし給たまふべきにて候そうろう。

又またかろきやまひをせんといのり候そうらはん事ことも、 心こころかしこくは候そうらへども、 やまひもせでしに候そうろう人ひとも、 うるはしくおはる時ときには、 断末だんまつ魔まのくるしみとて、 八万はちまんの塵労じんろう門もんより无む量りょうのやまひ身みをせめ候そうろう事こと、 百ひゃく千せんのほこ・つるぎにて身みをきりさくがごとし。

されば、 まなこなきがごとくして、 みんとおもふ物ものをも見みず、 舌したのねすくみて、 いはんとおもふ事こともいはれず候そうろう也なり。 これは人間にんげんの八はっ苦くのうちの死苦しくにて候そうらへば、 本願ほんがん信しんじて往おう生じょうねがひ候そうらはん行ぎょう者じゃも、 この苦くはのがれずして悶絶もんぜつし候そうろうとも、 いきのたえん時ときは、 阿あ弥陀みだほとけのちからにて、 正しょう念ねんになりて往おう生じょうをし候そうろうべし。

臨りん終じゅうはかみすぢきるがほどの事ことにて候そうらへば、 よそにて凡ぼん夫ぶさだめがたく候そうろう。 たゞ仏ぶつと行ぎょう者じゃとの心こころにてしるべく候そうろう也なり。 そのうゑ三種さんしゅの愛心あいしんおこり候そうらひぬれば、 魔ま縁えんたよりをえて、 正しょう念ねんをうしなひ候そうろう也なり。

この愛心あいしんをば善ぜん知ぢ識しきのちからばかりにてはのぞきがたく候そうろう。 阿あ0684弥陀みだほとけの御おんちからにてのぞかせ給たまひ候そうろうべく候そうろう。 「諸しょ邪じゃ業ごっ繋け无む能のう礙げ者しゃ」 (定善義) 、 たのもしくおぼしめすべく候そうろう。

又また後世ごせ者しゃとおぼしき人ひとの申もうすげに候そうろうは、 まづ正しょう念ねんに住じゅうして念仏ねんぶつ申もうさん時ときに、 仏ぶつ来迎らいこうし給たまふべしと申もうすげに候そうらへども、 ¬小しょう阿あ弥陀みだ経きょう¼ には、 「与よ諸しょ聖しょう衆じゅ現在げんざい其ご前ぜん。 是ぜ人にん終じゅう時じ、 心しん不ふ顛倒てんどう、 即得そくとく往おう生じょう阿あ弥陀みだ仏ぶつ極楽ごくらく国こく土ど」 と候そうらへば、 人ひとのいのちおはらんとする時とき、 阿あ弥陀みだほとけ聖しょう衆じゅとゝもに、 目めのまへにきたり給たまひたらんを、 まづみまいらせてのちに、 心こころは顛倒てんどうせずして、 極楽ごくらくにむまるべしとこそ心こころえて候そうらへ。

されば、 かろきやまひをせばや、 善ぜん知ぢ識しきにあはばやといのらせ給たまはんいとまにて、 いま一返いっぺんもやまひなき時とき念仏ねんぶつを申もうして、 臨りん終じゅうには阿あ弥陀みだほとけの来迎らいこうにあづかりて、 三種さんしゅの愛あいをのぞき、 正しょう念ねんになされまいらせて、 極楽ごくらくにむまれんとおぼしめすべく候そうろう。

さればとて、 いたづらに候そうらいぬべからん善ぜん知ぢ識しきにもむかはでおはらんとおぼしめすべきにては候そうらはず。 先徳せんどくたちのおしへにも、 臨りん終じゅうの時ときに阿あ弥陀みだ仏ぶつを西にしのかべに安あん置ちしまいらせて、 病びょう者しゃそのまへに西にしむきにふして、 善ぜん知ぢ識しきに念仏ねんぶつをす[ゝ]められよとこそ候そうらへ。 それこそあらまほしき事ことにて候そうらへ。

たゞし人ひとの死しの縁えんは、 かねておもふにもかなひ候そうらはず、 にはかにおほぢ・みちにておはる事ことも候そうろう。 又また大だい小しょう便べん利りのところにてしぬる人ひとも候そうろう。 前業ぜんごうのがれがたくて、 た0685ち・かたなにていのちをうしなひ、 火ひにやけ、 水みずにおぼれて、 いのちをほろぼすたぐひおほく候そうらへば、 さやうにしてしに候そうろうとも、 日ひごろの念仏ねんぶつ申もうして極楽ごくらくへまいる心こころだにも候そうろう人ひとならば、 いきのたえん時ときに、 阿あ弥陀みだ・観音かんのん・勢せい至しきたりむかへ給たまうべしと信しんじおぼしめすべきにて候そうろう也なり。

¬往おう生じょう要よう集しゅう¼ (巻下) にも、 「時じ所しょ諸縁しょえんを論ろんぜず、 臨りん終じゅうに往おう生じょうをもとめねがふにその便びん宜ぎをえたる事こと、 念仏ねんぶつにはしかず」 と候そうらへば、 たのもしく候そうろう。

このよしをよみ申もうさせ給たまふべく候そうろう。 八やつの事ことしるしてまいらせ候そうろう。 これはのちに御おんたづね候そうらいし御ご返へん事じにて候そうろう。

八

一 所しょ作さおほくあてがひてかゝんよりは、 すくなく申もうさん一念いちねんもむまるなればとおほせの候そうろう事こと、 ま事ことにさも候そうらいぬべし。

ただし ¬礼讃らいさん¼ のなかには、 「十じっ声しょう一いっ声しょう、 定じょう得とく往おう生じょう、 乃ない至し一念いちねん无有むう疑ぎ心しん」 と釈しゃくせられて候そうらへども、 ¬疏しょ¼ (散善義) の文もんには 「念々ねんねん不ふ捨しゃ者しゃ、 是ぜ名みょう正定しょうじょう之し業ごう」 と候そうらへば、 十じっ声しょう・一いっ声しょうにむまると信しんじて、 念々ねんねんにわするゝ事ことなく、 となふべきにて候そうろう。 又また 「弥陀みだ名みょう号ごう相続そうぞく念ねん」 (法事讃巻下) とも釈しゃくせられて候そうろう。 されば、 あひついで念ねんずべきにて候そうろう。

一食いちじきのあひだに三み度たびばかりおもひいでんは、 よき相続そうぞくにて候そうろう。 つねにだにおぼしめしいでさせ給たまはゞ、 十じゅう万まん・六万ろくまん申もうさせ給たまひ候そうらはずと0686も、 相続そうぞくにて候そうらいぬべけれども、 人ひとの心こころは当とう時じみる事こときく事ことにうつる物ものにて候そうらへば、 なにとなく御おんまぎれのなかには、 おぼしめしいでん事ことかたく候そうらいぬべく候そうろう。

御ご所しょ作さおほくあてゝ、 つねにずゞをもたせ給たまひ候そうらはゞ、 おぼしめしいで候そうらいぬとおぼえ候そうろう。 たとひ事ことのさはりありて、 かゝせおはしまして候そうろうとも、 あさましや、 かきつる事ことよとおぼしめし候そうらはゞ、 御おん心こころにかけられ候そうらはんずるぞかし。

とてもかくても御おわすれ候そうらはずは、 相続そうぞくにて候そうろうべし。 又またかけて候そうらはん御ご所しょ作さを、 つぎの日ひ申もうしいれられ候そうらはん事こと、 さも候そうらいなん。 それもあす申もうしいれ候そうらはんずればとて、 御おんゆだん候そうらはんはあしく候そうろう。 せめての事ことにてこそ候そうらへ。 御おん心こころえあるべく候そうろう。

九

一 魚ぎょ鳥ちょうに七しち箇か日にちのいみの候そうろうなる事こと、 さもや候そうろうらん、 えみおよばず候そうろう。

地じ体たいはいきとしいける物ものは過去かこのちゝ・はゝにて候そうろうなれば、 くふべき事ことにては候そうらはず。 又また臨りん終じゅうには、 さけ・いを・とり・き・にら・ひるなんどはいまれたる事ことにて候そうらへば、 やまひなんどかぎりになりては、 くふべき物ものにては候そうらはねども、 当とう時じきとしぬばかりは候そうらはぬやまひの、 月つき日ひつもり苦く痛つうもしのびがたく候そうらはんには、 ゆるされ候そうらいなんとおぼえ候そうろう。

御おん身みおだしくて念仏ねんぶつ申もうさんとおぼしめして、 御ご療りょう治じ候そうろうべし。 いのちおしむは往おう生じょうのさはりにて候そうろう。 やまひばかりをば療りょう治じはゆるされ候そうらいなんとおぼ0687え候そうろう。

二ふたつの事ことの御おんたづね、 しるしてまいらせ候そうろう。 よくよくよみ申もうさせ給たまふべく候そうろう。▽