(493)、 九条殿下の北政所へ進ずる御返事

じょう殿でんきたのまんどころしんずるへん だい

かしこまりてもうしあげそうろう。 さては念仏ねんぶつもうさせおはしましそうろうらんこそ、 よにうれしくそうらへ。

ことおうじょうぎょうには、 念仏ねんぶつがめでたきことにてそうろうなり。 そのゆへは、 弥陀みだほん0494がんぎょうなればなりぎょうは、 それ真言しんごんかんのたかきぎょうなりといへども、 弥陀みだ本願ほんがんにあらず。

また念仏ねんぶつは、 しゃ如来にょらいぞくぎょうなりぎょうは、 まことにじょうさんりょうもんのめでたきぎょうなりといへども、 しゃくそんこれをぞくたまはず。

また念仏ねんぶつは、 六方ろっぽう諸仏しょぶつ証誠しょうじょうぎょうなりぎょうは、 顕密けんみつ事理じりのやんごとなきぎょうなりといへども、 諸仏しょぶつこれを証誠しょうじょうたまはず。 このゆへに、 様々さまざまぎょうおほしといへども、 おうじょうのみちにはひとへに念仏ねんぶつがすぐれたることにてそうろうなり

しかるをおうじょうのみちにうときひともうすやうは、 真言しんごんかんぎょうにたえざる、 やすきまゝのつとめにてこそ念仏ねんぶつはあれともうすは、 きはめたるひがごとにてそうろうなり

そのゆへは、 ぎょうをば弥陀みだ本願ほんがんにあらずときらひすてゝ、 またしゃくそんぞくにあらざるぎょうをばえらびとゞめ、 また諸仏しょぶつ証誠しょうじょうにあらざるぎょうをばとゞめおさめて、 いまたゞ弥陀みだ本願ほんがんにまかせ、 しゃくそんぞくにより、 諸仏しょぶつ証誠しょうじょうにしたがひて、 おろかなるわたくしのはからひをばとゞめて、 これらのゆへ、 つよき念仏ねんぶつぎょうしんじつとめて、 おうじょうをばいのるべしともうことにてそうろうなり

さればしんそうの ¬おうじょうようしゅう¼ (巻中) に、 「おうじょうごうは、 念仏ねんぶつほんとす」 ともうしたるは、 このこころなり。 いまはたゞぎょうをとゞめたまいて、 一向いっこう念仏ねんぶつにならせたまふべし。

念仏ねんぶつにとりても、 一向いっこう専修せんじゅ念仏ねんぶつがめでたきことにてそうろうなり。 そのむねは三昧さんまい発得ほっとく善導ぜんどうしょう0495かんぎょうしょにみえてそうろう

しかのみならず、 ¬双巻そうかんぎょう¼ (大経巻下) には、 「一向いっこう専念せんねんりょう寿仏じゅぶつ」 とときたまへり。 およそ一向いっこうのことばゝ、 こう三向さんこうたいして、 ひとへにぎょうをえらびすて、 きらひのぞくこころなり

君達きんだちなんどのおんいのりのりょうなんどにも、 念仏ねんぶつがめでたきことにてそうらへば、 ¬おうじょうようしゅう¼ に、 ぎょうのなかにも念仏ねんぶつすぐれたるよしみへてそうろう

またでんぎょうだい七難しちなんしょうめつほうにも、 「念仏ねんぶつをつとむべし」 (七難消滅護国頌) えてそうろう。 およそ十方じっぽう諸仏しょぶつ三界さんがい天衆てんしゅようたまぎょうにてそうらへば、 げんしょうおんつとめ、 何事なにごとかこれにすぎそうらはん。

いまはたゞ一向いっこう専修せんじゅたん念仏ねんぶつにならせたまふべくそうろう