りきりきのこと

ちょうらく*りゅうかんりっさく

 

【1】 *念仏ねんぶつぎょうにつきて*りき*りきといふことあり。 これは*極楽ごくらくをねがひて弥陀みだ*みょうごうをとなふるひとのなかに、 りきのこころにて念仏ねんぶつするひとあり。

【2】 まづりきのこころといふは、 にもわろきことをばせじ、 くちにもわろきことをばいはじ、 こころにも*ひがごとをばおもはじと、 かやうにつつしみて念仏ねんぶつするものは、 この念仏ねんぶつのちからにて、 よろづのつみのぞうしなひて、 極楽ごくらくへかならずまゐるぞとおもひたるひとをば、 りきぎょうといふなり。

かやうにわがをつつしみととのへて、 よからんとおもふは*めでたけれども、 まづひとをみるに、 いかにもいかにもおもふさまにつつしみえんことは、 *きはめてありがたきことなり。 そのうへに弥陀みだ*本願ほんがん*つやつやとしらざるとがのあるなり。 されば*いみじくしえておうじょうするひとも、 まさしき本願ほんがん極楽ごくらくにはまゐらず、 わづかにその*ほとりへまゐりて、 そのところにて本願ほんがんにそむきたるつみをつぐのひてのちに、 まさしき極楽ごくらくにはしょうずるなり。 これをりき念仏ねんぶつとはもうすなり。

【3】 りき念仏ねんぶつとは、 わがのおろかにわろきにつけても、 かかるにてたやすくこの*しゃかいをいかがはなるべき。 つみ日々ひび*そへてかさなり、 *妄念もうねんはつねにおこりてとどまらず。

かかるにつけては、 ひとへに弥陀みだのちかひをたのみあおぎて念仏ねんぶつおこたらざれば、 *弥陀みだぶつかたじけなく*へんじょうこうみょうをはなちて、 このらしまもらせたまへば、 *観音かんのん*せいとうりょうしょうじゅ*ひきして、 *行住ぎょうじゅう坐臥ざが、 もしはひるもしはよる一切いっさいのときところをきらはず、 ぎょうじゃねんして、 しばらくもすてたまはず、 まさしくいのちいきたえんときには、 よろづのつみをばみなうちして、 めでたきものにつくりなして、 極楽ごくらくてかへらせおはしますなり。

さればつみゆることも*南無なも弥陀みだぶつ願力がんりきなり、 めでたきくらいをうることも南無なも弥陀みだぶつ*ぜいのちからなり、 ながくとほく*三界さんがいでんことも弥陀みだぶつ本願ほんがんのちからなり、 極楽ごくらくへまゐりてのりをききさとりをひらき、 *やがてぶつにならんずることも弥陀みだぶつおんちからなりければ、 ひとあゆみもわがちからにて極楽ごくらくへまゐることなしとおもひて、 *ぎょうをまじへずして一向いっこう念仏ねんぶつするをりきぎょうとはもうすなり。

【4】 たとへばこしあしなえて、 わがちからにてたちあがるべきかたもなし、 ましてはるかならんところへゆくことは、 *かけてもおもひよらぬことなれども、 *たのみたるひとのいとほしとおもひて、 *さりぬべきひとあまたして、 *力者りきしゃ輿こしをかかせてむかへにきたりて、 やはらかにかきせてかへらんずるじゅうじゅうみちもやすく、 をもやまをもほどなくすぐるやうに、 われらが極楽ごくらくへまゐらんとおもひたちたるは、 つみふかく煩悩ぼんのうもあつければ、 こしあしなえたる人々ひとびとにもすぐれたり。

ただいまにてもするものならば、 *あしたゆふべにつくりたるつみのおもければ、 あたまをさかさまにして、 *さん悪道まくどうにこそはおちいらんずるものにてあれども、 ひとすぢに弥陀みだぶつのちかひをあおぎて、 念仏ねんぶつしてうたがふこころだにもなければ、 かならずかならずただいま*ひきいらんずるとき、 弥陀みだぶつのまへにあらはれて、 つみといふつみをばすこしものこることなくどくてんじかへなして、 *無漏むろ*しょう報仏ほうぶつほうてかへらせおはしますといふことを、 しゃ如来にょらいねんごろにすすめおはしましたることをふかくたのみて、 *ふたごころなく念仏ねんぶつするをばりきぎょうじゃもうすなり。

かかるひとは、 じゅうにんじゅうにんながらひゃくにんひゃくにんながら、 おうじょうすることにてそうろふなり。 かかるひとをやがて*一向いっこう専修せんじゅ念仏ねんぶつしゃとはもうすなり。 おなじく念仏ねんぶつをしながら、 ひとへにりきをたのみたるは、 ゆゆしき*ひがごとにてそうろふなり。

*あなかしこ、 あなかしこ。

  *寛元かんげんさいひのえうま三月さんがつじゅうにちこれをく。

                       *禿とくしゃく*親鸞しんらんしちじゅうさい

 

ひがごと 間違い。 誤り。 ここでは意業の悪事。
めでたけれども 結構なことではあるけれども。
きはめてありがたきこと めったにないこと。
つやつや 少しも。 全く。
いみじく 大変立派に。
ほとり 端・辺境の意。 ここでは極楽浄土のへんのこと。
そへて 加えて。
ひき具して 伴って。
余行 念仏以外のぎょうごう
かけても いささかも。 かりそめにも。
たのみたる人の 信頼している人が。 たよりに思う人が。
さりぬべき人 相当な人。 立派な人。
力者 力者ほうのこと。 僧形をして院の御所や公家に仕えて輿をかついだり、 馬の口をとったり、 長刀をもって供をした下僕のこと。
あしたゆふべ つねづね。
ひきいらんずるとき 息が絶えようとする時。
二心なく 一心に。 疑いなく。
寛元四歳 1246年。