高 僧 和 讃

 

0403土高僧和讃 愚禿親鸞作

註釈版の底本は◎龍谷大学蔵文明五年蓮如上人開版本(文明本)ˆ聖典全書上段ˇであるが、 対照のため○高田派専修寺蔵国宝本(国宝本)ˆ聖典全書中段ˇを収録した。 なお、 ●高田派専修寺蔵正応三年顕智上人書写本(顕智本)ˆ聖典全書下段ˇの左訓も適宜採録し、 灰色で示している。

龍樹菩薩 付釈文 十首

(1)

ほん龍樹りうじゆさち

リウジユハキノモトニムマレテマシマシケルヲリウワウトリテヤシナイタリケリ ノチニナムテンヂクノ王ノコニナリタマヒケリ キノモトニムマレリウワウヤシナイタマヒケルニヨリテリウジユトナヅケタテマツルナリ

¬智度ちど¼・¬十住じふじゆ毘婆びばしや¼とう

つくりておほく西にしをほめ

すゝめて念仏せしめけり

(20404)

なむ天竺てんぢく比丘びくあらむ

コレヨリミナミウミノナカニリヨウガサンノヌシダイクヰワウアリ ダイジヨウノホフヲアイスルニヨリテシヤカニヨライワタラセタマヒテホフヲトイテキカセタマフツイデニワレニフメチノノチニイクイクラアリテリウジユヨニイデヽグヱダウヲブクスベシトカネテトキタマフ

龍樹りうじゆさちとなづくべし

有無うむ邪見じやけんすべしと

サダマラズ

そんはかねてときたまふ

(3)

ほん龍樹りうじゆさち

じよう上の法をとき

くわんしようしてぞ

クワンギヂハシヤウヂヤウジユノクラヰナリ

ミニヨロコブヲクワントイフ

コヽロニヨロコブヲキトイフ

ウベキモノヲエテムズトオモヒテヨロコブヲクワンギトイフ

ひとえに念仏すゝめける

(40405)

龍樹りうじゆ世にいでゝ

オホキナルヒトヽイフナリ

なんふたつのみちをとき

カタシ

ナンハシヤウダウモン

ヤスシ

イハジヤウドモン

てんりんのわれらおば

ウツル反

メグル反

メグル反カヘル反

サソラフ反ナガレ反

ぜいのふねにのせたまふ

(5)

ほん龍樹りうじゆさち

おしへをつたへきかむひと

本願こゝろにかけしめて

つねに弥陀をしようすべし

(60406)

退たいのくらゐすみやかに

えむとおもはむひとはみな

ぎやうの心にしふして

ツヽシミウヤマフ

トリタモツチラシウシナハズ反ヒトタビトリテナガクステヌニカク

«フサンフシチニナヅク»

«セウジヨウオバクヤウトイフ ダイジヨウオバクギヤウトイフ»

弥陀の名号しようすべし

(7)

しやうかいほとりなし

ひさしくしづめるわれらおば

弥陀弘誓のふねのみぞ

のせてかならずわたしける

(80407)

¬智度ちどろん¼にのたまはく

は无上法王なり

さち法臣ほふしんとしたまひて

そんぢうすべきは世尊なり

(9)

さいさちのゝたまはく

われらいんにありしとき

ボムブニテアリシトキトイフ

りやうこふをへめぐりて

万善まんぜんしよぎやうしゆせしかど

ツクロウ反オコナウ反

(100408)

恩愛おんあいはなはだたちがたく

しやうはなはだつきがたし

念仏三まいぎやうじてぞ

ざいしやうめちだちせし

ワタリ反

マヌカル

已上龍樹菩薩

天親菩薩 付釈文 十首

(110409)

しや教法けうぼふおほけれど

天親てんじんさちはねむごろに

煩悩ぼむなうじやうじゆのわれらには

弥陀のぜいをすゝめしむ

(12)

安養あんやう浄土のしやうごむ

唯仏ゆいぶちぶちの知見なり

きやうせること虚空にして

クキヤウオバキワメキワムオワリオワル

広大にして辺際へんざいなし

(130410)

本願力にあひぬれば

むなしくすぐるひとぞなき

功徳の宝海みちみちて

煩悩のぢよくしゐへだてなし

(14)

如来じやうくゑしやうじゆ

ジヤウケトイフハアミダノホトケニナリタマヒシトキノハナナリ コノハナニシヤウズルシユジヤウハドウイヰチニネムブチシテベチノミチナシトイフナリ

しやうがくのはなより化生して

衆生のぐわんげうことごとく

すみやかにとく満足まんぞく

ミチタル

(150411)

天・人どうしやうじゆ

オゴク反ハタラク反

ぜいかいより生ず

心業のどく清浄しやうじやうにて

虚空こくのごとく差別しやべちなし

(16)

天親論主ろんじゆは一心に

无光にくゐみやうして

本願力にじようずれは

ほうにいたるとのべたまふ

(170412)

じん十方の无光仏

一心にくゐみやうするをこそ

じん論主ろんじゆのみことには

ぐわん仏心ぶちしむとのべたまへ

(18)

ぐわんぶちしむはこれ

衆生のこゝろなり

衆生の心はこれ

利他りた真実しんじちの信心なり

(190413)

信心すなはち一心なり

一心すなはち金剛心こむがうしむ

金剛心はだいしむ

この心すなわちりきなり

(20)

ぐわんにいたればすみやかに

グワンドハミダノホンゼイヒグワンノドナリ

无上涅槃ねちはんしようしてぞ

すなわち大をおこすなり

これをかうとなづけたり

0414已上天親菩薩

曇鸞和尚 付釈文 三十四首

(21)

斉朝せいてう曇鸞どむらんくわしやう

だい流支るしのおしえにて

せんぎやうながくやきすてゝ

浄土にふかくくゐせしめ

(220415)

ろん講説かうせちさしおきて

ナラヒトク

本願他力をときたま

ばく凡衆ぼむしゆをみちびきて

グバクトイフハボムナウグソクノボムブトイフナリ

涅槃ねちはんのかどにぞいらしめし

(23)

ぞくくん幸臨かうりむ

コクワウ

アルクナリ

ちよくして浄土のゆへをとふ

十方仏国浄土なり

なにゝよりてか西にしにある

(240416)

らんこたえてのたまはく

わがみは智慧ちゑあさくして

いまだ地位ぢゐにいらざれば

フタイノクラヰニイタラズトナリ

念力ねむりきひとしくおよばれず

オモフチカラヨノジヤウドニハカナハズトナリ

(25)

一切道俗だうぞくもろともに

くゐすべきところぞさらになき

安楽あんらくくわんくゐのこゝろざし

らむひとりさだめたり

(260417)

ぐゐしゆちよくして并州へいしう

コクワウ

クニノナナリ

タウドノナヽリ

大巌だいがむこそおはしけ

ドムランノツクラセタマヒタルオムテラナリ

イワヤ

テラ

やうやくおはりにのぞみては

汾州ふんしうにうつりたまひにき

クニノナナリ ネムブチノハンジヤウシタリケルトコロナリ

(27)

ぐゐてんはたふとみて

スベテコクワウオバテンシトマフスナリ

神巒じんらんとこそまふしけれ

ホメマイラスルコヽロナリ スベテメデタウマシマストイウフコヽロナリ

おはせしところのそのなおば

鸞公巌らんこうがむとぞなづけたる

(280418)

じやうごふさかりにすゝめつゝ

ジヤウドノゴフサカリニナリテハ

ぐゑんちうにそおはしけ

ドムランノツクラセタマヒタルオムテラナリ ダウシヤクハランシノオムデシナリ コノテラニダウシヤクハツギテオハシマシケリ

ぐゐこう四年に

ヨノナヽリ

ネンガウナリ

遥山えうさんにこそうつりしか

(29)

六十いう七ときいたり

浄土の往生とげたまふ

そのとき霊瑞れいずい不思議ふしぎにて

レイズイハヤウヤウノメデタキコトノゲンジホトケモミヘナムトシタマフホドノコトナリ

一切道俗だうぞくくゐきやうしき

オホセニシタガフヨリタノミマイラセテウヤマヒタテマツルナリ

(300419)

くんひとへにたふとみ

ぢよくせんくだしてたちまちに

汾州ふんしう汾西ふんせいしむりやう

クニノナヽリ

サトノナ

ツカノナ

コホリノナヽリ

しよう霊廟れいべうたてたまふ

スグレタルトコロニドムランノミハカヲタテタリ

(31)

天親菩薩のみことおも

らんときのべたまはずは

他力くわうとく

心行いかでかさとらまし

シムオモギヤウオモイカデカシラマシトナリ

(320420)

本願円頓ゑんどんじよう

ハチマンシヤウゲウノスベテスコシモカクルコトナキヲヱンドントマフスナリ

ぐゐやくあくせふすと信知して

煩悩ぼむなうだいたい无二むに

フタツナシトナリ

ボムナウボダイモヒトツミゾトナリ

すみやかにとくさとらしむ

(33)

いつゝの不思議ふしぎをとくなかに

仏法ぶちぽふ不思議ふしぎにしくぞなき

仏法不思議といふことは

弥陀のぐわんになづけたり

(340421)

弥陀のかうじやうじゆして

往相わうさうぐゑんさうふたつなり

ワウサウハコレヨリワウジヤウセサセムトオボシメスヱカウナリ

グヱンサウハジヤウドニマイリハテハフゲンノフルマイヲセサセテシユジヤウリヤクセサセムトヱカウシタマヘルナリ

これらの回向によりてこそ

心行ともにえしむなれ

(35)

往相わうさうの回向ととくことは

弥陀の方便はうべんときいたり

悲願の信行えしむれば

生死すなはち涅槃なり

(360422)

ぐゑんさうかうととくことは

利他りた教化けうくゑくわをえしめ

すなわちしよにふして

ジフパウノヨロズノシユジヤウナリ

げんとくしゆするなり

フゲントイフハホトケノジヒノキワマリナリ

(37)

論主の一心ととけるおば

ロンジユトイフハテンジンボサチナリ

曇鸞大師のみことには

煩悩成就のわれらが

他力の信とのべたまふ

(380423)

じん十方の无光は

无明のやみをてらしつゝ

一念くわんするひとを

かならずめちにいたらしむ

(39)

无光のやくより

とくくわう大のしんをえて

かならず煩悩ぼむなうのこほりとけ

すなわちだいのみづとなる

(400424)

ざいしやうどくたいとなる

こほりとみづのごとくにて

こほりおほきにみづおほし

さわりおほきにとくおほし

アクゴフボムナウナリ

クドクトナル

(41)

名号不思議ふしぎの海水は

ぐゐやくはうがいもとゞまらず

ハウボフ

ゴグヰヤク

シニカバネ

衆悪しゆあく万川ばんせんくゐしぬれば

ヨロヅノカハナリ

どくのうしほにゐちなり

(420425)

じん十方无光仏の

ぐわんかい

煩悩ぼむなうしゆくゐしぬれば

モロモロ

サソフ反ナガル反

智慧ちゑのうしほてんずな

(43)

安楽あんらく仏国ぶちこくに生ずるは

ひちきやう成仏のだうにて

オワリ反オワル反

キワメ反キワム反

无上の方便なりければ

諸仏しよぶち浄土をすゝめけり

(440426)

諸仏三ごふしやうごむして

ひちきやうびやうどうなることは

ビヤウドウハスベテモノニオイテヘダテナキコヽロナリ

衆生わうしん口意くい

ムナシ

クルウ

アクゴフボムナウノコヽロナリ

せんがためとのべたまふ

オサム反タスクルコヽロナリ

シヤス反シヤストイフハケチウシナウコヽロナリ

(45)

安楽仏国にいたるには

无上宝珠ほうしゆの名号と

ニヨイホウシユノタマナリ コノホウシユハニゴレルミヅニイルレバミヅハスメドモミサビヰズ スイシヤウハニゴリミヅニイルレバミサビヰル カルガユヘニスイシヤウオバマンギヤウマンゼンニタトヘホウシユオバミヤウガウニタトフ

真実信心ひとつにて

別道べちだうとときたまふ

(460427)

如来清浄しやうじやう本願の

无生の生なりけれは

ロクダウノシヤウヲハナレタルシヤウナリ

ロクダウシシヤウニムマルヽコトシンジチシンジムノヒトハナキユヘニムシヤウトイフ

本則ほんそく三三のほむなれど

モトハコヽノシナノシユジヤウナリ

一二もかはることぞなき

(47)

无光如来の名号と

かの光明くわうみやうさうとは

みやうぢやうあむ

衆生のぐわんをみてたまふ

(480428)

如実によじちしゆぎやうといえること

ジチノゴトクシユギヤウセズト

らんしやくしてのたまはく

しや信心あつからず

にやくぞんにやくまうするゆえに

ゴトシ

イキタルガゴトシ

ゾンゼルガゴトシ

シニタルガゴトシ

マウゼルガゴトシ

アルトキニハワウジヤウシテムズトオモヒアルトキニハワウジヤウハエセジトオモフヲニヤクゾンニヤクマウトイフナリ

(49)

二者信心一ならず

決定くゑちぢやうなきゆえなれば

サダメサダム

じや信心相続さうぞくせず

アイツガズ

ねむけんとのべたまふ

ヨノ

マジワルト

(500429)

しん展転てんでんさうじやう

カエ反 アヒジヤウズ反

カワル反

行者こゝろをとゞむべし

信心あつからざるゆへに

決定の信なかりけり

(51)

決定の信なきゆへに

ねむ相続さうぞくせざるなり

念相続せざるゆへ

決定の信をえざるなり

(520430)

決定の信をえざるゆへ

信心じゆんとのべたまふ

アツカラザルナリ

如実によじちしゆぎやう相応さうおう

信心ひとつにさだめたり

(53)

まんぎやう諸善しよぜんせうより

本願一実の大だう

帰入しぬれば涅槃の

さとりはすなわちひらくなり

(540431)

ほん曇鸞どむらんおば

りやうてんサウわう

ヨノナヽリ

セウ反

コクワウノオムナヽリ

コクワウナリ

おはせしかたにつねにむき

らんさちとぞらいしける

已上曇鸞和尚

道綽禅師 付釈文 七首

(550432)

ほんだうしやくぜん

ダウシヤクハネチハンシユヲガクセサセタマヒケルヲサシオキテヒトエニジヤウドニクヰシタマヒタリ

しやうだうまんぎやうさしおきて

ゆいじやうもん

タヾジヤウドノモンノミイルベキミチトイフ

通入すべきみちととく

(56)

ほんだうしやく

涅槃ねちはんくわうごふさしおきて

本願りきをたのみつゝ

じよくぐんじやうすゝめしむ

(570433)

末法まちぽふぢよくの衆生は

しやうだうしゆぎやうせしむとも

ひとりもしようをえじとこそ

教主けうしゆそんはときたまへ

(58)

らんのおしへをうけつたへ

しやくしやうはもろともに

ざいしむりふぎやう

コヽニアリテコヽロヲオコシギヤウヲタツルハ

此是しぜ自力とさだめたり

コレハコレジリキナリ

(590434)

じよくあく造罪ざうざい

アクヲオコシツミヲツクルコト

暴風ぼふ駛雨しうにことならず

アラキカゼトキアメノゴトシトナリ

諸仏しよぶちこれらをあわれみて

すゝめて浄土にくゐせしめり

(60)

一形あくをつくれども

せんしやうにこゝろをかけしめて

モハラ

ヨク

つねに念仏せしむれば

しよしやうねんにのぞこりぬ

モロモロノサワリ

(610435)

じゆりやう一生造悪ざうあく

タトヒ

衆生引接いんぜふのためにとて

ミチビキトル トルトイフハテニトルコヽロナリ

しようみやうと願じつゝ

にやくしやうじやとちかひけり

已上道綽大師

善導大師 付釈文 二十六首

(620436)

大心海よりくゑしてこそ

善導ぜんだうくわしやうとおはしけれ

末代まちだいぢよくのためにとて

十方諸仏にしようをこふ

カナウ反

クワンギヤウノギシヨツクラントテ十方シヨブチニシヨウヲコヒタマヒタリ

(63)

よよに善導ぜんだういでたまひ

法照ほふせう少康せうかうとしめしつゝ

どくざうをひらきてぞ

クラ

ミヤウガウヲクドクザウトマフスナリ ヨロズノゼンゴンヲアツメタルニヨリテナリ

諸仏のほんとげたまふ

(640437)

弥陀の名願みやうぐわんによらざれは

百千万劫まんごふすぐれとも

いつゝのさわりはなれねば

女身によしんをいかでかてんずべき

(65)

しや要門えうもんひらきつゝ

ぢやうさんしよあわれみ

しやうざふ二行方便はうべん

ゴシユノシヤウギヤウゴシユノザフギヤウナリ

五ノシヤウギヤウトイフハライハイドクジユクワンザチシヨウミヤウサンダンクヤウロクシユトイフトキハサンダントクヤウヲフタツニスルナリ

ひとえに専修せんじゆをすゝめしむ

(660438)

助正ならべて修するおば

ミダヰチブチノコトヲシユスルヲシヤウギヤウトイフ ヨブチヨゼンヲスルヲザフギヤウトイフ

すなわち雑修ざふしゆとなづけたり

イツヽノシヤウギヤウノナカシヨウミヤウノホカ四オバジヨゴフニス タヾ一心ニシヨウミヤウスルヲ一向専修トマフスナリ

一心をえざるひとなれば

仏恩ぶちおんほうずるこゝろなし

(67)

仏号ぶちがうむねとしゆすれども

げんをいのる行者おば

これも雑修ざふしゆとなづけてぞ

マジヘオコナフ

千中无一ときらはるゝ

センガナカニヒトリモムマレズトナリ ヱカムゼンジノシヤクニハマンブヰチシヤウトシヤクセラレタリ

(680439)

こゝろはひとつにあらねども

ざふぎやう雑修ざふしゆこれにたり

ザフギヤウハヨロヅノギヤウ

ザフシユハゲンゼヲイノリ助業ヲシユスルヲイフナリ

浄土の行にあらぬおば

ひとえに雑修ざふしゆとなづけしむ

(69)

善導ぜんだうしようをこい

十方シヨブチニマフシタマハクコノクワンギヤウギヲツクリサフラウニシヨウニンニナリタマヘトイノラセタマヒタリ

ぢやうさん二心をひるがへし

貪瞋とむじん二河の譬喩ひゆをとき

シンハイカリハラダツ

タトヒ

サトルトヨム

トムハメヲアイシオトコヲアイシ

弘願の信心しゆせしむ

マモル

シユハタトエバクニノヌシトナリテマモル

マモル

ゴハクニノヌシナラネドモスベテアツマリテマモルナリ

(700440)

きやうだう滅尽めちじんときいたり

ブチポフメチジントキイタリマチポフマンネンノアヒダハタヾゴンケウアリテジチケウナシ マンネンノノチヒヤクネンミダノケウマシマスベシ

如来出世のほんなる

真宗しんしゆにあひぬれば

マコトヲムネトス

ケニタイシテシントイフ 八万四千のホフモンハケモントス ジヤウドヰチシユヲシンモントス

ぼむ念じてさとるなり

(71)

仏法力の不思議ふしぎには

諸邪しよじやごふさはらねば

モロモロノアクゴフニサワリナシ

弥陀の本ぜいぐわん

ぞうじやうえんとなづけたり

マサル

ヨロヅノゼンニマサレルニヨリテゾウジヤウエントイフナリ

(720441)

願力じやうじゆほうには

自力の心行いたらねば

大小聖人みなながら

ダイジヨウノシヤウニン

シヤウジヨウノシヤウニン

如来のぜいじようべし

(73)

煩悩ぼむなうそくしんして

本願力にじようずれば

すなはちしんすてはてゝ

ケガラワシキミ

しやうじやうらくしようせしむ

タノシミツネナリ

(740442)

しや・弥陀は慈悲じひ父母ぶも

種種しゆじゆ善巧ぜんげう方便はうべん

われらが无上の信心を

ほちせしめたまひけり

タチオコス

イマハジメテオコスヲキトイフ

ヒラキオコス

ムカシヨリアリシコトヲオコスヲホチトイフ

(75)

真心徹到てちたうするひとは

トオリイタルズイニイタリトオル

金剛こむがう心なりければ

マコトノシンジムナリ

三品の懴悔さむぐゑするもの

上品ハマナコヨリチヲナガシミヨリチヲイダス

中品ハマナコヨリチヲナガシミヨリアセヲナガス

下品ハナミダヲナガシズイニコヽロガトオルヲイフ

ひとしとしゆはのたまへり

(760443)

五濁あくのわれらこそ

金剛こむがうの信心ばかりにて

ながく生死をすてはてゝ

ねんの浄土にいたるなれ

(77)

金剛こむがうけんの信心の

シムノカタキヲケントイフ

コヽロノカタキヲコトイフナリ

さだまるときをまちえてぞ

弥陀の心光摂護して

オサメマモル

ムゲクワウニヨライノオムコヽロニオサメマモリタマフナリ

ながく生死をへだてけ

(780444)

真実信心えざるおば

一心かけぬとおしへたり

一心かけたるひとはみな

しんせずとおもふべし

(79)

利他りた信楽しんげううるひとは

ぐわん相応さうおうするゆへに

けうぶちにしたがへば

ぐゑ雑縁ざふえんさらになし

マジエミダル

(800445)

真宗しんしゆ念仏きゝえつゝ

一念无疑むぎなるをこそ

ヰチネムモウタガヒナキヲホングワンヲウタガフコヽロナシトナリ

希有けうさいしようにんとほめ

マレナリ

スグレタリ反スグレテ反

モトモ反スグレタリ反

サイハモトモコトニスグレタリ

アリガタクスグレタルヨキヒトヽホムルコヽロナリ

正念をうとはさだめたれ

ワウジヤウノシンジムアルヲシヤウネムヲウトハイフ

(81)

本願相応さうおうせざるゆへ

雑縁ざふえんきたりみだるなり

信心乱失らんしちするをこそ

正念うすとはのべたまへ

(820446)

信は願より生ずれば

ワレラシユジヤウノシンハミダノグワンヨリオコルナリ

念仏じやうねんなり

自然はすなわちほうなり

しよう涅槃ねちはんうたがはず

ダイネチハンヲサトラムコトウタガハズトナリ

(83)

五濁ぞうのときいたり

はうのともがらおほくして

ウタガヒソシル

ウタガフモノソシルモノオホシトナリ

道俗だうぞくともにあひきらい

しゆするをみてはあだをなす

(840447)

本願毀滅くゐめちのともがらは

ソシル

ホロボス

ソシルニトリテモワガスルホフハマサリマタヒトノスルホフハイヤシトイフヲクヰメチトイフナリ

まう闡提せんだいとなづけたり

シヤウマウハムマルヽヨリメシヰタルヲイフ

ブチポフニスベテシンナキヲセンダイトイフナリ

大地ぢんごふをへて

コマカナルチリ

ウサギノケノマンサキニヰヒツジノケノマンサキニモヰルチリヲミヂントイフ ウサギヒツジノケヨリホキモノナシ

  ªトモウヂンウサギノケ ヤウモウヂンヒツジノケº

ながく三にしづむなり

(85)

西さいじゆせしかども

ニシノミチ オシヘサヅケシカドモ

しやうしやうせしほどに

ワガミヲサウルヲジシヤウトイフ

ヒトヲサウルヲシヤウタトイフナリ

くわうごふらいもいたづらに

ハルカナルヨリコノカタトイフナリ

むなしくこそはすぎにけれ

(860448)

ぜいのちからをかぶらずは

いづれのときにかしやをいでむ

おんふかくおもひつゝ

つねに弥陀を念すべし

(87)

しや永劫やうごふをすてゝ

浄土无為むゐすること

本師釈迦のちからなり

長時におんほうずべし

ツネニトイフナリ

0449已上善導大師

源信大師 付釈文 十首

(88)

源信和尚のたまはく

われこれぶちとあらは

モトノホトケトイフ

化縁くゑえんすでにつきぬれば

本土にかへるとしめしけり

(890450)

本師ぐゑんしんねんごろに

だい仏教ぶちけうのそのなかに

念仏一門ひらきてぞ

ぢよく末代まちだいすゝめける

(90)

りやうぜんちやうじゆとおはしける

ぐゑんしんそうのおしえには

報化ほうくゑ二土をおしえてぞ

ホウジンホウドクヱシンクヱドナリ

専雑せんざふ得失とくしちさだめたる

(910451)

ほんぐゑんしんくわしやう

かむほふしやくにより

ヱカムゼンジノグンギロンニヨリテシヨギヤウワウジヤウノヤウヲアラハセリ

¬処胎しよたいきやう¼をひらきてぞ

ボサチシヨタイキヤウノニノマキケマンヘンヂノヤウヲトカレタルヲヒカレタリ

慢界まんがいおばあらはせる

(92)

専修せんじゆのひとをほむるには

千无一しちとおしえたり

センニヒトツモトガナシトナリ

雑修ざふしゆのひとをきらふには

まん一生とのべたまふ

(930452)

ほうの浄土の往生は

おほからずとぞあらわせる

化土にむまるゝ衆生おば

すくなからずとおしえたり

(94)

男女なむによ貴賎くゐせんことごとく

タウトキヒト

イヤシキヒト

弥陀の名号しようするに

行住座臥えらばれず

しよ諸縁しよえんもさわりなし

(950453)

煩悩ぼむなうにまなこさえられて

摂取せふしゆの光明みざれども

ものうきことなくて

モノウキコトヽイフハオコタリスツルコヽロナシトナリ

つねにわがみをてらすなり

(96)

弥陀のほうをねがふひと

ぐゑのすがたはことなりと

ホカノスガタ反ミノフルマイ反

ギヤウヂユザグワ 四ヰギノスガタハコトナレド

本願名号信受して

寤寐ごびにわするゝことなかれ

ネテモサメテモ

(970454)

極悪ごくあく深重じむぢうの衆生は

方便はうべんさらになし

ヨノゼンヨノブチボサチノハウベンニテハシヤウジイデガタシトナリ

ひとえに弥陀をしようしてぞ

浄土にむまるとのべたまふ

已上源信大師

リヨウゴムヰンノウチニヱシムヰンノソウズノオムナヽリ ヱシムヰンハ御バウノナヽリ

源空聖人 付釈文 二十首

(980455)

ほんぐゑんよにいでゝ

弘願の一じようひろめつゝ

日本一しうことごとく

浄土のえんあらわれぬ

(99)

智慧ちゑくわうのちからより

本師ぐゑんあらわれて

浄土真宗をひらきつゝ

せんぢやく本願のべたまふ

(1000456)

善導ぜんだうぐゑんしんすゝむとも

本師ぐゑんひろめずは

片州へんしうぢよくのともがらは

カタガタノクニトイフ

いかでか真宗しんしゆをさとらまし

(101)

くわうごふしやうのあひだにも

しゆつ強縁がうえんしらざりき

イデハナル ツヨイエン

本師ぐゑんいまさずは

このたびむなしくすぎなまし

(1020457)

ぐゑん三五のよわいにて

じやうのことわりさとりつゝ

えむくわいをあらわして

イトヒ

モトノ

ハナル

オモヒ反コヽロ反

だいのみちにぞいらしめし

(103)

ぐゑんぎやうとくには

しやうだう諸宗しよしゆしゆ

シヤウニンノシヤウダウノオムシノチニハミナクヰシタテマツルナリ

みなもろともにくゐせしめて

一心金剛こむがうかいとす

(1040458)

ぐゑんざいのそのときに

金色こむじき光明かうみやうはなたしむ

兼実けむじち博陸はくりくまのあたり

カネザネノセフシヤウクワンパクナリª月輪殿御法名円照º

拝見はいけんせしめたまひけり

ウヤマイミタテマツル

(105)

ほんぐゑんほんおば

ぞくのひとびとあひつたへ

ヨノナカノヒトヽイフ

しやくくわしやうしようせしめ

ダウシヤクトモシメス

あるひは善導ぜんだうとしめしけり

(1060459)

ぐゑんせいげん

シメシアラハル

あるいは弥陀みだ顕現けんげん

アラワルヽナリ

くわう群臣ぐんしんそんきやう

きやう庶民しよみんきむ仰す

ミヤコ

モロモロノタミ

ヰビス

ウヤマヒアフグナリ

(107)

じようきうだいじやう法皇は

後高倉院

本師ぐゑんくゐきやうしき

しやくもん儒林じゆりむみなともに

ゾクガクシヤウ

ホフシガクシヤウ

ひとしく真宗しんしゆをさとりけ

(1080460)

諸仏しよぶち方便はうべんときいたり

ぐゑんひじりとしめしつゝ

グヱンクヒジリトシメシツヽトアソバシタルホンモアリ

无上の信心おしえてぞ

涅槃ねちはんのかどをばひらきける

(109)

しんしきにあふことは

かたきがなかになほかたし

てんりんのきわなきは

じやうのさわりにしくぞなき

ウタガフコヽロ

(1100461)

ぐゑん光明はなたしめ

もんにつねにみせしめき

トモガラ

賢哲げんてち愚夫ぐぶもえらばれす

カシコクヨキヒト

オロカナルヒト

豪貴がうくゐせんもへだてなし

ヨキヒト

イヤシクイヤシ

(111)

みやうじゆそのちかづきて

ほんぐゑんのたまはく

往生みたびになりぬるに

このたびことにとげやすし

(1120462)

ぐゑんみづからのたまはく

りやうぜん上にありしとき

しやうもんそうにまじわりて

頭陀づだを行じてくゑせしむ

(113)

粟散ぞくさんへん州にたむじやうして

ムマルト

アワヲチラセルガゴトクナルクニナリ

念仏しゆをひろめしむ

衆生くゑのためにとて

このにたびたびきたらしむ

(1140463)

阿弥陀如来によらいくゑしてこそ

ほんぐゑんとしめしけり

化縁くゑえんすでにつきぬれば

浄土にかへりたまひにき

(115)

ぐゑんのおわりには

光明くわうみやううんのごとくなり

ヒカリムラサキノクモノゴトクナリ

音楽おむがく哀婉あいゑんりやうにて

アハレニスメルコヱニテ

きやうみぎりに映芳えいはう

カヾヤシキカウバシキナリ

(1160464)

道俗だうぞく男女なむによさむ

カネテ

マイル

けいしやう雲客うんかく群集くんじふ

ムラガリアツマル

ケイシヤウハクギヤウ人

ウンカクハテンジヤウ人

ほく面西めんさいけうにて

如来涅槃ねちはんをまもる

(117)

ほんぐゑんみやうじゆ

けんりやくだい壬申むしんさい

ミヅノエサルノトシ

しゆんじゆんだい五日

シヤウグワチナリ

浄土にぐゑんくゐせしめけり

0465已上源空聖人

 

 已上七高僧和讃 一百十七首

弥陀和讃・高僧和讃都合

 二百二十五首

*宝治第二戊甲歳初月下旬第一日

釈親鸞七十六歳書之畢

見写人者必可唱南无阿弥陀仏

 

*(顕智本別尾3)

ぢよくあくしゆじやう

せんじやくほんぐわんしんずれば

不可ふかしよう不可ふかせち不可思議ふかしぎ

どくしんじゃにみてり

118 国宝本に無し、 顕智上人本¬浄土和讃¼末尾の別和讃三首目より。

 

(1190466)

南无阿弥陀仏をとなふれば

衆善しゆぜん海水かいしゐのごとくなり

ミダノクドクノキワナキコトヲウミノミズニタトフルナリ

かの清浄しやうじやうぜんみにえたり

ナモワアミダブチトトナフレバミヤウガウニオサマレルクドクゼンゴンヲミナタマハルトシルベシ

ひとしくしゆじやうかうせん

ミヤウガウノクドクゼンゴンヲヨロヅノシユジヤウニアタウベシトナリ