ヒューマニズム

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安心していのちそのものを主題に取り上げる前に、まだいくつか位置づけをはっきりしておく必要のある課題が残っています。その一つがヒューマニズムです。

ほんとうは、問題にしたいのは人間中心主義です。しかし「人間中心主義」という立場があるわけではなくて、ある特定の傾向に対し、抵抗感・警戒感を覚える側から一方的に悪者仕立てされた用語というべきでしょう。ですから人間中心主義とみなされる傾向が何を背景とし、またどのような利点と共存しているのかを総合的に見てみるためにも、ヒューマニズムとして取り上げるのが適切と思われます。

ヒューマニズムといっても幅が広く、一言でまとめることはできませんが、とりあえず「人間的な事象に関心と愛情を抱き、人間の特殊性に固有の価値と尊厳を認め、非人間的なことに対して人間性を擁護しようとする」心情とゆるくとらえておきます。この段階で反対する人はないでしょう。

それがどこで人間中心主義につながっていくのか。

具体的な題材として、公理的な体系の変遷を取り上げます。公理とは「それ自身はほかの論拠から証明することができないが、あるいは証明する必要もなく、だれもが正しいと認め他のことを導く根拠となる考え」を意味します。公理から始めて論理的に組み立てられた知の体系が公理的な体系で、厳密に適用すれば該当するものはかなり絞られるにしても、知の本流としてはギリシャ古典哲学から現代の数学基礎論にまで連なる発想です。真理と人間の関係を表すものとして概観します。

西洋における知はパルメニデス(前500頃?)に始まるとされます。彼の著作は残されていませんが、断片(他の書物に引用されている内容)を通じて、「あるものはある。ないものはない。」と言ったと伝えられています。それだけの発言でどうして西洋知の始祖なのかというと、ありかつあらぬもの(すなわち生起)を矛盾を含むものとしてきっぱりと除外し、明示的に論理的な世界を知の対象として輪郭づけたと評価されてのことです。

公理的な体系の一つの完成形が、ユークリッド(前300頃)によってまとめられた『原論』です。特にその幾何学は、たった五つの公理から三平方の定理など数多くの知見を論理的に導き出しており、人知のすばらしさに誇りを覚えるに十分なものです。

一方で、アリストテレス(前384~前322)により三段論法が仕上げられます。論理すなわち「正しいことから正しいことを導く推論の形式」が、議論されている具体的な内容を離れて独り立ちしたわけです。

そのようなギリシャの知と出会いそれを取り込んで、中世になると神学が展開します。もっとも本来の姿として神学は信仰に発する学であり、論理は二次的な手段に過ぎず、真理は人間的な理性認識によってではなく啓示によってのみもたらされます。いっさいのものの究極的な意味を神との関係において把握しようとする中、人間社会および歴史についての考察が進み、トマス・アキナス(1225頃~74)の『神学大全』によって神学と哲学、信仰と理性との階層的調和として大成されます。

しかしヨーロッパの中世世界は、悪い意味で封建的と言われるときに象徴されるように、教会の権威と世俗君主の利害関係の中に絡め取られ、自由で豊かな人間性などが発揮できる環境ではありませんでした。それに対する叛旗として掲げられたのが、ルネサンス期(14~16世紀)に現れた最初期のヒューマニズム(人文主義)です。

時代はいきなり飛びますし、学問的な緻密さからはやや離れるにしても、現代日本という特定の環境に視座を置いて受けとめるならば、19世紀の人道主義の方がヒューマニズムの語感には近いかもしれません。またこのような観点からのみ眺めるならば、バラモン教の権威によって社会が階級によって秩序づけられていた中、「人は生まれによって尊いのではなくその行いによって尊いのである」と提唱した仏教は、十分以上にヒューマニズム的であることになります。その限りでのヒューマニズムは、肯定的に、人間回復の思想と言い得るでしょう。

humanism に対し humanitalianism(ヒューマニタリアニズム)と区別されることもあります。

そのような展開の中、もう一度ユークリッドに戻ります。ユークリッドによって完成された幾何学は、19世紀に至るまで、唯一にして絶対の「正しい」自然の記述であると信じられ、ユークリッド幾何学と呼ばれていました。ところがその出発点である五つの公理のうち、第五番目のものは「一つの直線が二つの直線と交わり、その一方の側にできる二つの角を合わせて二直角より小さくなるときは、それらの二つの直線をどこまでも延長すれば、合わせて二直角より小さい角の側で交わる」という冗長にも感じられる表現をされていて、ひょっとしたら前の四つの公理から証明できるのではないかと考える人たちがありました。

上の長たらしい公理は「直線外の一点を通ってこの直線に平行な直線はただ一つに限る」と言い直すこともでき、平行線の公理と呼ばれます。ところが研究が進む中、平行線公理は他の公理から導くことはできないことが証明され、そればかりかまったく食い違う内容「直線外の一点を通ってこの直線に平行な直線はない」「直線外の一点を通ってこの直線に平行な直線は無数にある」のどちらかに置き換えても、論理的に矛盾のない幾何学が構築できることが明らかになってしまいました。

それを非ユークリッド幾何学と呼びます。専門的な細かい話はどうでもいいのですが、大変なことは、「真理は一つではなくなった」ことにあります。ユークリッド幾何学が正しいとすれば、非ユークリッド幾何学も同等に正しい。他に優越する唯一にして絶対に正しいものなどないか、少なくとも人知において手の届くものではなくなったのです。

この時点で、公理系は「だれもが正しいと認めることから出発して演繹された真理の体系」などではなく、「任意の、互いに矛盾することなくまたそれだけで必要な全領域をカバーすることのできる最小限の公理たちのセットによって、論理的に記述できる分野」と、言うならば人間的なスケールにトーンダウンしたことになります。

同様の出来事はアインシュタイン(1879~1955)においても起りました。彼は本来徹底したキリスト教徒で、家庭教師から「地球は丸い」と教えられ、怒って裏庭に飛び出して庭を掘り始めた(地球が丸いのならば反対側まで穴が掘れるはずだ)という逸話も伝えられています。そんなアインシュタインが、観測あるいは理論的に予言された「食い違う」事象を統一的に説明しようとする中で、相対性理論を確立してしまう。具体的な内容には触れないとしても、「相対」性とは「絶対」の否定を含意しているのです。唯一にして絶対の真理はない。どの座標系もそれぞれに正しく(=無矛盾で)あり得る。

だれもが、それぞれの個別の正しさを背負って生きなければならなくなったのです。

アインシュタインが、同等の内容に論理的な研究を通じて行き着いていたバートランド・ラッセル(1872‐1970)と共に世界科学者平和会議を主催したのは決して偶然ではありません。彼らは、どのような絶対的な正しさからも隔絶された、言うならば丸裸の弱い人間としてみずからを自覚し、そのような人間が寄り添って共存していく目標として、世界平和を提唱した。そうしなければ生きていけなかった。わたしはそのように理解しています。

わたしの記憶間違いのようです。正しくはパグウォッシュ会議。ただ、ここで伝えたいことはこの名称の方が伝わりやすいだろうと思うので、このままにしておきます。

21世紀の現代を生きなくてはならないというところからする限り、ヒューマニズムとは、何よりそのような「丸裸の人間」の発見であるはずです。それは正しい・間違っているという外野からものを言うような評価を受けつけるものではなく、端的に、課題です。

しかし、丸裸の人間であり続けることは、苦しい。かといって古くさい護られた封建的秩序にも帰れない。そんな人間が、何となく吹きだまっている心性が人間中心主義と形容されるのだろうと考えます。ただ素朴でおおらかな人間性回復ではすでにない。丸裸であること、絶対的な意味と切り離され宙ぶらりであること、を受け入れているわけでもない。言ってしまうならば、根拠のない開き直り、支えを欠く強がりとして、「人間的であることにこそ意義がある」としがみついている様を、わたしは人間中心主義と呼びます。

わたしは実は、人間中心主義を否定しているわけではありません。そこに立ちきれる人であるのならばそこに立てばよい。しかしそれには大変な、ほとんど人間離れした労力を必要とします。根底における「無意味」に曝されながら立ち続けることなのですから。

わたしが紹介しようとしているいのちのおしえは、強い人間中心主義から見れば、一歩後退したところからの発言です。しかしそれは「よき昔へ帰ろう」という提言ではなく、人間中心主義の深いところに巣くっている人間理性への過信(それは真正のことばのおしえにも逆らうものです)を暴き出し、より楽に自然に生きていける方途があり得ると提案するための退歩です。

ひらたく言って、人間は自分で自分を救う(根源的に意味づける)ことはできないのです。

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実存

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今ヒューマニズム(の中に潜む人間中心主義)に絡め取られてしまわないところにいのちのおしえを据えようとしているのですが、そのためには実存との位置関係をはっきりしておくことも避けて通れないようです。

(実存という用語になじみがなくてたどりにくいようであれば、とりあえず「主体的であること」と置き換えて読んでみてください。実存が主体性の根拠で、実存的な姿勢は身近な形では主体的と現れる、ととらえてもらって大過はないはずです。)

一方に「仏教は実存的である」という理解のしかたがあって、個人的には言い尽くしていない感を覚えているものの、必ずしも的を外しているとも言い切れません。他方、サルトルの「実存主義はヒューマニズムである」という無視しがたい宣言があります。

ジャン=ポール・サルトル(1905~1980)、哲学者・小説家・劇作家。主著は『存在と無』。1964年のノーベル平和賞を「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」と辞退したのは有名。わたしは小説『嘔吐』を通じて知り、1980年の4月15日、日本の新聞でも一面で報じられた彼の死に愕然とした覚えがある。わたしが同時代を生きた著名人の中では、一番大きな影響を受けた人かもしれない。

実存は必然的にヒューマニズムになるのか。あるいはヒューマニズムに帰結しない実存的なあり方は可能なのか。

整理にかかります。実存(現実存在)とは本質存在(個々の具体を離れた普遍的な確固たるもの、存在そのもの)に対して生々しくも個別の「今このわたしがあるという現実」を切り出したもので、実存は本質に優先すると掲げた立場を実存主義と呼びます。

実存主義は、主として20世紀前半に世界的に大きな影響力を持った思想潮流です。時代背景として第1次世界大戦(1914~1918)という人類未経験の出来事があり、それまでの枠組みでは受けとめきれない「わけのわからなさ(≒不安)」に直面して、そのような局面においてこそ隠しようなく現れてくる自分自身の「無根拠さ」を、逆にみずからの存在(あること)の根底に据えようとする態度(あるいは決意?)と言い換えていいように思います。

「丸裸の人間の発見」という意味では、まさにヒューマニズムそのものです。

実存はその語義からして「存在」の圏内の主題であり、仏教は存在には関わらないところに立脚していると、一度はかわしてきました。大枠としてその棲み分け(?)は間違っていないと思うのですが、実存を突き放して自分だけのほほんとしているというのでは楽しくありません。引いて自衛するのではなく、開き踏み込んで受け入れてみたら実存はどういう肌触りなのだろう。

思想としての実存主義は、身も蓋もないいい方をしてしまうならばもう過ぎたブームです。しかし実存そのもの、つまり常にぼろぼろと風化していくような心細さに曝されているという心持ちは、今ではほとんど空気のように身近なものになっているのではないでしょうか。人間中心主義もあるいは癒しを求める風潮も、それに押し流されないようにと立ち向かうべきものなどではなくて、何よりまずそのさみしさを抱きしめないことには始まらない、もろくもいとおしいき身の現代人の姿だったのです。

しかしそう考えてなお、というよりもそこまで寄り添ってみることでよけいに、実存にとどまったのでは食い足りません。どこか強く、正しく、明るくありたいといった窮屈さが感じられるからです。「前向きに生きる」とか「ポジティブシンキング」なども同類です。自己責任と言えばさらにくっきりするし、逆に悪くすると、「わたしが弱いのは不当に強いまわりのせいだ」と怨念めいた口調になってしまうこともあります。

実存を踏み越えたら、つまり心細さも明るくも怨念もひっくるめてそれにしがみつくのを止めたら―― 正しいか間違っているか、強いか弱いかが問題になるのではなくて、伸びやかか窮屈かが主要な関心事になるような柔らかい心象風景が立ち上がります。

実存のままではこわばりが残る。わたしには(何と何とのは別にして)闘いの場のように感じられます。強くありたい人は強くあろうとすればよい。それを否定するつもりはありません。しかしほとんど同じ立ち位置が、愚者としてくつろぐことのできるところでもあることは紹介したいと思います。

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主体的

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実存の中でいっしょに触れるつもりだったのですが、うまくつながらなかったので、主体的というテーマでもう少し掘り進めてみます。

実はわたしは、主体的あるいは主体性という言葉に、それこそ中学生の頃からずっと胡散うさん臭さを覚えていました。ですからここではあえて否定的にとらえてみることを目指します。

極端な話をするならば、現代のいじめをはぐくむ空気の中で、「主体的であれ」という呪いは主犯に近い役割を演じているのではなかろうかとすら考えています。

まず主体・主体的・主体性といった用語の語感を確かめようと思ってネットで検索してみたところ、いきなり「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」という文部科学省のページに行き当たってかなり驚きました。驚きついでにもっと検索してみたら、今度は経済産業省が「社会人基礎力」なる概念を提唱し、その中で

社会人基礎力では、「主体性」を「物事に進んで取り組む力」と定義し、「指示を待つのではなく、自らやるべきことを見つけて積極的に取り組む」を行動例として紹介しています。

とうたっています。さらにはごていねいに

主体性を鍛える1  自分の状況を把握する

主体性を鍛える2  決断する

主体性を鍛える3  行動する

と続く。

こりゃあ日本はますます住みにくくなるぞ。

個人的には偽らざる感想なのですが、これだけでは何も伝わらないでしょうから、もう少していねいにかみ砕きます。文科省・経産省の提唱の何が悪いのか。

何も悪くありません。きれいで的確な提言です。問題があるのは「きれいすぎる」ことです。そして一番怖いのが、適切な環境と指導と本人の努力さえあれば、だれでも主体性を持てそうに読めてしまうことです。

たとえば「フルマラソンを完走できる持続力と、100m で 12秒を切れる瞬発力の両立。身長 170cm 以上で、健全な印象を与える外見が望ましい」などと掲げられているのならば、だれもが対象でないことは明らかですし(わたしは身長だけでもはずれます)、場面を間違うと差別につながりかねない内容であることもわかってもらえるでしょう。

不用意に身体能力を掲げることが差別をはらみ得るとするならば、心的能力も同じであるはずです。主体性はだれでもが持てるようなものではない。仮にどれほど適切な指導があったとしても、本人がどれだけ努力したとしても。

こんなことを言うと、それこそ差別だと反発があるのはわかっています。そのくらい主体性信奉は根深い。無駄なぶつかり合いを避けるために一応言い直しておきます。一人残らず 100m を 12秒で走る必要がないように、だれもが主体性を持つ必要はないのです。

上の文科省・経産省の提言をはすに構えて読んでみましょう。結局掲げられているのは「自由主義経済を柱とする社会にあって、リーダーシップの担える人物像」です。もう少し悪意をこめれば、「疑え、自己主張せよ」とすら聞こえる。要所要所には必要な人材でしょうが、もし強い主体性を持つ人どうしが鉢合わせてしまったら、間違いなく主導権争いになります。

大人を込みにするとどうしても無用な角が立つので、子供たちに話を限定します。歌が下手な子がいるように、考えるのが苦手な子がいる。自分の考えを言うよりは、頼れる人の後をぼーっとついて行く方が似合うという子もいる。あるいは理解力も記憶力もあって成績優秀だけれど、実は決断することができないという子だっている。みんな、主体性には欠ける子たちです。

主体的であるという特殊な能力のそぐわない子たちが主体性信奉、すなわちだれでも主体性を持てる、持たなくてはならない、という信念にさらされると、自分は弱くてダメな人間だと思うしかありません。そして、いじめに会うとおそらく一方的にいじめられます。

やっかいなことに、特定の状況下では主体性めいたものを発揮できる子たちがいます。好きなことには頭も働く。決断力も行動力も人並みにある。そういう子は、自分を主張するうまみを知っています。しかしもっと要領のいい子もいる。そうなると後は政治闘争です。得するか損するか、いじめるかいじめられるか。誰に対して優位に立って、誰に対して尻尾をふるか。

講演で小学校五年生だけ50人ばかりを相手に話をしたことがあります。きっかけ作りにと思って「今何が一番したい?」と投げかけたら、ちょっとませた感じの女の子が「温泉につかってゆっくりした~い」と即答し、女子を中心にほとんど全体がうねるように賛同して、度肝を抜かれました。今の子供たちはもろい友達関係の中できわどい綱渡りをしつつ、政治闘争にこころをすり減らしているのです。

ほんとうの主体性などというものがもしあるなら、それは自己主張や自己表現という以前に、何より自立を意味するはずです。しかし主体性という言葉本来の「みずから考え、決断し、行動する」という方向において、それを外から支えるような価値体系はすでに機能していないことを先にみてきました。ということは、真の自立とは「孤独に耐える」ことに行き着きます。

そんな主体性を実現できる子がいったいどれだけいるというのか。そして似而非えせ主体性が大手をふるうとどうなるかが上の話です。最初に主体的であれという呪いと言ったゆえんです。

わたし自身は、そのような主体性の呪縛からははずれています。不便な田舎暮らしで文字通りの山寺小寺の住職という「めぐまれた」環境下ならではのこととは心得ていますが、自分で考えるということに過剰にすがらなくてもすむ別の軸があるからです。

主体性に対する別の軸とは、「まかせる」です。

ほんとうのアホがいたなら、たぶん、いじめられることはないでしょう。いじめ甲斐がないからです。自分を主張するなどということに関心がなく、そうしない(できない)ことで自分がつまらない人間だと感じることすらない人がいたとして、そんな人相手に自分の優位性をかざしてみたところで何の支えにもなりません。

もちろん、そこまでのアホは真に主体的であるのと同等の特殊な能力です。しかし、損をすまいと賢くあるのと損しても平気と愚かであるのとが同等だとしたら、何だか笑えてきませんか。

主体的・主体性というときの核になっている主体という言葉は、興味深い変遷をたどっています。

本来、主体 subject(サブジェクト)とは、sub(下に)ject(投げられた)という意味でした。その名残が、「臣下」あるいは「解剖用の死体」といった語義に残っています。「主題」あるいは「科目」といった用例もそれに連なるものでしょう。

文法用語の「主語」も、subject です。ギリシャの昔に戻るならば(その頃に英語はありませんが)、ある真理体系の君臨のもとに、その下に投げ出され、吟味を加えられるべきものといった響きだったはずです。

それがいつの間にか、主体の位置に成り上がる。自分よりも上位のものがいなくなってしまったからです。そして object(オブジェクト、客体、対象、ob〔前に〕ject〔投げられたもの〕)に対して主人めいた役割を担わざるを得なくなる。もともと担いきれない役なのに。

あらためて、人間は自分で自分を救うことはできないのです。いのちのおしえ側だけの話ではなくてことばのおしえにおいても。

主体性を育むといったきれいな提唱すら、小さいヒューマニズムの中では、人間中心主義を助長しさらには我と我のぶつかり合いを生む結果になる。主体性も、少なくとも誰かが担わなくてはならない軸です。しかしそれを活かすためには、主体性という攻めの方向ばかりではなくて、それとバランスの取れる別な軸が必要なのです。

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まかせる

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まかせるとはどういう出来事か。少し力んで、まず大仰に記述してみます。本来そんなに堅いことではないのですが、主体性の向こうをはるに十分な形で定位させるためです。

わたしは草引きが好きで、趣味は草引きと公言しています。しかし、ただ庭をきれいにしておくというのとちょっと違い、庭が元気でいるようにするとでもいった独特の心持ちで草引きしていて、その感覚が何物にもかえがたいのです。

寺の庭と言いつつ、部分的にはスギゴケを植えてきちんと庭にしつらえ前は全面に玉砂利が敷きつめてあるものの、本体の素性はそのまま山へ連なる荒れ地です。西側の一角など、もし一本残らず草を引いてごみもきれいに除けてしまったら、寒々しい赤土の地肌がむきだしになるだけです。それでは殺風景なので邪魔にならない草を残すように心がけているうち、そんなものが自生しているとも知らなかったふわっとしたコケ(調べてみたらクラマゴケというのだそうです)が広がって、今ではお気に入りスポットの一つになっています。

そこに限らず、それぞれの場所において最低一つ何かを残すのが大ざっぱな指針です。落ち葉を薄く一層だけ残すところもあります。裏の崖はまだどう仕上げていくか試行錯誤の途中で、とりあえず大きく開いた空白地帯につつじを移植してほぼ穴がなくなったところ、下の地面に何が生えてくるか待ちつつ、待ってもいられないところにはジュウダマを少しずつ植えてみています。

今では庭だけでなく畑の境の石垣なども含めた敷地内全部に気持ちが届くようになりました。ササやつるもの、大きく茂る草の類は時間をかけてでも引き除ける。耕作は放棄して草が茂ると苅り払うだけだったところがあるのですが、次第にカヤがはびこってきていずれ手に負えなくなりそうなので、昨年一度全部耕耘機で耕し直し、後にレンゲの種を蒔いてみました。ヒガンバナを増やしてやろうとしているところもあります。

ササ引きにはペンチ(正確にはプライヤー)を使います。最初の一年はしてもしなくても変らないくらいのことですぐに生えてくるのですが、三年続けていると明らかに勢いが落ち、のんきに手入れを重ねていればいずれ絶やせます。まだもう数年は気が抜けないにしても、昨年一通りのササ薮はすべて当たり終って、一年に一回は敷地内すべての場所に目が配れる態勢になったところです。ここまで来るのに十年かかりました。

これが、わたし流のまかせ方なのです。庭がきれいでいることを、庭にまかせてしまうのです。ササのように我を張りすぎて共存しにくいものは時間をいとわず排除するしかありません。しかし土地そのものの事情を無視して一方的にこちらの都合を押しつけ、たとえば石垣を無機質なコンクリートの壁にしてしまうというのとはまったく違うのです。

まかせるには、第一に結界が重要です。敷地の縁はそのまま山へ連なっているのですから、どこまで引き受けるかを明確にしておかないと、こちらの気持ちが続きません。飽きて気持ちが届かなくなってしまったらあっという間に元通りです。

次に、それぞれの場所において、そこが「どうなりたがっているか」を探します。ける労力も限られていますから、持続的に関わっていける前提で、草刈り機で刈るだけのところ、特定の植物のみを残してほかは排除していくところ、草一本も残さず引いてしまうところと、その場所場所と相談しながら決めていきます。

うまくかみ合うと、ある特定の広がりが、有機的につながった一つの全体のように現れてきます。そのような部分部分がさらにつながり重なって、敷地の全部がまた一つのもののように現れてくるようになるといいなと思っていますが、それにはもう少し(よくて数年)かかりそうです。

面はゆいくらいのきれいごととして掲げるならば、まかせるとは何よりもまず相手を活かすことなのです。しかしほとんどの場合、「相手」が実は自明ではなくて、用語的にはかなりとんちんかんながら、相手を「作る」ことから始めなくてはなりません。結界が重要と言った理由です。庭と向き合うときだけがそうなのではなくて、個人としての人間が相手であっても事情はあまり変らず、その人がその人として「浮き上がる」には、その人の歴史的な背景や人的なつながりなど、かなりのものを(こちらからの勝手な想像で補うにしても)取り込まないことには相手として出会えないのです。

庭であろうと特定個人であろうとはたまた子供たちという集合体(?)であろうと、相手が相手として立ち上がってきたら後は楽です。極力先方の邪魔をしないようにしつつ、全体としての動きが失速しないようまた暴走しないよう、見守っているだけでよくなりますから。ほんとうに気持ちよくことが運んだときには、「相手」も見えなくなります。わたしも相手もないある「全体」が、ゆっくりと伸びをして深呼吸して、またもとのまどろみに戻るといった感覚に浸れます。

もっと小さい話で紹介するなら、わたしは大根すりが大好きです。食べるだけでなく作る(大根をおろし金ですりおろす)ことも。うちでは大根すりは小鉢にひとつまみなどではなくて、中くらいのボールに一杯分、小振りな大根なら一本丸々といった量を作り、一回でみんな食べます。「する」のはもっぱらわたしの役目で、気持ちとしては、大根が自分から小さくなっていくのを見ているだけです。

まかせるとはそういうことです。そこには全体が現れていて、参加があり、融和がある。そんな屁理屈以前に、何より心地よい。そんなくつろぎを、主体性に対して提示します。主体性を押しのけてそこへ居座るためではなく、主体性と対になってより柔らかく人間を支えていくために。

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自然科学

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少し横道にそれて、自然科学について概観しておこうと思います。

原子力や臓器移植など、きちんと考えてみる必要のある主題はたくさんあるのですが、個別の話は先送りさせてもらって、いのちのおしえにとって自然科学そのものがどういう位置づけになるか、あらましの展望をつけておきましょう。

自然科学が、出自としてはことばのおしえ側のものであることは間違いありません。いのちが対象化を拒む以上、いのちのおしえの圏内に対象知は居場所がない。涅槃という内容上超越的な契機を持ってはいても、具体的ないのちのすがたはどこまでも「このわたし」を離れることがなく(だから仏教は実存的だと形容されます)、教理が宙に昇って普遍化されることもありませんでした。客観も普遍も、論理的な出来事です。ことばが信頼され強い影響力を持つ世界でなければ、自然を対象化して観察し、そこに普遍的な原理を見いだすという発想そのものが生れてこないでしょう。

もちろん仏教もみずからの真理性を主張しており、そこに普遍妥当性は含意されています。しかし普遍性のいわば質が違い、仏教にあるのは「このわたしが救われるのだから一切衆生も間違いなく救われる」といった肌触りの、底に透徹するような内的普遍性です。

では、いつ、自然科学は一神教の家を出たのか。

コペルニクス(1473~1543)の地動説を支持したガリレイ(1564~1642)が、キリスト教会から断罪された話は有名です。しかしそれを、いきなり「科学と宗教の対立」のようにとらえては早計です。ガリレイが教会の権威を恐れず、理性によって自然界の法則を知ろうとしたのは確かとしても、ガリレイにキリスト教を否定しようという考えがあったわけではないでしょう。

一神教の人格神に代えて「自然に内在する合理的な法にもとづいて宇宙を統治するものとしての神」への信仰を置く立場を、理神論と言います。伝統的神学から見る限り、理神論は無神論の一類型です。自然科学の中にもともとあった理神論的傾向がヒューマニズムと出会ったとき、自然科学とヒューマニズムとは手を取り合って駆け落ちした。そんな構図で見ていきます。

理神論が無神論というのは、いきなりではわかりにくいかもしれません。決定的な違いは、破れているかいないかにあります。一神教は、少なくとも人間の側から見る限り、上に破れています。人間理性は神に届かない。神との出会いは啓示のみによります。対して理神論は、理「神」といいつつも人知の届き得るもので、端的に言い切るならば新しい偶像崇拝に過ぎないのです。理神論には、ということは自然科学にも、穴がない。自己完結してしまっている。それは救済の放棄を意味します。

偶像崇拝の本質は、人間が造ったもの(超越の契機にさらされていないもの)を崇めることにあり、極論すれば人間が自分自身を讃えることに帰着します。

自然科学がことばのおしえとのへだたりを大きくした出来事として、微積分の成立に注目してみましょう。微積分はニュートン(1642~1727)とライプニッツ(1646~1716)が、17世紀後半のほぼ同時期、独立に確立した計算法で、その登場により「変化」が扱えるようになりました。これまで触れてきたように厳密な論理は無時間的であり、運動や生起といった変化する出来事に対してはほとんど無力だったのです。

その後の自然科学、特に物理分野の目を見張るほどの発展は、微積分抜きにはあり得ません。自然科学は微積分という道具を手に入れ、ことばのおしえからは手の届きにくかった領域に、次々と新しい所見を生み出していきました。興味深いことに、現代の自然科学の概念の中には、フィールドやエネルギーなど、仏教的な感覚と親しいものが少なくありません。いのちのおしえとしてもともと変化を取り込んでいた仏教に、自然科学が近づいてきたように見える一面があるのです。

(それに乗っかって、仏教ははるか昔から科学的だったといった話をする僧侶がいるのですが、これはいただけません。自然科学はどこまでも「物質とエネルギー(および最先端部門では情報)」とを扱う学であり、価値や究極的な意味づけといった問題には関わらないことを明言しています。その意味では自然科学は謙虚です。そのようにして担保されている真理性(正確には客観的な有効性と言うべきでしょうが)に寄りかかって自身の正当性を主張するのはあまりにも怠慢でしょう。)

そうやって、自然科学はヒューマニズムと共に、ことばのおしえ・いのちのおしえの双方に対して中立なところに穴蔵を掘って住みついた。

これまで、自然科学という用語を科学史的には随分雑に使ってきていますが、現在の用例に通じる意味で「科学(science)」という表現がされるようになったのは19世紀後半からと言われています。そしてその19世紀後半は、現代的な意味でのヒューマニズムが形を整えてきた時期と重なります。

自然科学が新しい偶像崇拝であるならば、ヒューマニズムは新しいアニミズムです。アニミズムが依存しているローカルな自然環境が「人間」というグローバルなスケールに拡大されてはいますが、高々人間、狭いところで閉じていることに変わりはありません。

現代人は、大枠として、自然科学とヒューマニズムとの中で窒息している。上で穴蔵と形容した理由です。その窒息感に対する抵抗が人間中心主義、「これで間違ってはいないのだ、これでいいのだ」という開き直りとして現れるとするならば、うなずけなくもありません。

しかしそれを嫌うのではなく抱き取りつつ、穴蔵を破って、あらためていのちの風通しをよくしたいというのが一連の記事の動機です。いのちのおしえ側からの、一提言です。ことばのおしえと対立するものではなく、ことばのおしえ側からのことはことばのおしえにまかせます。

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